能の曲目及び舞台解説など

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 第379回 交友会

●「田村」(たむら)

頃は弥生、東国の僧が都見物にと清水寺に着き、爛漫と咲く黄昏時の桜に見とれていると、箒を手にした一人の童子が現れ、木陰を清めます。僧が、この寺の来臨を尋ねると、清水寺は大同二年坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の御願で建立されたものである事を語り、さらにこのあたりの名所を教える。南に見える塔が精閑寺、その向こうは今熊野、北に入相の鐘が聞こえるのは霊山寺と教えているうちに音羽山から月が出る。花の美しい香、月の清い光、春の一刻は千金に値する、という絶景のひとときをしばし共に楽しみます。僧は、童子の様子が常の人とはどうも違うのを不思議に思い、童子に名を尋ねると、私の名を知りたければ帰る方を見ていて下さいと、地主権現の田村堂の内陣へと姿を消します。(中入)僧が夜もすがら桜の散る木陰に坐し、月の光に心を澄まして法華経を読んでいると、威風堂々たる武将姿の坂上田村麻呂の霊が現れます。そして勅命を受けて、鈴鹿山の賊を討伐すべく軍兵を指揮し、伊勢路に入り安濃の松原辺りで数千騎の敵勢に遭遇したが、心中に仏力神力の加護を祈念すると、千手観音が出現し、千の御手に大悲の弓を持ち、千の矢を放たれ、敵をことごとく討ち破り、またその助勢によって敵を滅ぼした事も、すべては観世音の仏力であると賛美して再び消える

※修羅能の多くが、生前に戦に加わった者が、死後修羅道に堕ちて、その苦患を見せる負け修羅というパターンなっており、主人公はおおむね、源平両家の武将です。しかし坂上田村麻呂は、平安初期に征夷大将軍として賊を討ち、世を乱す鬼神を退治した武人で、勝ち戦の武勲の様を描いた勝ち修羅となっています。勝ち修羅は他に源義経を描いた「屋島」梶原源太を描いた「箙」があり、これらを勝修羅三番といいます。

●「舟ふな」(ふねふな)
主人が太郎冠者と相談をし、遊山へ行く事になる。主人が先に立って歩いて行くと大きな川にさしかかる。冠者は神崎の渡しだと主人に教え、いつも乗るものがあると言って見に行く。冠者はあたりを見回し「ふなやーい」と手を上げて招く。それを聞いた主人が「ふな」ではなく「ふね」と呼べと教えると、冠者は、私の前ではよいが、皆々の前でそのような事を言ってはいけない、なぜなら古歌にも「ふね」ではなく「ふな」といっていると言い、「舟」を「ふな」と読む古歌を詠む。それを聞いた主人は「ふね」と読む古歌を返し、お互いに歌を詠み自説を主張しあう。そのあげく主人が能「三井寺」の一節を謡出す、「山田矢橋の渡し舟の、夜は通ふ人なくとも、月の誘わばおのづから、ふねもこがれて出ずらん、ふな・・・・・」と詰まったところを、冠者が「ふな人もこがれ出づらん」と続けて謡う。怒った主人は叱り追いかけて行く

●「葵上」梓ノ出(あおいのうえ・あずさので)
左大臣の御息女で、光源氏の北の方である葵上が物怪に悩まされ寝込んでいるので、貴僧高僧を召して加持祈祷を行ったり、様々な医療をほどこしてみたが、いっこうにその効き目がない。そこで朱雀院に仕える廷臣が、梓の弓によって亡霊を呼び寄せる呪法の上手である照日ノ巫女(てるひのみこ)に命じて、怨霊の正体を占わせます。すると、梓の弓の音に引かれて、破れ車に乗った気品ある女性、源氏の愛人であった六条ノ御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊が現れる。御息所は皇太子夫人であった昔に比べての現在の境遇を嘆き、賀茂の祭の車争いで屈辱を受けた葵上の仕打ちに対する怨み、源氏の愛を失った失望による葵上への嫉妬などを綿々と述べ、さらに怨みを晴らすべく、葵上の枕元に立ち寄って激しく後妻(うわなり)打ちをします。また瞋恚(しんい)の炎に身を焦がす我が姿を恥じつつも、葵上を破れ車の乗せ、幽界へ連れ去ろうとします。(中入)臣下はただならぬ様子に、従者を呼び、横川ノ小聖(よかわのこひじり)という行者の元へ使いに走らせます。別行を中断し急ぎ駆けつけた行者が、早速に加持祈祷を始めると、御息所の怨霊が鬼女の姿となって再び現れ、行者を追い返そうと激しく争いますが、ついには五大尊明王の法力に祈り伏せられ、再び現れない事を誓う。すると悪鬼さながらの怨霊も、慈悲深い菩薩の救いに心を和らげて、成仏する身となる。

※後妻打ちとは、前妻が家人などを連れて後妻の家に行って乱暴をするという、源氏物語が書かれた当時の習俗
※梓ノ出とは、巫女の梓の弓の呪法に引かれて御息所が登場をする特殊演出




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