| 宿 駅 | 本陣跡 | 道中の記 録 |
| 姫路 | 世界文化遺産 国宝 姫路城 04/5/1(土) | |
| 三里半 | ||
| 正篠 | ![]() |
本陣跡 井口家。 「明治天皇御駐輦趾」「明治天皇正條行在所」と刻まれた石標が建つ。 |
| 三里半 | 西国街道 兵庫を歩く 竜野〜播磨高岡 09/10/24(土) | |
| 片島 | ![]() |
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| 三里半 | 西国街道 兵庫を歩く(有年〜龍野) 09/3/1(日) | |
| 有年
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有年本陣跡 旧柳原家宅跡 |
| 三里 | 国境の船坂峠 「従是西備前国」 |
西国街道(旧山陽道)岡山から兵庫を歩く「三石〜有年」 08/12/14(日) 岡山県の西国街道を踏破 9人の旅人 |
| 三石 | ![]() |
三石本陣跡 |
| 三里 | 岡山を歩く「備前片上〜三石」08/12/20(土) 一人旅。 | |
| 片上 | ![]() |
小国六郎左衛門の本陣跡 |
| 四里 | 西国街道 岡山を歩く「香登〜伊部〜備前片上) 08/3/1(土) 6人の旅人 岡山を歩く「岡山市上道〜瀬戸内市長船」 07/12/16(日) 8人の旅人 |
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| 藤井 | ![]() |
藤井西本陣跡 |
| 二里 | 吉備路を歩く「岡山駅〜上道駅」 07/3/3(土) 8人の旅人 | |
| 岡 山 | ![]() |
一里塚跡・岡山本陣跡
栄町 |
| 三里 | 岡山城下 絵図 名勝 後楽園 「従是東備前国」 国境碑 |
西国街道を歩く(備前一宮〜岡山城下町) 06/1/15(日) 16人の旅人 吉備路を歩く 吉備津〜岡山駅 06/2/11(土) 7人の旅人 |
| 板倉 | ![]() |
板倉宿 |
| 三里 | 吉備路を歩く 清音〜吉備津 05/10/29(土)10人の旅人 | |
| 川辺 | ![]() |
川辺本陣跡 |
| 三里 | 矢掛宿〜真備〜川辺宿〜清音 散策03/11/15(土) 小田川沿いから高梁川へ 「矢掛〜呉妹」西国街道を歩く 行程 約7km。 05/7/10(日) |
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| 矢掛 | ![]() |
宿場町 「やかげ」 02/4/29(月) いにしえの歴史がかおる街 |
| 三里 | 井原〜矢掛 散策
03/9/28(日) 岡山目指して 「七日市宿〜堀越宿(間宿)」西国街道を歩く 05/5/8(日) 母の日 「小田〜矢掛宿」西国街道を歩く 05/6/12(日) |
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| 七日市 | ![]() |
七日市本陣跡 |
| 三里 | 「備後国から備中国」 国境碑 三代目の国境碑です。 よく三つに折られます! |
井原〜神辺 散策 02/5/12(日) 母の日。6人のやじきた道中の記録。 「高屋〜神辺」西国街道を歩く 04/3/14(日) 誘いをうけ2度目の記録。 「高屋宿から七日市宿」西国街道を歩く 05/4/10(日) 23人の旅人達。 西国街道散策会(神辺宿〜藩境〜高屋宿) 05/11/23(水)三度目の旅 |
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神辺 |
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山陽道の宿場町 「かんなべ」 02/2/16(土)江戸時代の面影を今に残す町並み。 |
| 四里 | 福山城下へ
山陽道、瀬戸内海水路 |
神辺〜今津 散策 02/6/23(日) 9人のやじきた道中15kmの記録 「山手一里塚跡〜松永」西国街道を歩く 04/6/13(日) 室町最後の将軍足利義昭のいわれ・古墳多い・歴史の興味尽きないところ 西国街道を行く 備後赤坂〜神辺 05/9/23(金)秋分の日 |
| 今津 | ![]() |
今津本陣跡 02/5/4(土)国民の休日 格子戸の家・土蔵の蔵あり 風情を感じる。
「今津宿」松永の史跡を訪ねて 09/10/3(土) 塩が下駄を産んだ町です。 |
| 二里 | 今津〜尾道 散策 02/9/1(日)初めは雨、傘を・・。5人のサムライ 10kmの記録 「今津〜尾道高須」 西国街道を歩く 04/9/12(日) 2度目の散策です。 「東尾道〜尾道」西国街道を歩く 04/10/10(日) 2度目の散策です。 西国街道を行く 赤坂〜今津〜東尾道 05/5/22(日)雨シトシト傘とカッパで歩く。 |
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| 尾道 | ![]() |
尾道七佛めぐり 尾道本陣跡は小川小路(おがわしょうじ)にある 本陣をつとめた豪商小川氏(笠岡屋)の邸宅があったところで、店舗は海岸までのびていました。 古道を歩く「番外区間 尾道散策」 中世・近世の古都市、港町をめぐる 古道を歩く「三成〜尾道浄土寺」 古道を歩く「番外区間 尾道散策」 第61回 尾道みなと祭 |
| 三里 | 尾道〜三原 散策 02/10/27(日)7人のやじきた道中14kmの記録 風が強く寒い 「尾道〜糸崎」西国街道を歩く 05/1/16(日) 2度目の散策です。 |
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| 三原 | ![]() |
三原本陣跡(和久川沿い東側) 善教寺の西隣にあった酒造を生業とする山科屋を本陣とした。 備後路に春を告げる神明市は430年余の伝統。 伊勢神宮を祀る祭り、 毎年2月の第2日曜日を含む前3日間。 05年/備後路に春を告げる祭り 神明市 |
| 二里半 | 三原城下絵図 城下町は城によって 東西に分断されていた 「従是 東備後国 西安芸国」国境碑 |
三原〜本郷 03/1/19(日)雨を気にしながら・・やじきた道中 備後国から安芸国に。 本郷〜三原 西国街道散策 04/5/30(日) 蒸し暑い一日でした |
| 本郷 | ![]() |
本郷本陣跡 本郷町西下岡にあり浅野藩が御茶屋を設けた跡である |
| 六里 | 竹原新庄町〜本郷宿 03/4/29(火)みどりの日 6時間 約12km。古代のロマン 歴史 5名の侍が楽しみました。 「竹原市新庄〜本郷」 近世西国街道散策 04/3/21(日) 2回目の散策記録 三永〜田万里〜新庄 散策 03/6/15(日) 約5時間、三永の石門から田万里川沿いを新庄まで 「父の日」散策。 03/12/7(日) 2度目の散策記録。一里塚跡・縄文遺跡・石積み 見ました。 西条四日市宿〜松子山〜三永 03/10/19(日) いろんな方々に感謝しながら散策 西国街道ぶらり旅(東広島市西条町上三永〜西条本町) 07/6/9(土) 約6km初夏の特別企画 日向一里塚が復元された。 |
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西条 |
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西条四日市本陣跡 藩内で最大規模を誇っている経営は藩直営で御茶屋を置いて管理された 脇本陣として庄屋格の向胡屋が指定されていた。 |
| 5里半 | 八本松〜飢坂〜西条 02/12/1(日) 70名 山陽本線一番高い(255m)八本松駅出発。美酒鍋 美味い。 八本松〜瀬野 散策 02/9/29(日) 75人の大名行列。里は秋色、源流から下りました。11kmの記録 瀬野〜中野〜海田 散策 02/7/28(日) |
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| 海田市 | ![]() |
上市に770坪の本陣跡ある。
千葉家住宅 |
| 二里 | 海田〜府中〜広島 02/5/26(日)西国街道8km散策会 | |
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広島 |
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爆心地 近くに広島本陣跡 (現在のデオデオや県民文化センター/鯉城会館/がある所。 原爆で語る人・名残りもなくなる) 承応三(1654)年の白神一丁目の辺り (北―猿楽町/東―紙屋町/南―通り町/西―細工町) 町の特色は御客屋に設定されていたとある 両側に大小25の屋敷地 (西側10、東側9、南側6)に年寄り役は間口16間余の萬屋長右衛門 奈良屋勘右門・伊予屋加右衛門・鶴屋勝五郎・天王寺屋吉郎兵衛・萬屋長右衛門 5軒がその役をつとめていた。 海老屋久左衛門宅は後に脇本陣となり彼らは藩の使節などを接待する 「客人役」を勤めていたのである。 |
| 三里 |
広島市己斐〜本通り〜広島駅前猿猴(えんこう)橋 02/2/3(日) 西国街道として400年。城主になった気分で広島市内散策をする。 己斐〜草津〜井口 03/2/2(日) 3時間半 約6km。 二度目の散策でした。88名の大名が参加。 近世西国街道散策会(己斐〜井口)06/3/26(日) 山口方面へ向け 新たに散策。 近世西国街道散策会(井口〜廿日市) 06/5/28(日) 街道松に会いました。 井口〜五日市〜廿日市 散策 03/9/15(月) 敬老の日 約5時間、約6km。元気な街道松ありました。開発され残念な所ありました。 |
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| 廿日市 | ![]() |
芸州廿日市本陣跡 庄屋を務め元禄8年(1695)には宿送り役を任ぜられた 山田(金屋)次右衛門が代々務めている |
| 四里 | 廿日市〜地御前〜阿品 04/1/18(日) 串戸〜地御前〜阿品 地御前神社など平安のロマン偲びました。 西国街道ぶらり旅(宮内串戸〜大野浦) 06/9/23(土)秋分の日 ぶらりと訪れてみたくなる旅をイメージし「西国街道ぶらり旅」とあらためました。 西国街道ぶらり旅(大野浦〜玖波) 06/11/18(土) 石畳道・四十八坂・「残念さん」紅葉の季節 歩きました。 |
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玖波 |
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玖波宿 長州戦争で焼失した。明治以降に再建された 玖波の本陣 嘉永6(1853)年9月11日 篤姫 御泊まりの由 |
| 三里 | 木野川(安芸国の呼び名)大竹村 小瀬川(周防国の呼び名)和木村国境の川 |
西国街道ぶらり旅(木野川渡し〜玖波宿)07/1/21(日) 広島県の西国街道完全踏破した日 西国街道ぶらり旅(木野川渡し〜関戸宿)07/1/19(金) 新聞の取材モデルと一緒に 西国街道ぶらり旅(木野川の渡し〜御庄宿)07/3/21(水) トイレ・食事休憩は? |
| 関戸 | ![]() |
関戸本陣跡
岩国城下ぐるり見廻り |
| 四里 | 間の宿 「御庄宿」
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岩国欽明路〜柱野〜御庄 02/03/03(日) 弥生3月 うぐいす・梅・ひな祭りの日散策する。
西国街道ぶらり旅(欽明路−柱野−御庄) 07/5/26(土) 黄砂・暑い日でした。 西国街道ぶらり旅(欽明路〜玖珂〜高森) 07/9/29(土) 9.8km。
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| 玖珂 | ![]() |
玖珂小学校の校庭の場所 鞍掛山240m見えます。 |
| 半里 | ||
| 高森 | ![]() |
高森宿 嘉永6(1853)年9月10日 篤姫 泊まる 「薩州姫君様、昨夜高森泊にて、今日大橋御廻り」・・・岩国藩の古文書にある |
| 二里 | 周防高森〜高水 西国街道を歩く 04/4/15(木) 西国街道ぶらり旅(周防高森〜米川〜高水) 07/11/10(土) 10.4km・5時間 |
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| 今市 | ![]() |
今市宿 呼坂宿とは半里 補完的な役割 むくり屋根 |
| 半里 | 西国街道ぶらり旅「高水〜勝間〜周防久保」 08/1/13(土) 7km 3.5時間 | |
| 呼坂 | ![]() |
呼坂宿 九州の島津家や秋月、島原の藩主などが利用したという。 |
| 一里半 | ||
| 久保市 | ![]() |
久保市宿場町 |
| 一里半 | 西国街道ぶらり旅(下松市久保〜周南市櫛ヶ浜) 08/3/29(土) | |
| 花岡 | ![]() |
花岡本陣跡と勘場(代官所)跡 |
| 一里26丁 | 西国街道ぶらり旅(櫛ヶ浜から新南陽) 08/09/20(土) | |
| 徳山 | ![]() |
大正時代までは徳山駅前にあった |
| 二里 | 西国街道ぶらり旅 新南陽〜戸田 08・11・22(土) | |
| 福川 | ![]() |
08年の大河ドラマ「篤姫」のモデルとなった天璋院篤姫 嘉永6(1853)年9月9日 篤姫 宿泊 篤姫が徳川13代将軍家定に嫁ぐため、 同年8月21日に薩摩から陸路江戸に向かったとされる(10月23日に到着) |
| 二里半 | 西国街道ぶらり旅 戸田〜富海 09/1/17(土) | |
| 富海 | ![]() |
間の宿であった。大名行列・幕府役人の小規模の宿泊に利用。 |
| 二里 | 西国街道ぶらり旅 富海〜防府 09/5/23(土) | |
| 宮市 | ![]() |
周防国、防府「歴史浪漫紀行」 08/1/13(日) 宮市は防府天満宮の門前町として栄えた |
| 四里半 | 西国街道ぶらり旅 防府天満宮〜台道 09/9/26(土) | |
| 小郡 | ||
| 二里半 | ||
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山中 |
西国街道ぶらり旅 会員証の作成 07/9/8(土)
江戸時代の庶民の旅には「往来手形」と「関所手形」が必要でした。
往来手形は「檀那寺」から発行されていました。
江戸時代の旅の身分証明書といえるのです。
今の海外旅行で使うパスポートと同じです。
関所手形は町方なら大家、村方なら名主から発行されてました。
関所手形は武士とか庶民とか身分に関係なく必要とされ
また女性の場合は特にこまかい規定がありました。
通行手形は 木の板だと思っていました。
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手形の文面には定型があり、決められた条件を 満たしてはじめて正式な通行手形として認められたもの です。「手形の事」という書き出しで始まり、 次に「本文」です。本文には、関所を通行する者が、 どんな用件で、どこまで行くかを記した上で、 無事通過できるように依頼します。 手形の中で最も重要な部分は本文に続く個所で、 旅人の身元保証人名とその証明印です。 ある藩の下級役人であればその重役が、 一介の庶民であれば町・村役人や寺の僧侶が保証人 となりました。そして、日付を明記して、 通過する関所の「役人御中」と宛名を書いて書式 が整います。 |
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07/9/8(土) 10時 集合
広島商工会議所西隣りの河川敷
河川敷 大の大人が 汗をかく |
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会員証は 建築廃材を適当な大きさでいただいており 手作りをもっとうに自ら作成することとしています 工程1 電動ドリルで穴を開ける |
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工程2
紙ヤスリで磨き |
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工程3
バーナーであぶり古さを演出します。 |
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工程4
紙やすりで仕上げ 印を押して出来上がり 13時30分 夕方は備後福山駅前で3人定例の飲み会。 |
街道てくてく旅 神辺(かんなべ)宿 09/9/30(水) 広島県福山市
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9月30日(水) 儒学者菅茶山が開いた 私塾 廉塾(れんじゅく)より 朝8:00〜8:15(生放送) 大きな声「おはようございます」・ポーズ練習します。 |
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番組終わり ポーズ 撮影しました。
「みんなにパワー貰っています」 雨の中 取材班・道具準備片付けで大変です。 |
街道てくてく旅
〜大宰府から平城京へ・山陽道完全踏破〜 H21・1・21発表
放送予定 平成21年5月11日(月)〜7月3日(金)【春編】
BS-hi・BS-2(月)〜(金)8:00〜8:15(ナマ放送)土・日を除く

2010年は日本ではじめての大規模な首都「平城京」が710年、
奈良に誕生してから1300年目となる記念すべき年 平城遷都1300年
奈良時代、太宰府から平城京を結ぶ幹線として誕生した山陽道。
古代から幕末・近代にいたる日本史の表舞台に何度も登場する、
全長800キロのこの「歴史街道」を春と秋2回に分けて歩きとおす。

春編は5月11日に福岡県の太宰府天満宮を出発して、山口・広島を歩き、
尾道から島なみ街道に入って生口島まで。
秋編は、山陽道に戻って尾道から岡山・兵庫を経て奈良まで。
山陽道・・・律令制下定められた五畿七道の一つで、諸外国との交渉の窓口、
太宰府政庁と奈良の都を結ぶ、最も重要な街道だった。
旅人は北京オリンピック、シンクロナイズスイミング・デュエットで銅メダルを
獲得した原田早穂(はらだ・さほ)さん。去年9月に現役引退を表明。
新たな旅立ちをこの街道を歩くことで果たす。