いつだったか、糸井重里氏が「ほぼ日イトイ新聞」に「ジャケ買いみたいなもんですね」と書いていたことがあって、「これって、みんな意味が解るのかなあ?」と疑問に思ったことがあります。
「ジャケ買い」。短縮せずに言えば「ジャケット買い」。
CDが世に出る前の、まだレコードの時代、私たちはよくやったもんです。
まだ、あるんでしょうか?
中身の音楽を聴かずに、ジャケットだけを気に入ってCDを買ってしまうということが。
私が思うに、随分減っているはずです。
何故なら、まず、CDはLPレコードより遥かに小さい。従って、ジャケットも小さい。だから、ジャケットの与えるインパクトも小さくなっているはずです。
ジャケットの絵に惹かれて、私もかつて何枚かLPレコードを買いました。持ち帰って聴いてみると、不思議に大はずれはしないもんです。ジャケ買いしたレコードが大当たりだった時の、あの誇らしい気分は忘れられません。
当時はアルバム・ジャケットにこだわるという発想もなかったのか、ただアーティストの写真が載ってるだけというジャケットも少なくありませんでした。そんな時代の中で、特別なデザイナーやイラストレータやカメラマンなどに頼むほどジャケットに凝るミュージシャンというのは、トータル・コーディネートを考えている訳で、結構音楽の方でも神経が行き届いていたりしたものです。
時代が進んでしまって、今はアルバムを制作するとなると、ジャケットのことも考えて当たり前です。分業制が発達しているので、ジャケットのことだけ考えているスタッフがいるのかもしれません。
だから、ジャケットが綺麗だからと言ってそれだけで買ってしまうと、音の方はさっぱりということもままあるのでしょう。
ある意味で、嫌な時代になりました。
大体今の時代は、新譜の発売に合わせてものすごい量の情報が飛び交っていいるので、ジャケットだけ気に入って買ってしまうようなバカはいないのかもしれません。
そもそも私たちが中学生くらいの時は、今のCDショップにあるような試聴コーナーなんてなかったのです。店独自の「ヘビー・ローテーション」もあったのかどうか。
だから、どうしても聴いてみたいレコードがあると、店のオヤジのところまで持っていって、「これ、かけてもらえませんか?」と頼んだもんです。
プロモーション盤なんてほとんどなかったろうから、オヤジは現物をかけるしかない訳です。CDと違って、レコードというものは摩擦で音を出すので、かけるとある程度確実に磨耗する、つまり商品に傷がつく訳で、かけてくれない店もありました。
だから、こっちも何度も頼むのは気が引けるし、かけてもらった上で買わないというのもまた悪いような気がするし、そもそもオヤジのところに持って行くのが恥ずかしいようなレコードもあった訳で、それでジャケ買いになってしまうこともありました。
今、大手のCDショップに行くと、試聴できるスポットが20箇所も30箇所もあります。所謂「売れ線」のものばかりでなく、こだわり店員さんの推薦盤的なものも聴けたりします。
いつからこんな時代になったのでしょう?
思えば10年以上前になりますが、私自身も渋谷のHMVで、まだあまり有名ではなかった「渋谷系」のCDをよく試聴したものです。これは渋谷のこだわりでした。あのころがハシリかなあ?
自分自身がオヤジになってしまって、最近ではテレビやラジオから音楽情報を摂取することが極めて少なくなりました。
だから私は、CDショップに行くと、視聴スポットを渡り歩いて何時間も過ごすことがあります。
そんな中年男をCDショップで見つけても、「何だ、このオヤジは」と変な目で見ないで下さい。
私は単に音楽の情報収集をしているだけではないのです。
そもそも私は「買う前に聴く」喜びに浸っているのです。
それに「ジャケ買い」するには、今は発売されるCDが多すぎるようです。
いつかきっと「ジャケ買い」という言葉もなくなってしまうのでしょう。
Copyright(c)yama-a Oct.2001
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