松田博仁さんとの音楽談義 第8回
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2008年1月1日@ 松田⇒砂田 昨年はいろいろとご心配をおかけ致しました。対談と言っても、応援していただけるたくさんの読者の方々を前にしてのことです。そういう意味でも頑張って生きていきたいと思います。砂田さんにはもちろん、読者の方々に対して、この場をお借りして改めて御礼申し上げます。 |
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2008年1月1日@ 砂田⇒松田 この松田さんとの「音楽談義」は、私にとっても充実感のある作業となっています。その理由の一つが、松田さんの音楽観を理解し、探求することにあります。松田さんは、佐野まりさんが唄うCDを2枚出しており、表現者としての経験をお持ちです。でも私は、この間対談を続けていて、松田さんは、音楽に関して、「最高のリスナー」であり、「優れたリスナー」ではないかと考え始めています。私もまた、発信と言ってもカラオケを唄うくらいで、基本は同じ「リスナー」です。今年も、松田さんの音楽観を引き出し、松田さんの境地に一歩でも近づきたいと思います。その結果、読者の皆さんにも楽しんでいただきたいと思っています。今年も昨年以上によろしくお願いします。 昨日、東京に帰ってきたのですが、風邪をひいたらしくて、今日は1日、寝ていました。今年の風邪は、発熱と胃腸炎が特徴のようで、胃腸の調子が悪いと思っていたら、今日は熱が37度7分まで出てしまいました。とんでもない正月になってしまいました。 |
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1月1日A 松田⇒砂田 さて、新春ということで、今回、私はこの歌詞を取り上げたいと思います。前回で砂田さんが「よく知っている歌」とおっしゃっていた、ボブ・ディランの作品です。 『風に吹かれて』 一体どれだけ歩いたら 友よ、その答えは 何年この山は存在するのか 友よ、その答えは 何度見上げたら 友よ、その答えは
それから、私は3日に小学校同級生に会うために、しばらく滋賀県の長浜市に行って参ります。前日の2日には長浜入りします。私は小学校を3回転校しておりますが、ここの学校は2番目です。 |
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1月1日A 砂田⇒松田 今、数回、聴いてみました。松田さんの訳詞を見ながら、もちろん、素晴らしい音楽だということを感じながら、一種の感動に浸りながら、ただ、聴き入ることしかできません。そのくらい大きなテーマを扱っていることが、訳詞からも感じ取れます。 最後のほうの歌詞に、「何度人は顔をそむけ、見て見ぬ振りをするのか」という一節があります。この一節は、我々にとって痛切です。私など、「顔をそむけ」「見て見ぬ振りをしている」最たる人間だなと思います。とにかく重い一節です。でもそれらの歌詞が、軽やかで、自然で、フォークソングらしくて、リズミカルなメロディに乗って唄われています。メロディは知っていましたが、こんな歌だったのかと、改めて認識しました。重いテーマなのに、何度聴いても安らぎを感じます。 私は、この『風に吹かれて』を聴いて、一つだけ思い出したことがあります。カラオケでときどき唄うのですが、はしだのりひこの『風』(詞:北山修 曲:端田宣彦 1969年)という歌です。「人は誰もただ一人旅に出て 人は誰もふるさとを振りかえる ちょっぴりさみしくて振りかえっても そこにはただ風が吹いているだけ」という歌詞です。結構好きな歌で、カラオケでときどき唄います。 それで多分、『風』は『風に吹かれて』を意識して作られていると思います。「そこにはただ風が吹いているだけ」という『風』の一節が、「友よ、その答えは この風の中に、舞っているのだ」という『風に吹かれて』の影響を受けていると思います。これらの歌を知って、どちらの歌が良いかという比較をするつもりはありません。どちらも素晴らしい曲だと感じるだけです。音楽を聴いて親しむ行為は、人間の一つの営為なのだとつくづく思います。 松田さんは、昔の友だちに会うことができるのですね。旧交を温めてください。それでは、道中、くれぐれもお気を付けてください。 |
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1月2日 松田⇒砂田 私は今、名古屋に向かっております。夕べは妹の調子が悪く、また私は今朝ひどく鬱気味だったのですが、私も妹も段々回復してきました。とりあえず着くまでが一仕事ですが、無事辿り着きたいと思います。 |
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1月3日@ 松田⇒砂田 昨日からこちらは霙(みぞれ)です。この時期は、さすがに滋賀県北部(湖北地方)特有の空模様です。実は、こちらに着いてからやや鬱気味です。「もしかしたら、もうこれが最後の長浜かもしれない」といった、いろんな複雑な思いからか、過度に緊張しているようです。街は、半分は変わっています。昔住んでいた場所は跡形もありません。33年という時間はあまりに長すぎたようです。これまでメールをくれた同級生3名とは、今回仕事の都合で会えないのですが、お昼に同級生だった女性(旧姓・伏木さん)と、また明日は、男性(高橋君)と会う予定です。 今日の夕方から同窓会があるのですが、この学校(市立長浜小学校)を、私は卒業していません。しかし、私を覚えていてくれた幹事さん達(後藤さんら)が、参加を促してくれました。また伏木さんが、昨年から私の背中を押してくれていたことは言うまでもありません。 ドリンク仕様の葛根湯を飲みました。体調は回復してくれると思います。多分このだるさは、酔い止めの薬が原因ではないかと思っています。短い距離ですから、要らないはずでした。 なんだかかなり緊張しています。「みんな自分より偉くなっているだろうな」とか、ひどく偏った緊張をしています。 13時までホテルに籠ります。せめて天気が回復してくれれば良いのですが。ホテルで観ているテレビは、関西系ネットで、なかなか新鮮です。 夢ネタですが、中古ビデオ店にいたら、なんと「松田博仁」というタイトルのビデオが2種類おいてありました。パッケージ写真はまったく私と関係ないお笑いみたいな内容でした。自分の人生が記録されたビデオが、もしレンタル店にあったら・・と考えると、怖いですよね。 |
| 1月3日 砂田⇒松田 このメールを読むのは、同窓会が終わった後になるでしょうか。一人旅は、たいへんそうですね。 私は、年末に妻と新神戸から新幹線に乗りました。岐阜羽島からの積雪による遅延は、幸いにも取り越し苦労に終わりました。5時頃の定時に、無事電車が到着しました。義父が留守番してくれていたので、夕飯のてんぷらを大丸百貨店で買い、帰宅しました。 すでに、車内で腸の変調をきたしていましたが、翌日に発熱。風邪にかかったという自己診断です。昨日は少し良くなったと思ったのですが、午後から熱がぶり返し、今日は汗が出たから、そろそろ快方に向かうのではないかと期待しています。7日に講義が始まりますので、それまでに何とかしなければなりません。東京も寒いですが、私は一歩も外に出ず、暑すぎるくらいの部屋で寝ています。 |
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1月3日A 松田⇒砂田 ホテルの部屋では、あれだけ体がだるく、気分も憂鬱だったのが、不思議なことに、伏木さんに、車に乗せてもらってから、鬱状態と体調が一挙に回復。急に元気になりました。天気も晴れてきて、琵琶湖もきれいでした。 北村さん(旧姓 伏木さん)は、現在、彦根在住で、今は三人のお子さんの母親です。私は治療中にメールを通じて、ずいぶんとメンタル面で助けられています。また今回の同窓会参加も彼女がつないでくれたのです。今日はご家族の方には申し訳ないのですが、半日ご本人をお借りして、車で長浜市内の案内をしてもらいました。 また1〜2年の時のクラスメートだった、幹事の後藤さんが私のことをよく覚えていてくれて、彼女らの計らいで、皆さんにスピーチする機会を私に与えてくれました。そこで私は、「同情を集めるために来たのではなく、感謝の意を表すために来た」ことを強調しました。みんな拍手を送ってくれました。また、当時のクラス担任だった辻正明先生からは、最後の最後まで、エールを送っていただきました。大変有意義な一日でした。 こちらではこんな感じです。砂田さんの体調が早く回復されることを祈っております。 |
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1月4日 砂田⇒松田 私のほうは、風邪がまだ治らず、熱が37度になったり、35度台になったりしていて、安定しません。良くはなっているようなのですが、完全ではないようです。今日も、暑いくらいの部屋でテレビを見ています。また、年賀状を整理していたところ、何人かの近況が分かりました。今年の5月には中学校の同窓会があるそうです。楽しみです。 それでは、長浜を十分に楽しんでください。 |
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1月6日 松田⇒砂田 |
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1月6日 砂田⇒松田 |
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1月7日 松田⇒砂田 実はまだ長浜にいる気分で、少し精神的に現実感がありません。一緒に同行してくれたクラスメートの北村さんも同じことをメールしてきました。ヤボですが、もしかして、ずっと滋賀にいたら、人生変わっていたかもしれません。まさか小学校時代のクラスメート達と、34年の歳月を経てメールを交換し、写真を撮りあうことになるとは思いませんでした。 |
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1月8日@ 砂田⇒松田 松田さんの体調が維持されることを祈念しております。くれぐれもお大事にしてください。 |
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1月8日@ 松田⇒砂田 |
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1月8日A 砂田⇒松田 松田さんのお体も大変なようですね。自分ではどうしようもないもどかしさを感じていらっしゃるのではないかと、心配しております。腸閉塞が快方に向かってほしいものです。とりあえず、お見舞いのメールとさせていただきます。 |
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1月8日A 松田⇒砂田 『まぼろしの人にはなりたくない』 月夜の晩に、吹きすさぶ風 生かされるわけでなく 同じ空の下にあって 求愛すれば断窮され |
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1月9日 砂田⇒松田 僕は、今日は講義です。12時過ぎに、水道橋に向かいます。講義は後、3回を残すだけとなりました。来期のことはまったく話はありませんので、仕事がつながるか分かりませんが、とても良い経験になりました。 今はとにかく、病状の回復に努めてください。病院の医師とも話し合いながら、療養してください。今の医学は進歩していますから、その医療に期待しましょう。とりあえず、今日もお見舞いのメールとします。 |
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1月9日@ 松田⇒砂田 今日は長浜の思い出を詞に託しました。写真は有名な大通寺です。 NHKの新日本紀行のテーマ曲と、井上陽水の『小春おばさん』のサビの部分以外がぐるぐる回っています。 『故郷(ふるさと)』 ここは第二の故郷、城下町 ここは第二の故郷、伊吹の町 ここは第二の故郷、琵琶の畔(まち) ここは第二の故郷、私を包んだ街 北陸線の窓から旧駅舎を後にする ※少年とは昔の自分がそこに存在していたという意 |
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1月9日A 松田⇒砂田 『妹』 世界は全て自分のもの この場は全て自分のもの やがてあなたは一人になる |
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1月10日@ 砂田⇒松田 東京の今日は薄曇りで、寒い一日になりそうです。しばらく寒さが続きそうです。くれぐれもお体をお大事にしてください。 |
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1月10日 松田⇒砂田 抗がん剤も来週の金曜日に延期になったので、少なくとも再来週の火曜までは入院です。何が原因か分からないのですが、祈りは通じたようです。 |
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1月10日A 砂田⇒松田 |
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1月12日@ 松田⇒砂田 『病室の窓』 ピーターパンが手招きした 街のチンピラが笑う ある国会議員が演説した 外車に乗った金髪のホストが、眉間に皺を寄せる 病室の外は、いつのまにか真っ白な煙でいっぱいだった |
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1月12日 砂田⇒松田 |
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1月12日A 松田⇒砂田 デパートの屋上は、いつも混んでいた 夏休みの宿題で、植物採取を選んだ 私が生業を立てた頃、突然入院することになった 私が厄年の頃、親父が危篤になった 数週間後、親父は逝った 今はもうない |
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1月13日 砂田⇒松田 私は、松田さんが詩を書いてくれたことをありがたいことだな、と感じています。別に、松田さんをけしかけるつもりはありません。でも、もっと書いてください、と激励すれば、そんなように聴こえる人がいるのかもしれません。でも、そんなつもりではありません。ただ、もっと書いてくれないかな、と切実に思うのです。 唐突ですが、私たちは、「呼吸」をして生きています。息を吸い、息を吐いて、呼吸をして生きています。息を吸ったら、息を吐いて、その繰り返しの中で、生かされていると思います。実は、私もそうなのですが、松田さんもまた、「呼吸」という比喩を使わせてもらえば、これまでは「息を吸う」ことの多い人だったのではないでしょうか。今、私は、そんな想いに駆られています。 松田さん、ここは肩の力を抜いて、もっと「息を吐いて」くれませんか。私もそうなのですが、松田さんもまた、「息を吐く」ことを忘れがちな人なのではないでしょうか。「息を吸ったら」「息を吐く」ことをしなければ、私たちは生きていけません。その繰り返しのバランスの中でしか、生きていけません。 「息を吐く」行為とは、「表現する」ということのような気もします。私たちは、そういう「表現の場」を持つ必要があると思います。これからも、「息を吐く」すなわち「表現する」人間であり続けようではありませんか。それが、5編の詩を読んで、感じたことです。 今日は、東京は寒い1日になりそうです。岡崎はどうですか。くれぐれもお体をお大事にしてください。 |
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1月13日 松田⇒砂田 私の拙文をお送りする度に、恥ずかしい思いなのですが、同時に後から後から自分で改訂しています。ああ、また松田が何やらまた送ってきたな、と受け止めていただければ結構です。私にはむしろ、つまらないものでも受け止めていただける人がいることに、ひたすら感謝するのみです。感想も批判も最低限で構いません。私はこれから少しずつ、「息を吐いて」いきたいと思います。 |
2008年の新しい年が、二人にやってきた。それぞれの思いを込めた新年である。松田さんは、訳詞だけでなく、自ら創った詩を送ってくれた。病身を抱える自身の思いを自然に吐露しているように感じられ、砂田にはこれらの詩をここに掲載し、読者に読んでもらいたいという想いを強くするものであった。読者の皆さんもこれらの詩に親しみ、松田さんの真情を感じてもらいたいものだ。