実は今回をもってこの連載の最終回にするつもりで、すでに原稿も書き終えておりました。ところが、突然NTVのプロデューサーがビデオリサーチのサンプル世帯を買収していたことが発覚し、僕としてはこのことに何か自分なりのコメントをつけずにはいられない心境となって、この1章を挿入することにしました。
昨日(2003年10月24日)この事件が発覚して以来、社内はその話で持ちきりでした。皆が深刻に受け止め、あってはならないことであると考えています。何年か前に世間を騒がせた「CM飛ばし」事件なんかより遥かに悪質である、という意見が大勢を占めています。
他社・他系列の不祥事なので、ここぞとばかりに悪罵しようというようなことではありません。業界としてあってはならないことなのです。私はこの連載の初回に「視聴率を金で買う」というタイトルをつけましたが、読めば解るとおり、これは全く別の意味です。まさかこのタイトルを地で行く奴が出るとは夢にも思いませんでした。
テレビ業界では「視聴率=通貨」と言われます。僕はこの考え方に必ずしも100%同意するものではありませんが、それでも視聴率という制度がこの業界の根幹をなす仕組みであることは否定しません。民放が企業として成り立って行くための基本的な構造なのです。今回の事件はその根幹/基本的構造に対しての重大な侵犯なのです。
今回の事件は、各局の調査担当者が心血を注いで取り組んでいる業務に対する冒涜でもあります。
我々はビデオリサーチから送られてきた膨大なデータを基に、綿密な分析を施して今後の番組のあり方を検討しています。それは、スポンサー対策としてのみの検討ではなく、当然一般視聴者のためのものでもあります。
そして、我々は調査の精度を少しでも高めるために、調査地域の選び方やサンプル抽出の方法などに関して、ビデオリサーチに常に厳しい改善要求を突きつけています。今回の事件は、そういう調査担当者の努力を完膚なきまでに踏みにじるものです。
当該プロデューサーは、今回の犯罪において、調査や買収のための費用については会社で落とすことはせず、自費で支払っていたと言います。それがせめてもの救いであるとも言えるのですが、逆に自腹を切ってまでそんな行為に及ぶというのは、よほど精神的に追い込まれていた証拠なのでしょう。しかし、今回の場合に限っては「精神的に追い込んだほうが悪い」という批判は全く当たらないと思います。
どうしてこんな馬鹿なことをしたのでしょう?
あまりにリスクが高く、そこから得られる効果も小さいものです。
サンプルに選ばれた未知の世帯に対して、突然買収を働きかける訳です。
相手が真面目な人で、その場で通報される恐れもあります。相手がおしゃべりな人で、皆に言いふらされる危険性もあります。相手がずるい人で、金だけもらって見てくれないかもしれません。リスクが高く、あまりに不確実な方法ではないでしょうか?
そして、それよりも何よりも、あまりに効果が小さいのです。
報道によると今回興信所が割り出したサンプル世帯はトータルで12、13世帯、買収を働きかけた世帯は5、6世帯だと言います(応じたのは4世帯とか)。サンプル数は600世帯なので、6世帯買収できたとしても番組平均世帯視聴率は1.0%しか上がりません。
そして、当該プロデューサーが「見てくれ」と依頼した6番組の視聴率は10.2%から17.1%でした。以前書いたように、この視聴率であれば1.0%は完全にサンプル誤差の範囲内です。つまり、やっても意味がないことをやっているのです。
1%の番組を2%に上げようとしたのであればまだ意味があります。ところが今回のケースでは、誤差を考えれば3%以上上げないと無意味なのです。無意味なことに自腹で大金をつぎ込んだ大馬鹿野郎なのです。倫理観の欠如が非難されるべきであるのは当然として、合せてこの馬鹿さ加減が嗤われてしかるべきだと思います。
テリー伊藤氏は「業界から永久追放するべきだ」とコメントしています。僕もそう思います。
和田勉氏は何の根拠を示すこともなく「こうした視聴率操作は業界では日常茶飯事だ」などといい加減な憶測を語っています。これは甚だしい中傷です。NHK出身の彼には我々が視聴率によって受けるプレッシャーを理解できないのは仕方がないとしても、調査担当者が視聴率に対して持って臨んでいる厳しさというものを全く理解していないのが残念でなりません。
Copyright(c)yama-a Oct.25 2003
[追記]
2003年11月18日、NTVが会見を開いて事件についての調査結果を報告しました。 買収のための費用は結局自費ではなく制作費を流用していたのだそうです。せめてもの救いであった部分が崩れ去ってしまいました。
自腹を切ってでも視聴率を操作しようとしたのであれば、それだけ精神的に追い込まれていたということなのでしょう。しかし、制作会社に肩代わりさせて制作費を流用していたとなると、自分の懐を痛めずに簡単にできるからやったのではないかという推測が成り立ちます(勿論、今回の件では本人も大金をつぎ込んではいますが、自分のお金だけでは足りないからと断念するには至らなかったのです)。
そうなってくると、制度として(あくまで制度としてですよ)一番問題があったのはビデオリサーチの調査方法でもNTVの社員教育でもなく、制作費の管理体制ということになるのではないでしょうか?
(今日の会見では全く触れられてなかったように思うけど…)
番組制作費というのは本当に管理しにくい代物です(僕も番組予算担当をしていたことがあるのでよく解るのですが…)。しかし、いろんな職場を経験した人間の英知を結集して、制作費の不正を見破る術を確立することが、今一番求められることではないかと思うのです。
今回の事件で当該プロデューサーが得たもの:最大で0.5%の世帯視聴率(買収に応じたのは3世帯だったとのことなので、その3世帯が、最初から最後まで、1分たりとも浮気せずに番組を見続けてくれたとして、番組平均は0.5%上がります)。そして、その対価としての懲戒解雇と使い込んだ制作費の返済義務(応じなければ詐欺罪で告訴される)。
──このことがせめて今後の抑止力になってくれればと思います。
Copyright(c)yama-a Nov.18 2003
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