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*迷子になったミルク *ミルク捜索の日々 *奇跡の再会



 ミルクは私が中学校1年生、妹が小学校6年生の夏にやって来た我が家にとっては初めて
のわんこで、私達にとっては妹、母にとっては末っ子の様な存在。
初めてわんこと一緒に暮らせるという嬉しさの反面、最初はどう接して良いのか分からず戸
惑う事もありました。
でも、白くてふわふわのちっちゃな、ちっちゃなミルクは私達の心配をよそにあっと言う間
に我が家に溶け込みすぐに家族の一員になりました。

 ミルクはとってもわがままで、いつも母にべったりで、言うことなんて全く聞かなくて、
でも私が泣くといつもすぐに駆けつけて、尻尾を振って涙を舐めて一生懸命慰めてくれて・
・・・・
ミルクはいつも家族の真ん中にいて私達を笑顔にしてくれました。
私達はミルクが一緒にいてくれるお陰でどれ程救われたか分かりません。
ミルクと一緒に沢山の事を乗り越え、喜びも悲しみも分かち合って来ました。
そして我が家にミルクが来て4年と10ヶ月ミルクは私達家族にとってなくてはならない本
当に大切なかけがえのない存在になっていました。
 ところが・・・・6年前のその日、5才のお誕生日を目前にしたミルクは、大好きな母の
留守中、私達の不注意から行方不明になってしまいました。

 1997年4月13日(日)、その日はとてもお天気が良くて、夕方ミルクは父に連れられ
お散歩に出かけて行きました。
でもその日は母が朝から出かけていて、ミルクはずっと母の帰りを待っていた事、そして今
から思えば何だか予感がしていたのかも知れませんが、しばらく前からミルクに対して漠然
とした不安があり、正直私はその日ミルクを父が連れ出す事を快く思えませんでした。
でもお天気も良いし、すぐに帰って来ると言う父の言葉に結局送り出す事になってしまいま
した。
ミルクは父の自転車の前カゴに乗って、行き先は近所の公園、本当にすぐに帰って来るはず
でした。
ところが、父とミルクが出かけてしばらくして玄関に行くとミルクのリードがあり、その
時、父がミルクに何も着けずに出かけて行ってしまった事に気づきました。
心配になり、届に向かおうかと妹と話しているとちょうどその時インターホンが鳴りまし
た。
急いで迎えに出ると帰って来たのは父だけでそこに居るはずのミルクの姿がありません。
ものすごく嫌な予感がして恐る恐る父に聞くと公園に着き自転車からミルクを降ろしたとこ
ろ、突然ボールが飛んで来て、ミルクは驚き逃げてしまい、すぐに後を追ったものの途中で
姿を見失ってしまったと言うのです。
頭の中が真っ白になりました。ミルクは普段からあまりお散歩が好きではなく、いつもほと
んど母に抱っこされた状態で、家の周りを歩くくらいだったので、ミルクが自分で家まで帰
ってくる事は考えられず父とはぐれてパニックになっているミルクの姿が浮かびました。
心配で心配で気が遠くなるような思いの中、私たちは出先から丁度帰って来た母と共にすぐ
にミルクを見失ったという場所まで捜しに行きました。
手分けをして、連れて行った公園、見失った付近、その他思い当たる場所の道という道を捜
し回りました。
その日は夜中まで、もしかしたら臭いを辿って帰って来るかも知れないと、ミルクのお気に
入りのくまのぬいぐるみを引きづりながら一晩中歩き回り、次の日も早朝から徒歩で自転車
で車でずっとずっと捜し回りました。
でも、ミルクの姿をどこにも見つける事は出来ませんでした。
あの甘えん坊のミルクが一人ぼっちで彷徨っていると思うと居ても立ってもいられず気持ち
が焦り、「ミルクー!ミルクー!」と名前を叫び続けました。
その日玄関にちょこんと座り母の帰りを待っていたミルクの姿が頭から離れませんでした。
ミルクの事を思うと涙が溢れて止まりませんでした。
一刻も早くミルクを見つけ抱きしめたい、このまま見つからないはずがないきっとすぐに見
つかるそう信じその日からミルクを捜す日々が始まりました。


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 朝起きるといつも枕の上に乗っていて、名前を呼ぶと尻尾をフリフリうれしそうに顔をペロペロ舐めに
来るミルク。
そんなミルクがいなくなった事が信じられませんでした。
朝目を覚ます度ミルクがいない事を実感し、胸が締め付けられる様に苦しくて、息が出来ないくらい
わんわん泣きました。
「ミルクに早く会いたい・・」家族みんなの心からの願いでした。

 ミルクを捜し始めてまず、警察、保健所、役場、動物病院に詳しく特徴を説明し問い合わせ、動物
愛護センターには直接尋ねて行きました。
しかし、いずれも該当はなく、チラシを配りポスターを貼りながら、町内、近隣市町村を回り、家も一軒
一軒訪ね歩きました。
でも事故に遭った様子も、彷徨っている姿を見かけたという方もいませんでした。そんな中、ミルクが
いなくなり一週間がたった頃、母の知り合いの着物屋さんから丁度ミルクがいなくなった日の夕方、
見失った付近の路地でミルクらしき白いプードルを見かけたというお話を聞きました。
その方のお家にも同じ白いトイプードルが居る事から、見かけられたのがプードルだったのはまず間
違いなく、見かけられたと言われた時間や場所からその子がミルクだった可能性はかなり高く思われ
ました。
又、その時間のすぐ後に私達もその場所にいたにも関わらず、付近でそれらしいわんちゃんの姿を見
る事はなかった為、その子がミルクで、父が見失い私達と捜しに戻るほんの15〜30分の間にその
路地付近で保護されたのではないかと言う結論に至りました。
捜し始めて一番心配だったのは事故に遭っているのではないかという事だったので、すぐに保護され
た可能性が高いと分かった事でほっとすると同時に、一週間以上も経っているのに何処にも保護され
たという届出が出されていない事からどうやって保護されている方を捜したら良いのか、ミルクの居場
所が分かっても帰してもらえないのではと不安が募りました。
実際、捜していて「こんな可愛い犬なら私だったら絶対帰さない」とか、「高そうな犬だから拾った人は
得したね」等と言われたり、時には「何処かで可愛がられてると思うからもう諦めたら」と言われる事も
ありました。
そんな言葉を聞く度、ショックを受けました。ミルクは物ではありません。
私達の大切な家族です。家族をそんなに簡単に諦める事なんて出来るはずがありません。
それに、その子の今までの暮らしも気持ちも考えずもし隠して自分の家の子にしてしまうような方が
連れて行ってしまっていたとしたらミルクを本当に心から可愛がってくれるとはとても思えなかったし、
何処にも保護した事を知らせず、ただ連れて行ってしまうのは保護ではないと思いました。
とは言っても、やはり一番悪いのはミルクを迷子にしてしまった私達です。
ちゃんとリードを着けていれば、きっと迷子にしてしまう事はなかったし、もちろん大切な家の子なん
だから絶対家に帰してほしいと言う気持ちはありましたが、私達はいくら辛い思いをしても仕方がな
いと思いました。
でも人見知りが激しく美容院に連れて行きほんの少し離れるだけでも大変で、家族の中でも外にい
る時はけっして母以外には抱かれ様としないミルクが何処か知らない場所でどれ程不安でいるか、
そして自分では帰って来られないミルクの事を思うとどんなに時間が経ってもミルクが見つかるまで
ずっと捜し続けようと心に決めました。

 それからはもう必死で、ただひたすら思いつく限りの方法で捜し回りました。定期的に保健所等に
問い合わせながら、見失った場所はもちろん、町内中、駅や公園等人の集まる場所、道行く人という
人にチラシを配り、動物病院やお店にポスターをお願いし、少しづつ範囲を広げ毎日捜し続けました。
新聞に折込を入れてもらったり、地方紙や新聞の広告欄にも何度も投稿し、小学校にお願いし朝礼
で生徒さん達に尋ねて頂いたりもしました。
そんな皆様のご協力もあり情報を何件か頂ける事もありました。
その度、情報の場所に向かいましたが、残念ながらミルクではなく放し飼いになっているワンちゃん
だったり、すぐに情報の子に出会えない事もありました。
時には一年以上も情報の場所へ通い待ち続けた事もありました。
見失った場所から離れた所や愛知県外でも何年も前から拾ったわんちゃんを飼っている人がいると
の情報を頂いたり、似たようなわんちゃんを見かけたと聞くとどんなに遠くても情報の場所まで出か
けました。
でも隠されてしまうかも知れないと言う不安からなかなか直接尋ねられず、さりげなく近づいて確認
したり、様子を伺ったり、そんな風に捜していると不審に思われたり、ひどい事を言われたり、本当に
悔しくて辛くて、どうしようもない思いになる事もありました。
それでもミルクに会えるならと、捜し続ける中、道に落ちているゴミでさえ思わず、「ミルク!!」っと駆
け寄ったりしてしまうこともありました。
2年、3年、と過ぎると情報もほとんどなくなり、ただあてもなく毎日チラシを配り続ける日々が続きま
した。
時が経つに連れ尋ねても「まだ捜してるの?」とか「もう見つからないんじゃない」と言われ相手にされ
ない事も多くなり、家の事情もいろいろ変わり捜すのが本当に困難な時もありました。
そして、ミルクがいなくなって5年が経ちついにミルクと過ごした日々より捜している時間の方が長く
なってしまいました。
それでもミルクへ対する思いは薄れていくどころかどんどん濃くなっていくばかり。
でも八方手を尽くしもうこれ以上どうやって捜したら良いのか分からず本当にもう見つからないんじゃ
ないかと不安でたまらない毎日を過ごしていました。
そんな時インターネットを通じてもミルクを捜す事が出来る事を知りました。
でもそれまで私はパソコンをほとんど使った事がなかった為、どこからどう手をつけたら良いか全く分
からず、戸惑いましたが、とにかくやれるだけの事は全てしたいと思い挫折しそうになりながらも父の
パソコンを借り、インターネットやメールを使えるように手続きし、説明書を片手にあちこちに問い合わ
せながら一ヶ月かかりやっと簡単なものですが、ミルクの捜索ページを完成させ迷子サイトさんへの
書き込みをさせて頂けるまでになりました。
でも、それから一ヶ月経っても二ヶ月経っても一向に情報はなく、来るのは迷惑メールばかり、挙句
の果てには、「わんちゃんを・・」というメールが届き、「情報?」と思い開けた瞬間ウィルス付きメール
で一気に感染が広がりついにはパソコンが壊れてしまいました。
パソコンが壊れて苦労して作ったHPのファイルが消えてしまった事もショックでしたが、人の弱みに
付け込んだ悪質な悪戯が本当に許せなくてどんなに辛くても私達の不注意から始まった事だと思っ
てもこれまでの捜索の日々や、10才を過ぎたミルクへの心配、心に溜まっていた思いが溢れ出し悲
しくて悲しくて涙が止まりませんでした。
それからしばらくはパソコンを見るのも嫌になり、何だか全てが信じられないような気持ちになってし
まいました。
でも、しばらく考えどんな事があっても誰に何を言われても今まで「ミルクに会いたい」という気持ちは
変わらなかったし、きっとこれからもその気持ちは変わる事がないと思うと何だか気持ちが前向きに
なり、自分の気持ちに正直にとにかく出来る事をしていこうと思えるようになりました。
そしてチラシ配り等も続けつつ、次の日から直ったパソコンでもう一度、ミルクと暮らして来た日々を
思い浮かべミルクへの思いを込めてHPを作り直し迷子サイトさんにも再度書き込みをさせて頂きま
した。
そして地道な作業を続け、数ヶ月がたった頃パソコンを開くと、同じように迷子を捜されている方から
のメールが届いていました。
メールを読ませて頂き、辛い思いをしながらも迷子を捜し、再会出来る事を待ち続けているのは私だ
けじゃないんだと切ないような励まされるような気持ちになりました。
それから、不思議なくらい毎日、励ましのメール、捜索にご協力頂けるといったメールそして待ちに
待った情報のメールまでも頂けるようになりました。
情報の中にはかなり有力なものもあり、確認してミルクではないと分かるとやはりがっかりはしまし
たが、皆様の温かいお言葉に勇気付けられ力をもらい前向きに捜索を続ける事が出来ました。
同じように捜されている方と励まし合せて頂けた事、見ず知らずの私に温かいお言葉をかけて下さ
った方、ミルク捜索にご協力下さった方、ミルクのことを気にかけ情報を下さった方、ミルク捜索中
そんな皆様に出会えた事は本当に一生忘れらません。

 そして、今年(2003年)も4月13日が過ぎ、ミルクがいなくなって6年が経ってしまいました。
けれど、不思議と毎年その日を迎える度感じていた焦りや不安は何故か今年は感じませんでした。
ただ、もう一度初心に返り、一から捜しなおそうと落ち着いて6年目のその日を迎ることが出来まし
た。そしてミルクはきっと元気でいてくれる、再会を信じ捜し続けようと再度強く心に決めました。


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 必死の捜索にもかかわらず6年という時が経っても有力な情報もなく、ただミルク捜索を
知ってメールを下さる方の心温かい励ましに支えられながら捜索を続ける毎日でした。

 そんな中、2003年5月22日(木)の夕方、「前日の21日、会社駐車場に10才位の
白いメスのトイプードルが震えてうずくまっているのを見つけ保護したのですが・・」と一
本の保護情報の電話が入りました。
警察や保健所に連絡をしたが捜していると言う該当がなく連れて行った先の動物病院で私達
がミルクを捜している事を聞きご連絡下さったとの事でした。
場所を伺うと町内から目と鼻の先の近隣区!
その上保護された子は年齢、性別、犬種すべてミルクと同じ!
でも、もしミルクだとすれば6年間も彷徨っていたとは考え難い。
飼われていた先から又逃走したか・・もしくは、老犬になり手放されたのか・・
どちらにしても状況的にはミルクである可能性は低いように思えました。
だけど、可能性がないとは言えない・・
詳しくお話をお聞きし、会って確認させて頂けないかと先方様にお願いしました。
お返事は「今は会社の同僚の方のお友達に預けているので明日了解を得てもう一度お電話しま
す」とのこと。
その日は明日ご連絡を頂けるとお約束をし電話を切り、久し振りの有力な情報にドキドキし
ながら連絡を待ちました。
しかし、翌日になってもお電話はなく、それから一週間が過ぎても先方様からのご連絡はあ
りませんでした。
飼い主が見つかったのか、それとも又逃げてしまったのか、いろいろ不安になりご迷惑かと
思いながらもこちらからご連絡させて頂く事にしました。
ところが、久々の情報に動転していてうっかり先方様のご連絡先を伺うのを忘れていた事に
気づきました。
このまま連絡がつかなかったらどうしよう・・焦る気持ちを抑えながらお話させて頂いた内
容を一つ一つ思い返すと動物病院でミルクの事を聞かれたと言われていた事を思い出しまし
た。
「そうだ!!丁度、お電話を頂くちょっと前に初心にかえりもう一度一から捜し直そうと思
い、海部郡と近隣区の動物病院にポスターとお手紙を送っていたんだ!!
きっとその中の何処かの病院でミルクの事を聞いて下さったのだ!!」
早速お手紙を出させて頂いた動物病院に一軒一軒問い合わせる事にしました。
ところが、何故か何処も「該当なし」と言われてしまい結局先方様のご連絡先は分かりません
でした。(一体どういうことだろう・・??)
仕方がないので、他に先方様のご連絡先を教えて頂けそうな所はと考えると、はじめに問い
合わせたと言われていた保健所と警察がありました。(なんでこっちを先に思いつかなかった
んだろうか・・(汗)
そして、このどちらかで分からなかったらもう問い合わせられる所はないので、ドキドキ・
・祈るような気持ちで問い合わせると・・N区保健所でいろいろ聞かれた後「該当が一件あり
ます」と言う返事が返ってきました!!(良かった!!)
とりあえず直接はご連絡先を教えて頂けないので、保健所の方から先方様にご連絡して頂け
る事になり、そして数分後先方様からお電話を頂きやっとご連絡をとる事が出来ました。
先方様のお話では、22日のお電話で「6年も前だし、話をしてやはり違うのでは」と判断さ
れご連絡を頂けなかったとの事でした・・
それでもどうしても一度会って直接判断したい・・
ご無理を言いお友達に預けて下さったと言う同僚の方と直接お話をさせて頂くと快く申し出
を聞き入れて下さり、翌日会わせて頂ける事になりました。

 当日はお電話を受けたのが妹だったと言う事もあり母と妹が会わせて頂きに伺う事になり
ました。
もしかしたらミルクかも知れないという期待もありましたが、先方様から「ポスターの写真と
はちょっと違うようだ」と言うお話を伺っていたので、正直諦め半分違うのを確認するような
気持ちで母と妹を見送りました。
伺ったのが夕方だったので、すぐに帰って来るだろうと思っていたのですが、思いの外母達
はなかなか帰って来ません。
あまりの遅さに心配になり母の携帯に電話をかけてみました。
すると、電話に出た母の声は涙まじり・・
私:「どうしたの??」
母:「ちょっと信じられない事になってね、どうもこの子ミルクみたいなの・・」
6年間ずっと待ち続けた、でも信じられないような言葉が母の口からこぼれました。
会った瞬間駆け寄って来たりする事はなかったそうですが、抱き上げ顔を近づける
と、胸に込み上げるものがあり、「ミルクだ、この子を連れて帰らなきゃ!!」という気持ち
になったそうです。
そしてこれもとても信じられないような事なのですが、お友達に預けて下さった方は妹の小
学校時代の部活の先輩で、保護していて下さっていた方は妹の中学校時代の友人で、そして
預かって下さっていたお宅は近隣区ではなく同じ町内でした。
妹は会った瞬間自分の名前を呼ばれとても驚いたそうです。
そして更に驚いたのは私達がミルクを捜していることを伝えて下さった動物病院。
お手紙を送った何処の動物病院でも「該当なし」と言われた理由が分かりました。
ミルクを私達が捜している事を聞かれた動物病院と言うのは私達が海部郡内で唯一お手紙を
送らなかった病院。
いつも家の子(ミルクと仲良しのメリーとミルクを捜しているうちに出会った捨て猫ちゃんと
その子供達)を連れて行っている動物病院さんだったんです。
ミルクがいなくなった当時にそれらしい子が連れて来られたらとお願いしていたのをずっと
覚えていて下さり、先方様にお話して下さったそうで、何年も前にお願いしたことをずっと
覚えていて下さった先生に感謝すると共に何だか示し合わせたような不思議な繋がりに本当
に驚き胸が熱くなりました。
その後、すぐに家に連れて帰りたい気持ちでしたが今の我が家は大家族。
とりあえずミルクを迎える環境を整える為、保護先の方の善意に甘え、一週間程預かって頂
き、6月2日、今度は私と母でミルクを迎えに行くことになりました。
母と妹が保護先のお宅を後にする時、ミルクはかすれた声で遠吠えをしたそうです。

 私は母達の話を聞きながらも6年間も捜して見つからなかったのにこんなにとんとん拍子
に見つかるものなのかとすぐには信じられませんでした。
似ているだけで違う子なんじゃないか・・ひとりぽつんといるところを優しい人に保護され
て帰す帰さないともめる事もなくこんなにも穏やかに再会できるなんて・・夢のように思え
ました。
保護先のお宅に着きお邪魔するとわんちゃんが3匹、尻尾を千切れんばかりにフリフリ駆け
寄って来てくれたのは保護宅のマルチーズちゃん。
その横の飛び出し防止の策の向こうではまだ子供のビーグルちゃんが元気一杯大暴れしてい
ました。
そして「ほらあの子よ」と指差された階段の脇にガリガリに痩せた小さなプードルがいまし
た。
あの子がミルク!?目は白内障で真っ白。
ヨロヨロと歩くその姿に言いようのない気持ちになりました。
心細く不安でいっぱいのところを保護してもらい、もうすっかり懐いているようでその子は
私たちを車で送って下さった保護主さんのお友達の姿を見つけるとおぼつかない足取りなが
ら駆け寄り膝にちょこんとお座りしました。
もしミルクなら会ったらきっと私のところに来てくれるそう思っていた私はショックを受け
ました。本当にミルクなのかな・・
私達の事を忘れてしまったの・・
とても不安になりました。
でも今まではミルクにどんなに似ている子でもミルクでなければ、すぐ違うと分かったの
に、その子に対してはどうしても、どうしても、ミルクでないとは思えませんでした。
抱かせてもらうと私の心の中にもミルクと強く感じるものがあり、真っ白に濁ってしまった
瞳の奥からはミルクの面影が伝わって来ました。ミルクなの・・?
ミルクは本当にとても甘えん坊でお散歩へ連れて行ってもいつもほとんど自分で歩かず抱っ
こをされているような状態の子。
そんなミルクなのに迷子にしてきっと物凄く恐い思いをさせてしまったに違いない。
この6年間どんな風に過ごしていたのか、もしかしたら新しい環境の中で私達の事を忘れな
ければと思ったのかな・・
そして、「きっと家に連れて帰れば、だんだん思い出すんじゃない」という保護主さんの優し
いお言葉に希望をもらい家へ連れて帰ることになりました。
帰りの車の中、胸に抱いたミルクはペロペロペロペロずっと私の腕を舐めていました。
ミルク・・お家に帰ろうね。

 家に連れ帰った後も「1997年からずっと預かっていました」と言う方から直接かえして
頂いた訳ではないので、本当にミルクなのか慎重に判断しなければと思いしばらく様子を見
ると共に、その間はミルク捜索も続ける事にしました。
そして同時にもう一度、愛知県中の保健所に捜されている方がいないか問い合わせ、保護さ
れた場所の周辺も何か情報がないか訪ね歩く事にしました。
実際見た目でミルクと少し違うところもありました。
捜す時の特徴としても書いていたように6年前のミルクは鼻も爪も真っ黒だったのに、鼻も
爪も色が抜けたように茶色い所。
白内障になり、涙やけもしていて、目の印象も違う様に見えました。
6年前5才だったミルクが歳をとったらどんな風に変わるのか、離れていた6年間でどれ程
変わってしまうものなのか・・
保護して下さった方のご連絡先を知る為問い合わせたいくつかの動物病院では、「歳をとると
人間もだけど犬はもっと変わるよ。」と言われた所もありました。
実際歳をとるとどんな風に変わるのか正直私達には分からなかった為、いろいろな方にお話
を伺いました。
鼻や爪の色の事は 同じように歳をとったプードルがいる方は「家の子も歳をとり鼻も爪も黒
かったのが今は色が抜けてしまったし、表情も随分変わってしまった」と言われ、獣医さん
のお話でも、「絶対変わると言うわけではないが歳をとって鼻や爪、毛の色も変わる事は十分
に考えられる」と言う事でした。
そしてその事を考慮した上で6年前のミルクの写真と目、鼻というように一つ一つ慎重に見
比べていきました。
でも ミルクはこれと言ってミルクにしかないといった傷跡や模様等の特徴がない為、見た目
だけでミルクだと100%判断するのはとても難しく、写真と見比べてもそっくりに見える
ものもあれば違って見えるものもあり、見た目で唯一判断出来るとすれば今ここにいるこの
子もミルクと同じで傷跡や手術の跡等何も特徴がないと言う事だけ。
限りなくミルクに近いとは思っても物質的にはDNA鑑定でもしない限り、そうとも違うと
も100%と言い切ることは出来ないように思いました。
この子をミルクと判断する事はもうミルクを捜さないということだと考えると情けないので
すがなかなかミルクだと言い切る事が出来ずどうしたらミルクと言い切る事が出来るだろう
と毎日顔を見ては悩む日々が続きました。
ところが、そう言う見た目の部分とは別に、ミルクと暮らして行くうちに、食事の好みが全
く同じだったり、女の子なのに片足を上げてオシッコをしたり、サイレンの音等には反応し
ないのに、私が遠吠えの真似をすると一緒に遠吠えをする事、そしてペロペロとどんなに止
めてもひつこく人の口を舐める癖等、私達が忘れてしまっていたような、ミルクの癖までも
思い出させてくれるような仕草を目にするようになり、しかも何かを思い出したかのように
家中の臭いを嗅ぎまわったり、家にいる10にゃんの中でメリーにだけ反応ししきりに何か
を訴えているような仕草もしたりするようになりました。
そんなミルクを見ていて「早くミルクだと気づいてよ」と訴えられているような、気がして涙
が込み上げて止まりませんでした。
ミルクが家に帰って来て早く判断しなければとずっと表面ばかりを見てしまっていたけれ
ど、こうして側にて6年前の記憶の中にいるミルクと比べるとこの子はミルク以外の誰でも
ないという気持ちになりました。
そしてミルクが帰って来て1ヶ月、捜されている方がいるという連絡もなく、家族皆でいろ
いろ話し合い考えた結果時間がかかってしまいましたが、家族全員ミルクだという結論に至
りました。

 この6年間ミルクが何処でどうしていたのか、どんな方に飼われていたのか、手放された
としたら、歳をとり、目のほとんど見えなくなったミルクをどうしてあんなに交通の激しい
場所に置いて行ったのか、疑問やいろいろ複雑な思いもありましたが、今はもうミルクが帰
って来てくれたそれだけで十分と思っています。
思っていたようなものとは違いとても静かな再会でしたが、沢山の人の善意の中で奇跡に包
まれながらミルクは私達家族の元へ戻って来てくれました。
再び、一緒に暮らし始めてなんだかとても不思議なのですが、今ミルクがいる事がとても自
然で最近ではこの捜していた6年間が夢でずっと一緒にいたような気がしています。
こんなに長い間、ミルクを捜し続け、そして再会する事は、皆様のご協力と励ましなしには
無理だったと思います。
歳をとり白内障になり、今回、保護された時かなりボロボロで歯も虫歯だらけだったらしく
病院で歯を2本ほど抜いて頂いたそうなのですが、それ以外は幸いとても健康で体力的には
7才くらいだそうです。
そして朝晩きちんとした食事もでき、玄関のチャイムが鳴ったりするとワンワン吠えて走っ
ていく等とても元気にしています。
皆様のお陰で今こうしてミルクを抱きしめられることを本当に幸せに感じています。
そして6年間知らない場所でがんばってそして私達の元へ戻って来てくれたミルクには言葉
にならないくらいごめんねと、ありがとうと、偉かったねの思いでいっぱいです。
この6年を振り返り、辛く苦しくなによりミルクの事を思うと、とても良い月日だったとは
言えませんが、いろいろな出会いがあり、いろいろな経験をして沢山の事を学んだこの6年
間は私達にとって必要な時間だったのかも知れないなと思います。
これからは、一緒にいられなかった6年間の分もめいっぱい愛情を注いでいきたいと思って
います。
今迷子捜索をされている皆様のかけがえのない家族もきっときっと元気で帰って来てくれる
事を心からお祈り致しております。


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