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うずしきようこ
岩手県の海沿いの町から内陸に入った山中に、今でも雑穀を栽培している集落がある。秋に水車祭りが開かれるという話なので、役場に電話すると、観光課の職員は「お祭りといっても地元の年寄りが手作りでやっているもので、何かイベントのようなものを期待されても」と当惑したように答えた。また宿は集落から四、五キロ手前に一軒あるのみ、あとは町まで戻らないとないという。
東北出身の友人を誘い、十一月はじめ水車祭りに出かけた。海岸の町からバスで入る。刈り取りの終わった田がしばらく続き、やがて山に入った。すでに晩秋、白樺やブナなどの葉は落ち、斜面一面に落ち葉の細かい色がしきつめられていた。岩手は山や高原の起伏がなだらかで大きく、空が広くみえる。葉の落ちた木々の下には西日が明るく当たり、上は青空が透けて見えた。
途中、戸鎖という中心的な集落がある。バスはここが終点で、宿まではあと二キロくらい。といっても店はほとんどなく、酒屋、よろず屋がスーパーに改装したような店が一軒、そして端神へ向かう橋のたもとに板屋根の古びた食堂があった。暗くなりはじめた山道を登ってゆくと、右手にぽつんと宿がみえた。役場の人の言ったとおり、町の人が湯治に行く半公共施設のようなコンクリートとプレハブ造りの温泉宿で、帳場に張られた紙には町民には外来者より千円ほど安い料金が設定され、十五泊以上すると補助が出るとあった。この日も町中から来た夫婦連れ二組と何泊もしているおばあさんが泊まっていた。
朝帳場へ行くと、近所のおじいさんがコップに入った透明の液体を飲みつつ話している。もう一人別の老人がふらっとやってくると、宿の人は一升瓶からコップについで出した。「田舎の冬、てこうだよね。うちのおやじも近所もこんな感じだよ」それを見て同行の友人が言った。彼女はつねづね「田舎には絶対帰らない。田舎に住みたいとか農業に興味を持つ人の気が知れない」と言っていた。
奥入瀬のようなせせらぎに沿った道をさかのぼる。途中いくつか集落を過ぎるがひっそりとして廃屋も目につく。一時間ほどゆくと、宿の人が「今日は普段の十倍の交通量になる」と言っていたとおり、道ばたのあちこちに車が停められ人がちらほら歩いていた。端神集落の中心広場まで来ると思いのほか大勢の人がいた。たいがいは端神やその周辺から海沿いの町に移り住んだ人や近くの町の人たちだった。広場には稗、粟、干栗、栗餅、いなきび、しめじ類、炭、竹細工などを売る小屋が並び、一番奥の水車小屋では雑穀の精白を実演していた。また土地の料理を食べられるコーナーもあり、ストギ(稗の粉)、粟餅、軍配餅(小麦)、うきうき団子(高黍団子の汁粉)、ゆかべ(豆腐とシメジの汁)、田楽(厚揚に味噌にんにく)、みみっこもち(くるみ団子)、手打ちそばなどを売っていた。豆腐は石臼で引いた大豆をそのまま湯の中に入れて固めて作っている。常設の二階建てでは、集落の生活を四季ごとに写真を交えて紹介していた。
久々の交歓や買い物でごった返す広場を出て、集落を回ってみた。小さなよろず屋が一軒、その数軒先はもう終わりだった。高台に、廃校となった小学校があった。「うちの小学校もこれ。もうないの。廃校。中学校もないの。あるのは高校だけ」高校から町に出て下宿だったという友人は笑った。「高校から下宿だと親も大変だから、大学行くやつは新聞店住み込みや夜間が多いんだよね。提携してんだよ、XX県は○○新聞の東京北西部とかさ」「さらに山奥から来ている子達は冬の間は道が閉鎖だから小学校でも合宿してた。今はもうそんなことないけどね」当時二、三歳だった三八豪雪を何となく覚えている、その後も冬の豪雪で村への道が何度も閉ざされヘリコプターが出たこともあった、四十年代会津上越地方をおそった大洪水では家族と山に逃げた。今じゃ秘境だなんだ、て調査やテレビが来るけどね。
中は民俗資料館になっていた。中央に囲炉裏が切ってあり、おじいさんが五、六人車座になって鍋をつついていた。こちらが入ってきたのを見とめると、さっそく寄ってきて「これは麻。冬山には麻がいいんだ。麻は栽培許可がいるんで、今ではどこそこのばあさんしか作っていない」などなど話かけてくる。友人は即座に離れていった。
ひととおり見終わった後、小学校を出たところで、別の背の低い老人が追ってきた。「どうも来てくださりありがとうございました。また来て下さい」と言う。「車はどこですか。そうですか。ではここで失礼させていただきます」かなりお酒が回っているようではあったが、気をつけの姿勢をとり、深々とお辞儀をした。坂道を下ったところで振り返ると、まだ老人は立っていた。しだいに風の強まる夕暮れ、廃校の門に立つ姿は古い社会の最後の残照のようでもあり、逆光の光線の中に消え去ろうとしているかのようだった。
(『すい星』十一号掲載)

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