マース
 
 
聴きたいと、思っていた
 



  名前 1
 
 


マース・ヒューズ、士官学校二回生。
 
士官学校、それは軍事国家アメストリスの各地に設立されている、「仕官」の言葉通り軍人育成を目的とした学校である。
入学資格は十八歳以上の健康状態の良好な者であれば認められる。ただしその前に課せられた筆記試験をこなし、体力測定にてある一定の成績を示さなければならない。ただ、医療や兵器開発の専攻を希望する者は体力測定の基準が甘くなる。
医療部門は卒業するために最低六回生まで進む必要がある。開発部門は四回生までみっちり技術や知識を詰め込まされ。
そしてそれ以外の仕官として(一般人からすればこちらに軍人というイメージが偏っている)入学した者は、二回生まで進級した者は下士官、四回生で卒業したものはそれより上位の仕官として軍部に配属される。成績の悪い者と優秀な者とを同列に扱う訳にもいかず、成績の優劣によってその階位に差をつけるのは当然だろう。だからたまに二回生で終えた者と四年間分きっちりカリキュラムをこなした者とが同じ階位を与えられるような事態もある。そういう場合は軋轢を配慮して、異なる配置に置くが。
 
今年度においてマース・ヒューズは危うげなく二回生へと進級を果たしたその前期カリキュラム終了後、ご多分に漏れずまず第一回の進路選択を迫られた。
 
「1.二回生で終え、軍の指揮下に入るか」
「2.いっそ退学して民間人に混じるか」
「3.とりあえずさらに進級してみよう」
 
「1」は「別に出世コースに乗りたい訳じゃないし」「ぼちぼちの給料がもらえたらいいや」な昇進に関心の薄い人向け。「2」は「軍人は嫌われることが多いし、殉職率が高いのは考え物だし」「下手に体に傷をつくるのはやっぱヤダね」、と、あと親に「軍人はやめてくれ」と泣きつかれた途中退場者。「3」はこの時期ではまだ惰性としばらくの様子見に落ち着いた者が選択することが多い。無論のこと、「上仕官になりたい」と願う者も少なくはない。
ここで「3.とりあえず〜」の項を選択して進級を重ねると、そのうちまた似たような選択を迫られるのだが。
そしてマース・ヒューズは「進級」という選択肢を躊躇なく取った。
理由は「切り上げる理由が見つからない」のと、あと、「興味があるものがある」からだ。興味の対象は学問ではなく一応の生命体であったが、その辺でたむろする学生と同列に扱うにはいささか異色であり。まあいろいろとあって、あり過ぎて少し踏み込みすぎている感もしなくはないが、「まあ退屈しねえからいいか」の一言でもう少し構ってみることに決め込んだのだ。
当の本人に馬鹿正直に言えばブーツのまま鳩尾あたりを狙って蹴りを叩き込まれるか、隠し芸(彼は隠してはないが必殺技の言い換えのつもり)で焦がされるか、その他いろいろされそうだから言わない。
(まあ言っちまってもいいんだけどよ)
かの気まぐれな御仁が容赦をしない(加減をしない、と同意ではない)のはいつものことだから、今更一つ二つ傷が加わっても大差ない。むしろその反応を楽しんでしまっているあたり、図太いというか悪趣味というかは人それぞれだ。
 
結局、マース・ヒューズが進級を決めた最大の要因はとある同期生にあるのであり、そのことが人に胸を張れるようなものではないことは確かだった。
 
初めは「なんか毛色の変わったのが入ってきたなあ」で気を引かれた。見ているだけ、は大変つまらないのでとりあえず突付いてみて。見事に引っかかれた。
(おお猫だ)
その外見から少し想像しがたい気性を垣間見て、ますますつぼにはまってしまった。世話焼きの性格からしてほって置けなかったのもある。
なんらかの反応を引き出すことができれば後はヒューズのもの。まあそれからああだこうだと紆余曲折を経て、今の関係を築くに至る。
波長が合ったというか馬が合ったというか、ともかく今日に至っては強く互いを結びつけるものを感じているくらいだ。一方通行でないところに公然と歓びを示す辺りがマース・ヒューズである。相手の照れ隠しもどこ吹く風、「だからマスタングと付き合えるんだよなー」「結局、類友(るいとも)なんだろ」の呆れの混じったからかいも、彼に謙虚の二文字を教えることはなかった。
 
 
 
ところが、である。そのマース・ヒューズ士官学校二回生にも吹聴するには躊躇われる、「問題」を抱え込むに至ったのだ。
 
普段ならば「なあなあ聞けよー」で同室の相手が明らかに嫌がる素振りを見せようが、あからさまに逃亡を図ろうが強引に鬱屈をぶちまけるところなのだ。「こっちに話しかけるな」と拒絶の意思を明示した背中に「ねえロイちゃんってばー」とかわざと相手の気を引いて、さすがに我慢できなくなった学友が文句の一つでも言おうと向き直ったところに、一気に畳み掛けて「ふうすっきり」が定石であるのに。(そして哀れなる被害者は倍増した鬱屈を抱え込むことになる。むろん憂さ晴らしをして解消するのだが、さらなる哀れはその二次被害者であると思われる)
ところが今回は抱えたものをぶちまけるどころか、むしろ隠匿しているようにもみえる。
 
(ちくしょー)
 
 
「なんだよヒューズ、お前難しい顔してんなあ」
読解不能なまでに書き込まれた黒板を向いているものの、そこに焦点は結ばず虚空を彷徨うような目線上にひょいと同級生の顔がのせられた。
「なになにあの史学の化石教師にいびられたとかー?」
好き勝手言いたい放題の友人ども。おそらく親切心で言ってくれている者は一人としていない。何か面白そうなネタでもありそうだ、と娯楽の少ないこの学校生活で培った勘を見事働かしている。
「マスタング絡みの厄介ごとでも持ち込まれたんだろ、どうせ」
あの「上級生との泥沼事件」(何が泥沼なのかひどく歪曲した表現だが、しかし事実の一端をもついていた)は未解決だったんだよな。
 
「ちげーよ」
マスタング絡み、の一言に一瞬拍動が乱れたが、表面上はその動きを綺麗に取り繕う。奔放に自分をネタにしてくれている友人たちは気づいていない。
彼らの遠慮の無く、そして際限のない想像が広がりすぎる前に釘は刺さねばならない。
「もしかして食堂のおばちゃんにラヴってしまったとか!」
「おお道ならぬ恋か!?」
「マスタングに続く『年上キラー』誕生なるかってとこか」
攻めの方向性が変わったはいいが、思わぬ変化球に机に沈没する。
(そこにそうくるかよ、おい)
まあ食堂の『御婦人』方は偉大であるが。
言い立てる内容は「食堂のおばちゃんネタ」で決定らしく、さらに当の本人を置き去りにして暴走しだす。
「違う」と今度はさらに語気を強めて吐き出すより早く、
 
「それは食堂を動かしてくださる女性陣に失礼というものだろう」
彼女らは包容力があって、人間観察も鋭い。お付き合いをして得られるものはこちらができることより比重が大きいだろう。なかなか話していて面白いものだぞ。
(・・・・そりゃよ、女の肩を持つとは知っていたけどさ)
なんだかまた力が抜けてしまった。いや、口を挟んできたのが彼だったから、というのも嫌々ながら認めよう。
「士官学校の堅物教師より敬うべきは食堂のおばさんである」という生徒間における共通見解には納得するが、とりあえずそれは横においておいて。
 
「あーもうだから違うって」
上目遣いに学友の顔を見上げる。
本の世界にさっさと戻ろうとしていた薄情な男は、「そうか」の一言でやはり本を開いてしおりを挟んだ貢に戻ることを試みている。なんだか空しい。
「じゃ、何がどう違うんだって?」
否定をすれば、別方向が食いついてくる。からかえるネタはできるだけ搾り取って、最大限に活用してやろうという魂胆が見え見えだ。自分も普段やっていることなのだが、なぜ他人にやられるとこうも腹が立つものか。「自分がやられて嫌なことは、他の人にしちゃいけません」の家庭内の教訓は真理をつくが、守られないことが世間一般である。
さて、この揚げ足取り(しっぽを出すのを期待しての確信犯的行為)の一筋縄ではいかない悪友どもをどういなすか。
こちらも一筋縄でいかないことを自負する男は、ようやくその場を逃げ切る算段に頭を回し始めたのだった。
 
 
 
 
納得はしていないのだろうが、暇つぶしという目的を達成した友人たちはその休み時間中にあっさり引いてくれた。次の休み時間ではもう違うことが話題に上っていた。
自分が抱える「問題」に対する意識が表面上に現れていたことに驚いたものの、それからは注意を払ったのでみなヒューズの「煩わせている何か」に気づくことはなかった。
なかったはず、なのだが。
 
「で、どうしたんだ?」
 
ああなんでそこでお前が聞いてくるんだよ
授業が終わって、特に急ぐ課題もなく夕飯までの時間をくつろいでいるところに。
士官学校は完全な寮制だ。こればかりは例外は認められていない。女子寮と男子寮はもちろん分かれているが、いかんせん男の方が多すぎる。一棟で収まらず第一寮から第三寮まで設けて男子学生を収納している。男子寮は渡り廊下で別棟の食堂につながり、女子寮だけが建物内に食堂が併設されている。
基本的に二人で一室であり、一回生時にその組み合わせが決定するとよほどのことがない限りパートナーの変化はない。あまりに反りが合わず、近隣の部屋にまで被害が及ぶとさすがに寮長が動くが、それもよほどの事態でないと組み替えはない。
自分の相手はかのロイ・マスタングで、さすがに一回生の前期はどうなるかと内心を煩わせるほどこともあったり、今思えば奇跡の綱渡りをしてきた。世渡り上手、を自認するヒューズですら一時危うい触発寸前の均衡状態に陥ったことも一度二度ではない。時間がたって交友を深めてみればほとんどの問題は解決できたり、容認の形で落ち着いた。
今に至ってはむしろ心地いいほどだ。
ここまでこのうえなく良好な状態を保ってきた、とはおそらく共通認識に違いない。
違いない、のだが。
 
「なあヒューズ」
二段ベッドの上階から顔だけずらして見下ろせば、わずかに眉をひそめた同室者がこちらを見ていた。
さてどうはぐらかすか。
先ほどの同級生たちはうまく撒けた、もしくは追及の手を優しくも緩めてくれた。ところがこちらはあれでは納得してくれていなかったらしい。
一年前なら「勝手に悩んでいろ」で終わったところが、近日になってはこんな鋭さも垣間見せる。ただし基本スタンスはやはり無関心、に尽きる。
(うんうん他人に関心を示すのはいい傾向だなー)
学友の人間性の成長に思わず目頭を拭いたくなる。時折何か間違った方向に伸びている部分もあるように見受けられるが。
(って、ちがくて)
(そこはスルーして欲しいんだけどローイ)
特徴ある黒い瞳がじっとこちらを見つめている。時折長いまつげを上下させる以外、その目線はこちらから外れる気配もない。しかし一年も付き合っていれば相手の性格、行動パターンなど把握できる。彼の忍耐は持続力に優れてはいない、黙って待っているうちが華である。そろそろ首が疲れてくるだろう、その角度で二段目を見上げるのはかなりきつい。彼が切れだす前にどうにかする必要がある。しかしその対処に「正直にぶちまける」の選択を入れたくないヒューズとしては、彼の機嫌をいかに損ねずして切り上げるかは大変な難題であった。
しかし救いの手は思わぬところから差し伸べられる。
 
「ヒューズ、ロイー」
「飯行くぞー」
隣室の友人がありがたくも、夕餉の誘いに来てくれた。
コンコン、と木製のドアを連続して叩いた後、そのまま行過ぎるでもなくどうやらこちらを待っていてくれるらしい。
一旦首をドアに巡らしたのち、再び階上を見上げる友人に
「待たせちゃ悪いからな、行こうぜ」と、これ幸いに危なげなく二段ベッドの上から飛び降りると、行儀悪く脱ぎ散らかしたブーツに足を突っ込んだ。
今だその薄い唇は微笑と真逆の形をとったままであったが、ヒューズの珍しいまでに強引な挙動にそれ以上引っ張ることを諦めたのか「ああ」と応えが返った。
納得はしていまい。
また夕飯をかきこんで部屋に戻れば食いついてくるかもしれない。だがとりあえずは食する、という欲求を満たしかつ堪能するために、気分は切り替えた。
「なあなあ今日の夕飯フライなんだってさ」
おれ海老より牡蠣の方が好きなんだけどなあ
「なんでお前そんなこと知ってるんだ」
「ヒューズ様はなんでもお見通しなの〜」
「そうか、食堂に愛人がいるとは本当のことだったんだな」
指導官にばれないようにうまくやれよ
「・・・・・・」
 
 
 
同室の友人の言うとおり、夕飯のメインはフライであった。
大きなプレートに脂ぎった照りを放つ赤色が三尾分。その赤色に続く身は程よい焦げ色のついた衣をまとっている。街中の大衆食堂に登場する、もはや魚介類よりそれを覆う衣がメインとなっている代物より、はるかに価値ある一品である。横には八つ切りの赤い緑黄色野菜と少しのサラダ、そして栄養価はやたらとあるのに食べずに飾りで運命を終える深緑の葉菜が鎮座している。
メインディッシュのプレート、足りない野菜を補うサラダの小鉢にスパゲッティスープのセットが揃ったトレーを受け取って、後は各自で欲しい分だけのパンや他の副菜を加えて空いている席に腰を下ろす。フルーツも常に季節の物を二、三種備え付けてあるし、フルーツジュースを代わりに選んでも個人の自由だ。
各テーブルに欠員がないことを確認して「それでは頂きます」と初等部の低学年のような決まりごとはない。各自好きな時間に好きなメンバーで食事を取ることが認められている。ただし食堂の運営時間はきちんと決まっており、運営時間を過ぎれば泣きついても余り物すら分けてもらえない(たまに例外的存在がいる、とのまことしやかな噂を食堂のおば様方は否定する)。最低限の時間に対する規律は残っているのだ。
 
「今日はまだけっこう残ってるみたいだな」
彼らはいつも飢えた学生が食堂に押し寄せ、腹を満たして他の場所に散るのを待ってトレーを手にする。腹がすいていないといえば嘘になるが、大挙した男たちがひしめく食堂で夕飯を摂るほうが嫌であった。
ヒューズとロイと、隣室の二人の四人でもはや定位置となったドアとは正反対の窓側に座る。人通りの激しいところは好きではないし、何かと目立つグループであるが食事中にまで不躾な視線を頂きたくない。
 
ヒューズが三尾目の尾をプレートの端に寄せ、隣室の片割れのセディク・カルローが二つに割ったオレンジの半分を手にしたとき、
「やほー」
ロイは背中に衝撃を感じた。手にしたカップから紅茶の水面が陶器のふちを越えないようにバランスを取る。そのことに神経を向け、返事をする余力もなかったのだが、急襲者は返事がないことを気にする風でもない。
「よおアヴィセント、もう飯食ったのか?」
セディクと同室のジーン・ライエットが隣のロイに代わって言葉を返した。
「おう、食った」
くりっとした瞳を細め、顔をくしゃりと崩す。ロイに後ろから衝撃を加えたアヴィセント・ハスクは、彼らと同期である。しかしその身長は並以上に低い。ここでいう並、とは大柄なものが集まる士官学校の平均からしてではなく、世間一般の同年代の男子に比べて、を指すのでそこからしてアヴィセントはこの学内ではかなり小柄な体型である。
ぺっとりと張り付いた発熱体をそろそろ引き剥がそうかと、ロイはカップをソーサに
戻した。その気配を感じて、背中の小動物は密着度をさらに上げる。そろそろ暑苦しさと息苦しさを感じて、こちらから折れることにした。
「何がしたいんだ?」
いつものパターン、わかってはいるが、あえて訊くのも恒例になっていた。
「くれっ」
成人(満18歳で成人となる)した男がそんな台詞を吐くのは薄ら寒いことこの上ない。しかし違和感が無さ過ぎて、逆にそのことが妙な恐怖を感じさせる友人にヒューズは釘を刺す。ロイと一絡げにして。
「こらアヴィセント、お前もう自分の分は済ませたんだろ?それで満足しとけ、じゃなきゃパンだか果物だかで腹を膨らませろ
でもってロイ、お前はちゃんと出されたもんはは食っとけ。スタミナ切れ起こすぞ」
片方には牽制し、片方には発破をかける。タイミングと采配のバランスは他の誰にもまねのできない秀逸さである。そのおかげで扱いづらいと評判の友人の世話係となってしまった19歳。
まだ諦めた様子の無い少年はロイの肩越しに、プレートに残る一尾に熱い視線を注いでいる。
「えー、ロイ食べないんだろ、じゃちょーだいよぅー」
少し丈の余るシャツの裾から左右に揺れる尻尾を見た気がするが、間違いなく錯覚だ。
「こんなにたくさん出されて食べきれるか
 スタミナをつけるも何も、適量を超えたら逆効果だろうが」
口の減らない友人に、こちらが罪悪感を覚えそうな表情でおねだりを続ける友人。正直、気勢を削がれることこの上ない。しかも再びたしなめるより早く、
「じゃあアヴィセント、グレープの半割りを一つ取ってきてくれ」
大食家ではない友人に一言を与えられて、今度はその頭部にピンと立った獣耳を見た、気がする。
「おお早い早い」
「さすがドーブツ」
勢いよく一つ頷いて、その小柄な体は即座にカウンターに向かった。他より一回りも二回りも容積が少ない体は、他の学生に弾かれることは無い。ひょいひょいと学生達の流れの隙間に入り込み、トレーの返却を試みる者より格段早くカウンターにたどり着いた。
「もしかしてちっさいって得なのか」
「んなワケあるか、阿呆」
半球のグレープフルーツを載せた皿は底が浅く、少しバランスを崩せば果実は床へとダイブするだろう。しかしそこはさるもの、
「あ、接触しそう」
「すげ、あの近距離で回避するか」
しかもバランス崩れてないし
「動物だな」
「うむ、本能のイキモノだな」
 
「到着っ」
スプーンが添えられていないことが減点対象だが、ご褒美を期待する表情を曇らせるのも躊躇われる。ロイにしては珍しい心の動きである。
取りにいくのも面倒なのでスープで使用済みのもので我慢することにした。
「ロイロイー、ごほーび」
期待に目に星を浮かべるお遣い完遂の同級生がまた背中にへばりつく。
「ああ、ほら」
海老の尻尾を白い指でつまむと、肩越しに首を伸ばす友人の口元まで運んでやる。間髪を置かず、綺麗に並んだ歯がフライの半ばまでをぶつりと噛み切る。口を動かして、咀嚼物がのどを落ちていくのを律儀に待って、もう一度口元まで持って行ってやる。
行儀が悪いが、やっている本人は小動物を餌付けしている感覚しかない。普通、人間に対して動物扱いをすることは蔑んだ行為が大方だが、ここのこれは彼らのコミュニケーションの延長上であり、愛玩動物のように扱われている本人が全く気にすることがないので目下のところ「問題ない」と決論付けられている。
御満悦の表情で口を動かすアヴィセントに、ジーンが口元の油粕をナプキンで拭き取る。
「ライエットはまめだな」
「お前さんほど怠惰でないけど、ヒューズほど世話焼きでもないけどね」
ひょいと肩をすくめて汚れを内にしてナプキンを畳む。対してロイは顔をしかめた。暗に二人の関係を揶揄されたような気がして。だが悪意のない、あくまで事実関係を意図する言葉なので不快の度合いは割合低い。
 
「?」
なんだ?
 
カリカリに揚がった尻尾にまで興味を示すという食い意地っぷりを発揮してくれたので、そうなる前にと指先に残ったそれをプレートにはじいた時。
視界の端にヒューズの顔を捉えた。正確にはその表情を、だ。
改めて見直したときは、呆れた表情をこちらか後ろの一人にか注いでいる風だった。けれど見間違い、ではない。幻であったかのようにもはやそこに残り香も無いとしても。
やはり錯覚かと片付けるには、激しい、より曖昧でそこにこめられる感情が読み取りにくい微妙な揺れであったことで一層ロイの心に引っかかってしまった。
 
ご機嫌な友人が部屋に戻った後、ロイの前には黄色い柑橘が残った。
等価交換、のつもりで持ってきてもらったのではないが。やはりなんとなく、で取ってきてもらうのではなかった。
それと、
「・・・・・スプーン」
顔をしかめる。いざ対象と向かい合うと、手にした使用済みの金属片がどれだけ用途に向かないかを思い知る。
ただでさえ薄い食欲が、さらに希釈される。
だが、やはり取りに行くのは面倒で。
(これがヒューズだったら取りに行かせるのになあ)
ちらと見ると、何か読み取るものがあったのか
「お前、俺だと容赦なく取りに行かせるくせに」
「よくわかってるじゃないか」
じゃあ取りに行ってきてくれるか
 
テンポのいいやり取りを広げる一組に、もう一組は楽しそうに見物している。「今日はどっちが優勢かな」「このパターンだと・・」とか士官学校きっての名物二人を前にしてこの図太さ。彼らがこちらと付き合うのはこの見世物目当てかと、ときどき「清い友情」に疑いを抱きたくなる。
 
ヒューズは口を曲げた。
「そこまで世話やけねえよ」
複雑、な心境である。
だが複雑さを自分に呼び込んだ張本人は、もはやこちらに無関心だ。
やはりスープのスプーンでは大きかったな、と半割りの果実を前に悪戦していた。
 
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