松田博仁さんとの音楽談義 第7回

12月8日 砂田⇒松田
 私は昨晩、一人で高田馬場(東京都新宿区)に行って、おいしいスコッチを飲ませる店を見つけました。高田馬場のビッグボックスの裏というか、新しくできた広い通りの左側(ビッグボックスは右側です)にある、男性のバーテンダーの店です。私は、以前、糖尿病をやったことがあり、1年間くらい酒は止めていました。回復した以後は、スコッチなどの洋酒を3杯か、焼酎のレモン割を2杯までと決めています。店を8時頃に出て、諏訪通りのほうに行ったら、カントリーを演奏している店があって、聴いてきました。私と同年代の夫婦が経営していました。そこに9時半頃までいて、10時前に家に着きました。しばらく、この2店に通ってみようかなと思っています。居酒屋で生演奏を聴くのが好きで、今の私の楽しみとなっています。

 明日は豊橋交響楽団ですか。冨田さんに会えるとよいですね。好きな曲を楽しんできてください。


12月10日 松田⇒砂田
 昨日、愛知県・豊橋市で行われた、冨田勲の「ジャングル大帝交響曲コンサート」に行ってきました。ちなみに豊橋市は.、私の自宅のある岡崎から東に位置し、急行電車で30分位の距離です。私にとって豊橋は、全く知らない土地です。

 14時開演ですが、9時20分にプレイガイドのある文化会館に着きました。しかし会場は「ライフポートとよはし」であり、文化会館とは別方向です。豊橋駅から車で20分の距離にあり、文化会館から会場まで無料バスが出るので、先にこちらに来たわけです。

 ですが、風が強く、また郊外のせいか商店はありません。文化会館からは13時過ぎに送迎バスが出ますから、時間はかなりあります。早く来すぎてしまったので、会館内の喫茶店に入りました。モーニング・サービスを食べてから喫茶店を出ると、近くに懐かしのおもちゃ専門店を発見。こういう不条理な展開が期待通りです。しかし、オープンしていなかったので、ロッテリアで時間をつぶすことにしました。そこでチキンを食べましたが、なかなか旨いものでした。

 ロッテリアも混んで来たので、近くの「マイルストーン」というビルのパン屋さんで、あんぱんとフイッシュ・サンドを買いました。会場でお腹が減りそうだったからです。そう言えば、「マイルストーン」とは、マイルス・デイビスのアルバムのタイトルにあります。いつか聴いてみようと思いました。

 おもちゃ屋ですが、シャッターには12時開店と書いてあるのに開いていません。そこで近くの三味線の看板のある珍しいお店をのぞきました。三味線は買いませんが、もし、琵琶のCDがあったら、聴いてみたいと思ったのです。琵琶の、あの音色が好きです。しかし残念ながらCDメーカーは倒産してしまい、入手ができないとのことでした。

 あと1時間をどう過ごすかですが、再び文化会館に戻ることにしました。あと、40分も待てば無料バスが来るというのに、何となく嫌な予感がして、タクシーを呼びました。焦っていた私は、親切なご年配の運転手さんの会話を適当にあしらいながら、景色を見ていました。それにしてもホールまでが遠く、信号待ちも多くて、なかなか先に進まないので、焦りが募ります。結局、会場までは40分かかりました。

 会場に到着しました。予感的中です。すでに長蛇の列ができていました。開場は13時半で、全席自由席のため、これでは良い席は絶望かと思いました。もし13時過ぎの文化会館発の無料送迎バスに乗っていたら、到着は開場時間を過ぎていたでしょう。行列が流れ始め、あわてて駆け込んで、前列よりの中央席を確保。タクシー代3000円は無駄ではなかったようです。

 会場には、貴重な手塚漫画本が陳列してあり、ガラスケースの周りは大盛況です。

 席について間もなく、オーケストラが入ってきました。バイオリンが29名、ヴィオラ10名、チェロが9名、ベース9名、フルート5名、オーボエ3名、クラリネット6名、ホーン8名、トランペット6名、トロンボーン5名、パーカッション8名、ハープ1名、ピアノ1名など、総勢100名以上だったのです(以上パンフレットから)。

 森下元康さんという、豊橋交響楽団の音楽監督が、指揮を始めました。オープニングはストラビンスキーのバレエ組曲「火の鳥」1919年のバージョンです。あっという間に「火の鳥」は飛び立ちました。

 次に手塚るみ子さんと冨田勲さんのトークです。
 るみ子さんへの「父親としてどんな人でしたか」という質問に対して、「家族サービスを忘れないやさしい人だったし、手塚マンガで、シリアスな場面でも笑いがあるように、私生活でもやんちゃな面がありました」などと語られました。

 次に冨田勲さんへのインタビューです。70代という年齢は、私がこれまで抱いていたイメージと違って、普通のおじいさんという感じでした。物腰も柔らかく丁寧です。
インタビューでは、質問に対する回答というよりは、ご自身が自分から思い出話を語られる感じでした。「ジャングル大帝の作曲は、映像の1コマ1コマ、手塚先生の試写を見ながら作曲しました。仕事の中に遊び心がある手塚イズムを感じました」などと語られました。
 ちなみにこのコンサートの入場料は1500円です。この金額でトークまであるのは、良心的だと思いました。

 私たちにとって、冨田勲さんの作品は子守歌のようなものです。例えばNHKの料理番組のテーマはもう50年前の作品ですし、新日本紀行のテーマをはじめ、なじみ深い曲が多くあります。また、子供向けテレビ番組の主題歌や劇中の音楽も作られています。手塚作品で言えば、「ビッグX」「リボンの騎士」「どろろ」などです。また特撮作品では、円谷プロの「マイティジャック」、東映の「キャプテンウルトラ」などです。いずれも完成度の高い作品です。

 次の演奏の準備が整ったようです。豊橋少年少女合唱団の60人近くの少女たちがオーケストラの後ろに並んでいます。歌と演奏は「鳳来寺山のブッポウソウ」です。これは今年の6〜7月にNHKの「みんなの歌」で放送され、作詞も冨田さんです。私は、入院中も家でもテレビはほとんど見ていませんから、この曲を聴くのは初めてです。

合唱が始まりました。(指揮、森下元康)コーラスは、「ブッポウソウかえってこーい ブッポウソウけどかえらんでー」という詞です。ブッポウソウとは、今はほとんど見ないフクロウで、どんな鳴き声がするか生で聞いてみたくなりました。それにしても大変美しいメロディです。冨田さんの自然に対する思いが伝わってきます。

 次は、「青い地球は誰のもの」(指揮、冨田勲)です。かなり古い歌ですが、NHK特集「70年代われら」という番組のテーマソングです。合唱団の歌声は宇宙に天高く伸びていくようです。ちなみにこの作品は、ガガーリンが「地球は青かった」と述べた言葉にインスパイヤされた作品とのことです。演奏はあっという間に終わりました。客席からは盛大な拍手が鳴り響きました。

 残念ながら、次の「ジャングル大帝」は冨田さんの指揮ではないようです。ご自身の体力の問題もあるのでしょう。


12月9日 松田⇒砂田
 今終わりました。これから例の無料バスで豊橋駅まで向かいます。実は初めての生コンサートでしたが、ホールの音がかなりデッドで、大体こんなものかとも思いますが、音の反響が弱く、エッジ不足だったような感じです。冨田サウンドは、レコードだとエコーがかなりかかっているのが特徴で、それが心地良いのですが、残念ながら、このホールでの再現は難しかったようです。

 この後、冨田さんと手塚さんは、ゆっくり会場から控え室に消えました。意外に誰もあまり声がけや、握手を求めませんでした。確かにそれがマナーというものです。しかし私は冨田さんが、オーラの消えた老人となっていたこともあってか、声をかけてまで話す気になりませんでした。向こうとは少しの距離で、私が何か話しはじめる様子を察したようでしたが。皆さんあまりにさっさと帰るので、握手できる雰囲気になりませんでした。というわけで、私は後日お二人に手紙を出すことにしました。今日は、アンコールの「新日本紀行」がベストだと思いました。

 (「ジャングル大帝」の演奏と冨田さんに関しては、この「音楽談義」では略しています。実は、これらの楽曲が収録されたCDは、99年の発売当初、冨田さんの意向にそぐわず、回収騒動となったのです。この点も含めたコアな内容は、いつか「レコード探偵団」という会誌で詳しく掲載するつもりです。今回はあえて、略させて頂きます。)


12月17日 砂田⇒松田
 いかがお過ごしですか。僕のほうは、今日は講義でした。寒くなっています。風邪やインフルエンザに気をつけてください。


12月22日 砂田⇒松田
 いかがお過ごしですか。今日は、姪の結婚式があり、そこに夫婦で行ってきました。拍手の多い、よい結婚式でした。
 今日は、これから、いつものHさんのシャンソンを聴きに行きます。会場は、四谷です。そんなこんなで、しばらく、ご無沙汰でした。東京はこれから雨のようです。寒さも並みではありません。くれぐれもお体をお大切にしてください。


12月26日 砂田⇒松田
 いかがお過ごしですか。しばらくのご無沙汰でした。この間、年賀状の宛名書きなどをしていました。明日から、私は関西方面に妻と旅行に行きます。宮島→広島→倉敷→神戸と回ります。12月31日には戻って、元旦は東京で迎えます。そのため、年内のメールはこれが最後です。来年もよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。


CDの束bP
1まぼろしの人(1977年) 歌・茶木みやこ 作詞・寺山寿和 作曲・茶木みやこ
 TBS・MBS系放映「横溝正史シリーズ part I」エンディングテーマ曲
2あざみの棘の如く(1978年) 歌・茶木みやこ 作詞・阿久悠 作曲・茶木みやこ
 TBS・MBS系放映「横溝正史シリーズ partU」エンディングテーマ曲
3手紙(1970年) 歌・由紀さおり 作詞・なかにし礼 作曲・川口真
4夜明けのスキャット(1969年) 歌・由紀さおり 作詞・山上路夫 作曲・いずみたく
 3、4は言うまでもありません。ご存知の通りです。
5待つわ07'(2007年) 歌・あみん  作詞・作曲 岡村孝子
 再結成した「あみん」のニューバージョンです。オリジナルは私が大学時代にヒットしました。
6ピエロ(1996年) 歌・作詞・作曲 佐野まり
 97年度社団法人音楽出版社協会オリジナル・ソング・コンテスト特別賞受賞。「FMむさしの」で何度もかけてくれました。
7風にのって(1999年) 歌・作詞・作曲 佐野まり
 98年度社団法人音楽出版社協会オリジナル・ソング・コンテスト佳作
8ラパスへの道(1999年) 歌・作詞・作曲 佐野まり
 文化放送の帯番組で特集してもらいました。
9あかずの踏切(1973年) 歌・井上陽水  作詞・井上陽水 作曲・星勝
 ここから4作は、アルバム『氷の世界』から抜粋しました。70年代の若者の気持ちが再現されている気がします。
10はじまり(1973年) 歌・作詞・作曲 井上陽水
11帰れない二人(1973年) 歌・井上陽水  作詞・作曲 井上陽水 忌野清志郎
12おやすみ(1973年) 歌・作詞・作曲 井上陽水
13マイ・ライフ(1978年)  歌・作詞・作曲 ビリー・ジョエル
 ここから3作は、私が高校〜大学時代に流行ったニューヨークのアーチストです。
14ビッグ・ショット(1978年) 歌・作詞・作曲 ビリー・ジョエル
15オネスティ(1978年) 歌・作詞・作曲 ビリー・ジョエル
16アメリカ(1968年) 歌・サイモン&ガーファンクル 作詞・作曲 ポール・サイモン
 地方からアメリカに来た若者の、不安と期待の心情を唄っています。
17サウンド・オブ・サイレンス(1964年) 歌・サイモン&ガーファンクル 作詞・作曲 ポール・サイモン
 『夜明けのスキャット』はやはりこの曲を真似ているようです。
18さすらいの太陽(1971年)歌・スリー・グレイシス ボーカルショップ 作詞・山上路夫 作曲・いずみたく
 ここから4作は60〜70年代のアニメの主題歌です。この作品は歌手を目指す少女のいばらの道を描いています。虫プロの作品です。
19緑の陽だまり(「山ねずみロッキーチャック」主題歌)(1973年) 歌・ミッチーとチャタラーズ
 作詞・中山千夏 作曲・宇野誠一郎
 このアニメは、当時観たときはつまらなかったのですが、歌は良いものでした。
20ぼくらきょうだいてんとう虫(「てんとう虫の歌」主題歌)(1974年)  歌・堀江美都子 
作詞・川崎のぼる 若林一郎  作曲・菊池俊輔 
 川崎のぼるのマンガが原作です。私は観たことはありませんが、両親を事故で亡くした7人兄弟がたくましく生きるストーリーです。この歌詞が気に入って、聴くたびに涙してしまいます。
21アタック1(1969年) 歌・大杉久美子  作詞・東京ムービー企画部 作曲・渡辺岳夫
22奇妙な果実(1939年)歌・ビリー・ホリディ 作詞 ルイス・アレン 作曲 ビリー・ホリディ ソニー・ホワイト
 ここから2作は、巨匠ジャズシンガー(30年代〜40年代)のスタンダードから抜粋してみました。
23イエスタディズ(1939年) 歌・ビリー・ホリディ 作詞:オットー・ハーバック 作曲:ジェローム・カーン
24恋の片道切符(1958年) 歌・ニール・セダカ 作詞・作曲 Hハンター&Jキラー
 ここから3曲は、懐かしのロカベリーです。
25悲しき街角(1961年) 歌・デル・シャノン 作詞・作曲 マックス・クロク デル・シャノン
26ダイアナ(1957年) 歌・作詞・作曲 ポール・アンカ

CDの束bQ
1夢のカリフォルニア(1966年)歌ママス・アンド・パパス 作詞・作曲 ジョンとミッシェルのフィリップス夫妻
 昭和41年に大ヒットした作品。「こんな寒い冬の日は、カリフォルニアを夢見る」という内容の詞です。カリフォルニアへの想いが物悲しく唄われる歌です。
2マインド・ゲームス(1973年) 歌・作詞・作曲 ジョン・レノン
 ビートルズ解散後、ジョン・レノンはビートルズ時代に書いた曲を含めて、新作を発表していきます。心の遊戯を続けることによって、愛と平和の実践を唄ったものです。
3風のメロディ(1976年)  歌・チューリップ  作詞・財津和夫  作曲・財津和夫 姫野達也
 私が中学2年のときによく聴いた、チューリップの大ヒット曲です。私は「海で知り合って仲良くなった彼女が、一瞬のうちにあの世に行ってしまったことを嘆く歌ではないか」と勝手に解釈しています。この歌の悲しさは、そうでなければ感じられないであろう悲哀があります。
4雨の物語(1977年) 歌・イルカ 作詞・作曲 伊勢正三
 これも私が中学2年の頃にはまった作品です。失恋の悲しみをこの歌にオーバーラップさせていました。女性が歌う少年の気持ちはたいへんリアルに感じました。
5FUN(1973年) 歌・作詞・作曲 井上陽水
6チエちゃん(1973年) 歌・作詞・作曲 井上陽水
7待ちぼうけ(1973年) 歌・井上陽水 作詞・作曲 井上陽水 忌野清志郎
 以上3作は、『氷の世界』から、再度選びました。4の『雨』から徐々に気持ちが晴れていく様をこの順序で表してみました。やはりこのアルバムには良い作品があふれています。
8イート・アット・ホーム(1970年) 歌・作詞・作曲 ポール・マッカートニー 
9アナザー・ディ(1970) 歌・作詞・作曲 ポール・マッカートニー
10ティク・イット・ア・ウェイ(1981年) 歌・作詞・作曲 ポール・マッカートニー
11サムバディ・フー・ケアーズ(1981年) 歌・作詞・作曲 ポール・マッカートニー
12ジス・ワン(1987年) 歌・作詞・作曲 ポール・マッカートニー
 すべてビートルズ解散後に発表したソロアルバムから抜粋しました。ポール・マッカートニーのメロディは不滅です。今回は数多いヒット曲の中から、今、気に入っている曲を選びました。
13ラズベリーズ・ドリーム(1986年) 歌・レベッカ 作詞・Nokko 作曲・土橋安騎夫
 女性のやりきれない気持ちを唄ったヒット曲です。80年代のマドンナの影響を受けた作品。
14勝手にしやがれ(1977年)歌・沢田研二 作詞・阿久悠、作曲・大野克夫、
15憎み切れないろくでなし(1977年) 歌・沢田研二 作詞・阿久悠 作曲・大野克夫、
 沢田研二の2曲は、今も古さを感じない歌だと思います。
16闘牛士(1978年) 歌・チャー 作詞・阿久悠 作曲・チャー
17逆光線(1977年) 歌・チャー 作詞・阿久悠 作曲・チャー
 当時のギタリストとしては、これだけ上手い日本人はいないのではと思います。エリック・クラプトンやジェフベックを意識しています。この2作は日本でブレイクしました。
18なごり雪(1974年) 歌・イルカ 作詞・伊勢正三 作曲・松任谷正隆
 私が東京を後にするとき、この歌が少しかぶりました。あの頃は秋でしたが。
19クリーク・アレイ(1960年代後半) 歌・ママス・アンド・パパス
 作詞・作曲 ジョンとミッシェルのフィリップス夫妻
  1曲目と同じアーチストの作品です。
20ア・ラブ・ライク・ユアズ(1966) 歌・アイク&ティナターナー
 60年代の名盤『リバー・ディープ・マウンテン・ハイ』から1曲選びました。彼女のボーカルは不変です。
21闇夜の国から(1974年)  歌・作詞・作曲 井上陽水
 浪人時代、眠る前によく聴きました。
22風に吹かれて(1962年) 歌・作詞・作曲 ボブ・ディラン
 ボブ・ディランの初期の大ヒット曲で、多くのアーチストに影響を与えた名作です。
23あの娘におせっかい(1973年) 歌・ポール・マッカートニー&ウイングス
 作詞・作曲 ポール・マッカートニー
 ラストにポールの明るい曲をもってきました(CDの束は、これからも続きます)。



 松田さんをはじめ、多くの手塚ファン、冨田ファンにとって、今回のコンサートは特別なものだったようだ。告知も地元でひっそり行われただけで、いまだにそんなコンサートが行われたことを、多くのファンは知らないままである。今回の豊橋のコンサート行きは、そういう松田さんの思いを込めたものであった。今回は、抄録という形を取っているが、それにはいろいろ複雑な感情が交錯しているようである。なかなか、書けない裏事情もあるようだ。

 この談義では、「CDの束1」「CDの束2」というものが幾度か登場している。これは、松田さんがCDに番号と記しを振って砂田に送ってくれたもので、松田さんの音楽観がとてもよく表現されている。そこで、その目次と松田さんのコメントを掲載することにした。この順序で何回も聴くという音楽体験は、砂田にとって新しい音楽の発見であった。そして、2007年は終わりを告げ、次回は2008年元旦から、思いを新たにして、この談義は続く。

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