海部津島地域とは
愛知県の南西部に位置する地域で、木曽・長良・揖斐の木曽三川をはさんで対岸は三重県・岐阜県。
七宝町・美和町・甚目寺町・大治町・蟹江町・十四山村・飛島村・弥富町・佐屋町・立田村・八開村・佐織町
の海部(あま)郡12町村と津島市よりなる地域である。
以下、各市町村について紹介してみたい。
七宝町 1966年町制施行
面積 8.33平方q 人口 22,805人 (2001.04.01.現在)
町の木 松 町の花 スイセン
町のうた 七宝音頭
ご存知七宝焼発祥の地で知られる町。
七宝音頭は都はるみが唄っている。
美和町 1958年町制施行
面積 9.92平方q 人口 24,392人 (2001.04.01.現在)
町の木 かしの木 町の花 パンジー
町のうた 美和音頭
有名人 蜂須賀小六、福島正則、大館高門、石川ひとみ
二ツ寺地域には、前方後円墳とおもわれる二ツ寺神明社古墳がある。
蜂須賀小六、福島正則といった戦国大名の出身地で知られる。
1906年3つの村が合併した際、3つの輪のごとく美しく和やかにと「美和」
の名がついたとか。
大館高門はかの有名な本居宣長の門下生。
甚目寺町 1932年町制施行
面積 9.33平方q 人口 36,919人 (2001.04.01.現在)
町の木 くすのき 町の花 菊
町のうた 伝えておくれ、甚目寺音頭
尾張四観音の一つ甚目寺は有名。一遍上人絵伝にも描かれている。
この他にも、萱津は鎌倉街道がとおる街で、円覚寺蔵冨田荘絵図や『東
関紀行』にも描かれている。
全国的にも珍しい漬物の神様萱津神社もある。
大字新居屋には小町塚や清明塚もある。
方領大根や橘田茄子の産地として知られる有数の蔬菜地帯。近年小松菜
の出荷にも力が入っている。
大治町 1975年町制施行
面積 6.58平方q 人口 27,339人 (2001.04.01.現在)
町の木 せんだん 町の花 さつき
町のうた 大治音頭
大字馬島にある明眼院は8世紀頃に建てられたといわれる。
江戸時代、後水尾天皇の三女や桃園天皇の二男の眼病を治したということ
もあり、勅願所に列せられた。
本居宣長の子春庭もここに眼病治療で訪れた。
馬島流眼科発祥の地としてよく知られている。
蟹江町 1889年町制施行
面積 11.1平方q 人口 36,620人 (2001.04.01.現在)
町の木 キンモクセイ 町の花 ハナショウブ 町の鳥 ヨシキリ
町のうた 蟹江音頭
有名人 小酒井不木
かつては文豪吉川英治をして「東海の潮来」と評された蟹江の地。
有名な円覚寺所蔵の富田荘絵図にも蟹江が確認できる。
江戸時代も在町として、とくに水上交通で賑わった。
須成まつりは津島神社のまつりと類似している。
今日では殆ど食べることができない幻の郷土料理「いなまんじゅう」
を食べさせてもらえる店が蟹江にはある。但し要予約。
十四山村 1899年村制施行
面積 9.97平方q 人口 5,726人 (2001.04.01.現在)
村の木 槙 村の花 菊
村のうた 十四山音頭
江戸時代の新田開発によってできた地域。
海南こどもの国は遠足や親子連れの客で大いに賑わう。
「AMAKARA塾」という非常にバイタリティあるグループがあり、
「田んぼin十四山」など多彩なイベントを催している。
海抜マイナス何メートルという低地で、何でもそこから見上げる空の高さは
日本一だとか。
飛島村 1889年村制施行
面積 22.50平方q 人口 4,527人 (2001.04.01.現在)
村の木 桜 村の花 菊
村のうた 飛島音頭
江戸時代の新田開発によってできた地域。
名古屋の名だたる商人がこの地の新田をかつては所持していた。
県下でも有数の財政的に裕福な村で、毎年中学生がアメリカへ研修へでか
ける。
実にうらやましい。
弥富町 1903年町制施行
面積 38.06平方q 人口 37,183人 (2001.04.01.現在)
町の木 桜 町の花 金魚草
町のうた 弥富音頭、のびゆく弥富、ふるさとの町、新弥富音頭
町の特産品 金魚、白文鳥
有名人 平秩東作、服部担風
海部津島地域南西部に位置する町。
大和郡山とならび金魚の生産で有名。
ここのコイが宇宙へ飛び立った。
三重県との境界争いのあったのはこの町の土地。
長島の一向一揆の折には鯏浦の服部左京亮や荷之上の興善
寺はかなりの勢力を誇った。
服部左京亮の流れをくむ荷之上の服部家は国重要文化財。
南部の新田地帯は近世に開発された。
八穂新田の地は一度開発されたが海中に沈み、のちに鍋田干
拓地として再びあらわれた。
明治初期それまで伊勢だった五明地区を編入。
八つのムラが合併し当初八富というはずがいつのまにか弥富
と称するようになった。
佐屋町 1954年町制施行
面積 18.65平方q 人口 30,509人 (2001.04.01.現在)
町の木 あすなろ 町の花 キキョウ
町のうた 佐屋町民歌
有名人 加藤高明、吉沢検校
江戸時代東海道の脇街道佐屋街道の佐屋宿があった地。
ここから三里の渡しで桑名へ渡った。
佐屋代官所も置かれた。
松尾芭蕉もこの地を訪れ句を詠み、その句を碑に彫った
「くいな塚」は有名。
愛知県初の首相加藤高明は佐屋町出身。
意外なところでは木魚の生産でも知られている。
大字西条の八幡社は、1187年に建立、1470年再建、一間社流造りといって
全国的にも珍しい神社とのこと。
立田村 1906年村制施行
面積 24.67平方q 人口 8,521人 (2001.04.01.現在)
村の木 黒松 村の花 アカハス
村のうた 立田音頭
村の特産品 蓮根
蓮の産地。
隣村八開村とともに輪中の水屋が散見できる。
かつて東寺領荘園大成荘がこのあたりにあった。
木曽川の対岸福原輪中も立田村域で、船頭平(せんどひら)の閘門は木曽
川と長良川の水位の差を調節しつつ連絡する。一見の価値あり。
春の桜の時期には多くの花見客で賑わう。
7月に催される蓮見の会には、30種を超える蓮が咲きならび見ごたえあり。
八開村 1906年町制施行
面積 12.19平方q 人口 5,138人 (2001.04.01.現在)
村の木 槙 村の花 蓮の花
村のうた 新八開音頭、夢よぶふるさと
村の特産品 蓮根・にんじん
有名人 横井也有・神野金之助
海部津島地域の最西北部に位置する村で、木曽・長良川を
はさんで対岸は岐阜県。
江戸時代には鵜多須代官所や木曽川に川番所が置かれ、
政治上重要な地であった。
赤目は尾張藩の重臣横井家の在所。
分家の藤ヶ瀬横井家には俳諧で知られる横井也有がいる。
豊橋の神野新田の開発者神野金之助はこの村出身。
佐織町 1939年町制施行
面積 11.12平方q 人口 23,033人 (2001.04.01.現在)
町の木 松 町の花 菊
町のうた わたしの町から・佐織音頭
町の特産品 ショウガ
有名人 織田信長、山田長政、津田正生、横井庄一
毎日町の防災無線で昼時に流れてくる町のうた「わたしの町から」はなかなか
の出来栄えだと思う。
織田信長、山田長政、横井庄一の出生地が佐織町というのは案外知られて
いない。
かの井上靖の名作「氷壁」のモデルになった人物も佐織町の人物。
明治大正期県内でももっともアメリカ移民を送出した地で、カリフォルニア州
のウォールナッツグローヴが「北米の愛知村」ならばさしあたって「愛知の北
米村」といったところか。
津島市 1947年市制施行
面積11.12平方q 人口 人
市の木 黒松 市の花 藤 市の鳥 シラサギ
市のうた 津島音頭
有名人 野口米次郎、杉浦兼松、金子光晴
「西の祇園、東の津島」と古来信仰厚い津島神社がある街。
勝幡織田氏(信定ー信秀ー信長)が台頭していった大きな要因としてこの津
島の経済力があったといわれる。
津島神社の門前町、湊町としてかなり繁栄していたといわれる。
津島を含めこの周辺地域は茶華道が盛んな地域で、『津島町史』によれば「
茶の湯の流行は日本一」、「宇治茶は尾張で消化する」といわれるほど茶が
盛んであったという。
現在もなお風流なる茶席を有する家も多い。
とにかく作法にとらわれず、日常的に抹茶が愛飲され、少し前までは、「野良
茶」といって、野良仕事の一服にも抹茶が飲まれたという。
このあたりに喫茶店が多いのもこうした喫茶の風習がバックボーンにあった
からであろう。
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