松田博仁さんとの音楽談義 第10回
| CDの束bR 1.『木星』 (1914年) 作曲・グスターヴ・ホルスト ホルストの管弦楽組曲『惑星』の中の第4曲。この組曲は、七つの楽章から構成され、惑星の名が付けられています。中でも『木星』は特に有名で、聴いたことのない人はいないでしょう。 2.歌劇『タンホイザー序曲』 (1845年) 作曲 リヒャルト・ワーグナー ワーグナーは、1842年に歌劇『タンホイザー』の制作を開始しました。1845年にドレスデン宮廷歌劇場において、自身の指揮によってそれが初演されています。複合して絡み合う波打つような管弦楽演奏が特徴です。序曲、第2幕エリザベートのアリア『大行進曲』、第3幕ヴォルフラムのアリア『夕星の歌』は、独立してよく演奏されています。 3.ピアノ・ソナタ第17番『テンペスト』第3楽章 (1802年) 作曲・ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番は、一般に『テンペスト』の名で知られ、第3楽章は特に有名です。この作品が書かれた頃、すでにベートーヴェンは聴力を失っており、シェークスピア最後の戯曲『テンペスト』であったのも、自身の最期と重ね合わせていたと言われます。この曲もまた音楽喫茶の定番と言え、松田などはこれを聴くと、高円寺南の老舗Hや、今はなくなった中野クラシックを思い出してしまいます。喫茶店で思索にふけっていた当時の自分を懐かしく思い出します。それにしても、聴力を失ってどうして曲が書けるのだろうかと考えてしまいます。 4.『亡き王女のためのバヴアーヌ』 (1899年) 作曲・ジョゼフ=モーリス・ラヴェル ラヴェルが、17世紀スペインの宮廷画家ディエゴ・ベラスケス(1599年〜1660年)が描いた絵画『若い王女の肖像画』(ルーブル美術館所蔵)に影響を受けて作った作品です。「バヴアーヌ」とは、16世紀頃から流行した宮廷舞曲の様式のこと。ダンス曲で、王女への断ち切れぬ想いを表現しています。 5.『愛の挨拶』 (1888年) 作曲・エドワード・ウィリアム・エルガー エルガーが、ピアノの教え子、アリスとの婚約に際し、作曲しました。その後エルガーは、夫人の多大な協力を得て、徐々に認められるようになりました。単純な旋律の中に優美さがあふれています。 6.『シシリエンヌ(シチリアーノ)』 (1897年) 作曲・ガブリエル・ユニバン・フォーレ フォーレの作曲した作品の中でも、最もよく知られる人気曲です。元々フォーレがチェロとピアノのために書いたものですが、現在ではフルートのレパートリーとして受け継がれています。1898年には組曲『ペアレスとメリザンドOp.80』の中の一曲として、管弦楽に編曲されました。「シチリアーノ」というのは、地中海のシチリア島に起源を持つ民族舞曲です。実は先日、松田が母と二人で父の墓参りに行ったとき、この音が頭の中をリフレインしました。悲しくて寂しいメロディですが、それでいて気高く、美しい名曲です。 7.『別れの曲』 (1832年) 作曲 フレディック・フランソワ・ショパン ショパンは、様々な旋律を開拓し、半音階的和声法の導入などで、ピアノの表現様式を拡大しました。この曲については、ショパン自身が「生涯でこれほど美しい旋律を書いたことはない」と語ったそうです。哀愁がただよう主部と、激情的な中間部の対比が特徴です。 8.ノクターン第20番『遺作』 (1830年) 作曲 フレディック・フランソワ・ショパン ショパンが片思いの女性を想いながら書いた作品と言われています。切なく哀しげな響きを表現しています。ショパンのノクターンの中では、俗に「ノクターン」と呼ばれる「第2番変ホ長調」と並んで有名です。 9.『アルルの女』から『メヌエット』 (1872年) 作曲 ジョルジュ・ビゼー ビゼーがアルフォンス・ドーデの戯曲のために作曲した作品。作曲期間が短く、契約の関係で極めて小編成のオーケストラしか使えなかったため、大変苦労して作曲したそうです。皮肉なことに、ビゼー他界後に人気を博すようになりました。分かりやすいメロディと旋律が親しめます。 10.『花のワルツ』(バレエ『くるみ割り人形』〜) (1892年) 作曲 ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー この楽曲は、物語の最後のほうで演奏されるものとして、有名である。序奏の主役はハープ、その後のホルンから続くワルツの弦楽旋律は、あまりに有名です。またウィーン風の旋律がフルートに、情熱的な旋律がヴィオラ、チェロによって奏でられます。これも名曲喫茶はもちろん、どこでも流れているポップスのような作品として位置しています。 11.『家路』(交響曲第9『新世界から』第2楽章) (1893年) 作曲・アントニーン・レオポルド・ドヴォルザーク この曲は、ドヴォルザークがアメリカ滞在中(1892年〜1895年)に作曲されました。黒人の音楽が故郷ボヘミアの音楽に似ていることに刺激を受け、アメリカという「新世界」から、故郷ボヘミアへ向けて作られた作品です。1893年の初演からすでに大成功だったそうです。 12. 『二つのアラベスク第1番』 (1888年) 作曲 クロード・アシル・ドビュッシー ドビュッシーの初期の作品で、最も有名なものの一つです。2手用のピアノ曲としては、『ボヘミア風舞曲』(1880年)以来の楽曲です。第1番の冒頭はホ長調にもかかわらず下属調がイ長調の主和音で、平行短調の後に本来の調性が現れます。冨田勲のシンセサイザー編曲がアルバム『月の光』に収録されています。こちらはたいへん分かりやすいアレンジで、口笛のようなシンセの特徴を生かしたサウンドが話題を呼びました。 13.『カヴァティーナ』 (1978年) 作曲 スタンリー・マイヤーズ ギター曲です。「カヴァティーナ」は、元来はイタリア語で、「楽器が奏でる音色」を意味する「カヴァータ」の縮小形です。元々は反復部のない、素朴な短い歌曲を意味していましたが、現在では「アリア」や「レチタティーボ」などと区別して、素朴な旋律をもつ歌謡的な声楽曲という意味になっています。この楽曲は、映画『ディア・ハンター』のテーマ音楽のために創作されました。 14.『クマバチの飛行』 (1889年) 作曲 ニコライ・アンドレイェヴィチ・リムスキー・コルサコフ アレキサンドル・プーシキン原作の、歌劇『サルタン皇帝の物語』第3幕で奏でられる作品です。主人公のグヴィドン王子が魔法の力で蜂に姿を変え、悪役の2人の姉妹を襲う場面で使われます。クマバチの羽音を模した親しみやすい曲調もあり、広く知られています。ピアノ曲やヴァイオリン曲に編曲され、シフラがピアノ独奏用に編曲した版は、難曲として知られる。ちなみに「クマバチ」とは、「スズメバチ」の別称。松田の世代では、松本零士のアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の戦闘シーンのBGMを思い浮かべてしまいます。作曲者の宮川泰は、明らかにこの作品を意識して、宮川ワールドに昇華させたと、容易に想像することができます。これについては、ヤマトファンの間でもあまり指摘されていないようです。 15.ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』〜第2楽章 (1799年) 作曲 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 初期を代表する傑作で、ベートーヴェンの三大ピアノ・ソナタにも含まれる人気曲です。特に第2楽章が有名で、「アダージョ」の一つとして知られ、様々な編曲がされています。後年の作品においても、交響曲第3楽章の主題部分が、この旋律に似ています。 16.『愛のセレナーデ』 作曲 リカルド・ドリゴ(1846年〜1930年) 「セレナーデ」とは、元々は音楽のジャンルの一つで、恋人や女性を称えるために演奏される楽曲です。ドリゴは、音楽家としては、ロシアのペテルブルグの劇場で、バレエ音楽の作曲や指揮をしていました。この曲は唯一といっていい代表作で、自作のバレエ音楽『百万長者の道化師』の中の1曲です。日本には昭和1941年〜1943年頃に紹介され、親しまれてきました。 17.『愛の夢』第3番 (1849年) 作曲 フランツ・リスト 『三つの夜想曲(ノクターン)』という副題を持つ3曲からなるピアノ曲の一つ。この第3番は特に有名です。元々、歌曲として作曲した三つの曲を、1850年に作曲者自身がピアノ独奏版に編曲しました。リストのピアノ曲の中でも、美しく親しみやすい旋律から特に人気の高い作品です。いかにもショパンを想わせる曲調で、リストがショパンを意識して作曲したことは明白です。ピアノ以外にも様々な形にアレンジされています。松田の個人的な思い出は、岐阜放送のクロージングテーマで、コーラスアレンジされたカバー作品がオンエアされ、深夜ラジオの「ながら族」だった私には懐かしいものです。 18.『ラデツキー行進曲』 (1848年) 作曲 ヨハン・シュトラウスT世 北イタリアの独立運動を鎮圧したヨーゼフ・ラデツキー将軍を称え、作曲された楽曲です。 オーストリア・ハンガリー帝国の流れをくむリズムと、その転回で曲が構成されています。この曲は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニュー・イヤー・コンサートにおいて、アンコールの末尾を飾る曲として、伝統的に使用されています。 |
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3月15日@ 砂田⇒松田 今日、私は、新宿の、学校法人東放学園のセミナーに行ってきました。学校の広報活動の一貫であり、参加者は高校生などの若年者とその保護者で、総勢50人前後が会場を埋めていました。セミナーの主な内容は、「この学校では、放送業界について詳しく勉強し、具体的にはこんな会社への就職を目指します」といった、学校のプロモーションでした。少子化時代にあって、学校の生き残り合戦がいかに大変な時代か、思い知らされた内容となっていました。 一方で『PO法人「育て上げ」ネット』の理事長が、「最近の若者について」という演題で、約30分間、話されました。最後に、「教育は希望であり、学ぶ若者たちは希望を持って入学してくるし、学校側も成長する若者を育てるという希望がある」という印象的なお話がありました。理事長は30代の男性で、この分野の仕事にかなり精通しているようでした。 また、この学校で就職相談されている方の話も興味深いものでした。予想外に楽しかったのは、入学相談室の職員による、ビデオ・モニターを使った説明でした。テレビ局の大道具担当者の仕事ぶりなどの放送局の仕事を分かりやすく上映していました。 |
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3月15日@ 松田⇒砂田 明日体調が回復すれば、父の墓参りに行きたいと思います。珍しく母が行きたいと言うので、連れていくつもりです。駅前にある寺なので楽に行けるのですが、母はもう何年も行っていません。 何作目か忘れましたが、久々の詩です。もう20年近く前の出来事です。 『電車』 作詩・松田博仁 |
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3月15日A 松田⇒砂田 |
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3月15日A 砂田⇒松田 久しぶりの詩、ありがとうございます。松田さんの丁寧な解説を読まなくても、心意気のあるおばあさんの声掛けが嬉しかったという気持ちはよく分かります。 松田さんの詩は、分かりやすく、よく伝わります。私でも、そんなことがあったら、とても嬉しかったと思います。素晴らしい日本人はどこにでもいると、心底から思いたいですね。 さて、今日はこのくらいにします。副作用のほうは、どうでしょうか。体調を整えつつ、くれぐれもお体をお大事にしてください。 |
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3月16日@ 松田⇒砂田 |
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3月16日 砂田⇒松田 松田さんもお腹の張りが早く取れるとよいですね。回復を大いに期待しています。 |
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3月16日A 松田⇒砂田 不思議なことが起こりました。飛騨の砂田隆博君(岐阜県在住 高校1年のときの同級生)から「高山で陽水のコンサートがありますが、8千円は高い」と、滋賀の北村(旧姓・伏木)秀子さん(滋賀県在住 小学校の同級生)からもらったメールと、同内容のメールが来ました。彼は陽水のコンサートに無関心だと思っていましたが、この偶然は一体どういうことでしょう。陽水、恐るべしです。 |
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3月17日@ 砂田⇒松田 今、お寺から帰ってきました。花を供えて、墓石を洗ってきました。やはり寺に行くと、厳かな気持ちになります。今は亡き両親に再会したような気分になりました。 |
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3月17日@ 松田⇒砂田 昔の作品(詩)は、拓郎ほどでないにしろ、確かに昔の時代を感じますから、今の若い人たちは聴くのを途中で止めてしまうし、ラジオでもかかりません。例えば、『東へ 西へ』では、「昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ〜」という歌詞があります。しかし、今の若い人は、「あたり前だろう」と馬鹿にする傾向があります。しかし、この曲では、ギターの音作りにとてもこだわりが深く、詞はともかくとして、大変優れた音楽になっています。陽水の作品には、こんなもったいないところが沢山あるように感じます。 |
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3月17日A 砂田⇒松田 今日は、私は「CDの束bR」を聴きました。1回通して聴き、今、3曲目のベートーベン・ピアノソナタを聴いています。どれもよい音楽ばかりで、全てが美しく聴こえます。それぞれに、情景が思い浮かぶようです。クラシックの知識がない私ですが、これから何度も聴いてみるつもりです。 |
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3月17日A 松田⇒砂田 昨日は不思議な夢を見ました。ビデオテープを再生したら、漫画家の、故・中尊寺ゆつこ(知らない人は、ネットで検索してみてください)が映っていました。画像が悪く何を話しているか、まったく聞き取れないのですが、舞台の閉幕のスピーチのようでした。緑のスーツ姿でした。 中尊寺ゆつことは、友人だったことがあります。家にもよく誘われましたし、二人で会食したこともしばしばです。この人のことについて、聞きたい人は多いと思います。機会が見つけて少しずつ語っていきたいと思います。 |
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3月18日 砂田⇒松田 そんなわけで、4月中旬からはじまる講義のテキストを今から読んでいます。『ゼミナール経営学入門』という、580ページの厚い本です。仕事を度外視して読めばなかなか面白いのですが、講義のために深く読み込んでおかなくてはいけません。今月中に読んで、目途を立てるつもりです。 「CDの束3」ですが、聴けば聴くほど、クラシックの良さを感じます。ドラマや情景が思い浮かぶのは、何と言ってもクラシックですね。 それから中尊寺ゆつこさんのホームページを見ました。2005年に亡くなっていますね。若くして亡くなったのでしょう。松田さんと交流があったのは、いつ頃の時期だったのでしょうか。とても良い絵を描くし、また賢い方という印象を持ちました。 陽は長くなりましたが、夕方や夜は、まだ寒さが残る季節です。くれぐれもお体をお大切にしてください。 |
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3月18日 松田⇒砂田 中尊寺さん(本名・藤原さん)については、本当に短い期間の付き合いでした。「SPA!」の連載を降りて、ニューヨークに行く準備をしている頃でした。しかし本人の体はすでにボロボロだったのです。かなり無理をして生き急いでいる感じでした。「私には事情があって、もう時間がない」と言っていました。私には、その意味が分かりませんでした。彼女が結婚してから亡くなるまでは、わずかに年賀状を一通交換しただけでした。彼女は、かなり早い時期から、自分の寿命を知っていたのです。「これは遺伝性だから避けられない」と私に告白してくれました。当時は平成4年、お互いまだ29歳だったのです。 数年後、彼女が結婚して、二人の子どもを産んだことに驚きました。徹底したプラス思考が、寿命を延ばしたのかもしれません。このブランク時代の彼女の生活を知る人はかなり少ないはずです。 ・・・ここからは書きにくいのですが、残念ながら私は彼女を女性として見ることができませんでした。おそらく性格が合わなかったのが大きな要因だと思います。しかし今、彼女のような人がいないのは、大変残念なことです。また、彼女のお母様と彼女の夫だった人との確執は深く、案の定、分骨騒動でマスコミの格好の餌食になってしまいました。申し訳ないのですが、彼女も、彼女のお母様も、人を見る目がなかったと言わざるを得ません。その証拠に、彼女のお別れ会に集まったあの顔ぶれときたら・・・、だからこそ私は彼女と合わなかったのかもしれません。 さて、今日はこちらの詩ができました。フォーレについては「CDの束3」に入っています。 『シチリアーノ』 作詩・松田博仁 |
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3月19日 砂田⇒松田 一方、昨日、音楽で『シチリアーノ』を2回ほど聴きました。知っていたと言ってよいのでしょうか、メロディは覚えのあるものですが、じっくり聴いたのは、今回が初めてです。とても良い音楽だと、改めて思いました。 |
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3月20日@ 松田⇒砂田 いろんなところに、詩に書いたおばあさんのような人がたくさんいてほしい、という気持ちを表したのが、『電車』の詩でした。しかしこれは電車に限らず、いろんな場面でそうあってほしいと考えれば、『電車』というタイトルは良くない気がしてきました。と言って、おばあさんに限定するのも焦点がぼけてしまいそうです。おじいさんでも良いし、おじさんでも良いわけですから。この点はまた考えてみたいと思います。 |
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3月20日@ 砂田⇒松田 私のほうも、歯医者が一段落したので、今度は、糖尿病の検査と食事指導を受けることになっています。それから、松田さんにお話ししたかどうか忘れましたが、2月の人間ドックで不整脈が発見されました。自宅に一番近い総合病院に行ったら、治療の必要はないとのことでした。そんな不整脈があるのですね。 |
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3月20日A 松田⇒砂田 歯医者が一段落して良かったですね。今度は、糖尿病の検査と食事指導ですか。お酒とタバコは、ぜひ控え目にしてほしいと思います。不整脈も何ともなくて良かったですね。 「CDの束3」を選曲しているうちに、自分の好きなクラシックの音が、大体、分かりました。今後は、好きな曲の中から、気に入った演奏のCDを選んで、聴いていきたいと思います。 |
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3月20日A 砂田⇒松田 体調が回復されているとの由。何よりです。明日の治療が受けられると良いですね。私も期待しております。 実はさきほど、親戚から電話がありました。私の従兄弟に砂田弘という童話作家がいるのですが、74歳で、胃がんのために亡くなった、という連絡を受けました。弘さんは、福岡から大学生として上京し、私の小学校時代から家に来ていて、姉たちと遊んでいました。私自身も出版社への就職を世話してもらったり、結婚するときに仲人役をしてもらったりで、生前は大変、お世話になった人です。 我々の父親は、山口県の大島郡という瀬戸内の島の出身です。弘さんの亡きお父様(私の叔父)は、砂田家の長男で、そのまた長男が弘さんだったのです。 砂田弘さんについては、ホームページで見ることもできますし、その訃報は、毎日新聞や産経新聞にも掲載されているようですので、ぜひご一読ください。23日に前夜の催事があり、24日に葬儀だそうです。教会で葬儀は執り行われます。姉に連絡を取り、両日とも参列する予定です。 |
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3月20日B 松田⇒砂田 実は私の高校の校長の訃報を、飛騨の砂田君から聞いたばかりで、二つの訃報に驚いております。しばらく大変かと存じますが、機会がありましたら、砂田弘さんの思い出話を、いろいろと聞かせてください。 |
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3月20日C 松田⇒砂田 退院しましたら早速、書店に問い合わせをしたいと思います。ほかに私が読んだ作品があるとしたら、68年出版の『世界の海底トンネル』『マルコポーロ』があります。残念ながらいずれも絶版で入手困難のようです。ぜひ追悼の意を込めて再販してほしいものです。 |
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3月20日B 砂田⇒松田 |
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3月20日D 松田⇒砂田 |
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3月30日 砂田⇒松田 私のほうは、弘さんの葬儀が終わり、一息付いています。教会での葬儀でしたが、前日には前夜祭ということで、納棺の儀式があり、参列してきました。文学者らしい人で、プロ野球の西鉄ファンだったことなど、懐かしい思い出が蘇ってきました。 治療の成果が上がることを期待しております。花冷えの日もあるかと思います。くれぐれもお体をお大事にしてください。 |
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3月30日 松田⇒砂田 治療の副作用で睡眠障害が続いており、まだ昨日から一睡もしていません。布団に入ると眠れない状態です。なるように任せるしかないなと、思っております。意識は極めて明瞭なのですが、そのことも含めて、明日のドクターとの面談で、話し合いたいと思います。 またいよいよ副作用が大変になってきたため、飲み薬にしてもらおうと思っています。かなりほかの臓器が傷んでいる可能性があります。ドクターは、このまま点滴を続けないと危ない、と言いますが、私は、マイルドな方法を一時的にでも選択させてほしい、と言うつもりです。そういう意味で明日は決断の日と言えます。がんが死ぬ前に、体がこれ以上のダメージを受けるのが怖いのです。看護師さんたちからは、「松田さんがうちの病院で最長だ」と言われました。 |
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3月31日 砂田⇒松田 今日は、そういえば、年度末ですね。LECでも年度末は忙しかったですね。 |
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3月31日 松田⇒砂田 睡眠障害はだいぶ安定してきました。自分の部屋があれば、読書でもして夜を明かすところですが、母と同じ部屋で寝ておりますので、暗い中でじっとしていました。しかし不眠については、もう大丈夫だと思います。ご心配をおかけしました。 「CDの束3」ですが、クラシックについてはきちんと押さえておきたいと思いました。私もそうは詳しくはないのですが、どの指揮の、どの盤が良いかは、聴きながら理解できる自信はあります。 |
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4月1日@ 松田⇒砂田 今、ジャズ・ピアニストのビル・エバンスのベストを聴いています。こちらもレンタル店で借りてきたCDを聴いています。今は、ジャズやクラシックのピアノの音がかなり気にいっています。 昨日、病院の帰りに近くのスーパーに寄りましたら、CDのワゴンセールがありました。格安バッタものCDばかりだろう、と思いましたが、棚を見ましたら、「ちあきなおみ」のCDがいくつかありました。コロムビアの正規商品です。私はテイチクに移った後の作品は、演歌にさらに重みが加わり、過剰な演出が入っていて、病気の私にとっては苦手な内容でした。そこで私は演歌に突入する前の「ちあきなおみのベストCD」を購入しました。『喝采』のオリジナル・バージョンや、いしだあゆみがヒットさせた『ブルーライトヨコハマ』のちあきバージョンが入っています。こちらのCDも、砂田さんに送りますので、どうぞ楽しみにしてください。明日には投函しますから、木曜日には届くと思います。 先ほど母から、薬が効かなくなってきた、朝が辛くなってきたと言われました。今後の朝食は、私と妹の分は、前の日の晩に自分で用意しておくことにしました。味噌汁はインスタントでよいから、と話しました。次第に滅んでいく家族のあり様を、いよいよ目にしていかなければならないような気がしてきました。 |
| 4月2日 砂田⇒松田 今日、「CDの束3」を聴いてみました。クラシックの古典は良いものがたくさんありますね。1時間半の間、その世界にどっぷり浸かりました。『カヴァティーナ』を除いては、全て古典と言ってよいものですね。私はクラシックには、ほとんど親しんだことがありません。ただ、ショパンの『別れの曲』は、知っていました。クラシックをそう知らない私に、松田さんの構成してくれた「CDの束3」を正しく評価することはできませんが、聴いていると、心が洗われるようです。ありがとうございました。 それと、「ちあきなおみのベストCD」を送っていただけるとのこと。明日、到着するのが楽しみです。 |
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4月2日 松田⇒砂田 音楽に対して、退屈な時期がかなり長かったと思います。しかし私たちは、そのような呪縛から解放される時期に来ています。気に入った曲に親しみ、またその中から気に入ったCDを選んで聴き、良好な音質で楽しむことができるような時代になっています。もちろん作品背景は無視できないのですが、あくまで予備知識で良いように思います。 今はもっとクラシックに親しみたいと思います。私は感覚にまかせて「CDの束3」を選曲したのですが、砂田さんも協力してくれた解説は、かなり勉強になりました。つまり、解説から音楽に入るのは間違いで、気に入った音楽を聴いてから解説を知る、その方が面白いという発見をしました。 |
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4月3日 砂田⇒松田 それで、松田さんと談義を進めていく中での共通項を確認しておくと、それは、「どんなジャンルに関わらず、良いものは良い」「いつの時代の作品であれ、好きなものは好きだ」という認識です。人々の多くは、先入観を持たないで、ある意味で白紙の状態で音楽を聴き、その感想や自分との関わりを考えています。そのことが音楽を聴く場合に、とても大切だと思います。 例えば、クラシックの分野は、変な先入観を持たれているところがあります。お高く留まっているとか、難しいとか、ある意味で、そういう先入観に汚されています。歌謡曲というのも、逆の意味で、欧米の音楽を超えることができない、荒唐無稽の商業音楽だというような先入観を持たれていたと思います。 松田さんたちの評価している日本の昔の特撮映画やテレビ・マンガの主題歌も、マイナーな音楽だという先入観で、毛嫌いしている人も多いのではないでしょうか。 それで、それらの先入観を持たされた一つの原因が、学校の音楽授業にあったという松田さんのお話には、私も同調できます。音楽を勉強するというのは、楽譜の読み方を教わるということよりも、音楽を聴いて、それに感性で応えるということに尽きると思います。我々の時代は、音楽の授業というと、縦笛とか、ハーモニカを吹かされたのですが、それらを奏でる感性を育てることに尽きると思います。我々の時代は、そういう授業になっていなかったように思います。 |
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4月3日@ 松田⇒砂田 彼らがなぜ偉大かと言うと、当時は大衆から見向きもされずに、差別的に扱われていた黒人音楽を見直したことです。その輸入レコードに聴き入り、レパートリーに取り入れ、新しい音楽として、世界に認知させたことです。 ローリング・ストーンズは、ブルースのカバーにこだわりました。またビートルズは、マイナーな黒人コーラス・グループのシングルレコードの、しかもB面の作品を引っ張ってきたりしました。まるで自分たちのオリジナル作品のように、消化して発表しました。チャック・ベリーやラリーウィリアム作品などのカバーのアレンジもさすがと言えるものです。音のすき間を埋め、ダサいラッパの音をエレキギターに置き換え、間延びしたようにも聴こえるテンポを、アレンジし、蘇らせました。そして我々を驚かせたのです。 特にビートルズは、昔のカントリー、リズム&ブルース、映画音楽、民謡など、その音楽は幅広く、無節操と言えるほどのものでした。しかし、どれもが「良いものは、アレンジ次第でもっと良くなる」という発想だったと思います。元々、音楽マニアだった彼らは、初期においては、それらのアレンジした音楽を発表していきました。 私の音楽に対する雑食主義も、こうしたビートルズの精神を学んだ結果のような気がします。 |
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4月3日A 松田⇒砂田 昔は、ゴジラ映画やウルトラマンのような特撮映画は、芸能の世界ではキワモノ扱いでした。そのような映画に出演することは、役者としては三流街道を行くというような認識でした。ところがどうでしょうか。これらの作品は、今や世界的に評価される日本映画の代表作です。日本の特撮技術は、世界的に高いレベルにあったからです。その作品に出演することは、役者冥利に尽きるのではないでしょうか。 アニメの主題歌なども、当時の作曲家や歌手には、栄誉ある仕事ではなかったようです。しかしそんなことに関係なく、裏街道とも言える、アニメや特撮映画の主題歌には、作り手の気合いが感じられます。作曲家たちの反骨魂というか、本物志向に徹しようという精神を、強く持っているのです。そのことが、作品が放送されなくなった現在ても、時代を超えて、CDが売れ続ける理由だ思います。良いモノは、いつの時代でも必ず売れるということです。 私たちは、若い世代や、音楽から離れて現在まで至ってしまった人たちに、これらを整理し、紹介していく役目があるのではないかと考えます。今、流行っている音楽を聴く前に、過去の音楽をおさらいし、紹介していく使命もあると考えます。 特に思うのですが、ロックこそ原点だという事実に早く気づいてほしいのです。英語が分からないので聴かない、というのは鎖国主義です。訳詞カードもありますので、ぜひ聴いてみてください。機会があったらこの場でも、より多くのロックを紹介していきたいと思います。単純に演奏を楽しんでもらいたいところです。 ビートルズは、登場した頃は、いっときのブームだと、誰もが思いました。しかし、良い音楽として、今でも当たり前のように聴き続けられています。良い音楽かどうかは、時代の経過とともに正解を出してくれるもののようです。また、ビートルズがCDになってからすでに20年以上が経過しています。それでもビートルズの音楽を知らない人は、ちょっとまずい、というような気がします。その昔の音楽を聴き込むことで、音楽を聴く楽しさは、さらに幅広いものになると思います。 さて、以前に少し触れましたが、私が参加している「ソノシート研究会(レコード探偵団)」の会誌「レコタン最新号」が完成しました。マニア向けですが、見る人が見れば分かる内容で、会員の情報発信として発行しています。小冊子ですが、「中野まんだらけ」などの書店で取り扱ってもらってから、もう20年になります。会員が、テレビやラジオ出演で忙しかった時期もありました。来週、砂田さんにこれを送りますから、ぜひお読みください。 |
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4月4日 松田⇒砂田 |
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4月5日 砂田⇒松田 昨日のメールから、松田さんにメールをくれなくなった女性のことを考えています。ただ、私にも友人と呼べる人は、多くはいません。心を許し合える友人がいないのに、ときどき驚嘆させられます。昔はそれで焦ったりしたのですが、所詮、人生は一人だと思い、改善しようという意欲もありません。仕事関係をきっかけにして、友人になろうとするのがいけないようです。 確かに、そのご友人の女性も理不尽な人のような気がします。でも、その女性も、自分のことで精一杯なのかもしれません。理不尽だけれども、そんなものかもしれないと思います。 体調のほうも、治療の副作用で大変だと推察しています。私など、「お大事に」という以外、掛ける言葉もないのですが、何とか、乗り切ってください。病気をしない人間はいません。私も今年は60歳になります。いつ病気になるか分かりません。お互い病気を抱えながらでも、生き抜いていこうではありませんか。 |
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4月6日@ 松田⇒砂田 |
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4月6日 砂田⇒松田 |
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4月6日A 松田⇒砂田
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4月8日 松田⇒砂田 砂田さんは、最近お疲れのようですが、今はそういう時期かもしれません。どうかゆっくり、のんびりと過ごしてください。私は、今日の母の結果を聞いて、かなり元気になりました。 |
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4月8日 砂田⇒松田 私は、松田さんとの交流がこんなに続いているのは、二人とも長男であるという共通性が大きいのではないかと思っています。それが、我々の人間性の一面だと思います。改まって言うのも変ですが、そんな気がします。 松田さんがおっしゃるように、私も何か、ここ数日疲れていたようです。ちょっと本を読むと、根を詰めると、疲れが出てしまうようです。でも今朝は、雨でゆっくり眠れました。昨日よりは回復しています。どうも老人じみていて嫌やですが、そんな感じです。 それでは、お母様の良いニュースを噛みしめて、ゆっくりお休みください。 |
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4月9日 松田⇒砂田 最近の私は、市内の喫茶店巡りが密かな趣味になっています。必ず喫茶店の外と中の写真をとって、データを飛騨の砂田君に送っています。これは昨年から少しずつ続けています。ある程度たまったら、小冊子にしたいと思います。読み物としてはかなり面白いと思いますが、多くの店を営業停止にしてしまいそうな内容かもしれません。残念ながら、なかなか良い店に出合えないのです。この点でも岡崎は、名古屋や岐阜に負けているようです。 |
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4月10日@ 砂田⇒松田 |
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4月10日 松田⇒砂田 先日まで耳が痛かったのですが、原因はヘッドホンのつけ過ぎでした。今は大丈夫です。ご存じかどうか分かりませんが、1974年、私が小学六年の頃に流行ったという、冨田勲のシンセサイザーのアルバム『月の光』(ドビュッシーのアラベスクが入っています)が聴きたくなって、アマゾンで購入したのです。24ビット・デジタル・リマスタリングCDでかなり音は良くなっているのですが、そのシンセの音を、ヘッドホンで長く聞いたのが良くなかったようです。 このアルバムは、当時、全米クラッシック・チャートで1位になりました。当時、話題になったようですが、もしかしたら学校の給食の時間に流れていたとか、誰かの家で聞いていたとかするのかもしれません。少なくとも街のレコード売り場では話題だったでしょう。 |
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4月10日A 砂田⇒松田 |
ここには、松田さんの音楽に対する思い入れが、怒涛のように語られている部分がある。そこには、松田さんの音楽ワールドが強く示されているように感じた。雑な聴き方しかできていない砂田にとっては、松田さんの情熱の上辺だけを感じているにすきないのだと、反省させられるものであった。