私が初めて「これがラップというジャンルだ」と意識して聴いたのは RUN DMC の"Walk this way"でした。1980年代の半ばのことです。
あの当時は、こんなジャンルの音楽がとても日本で作られるとは思いませんでしたが、今では日本にもたくさんのラッパーがいます。
では、日本で最初にラップを始めたのは誰だったのでしょう?
いろいろ考えられる答えの中で、一部のマニアに恐らく大受けすると思われる選択肢はトニー谷でしょう。
トニー谷というボードビリアンについては、若い人たちは全く知らないでしょう。
私たち以上の年代の者にとっては、縁のとんがった眼鏡をかけたチョビ髭のオッサンがソロバンを打楽器替わりにして、「アナタのお名前なんてーの?」と歌いながら司会するさまが、脳裏にはっきり焼きついているのです。
言ってみれば、あれが日本のラップの最初であったという説は成立するのではないでしょうか?
ただ、彼の代表曲が「さいざんすマンボ」であったことからも明かなように、彼の音楽の基礎はラテンであって、当然のことながら、ヒップホップではありませんでした。
でも、「今から考えればあれもラップだったかもしれない」という作品を思い連ねて行くと、結構楽しいんですよ。
やってみましょうか?
で、まあ、それはそれとして、本当に日本で最初と言って良いくらい早い時期にラップに取り組んだのは誰かと言えば、私の知る限り、いとうせいこうだと思います。
彼は日本語によるラップというものを最初に研究して発表したアーティストではないでしょうか。
いとうせいこうというと「ノーライフキング」を代表作とする作家というイメージがあるかもしれませんが、あの頃はいろんなことをやってました。
12インチ・シングル(アナログ盤)とアルバム(CD)を発売しています。今聴くと「単に韻を踏むのに汲々としてるだけ」という感じがしますが、とりあえず日本語で本格的に韻を踏んだ最初のアーティストではないでしょうか。
12インチ・シングルには、桑田佳祐とジョイントした作品が収録されていて、タイトルは忘れてしまったのですが、「出て来いよ、みんな出て来いよ」というフレーズが繰り返される曲、今考えたらあれ結構良かったなあ。
私はアナログ盤は処分してしまってもう1枚も残っていないのですが、誰か持ってませんかねえ。もう一度聴きたいなあ。
ああ、なんか思い出したらますます聴きたくなってしまいました。持ってる人がいたら是非連絡を下さい。
それではまた。
Copyright(c)yama-a Sep.2001
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[追記]
この文章をアップロードした途端に1通のメールをいただきました。ラップの起源に関して、あほだら経との類似性を指摘したものでした。「うむ、なるほど」と思わぬでもなし。
ただ、ひとつ大きな相違点を述べれば、あほだら経が単調な8分音符の世界から一歩たりとも踏み出さない音楽であるのに対して、ラップは8分音符・16分音符を基本としながらも、3連符・6連符・5連符などを用いてリズムを崩す楽しさがあります。
そういう点から見れば、あほだら経の系譜は日本のラップに引き継がれたと言うよりも、あのねのねの「魚屋のおっさんの唄」あたりに引き継がれたと見るべきではないでしょうか?
[追々記]
「出て来いよ、みんな出て来いよ」というフレーズが繰り返される曲のタイトルが判りました。「ジャンクビート東京」です。詞・曲はいとうせいこうと戸田誠司の合作で、戸田のいた Real Fish が編曲を手がけていました。いやあ、 Real Fish ってすっごく多才なバンドでしたね!