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切迫したことばを用いてはならない。和顔愛語ということは、卑近なことであるがなかなか成就し得ぬものである。たとい自分に理があり分があっても、とがったことばやこわばった顔がでてきた時には、じっと内に転じて念仏申す習慣をつけなければならない。そうして初めてこの卑近な事が可能になるのである。また、終わりを慎むこと始めのごとくなるべし。最後まで貫きとおしたことだけがその人のすべてである。最後までやりとおした事が何もない人の生涯は零である。ゆえに人は事をなすの初めにあたって、最後までやりとおせるかどうかをよくよく考えてから着手しなくてはならない。継続し得ない事を始めてはならない。
(『夜晃先生遺訓録』(十)より)
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