佐屋町

愛知県海部郡佐屋町のホームページの紹介です。

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佐屋町の紹介
人口:29802人平成12年10月1日

○大野城址  戦国時代、小牧・長久手の戦いで、尾張での最前線基地として重要な役割を果たした
蟹江城をめぐって戦われた蟹江合戦の際に、重要な役割を果たした蟹江城の支城でした。
昭和54年3月に碑が建てられました。

○芭蕉の句碑、水鶏塚  俳聖松尾芭蕉が元禄元年(1694年)5月、江戸から故郷の伊賀への帰路、
佐屋の門人であった素覧亭に泊まり、『水鶏鳴くと人のいへはや佐屋泊』の句を残しました。松尾芭蕉
没40年後に、俳人たちが芭蕉の遺徳を偲んで建てたのが水鶏塚です。俳句の好きな人はぜひ一度は
立ち寄りたい場所ですね。

○佐屋街道  江戸時代のはじめのころ、海部郡の海岸線は、JR関西線付近にあったと考えられます。
1601年に江戸幕府により制定されたこのあたりの東海道の経路は、宮(熱田)〜桑名を七里ノ渡という
船でいくものでした。
この頃、蟹江町南部・十四山村・飛島村・弥富町南部は、小さな島やよし山であったため、これらを迂回する
航路は4〜5時間もかかり、渡海時刻制限や風雨による欠航などの不便がありました。そのため、
陸路として東海道の脇街道ともいわれる佐屋街道が寛永11年(1634年)に整備されました。船に弱い
女性がよく利用したことから姫街道ともいわれました。
経路---佐屋町佐屋→佐屋町日置→津島市愛宕町→津島市埋田町→津島市神守町
     →七宝町桂→大治町西條→大治町砂子→(名古屋市中川区万場)
佐屋街道誕生秘話
徳川家康は、豊臣家攻略のために、慶長20年(1615年)4月駿府(静岡)を発ち、佐屋の湊から桑名に渡り
大阪へ向かった。世に言う「大阪夏の陣」である。この後、佐屋の田舎道は一躍有名になり、3代将軍
徳川家光の上洛に伴い、寛永11年(1634年)佐屋御殿を整備し、佐屋は伝馬所に指定された。

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