
シドニーオリンピックも、10月1日に閉会式を迎えました。開会式と同様に、閉会式のショーにも、オーストラリアの人々の想いがたくさんこめられていました。
この特集では、閉会式のショーについて、解説をします。
ところで、この閉会式のショーは、単なるディスコパーティー風の演出と思った人がいるかもしれません。また、オーストラリアのエンターテイメントの単なる羅列の冗漫な演出と思った人もいるかもしれません。
確かに、近年オーストラリアでヒットした音楽や、人気歌手、世界的に活躍する人々をこれでもかという感じで総動員しました。
我々は、何故オーストラリア人がこのような演出をしたのか、その理由も考えてみる必要があると思います。
オーストラリアの精神土壌を表すことばに「カルチュラルクリンジ」(文化的劣等感)ということばがあります。イギリスの植民地から脱して国家が成立したのが20世紀初頭、それからオーストラリアは、イギリスとアメリカという二つの巨大な英語圏の国の狭間で文化的アイデンティティーを確立するのに苦しみ、自国を「文化不毛の地」と呼ぶ風潮さえありました。
植民地としての過去、自国の文化の歴史の浅さ、英米文化へのあこがれ、どうせ英米文化の二番煎じといった劣等感、けれども英米とは違う自分たちらしさもあるという気持ち・・・・こういう複雑な思いというのは、日本のような伝統のある国の人々には想像もつかないものでしょう。
近年、オーストラリアは、世界最強レベルのスポーツ、ハリウッドをうならせる映画産業など、着々と世界に誇れる文化を築き上げてきたのでした。けれども、まだまだ「カルチュアルクリンジ」の影を引きずっていたのです。
そんな中、2000年9月に突然全世界がオーストラリア・シドニーに注目するという、かつてない状況が訪れました。
今回の開会式、閉会式の演出には、詰め込み過ぎとも言えるオーストラリアの文化が披露されましたが、その背景には、先住民を含めた民族の融合やオーストラリアの正史を開会式に描き出し、そして、自分たちのありのままの姿を閉会式にこめて、世界という大舞台に対してはじめて「オーストラリアとは何か」ということを発信したのでした。オーストラリアの歴史は、建国以来ずっと、自らのアイデンティティを探求する歴史でした。しかし、今回はじめて、内向きの問いかけではなく、外に向けてそのエネルギーが発散されたことは、とても重要なことです。まさに、「カルチュラルクリンジ」が消え去ろうとした瞬間と言えるかもしれません。
この、またとない機会において、オーストラリア人はあれほど多弁に自らの日常や夢をあのショーに凝縮させたのです。
クリスティン・アヌー
閉会式の最初のステージに立ったのがクリスティン・アヌーでした。
トレス海峡諸島人のこの歌手は、自分の故郷を歌い上げました。「アイランド・ホーム」と名付けたその曲を、あるメディアの解説では、「海に囲まれたオーストラリアのことを表している」と説明していましたが、明らかにアヌーの故郷であるトレス海峡諸島を歌っています。
アヌーは、先住民のミュージシャンの中でトップスターであり、象徴的な位置づけにあります。まさに音楽界における、キャシー・フリーマンと言えるでしょう。は、先住民への意識が飛躍的に改善された90年代のオーストラリアを象徴する、ポジティブな象徴なのです。
トレス海峡諸島人は、アボリジニを陸の先住民とするならば、海の先住民とも言うべき人々です。人種も全く異なるメラネシア人で、風俗や踊りといった文化も全くことなる人々です。アイデンティティもアボリジニとは一線を画しています。
例えば、今回のオリンピックでキャシー・フリーマンが手にするかどうかで話題となった赤と黒と黄色をアレンジしたアボリジニの旗と、トレス海峡諸島人が掲げる旗は全く別のものです。このように、トレス海峡諸島人は、アボリジニとして一括りにはできない存在なのです。
アヌーについては、こちらもお読み下さい。
オーストラリアン・ロック
ロックの世界市場では、オーストラリアン・ロックの一大勢力があります。日本でも、音楽通の人々の間で広く受けいれられています。70年代のビージーズやオリビア・ニュートンジョン、ジョン・ポール・ヤングから始まって、AC/DC、クラウデットハウス、メンタル・アズ・エニシング、ミッドナイト・オイル、そして最近では、サヴェイジ・ガーデンやシルヴァー・チェア、ユー・アム・アイなどオーストラリアの音楽の層は厚く、又、世界的なマーケットを狙えるレヴェルを堅持しています。
今回の閉会式でも、サヴェイジ・ガーデン、INXS、ミッドナイト・オイル、メン・アット・ワークといった全世界級のアーティスト達による夢の競演が実現しました。(ちなみに、INXSのカリスマ的なボーカリスト、マイケル・ハッチェンスは既にこの世になく、この日は、同じく人気バンドのノイズ・ワークスのボーカルであるジョン・スティーブンスがINXSのボーカルをつとめました。)
ゴルフのスタープレーヤー、グレッグ・ノーマン(右図参照)や、スーパーモデルのエレナ・マクファーソンがパレードに気さくに登場したことが日本人には大変な驚きだったようですが、このロックグループの顔合わせもまた、驚嘆に値するものだったのです。
オーストラリアの音楽については、ロックから先住民の音楽に至るまで大変詳しい山田道成氏のホームページも是非ご参照下さい。

パーティのはじまり
閉会の辞などセレモニーが終わると、パーティがはじまります。
オリンピックのイメージソングを歌うバネッサ・アモロシーが登場すると、競技場には、奇妙な銀色の衣装を身につけ高足をつけて歩いたり、宙からつり下げ垂れたりして遊泳する宇宙人のような人々が登場しました。
一見、SFタッチの演出で、実際そう思った人も多いと思うのですが、彼らの頭の上をよく見ると、ちょうど傘の骨というか、骨だけの蝿帳のような、鉄パイプでできた銀色をした不思議な物体がのっかっていました。
これは、宇宙空間を表す小道具ではなくて、実は、オーストラリアの家庭にならどこにでもある洗濯物干し竿なのです。これはヒルズ・ホイストと言って、1945年にアデレードの技術者ヒル氏が発明したオーストラリア独自の物干し竿です(右図参照)。庭の芝生の上に広げ、洗濯物がくるくると回る光景は、オーストラリアのサバーブ生活の一つのアイコンなのです。
開会式に芝刈り機が登場したと同様に、このヒルズ・ホイストがあらわれると場内から独特の笑いが巻きおこりました。
皆にお馴染みの物干し竿を宇宙人の頭に載せて、花火を噴射させるなどの自虐的なユーモアが感じ取られます。
ソーシャルダンス
70年代のスター、ジョン・ポール・ヤングが彼のヒット曲である「ラヴ・イン・ジ・エアー」を歌い始めます。
それと同時に社交ダンスの踊り手たちがたくさん登場しました。あまりにも唐突で関連がわからない人も多かったのではないでしょうか。
オーストラリア人からすれば、「ラヴ・イン・ジ・エアー」がかかった途端に、ヒット作映画「ダンシング・ヒーロー」の世界であることがピンときたのです。巨大なダンスのステップを表す足、そして、巨大なキューピー人形も社交ダンスを象徴していました。
ところで、この巨大なオブジェ、単なる今回のショーのための思いつきではないのです。オーストラリア人は、何故か巨大なオブジェが大好きなのです。クィーンズランドの巨大なパイナップルや、ニューサウスウェールズの巨大なバナナはつとに有名で、その他にも巨大ロブスターや、巨大芝刈り機、巨大水牛など、オーストラリア全土には、とにかくいたるところに巨大なオブジェがそびえ立っています。子細はわかりませんが、大きいということがなにより大切なのです。このメンタリティについては、オーストラリア自身も非常に関心を持っているこの国の不思議な嗜好なのです。

12の巨大なモンバサ
大きいと言えば、このモンバサのオブジェも大きかったですね。
モンバサとは、オーストラリアの超人気ロックバンド、メンタル・アズ・エニシングのメンバーであるレッグ・モンバサのことです。彼は、非常に芸術的感性にすぐれていて、彼のデザインは自分のバンドのジャケットはもちろん、マンボというブランドの絵柄となってまさにケン・ドーンと人気を二分するほどの地位を勝ち得ています。
ケン・ドーンが外国人観光客がイメージする明るいオーストラリアをデザインしているとするならば、モンバサのデザインは、けばけばしくグロテスクで、しかしそれ故に若者の気持ちを捉えて離しません。彼の絵柄は、オーストラリアの若者文化の象徴であり、またオーストラリアのポップカルチャーの象徴でもあります。
数年前に、シドニーのパワー・ハウス博物館でオーストラリアンロックの歴史を振り返る特別展が開かれ、大好評を博しましたが、その美術には全てモンバサの絵柄が用いられました。このように、モンバサがオーストラリアのポップシーンに持っている影響は絶大なのです。
ちなみに、12のオブジェの中には、ビアーモンスター(ビール狂のオーストラリア人の象徴)、フランケンシュタインのカンガルー(意表をついてカンガルーのネガティブなイメージを強調)、マクカンガルー(片手にハーバーブリッジ、片手に戦闘機を持つ)などが見られました。
ワーキングクラスのヒーロー
階級社会は、オーストラリアは建前上はないとされているが、イギリス文化を受け継いでいるため、日本人から見れば確かに存在しています。オーストラリアの文化というのは、ワーキングクラスの人々のメンタリティがそのまま反映されているという特徴を持っています。
そのワーキングクラスの人々のヒーローとも言えるような歌手がジミー・バーンズなのです。このエネルギッシュに高音で歌う中年の歌手は、前に挙げたようなそうそうたるオーストラリアのロックミュージシャンたちとは違って、日本では全く知られていません。しかし、オーストラリアでは、まさに、ジミー・バーンズを愛することがオーストラリア人の証明であるかのようなムードさえあるのです。パブでオージーフットボールのテレビ中継を見ながら、フォスターズビールを飲み干し、そして、流れてくるジミー・バーンズの歌声に耳を傾ける・・・・これぞまさに、オーストラリアなのです。
ジミー・バーンズの他にも、閉会式パーティの最後の方に出てきたメン・アット・ワーク(このバンドは世界的ヒット曲「ダウン・アンダー」があるため日本でも知られているでしょう)、ラストに「ウォルシング・マチルダ」を歌ったスリム・ダスティもオーストラリアのワーキングクラスを中心とするパブの文化がうんだスターと言えるでしょう。
隠されたメッセージ
ミッドナイト・オイルのボーカルのピーター・ギャレットをはじめメンバー全員が、「sorry」と書かれたTシャツを着ていたのに気づきましたか。
ミッドナイト・オイルは、社会性のある硬派な歌を歌うことで有名なロックバンドです。特にピーター・ギャレットの社会問題への関わりは常に真摯で話題を呼んできました。
今回のステージで、彼が伝えたかったメッセージは何でしょうか。
おそらく、オーストラリアで今もっとも重要な政治問題である、アボリジニに加えられた「奪われた世代」、その他の抑圧に対して、ハワード政権が正式な謝罪を拒んでいるということを、ギャレットは浮き彫りにしたかったのでしょう。
ミッドナイト・オイルの次のステージは、最も人気のあるアボリジニバンド、ヨス・インディでした。
ここで観客は、アボリジニ対して向けられた「sorry」というギャレットのメッセージに気づいたことでしょう。
オリンピックという国家的なイベントに参加しながらも、政府に対して反骨精神を忘れないギャレットのロッカー魂は、同時に、反骨の気概を重んじるオーストラリア人の美風とも言えるでしょう。

ビーチカルチャー
ビーチサンダルの巨大オブジェにのってあらわれたのは、カイリー・ミノーグ。今年の夏もヒットチャートのトップを走り続けた人気歌手です。もともとは、世界中に愛されて続けるオーストラリアのソープオペラ(連続ドラマ)「ネイバーズ」から出てきたアイドルです。
麦わら帽子にサングラスそしてひらひらのワンピースといった彼女のいでたちは、開会式の小さな歌姫ニッキ・ウェブスターちゃんと同じで、典型的な海辺のファッションです。また、カイリー・ミノーグが乗っているビーチサンダル、それを担ぎ上げているライフセーバー、そして彼らの胸にはボンダイの文字。まさに、シドニーのビーチカルチャーそのものです。ボンダイは、もちろん有名な海水浴場ボンダイビーチですね。ビーチバレーの競技も行われましたから日本でもお馴染みの場所ですね。
ところで、オーストラリアと言えば、青い海と空、白い砂というイメージが日本人に刷り込まれておりますが、これは、所謂オーストラリアで言うところのビーチカルチャーではありません。オーストラリアのビーチカルチャーは、例えばライフセーバーたちが体現しているようなムキムキの体に褐色の肌をこれ見よがしにさらすというマッチョな空気にあふれたものなのです。ただし、このビーチカルチャーの南限はシドニーまでで、いい波とビーチのないメルボルンやアデレードの海岸にはないものです。
カイリー・ミノーグの歌を聞いて、「おや?」と思った人が多かったのではないでしょうか。「ロコモーション」のカバーで知られるカイリー・ミノーグですが、彼女は「ダンシング・クィーン」の曲をカバーしたことはないはずです。では、ABBAの名曲「ダンシング・クィーン」とオーストラリアの関係は、何でしょうか。
実は、90年代から全盛期に突入したオーストラリア映画にとって、ABBAの曲は特別な存在なのです。「ダンシング・クィーン」をフィーチャーした代表的なオーストラリア映画に「プリシラ」「ミュリエルの結婚」があります。
それにしても、何故ABBAなのでしょう。オーストラリアはよく「巨大な田舎」と呼ばれることがあります。英米と比較して、田舎っぽさ、時代遅れがオーストラリアの専売特許であり続けてきました。ところが、90年代に入って、それを逆手にとった動きがオーストラリア映画の中から生まれてきたのです。流行とは無関係の70年代ポップスをオーストラリア的風景にかぶせることによって、むしろその潔さ、物干し竿のヒルズ・ホイストの演出にも見て取れるその自虐的なユーモアのセンスが新鮮なものとして浮かび上がってきて、ABBAはオーストラリアの新しいアイデンティティになったのです。

楽しい山車(だし)
ユーモアに満ちた山車は本当に楽しいものでした。
ゴルフのスタープレーヤー、グレッグ・ノーマンのニックネームであるグレート・ホワイト・シャークを洒落て大きな鮫の山車に彼を載せてみたり、「クロコダイル・ダンディー」のあの有名な大きなアキューブラハットの山車に主人公役のポール・ホーガンを載せてみたり・・・・。子供達のためには、国営ABCテレビでお馴染みの「バナナ・イン・パジャマ」も登場しました。
中でも印象的だったのは、ドラッグクィーン(女装するショウ・ボーイ)の山車でしょう。これがここに登場するのは二つの文化背景があります。
一つは、毎年謝肉祭の日(3月上旬)にシドニーで行われるマルディグラパレード。これは、ゲイとレズビアン、そしてドラッグクィーンたちがきらびやかな衣装に思い思いの山車を仕立ててシドニーの目抜き通りを練り歩くものです。このパレードの人気はすさまじく、数万人の見物人が列をなし、日本の観光客も多くくり出しています。このパレードがいかにオーストラリア人(シドニーっ子)に愛されているかというエピソードに、東ティモールに展開中のオーストラリア軍が戦地でマルディグラの真似をして国際的な非難を受けるという笑えない話もありました。
もう一つは、映画「プリシラ」です。これは、マルディグラの人気、そしてダーリングハースト(シドニーの繁華街)あたりのゲイのショウパブの盛り上がりに触発されて制作された映画です。山車の派手なペインティングのバスに銀色の旗をなびかせる姿は、映画の最も印象的なシーンを再現したものです。
けれども、全ての人々が諸手をあげてこのシドニーの新しい文化を歓迎しているわけではないのです。もともとオーストラリアはマッチョ的な男性中心の文化が支配する地でもあります。また、保守的な層からは宗教的な理由でゲイに対して激しい嫌悪感が示されています。特にこの閉会式の企画にドラッグクィーンが登場するという情報が流れるや、チケットの払い戻し運動が巻きおこるなど、厳しい現実もまたあるのです。
ウォルシング・マチルダでさようなら
楽しかったパーティーもこれで最後。
最後は、当然というべきか、はたまた意外というべきか、ウォルシング・マチルダの大合唱で幕を閉じることになりました。
19世紀の終わりから歌い継がれ、オーストラリア人の反骨精神を歌い上げた歌として今日まで愛され続けられてきたこの歌が最後の歌として選ばれたことは、この歌の持っている意味を改めて考えさせられました。
この歌は、愛されている一方で、オーストラリアの白人文化の象徴でした。先住民の重視、多民族国家、多元主義文化へと移行しようとする中で、これからは古来の白人文化がどんどん後退を余儀なくされていくでしょう。閉会式の冒頭で歌ったクリスティン・アヌーはまさに新しい時代の象徴です。
世界中が注目した華やかな祭典オリンピックが去りゆく寂しさ、古いものが20世紀という時代とともに新しいものに塗り替えられていくということに対するノスタルジーそういった哀愁が、このウォルシング・マチルダに全て包み込まれているのではないでしょうか。
ギター片手にウォルシング・マチルダを歌い上げたのは、50年にわたってパブで流しをやっていたスリム・ダスティでした。
このページの写真は、シドニーオリンピック公式ホームページの開会式のページから転載しました。