視聴率の問題を考える上で非常に大きな害悪だと思うのは、本来業界の商習慣上の指標であった視聴率が一般視聴者の耳目に広がりすぎたということです。
僕が一般の皆さんに言いたいのは、不遜に響くかもしれませんが、「視聴率というのはあんたがた素人が手を出すような代物じゃないですよ」ということなんです。
いやいや、これはあなたがた一般視聴者が悪いのではなく、局が悪いのかもしれません。局が自ら視聴率という内部資料を白日のもとにさらしてしまったのです。自局を宣伝するために、この番組はこんな高視聴率を獲ったと発表するのが常になってしまったのです。
最初はスポーツ新聞や週刊誌が勝手に面白がって書いていただけでしたが、局の側もいつしかそれを追認してしまったのです。
しかし、残念ながらこの風潮はもう元に戻すことはできないでしょう。映画だって音楽だってそういう宣伝の仕方をしています。小衆・分衆化がますます進んでしまってマスを獲得することが難しくなった今、そういう煽り方でマスを「育成」しようとするのは仕方のないことのように思えます。
だいいち、今から方針を急転換して、視聴率は一般に対しては一切公開しないということにしても、この情報化社会の網の中でどれほど押さえ込んで行けるか定かではありません。これからもしできるとすれば、意図的にあまり漏らさないようにするといったことくらいでしょう。でも、その方策は本気で導入を考えてみたほうが良いのかもしれません。
視聴率は一般視聴者だけでなく、他のところにも不用意に広がりすぎました。それはどこかと言えば流通です。
今、例えば食品メーカーが新製品を売り出すとします。メーカーはスーパーやコンビニの棚の目立つところにその商品を大量陳列してくれるようにプッシュします。ところが、近年ではスーパーやコンビニのほうがこう訊き返すのです──「その商品のCMは何万GRP露出しますか?」と。
GRP は Gross Rating Point の略で、視聴率の延べ合計のことです。例えば、ある商品の15秒CMを20本流したとして、そのうち4本が平均5%の枠で流れ、10本が平均8%、4本が平均12%、2本が平均20%の枠でそれぞれ流れたとすれば、このCMの GRP は4×5+10×8+4×12+2×20=188% (188GRPとも言う)ということになります。
大手メーカーが新製品の大きなスポット・キャンペーンをする場合、地区当りの投下は何万GRPに達します。宣伝費の額にすれば、どの地区のどの時間帯によってかで随分違いますが、大都市圏なら恐らく億単位になるでしょう。
最近のスーパーやコンビニはその辺の事情を大変よく知っているそうです。そして、CMの大量露出があるのならその商品は売れるはず → 売れるのであれば大量に仕入れて目立つところに陳列しよう──そういう風に逆転の発想によって、流通の側がメーカーを規制するようになってしまったのです。
これも、視聴率が歪んだ形で経済を支配してしまっている悪しき例なのではないかと僕は思います。
ビデオリサーチにとっては、視聴率がそのようにあまねく浸透することは、会社の経営面から考えれば歓迎すべきことなのかもしれません。しかし、僕のような(元)調査マンが願うのは、視聴率をタテ・ヨコ・ナナメに分析することによって、それを番組作りに活かせたいなあということだけなのです。
もちろん、視聴率が、局とスポンサーの料金交渉の不動の指標であることについては妨げる気はありません。ただし、世間で言われるように視聴率がその機能だけを担っていると考えるのは誤りです。視聴率には別の役割があるのです。
それは視聴者の反応の分析です。だからこそ、単なる番組平均世帯視聴率だけではなく、個人視聴率やら分計やら、3つの特別分析やら視聴分数分布やらといったプロ仕様のツールが必要となってくるのです。そして、今まで書いてきたように、そういったものを駆使すれば、今問題となっている番組の質を明らかにする一助となり得るのです。
局の人間は視聴率というものをそこまで深めて行く必要があると思います。これは一般視聴者やスポーツ紙や週刊誌、はたまたスーパーやコンビニにはできない芸当なのです。
その上で、今後50年間のことを考えると、視聴率の不用意な拡散というものを押しとどめることを、やはりある程度は考えたほうが良いのかもしれません。
Copyright(c)yama-a Jun.2004
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