山  名白馬乗鞍岳
山  域北アルプス 後立山連峰
山行種別山スキー
山行月日2007年4月28日(土)〜30日(月)
メンバーL:Tbt、Syt、Kcp、Kgt、Ssj 以上27日夜発
Kst、Ktk、Nye 以上28日朝発

コースタイム 28日 9:00-10:00栂池高原スキー場駐車場に全員集合
 終日大雨にて停滞 駐車場にてテント泊
29日 8:00ゴンドラ・ロープウェイ乗車 9:00栂池ヒュッテ着
 10:00-15:00頂上往復
30日 6:00起床 8:00出発 ゴンドラで下山 9:00駐車場着 帰京 

 4月28日〜30の間、山スキーに行く事になった。2年振りのテント泊の山行で、15kg以上の荷物を背負えるかどうか一抹の不安があった。GWであるにもかかわらず、連休初日の朝7時に練馬を出発するという計画を立てていた。しかし、前日の夕方、会社への帰りに目白通りを見ると、もう混雑していたので、「これはもうのんびりしてはいられない。普通の土日とは違うのだ」と、慌ててKtk、Nye、両氏に電話をし、朝3時に出発する事になった。上信越自動車道の東部湯の丸SAに到着した頃から、雨が降り始め、気象予報通りだと思った。この分では今日はもしかしたら温泉かな、とうれしい予感がした。
 28日の朝、春まだ浅い安曇野に無事に到着した。当地は天気が悪いせいか一層の寒さを感じた。先発のTbt、Syt、Kcp、Kgt、Egk、Ssjさん達と栂池スキー場のゴンドラ乗り場の駐車場で私たち後発組と合流できた。
 白馬方面を見上げると、空模様が怪しいので上には行かず、今日一日停滞する事にリーダーは判断した。(やった〜!これで朝から温泉に行けると思ったのは私だけかもしれない。)皆で、観光案内図を見ながら休息付きの温泉を探していたら、なんとゴンドラの近くで歩いて行けるところに、その条件を満たす栂池温泉があった。
 スキー場にこんなに近くて良い温泉があるなんて本当に素晴らしい。休憩室の一部屋を借り、もう宴会が始まった。しかし人生の事やいろいろな話が出て、山だけではなく大いに勉強になった。夕方になり、追い出される時刻になったので、駐車場に戻り、テントを幕営した。これから本格的に夕食と私の大好きな「練馬山の会の歌集」の出番であった。歌集は130曲のっているが、本日は20〜30曲ぐらいにとどめておいた。何しろ周りには民宿やお店があるから少し?遠慮した。
 4月29日は、台風一過のような良い天気だった。いよいよ、白馬乗鞍岳山スキーに出発するのだ。一括に切符を買っていただき、ゴンドラとロープウェイを乗り継いで村営の栂池ヒュッテの近くまで降り立った。栂池ヒュッテは外見が素晴らしく、いつか泊まりたくなるような雰囲気だった。ゴンドラの終点では、自然保護委員による栂池自然公園に入る前の注意事項を受けた。しかし、テント泊禁止という事は覚えていなかった。
 さて、これから人のいない自然の中へ入って行くのだ。前方を見ると白馬乗鞍岳が大きく横たわっていた。栂池ヒュッテから20〜30分歩いた所で、テントを張った。重い荷物を降ろし、昼食を持って白馬乗鞍岳の頂上を目指した。天狗原への道は何年か前、山スキーネット主催の山行で来たことがあるので、懐かしく感じられた。この時は、亡き新座山の会の中村晋作さんも一緒だった。
 天狗原から白馬乗鞍岳はかなり急斜面になっているが、人の列が続いている。ポールも立っているので、迷わないだろう。キックターンを繰り返し、やっと頂上に着いた。人気コースなので大勢の人がいた。スノーボーダーもいた。昼食を取り、写真も撮り、いよいよ滑降だ。Kcp会長を先頭に滑り始める。上部は雪質も良く回転できるが、天狗原あたりの下部になると、雪も重たくなり回転は難しくなった。テン場近くになると、体調不良で天狗原までしか行かなかったEgkさんが、テントの外に立っているのが見えた。そこから、テン場までが少し面白い滑りだった。
 皆が揃い、雪のテーブルを作ってビールで乾杯! 無風快晴で申し分ない気持ちであった。こんなにのんびり出来るのは春山ならではの事である。山スキーを始める人がいたなら、こんな環境でデビューすれば好きになること請け合いでしょう。
 なお、今回は人数が多いので、テントには泊まりきれないかと思われたので、雪洞を作った。Kgtさんが初めてだというので、皆で交代して二人ほど横になれる雪洞を作った。泊まりはリーダーとKgtさんに決まった。
 夜のテントの中は、お楽しみアルコールと歌とお話の最高のひとときです。練馬の山の歌集を個人装備の中に入れてもらったのに、9人中2人しか持っていなかったのにはガッカリしたが、これでくじけてはいけない。酒の弱い私は、うかつにも沢山飲んで寝てしまっては元も子もないので気をつけた。以前、Kgtさんとの山行もキャンセルした事があったので、お詫びに沢山歌を歌おうと考えていた。今回の山行で50〜60曲は皆で歌っただろうか。残り70曲はいつ終了するのか楽しみである。ジャンボテントの中は歌だけではなく、政治・経済・文化等、それぞれの話があり、会社では得られない話が聞けて面白かった。特にこういう話は、Fkaさんが得意と言うことを聞き、いつかお会いしたかった。そうしたら、なんと6日後に双六小屋でお会いできた。
 最終日の4月30日も、春の陽気の良い天気だった。テントをたたみ、雪のテーブルをこわし、雪洞も埋め整地して、下山に取りかかった。車2台に分乗してお決まりの(下山したら温泉)コースへと向かった。白馬方面の倉下温泉に浸かり、白馬三山を眺めて今回の山行を締めくくった。リーダーのTbtさんはじめ、Kgtさん、Ktkさん、Nyeさんとはテント生活を共にするのは初めてでしたが、お互いの性格を把握できたので今後の山行に大いに役立つでしょう。心に残り沢山笑わせてくれた今回の山行は、大成功だったといえるでしょう。定例会でしか顔を合わす事がなかった人達と山の中で生活すると、今までの人間的な距離が一気に縮まると言うことが実感できました。また話の内容も落ち着いた(駄洒落も含む)大人の話であり、私もこうしてひとつ大人になったような気がします。最後に、たくさん歌わせて頂いて大満足でした。皆様、懲りませず今後とも宜しくお願いします。ありがとう御座いました。 By Kst




山  名鹿島槍ヶ岳 東尾根
山  域北アルプス 後立山連峰
山行種別春山山行
山行月日2007年4月27日(金)〜30日(月)
メンバーL:川嶋高志、Sjm、Yss、Ogc、Mry、Glv、Knz、Frs

コースタイム 4/27 22:15 練馬駅集合⇒(2:30)大谷原駐車場
4/28 5:30 起床 ⇒ 7:30 出発 ⇒ 7:50 取付点 ⇒ 8:35 1,300m地点小休止 ⇒ 9:30 1,500m地点小休止 ⇒ 10:40 1,735m地点 ⇒ 11:50 一ノ沢ノ頭 ⇒ 12:30 2,160m付近イグルー作製 ⇒ 5:00 終了 ⇒ 8:00 就寝 5/29 5:00 起床 ⇒ 7:00 出発 ⇒ 7:40 ニノ沢ノ頭2,185m ⇒ 9:10 2,465m地点 ⇒ 10:20 第一岩峰 ⇒ 12:10 第二岩峰 ⇒ 2:00 登攀終了 ⇒ 3:40 北峰下部2,780m付近雪洞作製ビバーク
5/30 5:00 起床 ⇒ 7:00 出発 ⇒ 8:00 南峰 ⇒ 8:50 布引山2,683m ⇒ 9:35 冷池山荘 ⇒ 12:45 高千穂平 ⇒ 13:15 1,665m ⇒ 14:45 1,365m冬期赤岩尾根取付 ⇒ 15:20 東尾根取付 ⇒ 15:45大谷原駐車場 

<報告1>
 今回の山行へ参加するに当たり、リーダー部主催の富士山雪山訓練も参加出来ず、鹿島槍ヶ岳の東尾根ルートもろくに知らず(調べずに)アルパイン入門という事で、何とかなるかなと軽い気持ちで応募、参加しました。第1回の打合せの際に、東尾根についての記事を頂き、とんでもない処に参加してしまったと少し後悔しましたが、今更取りやめるとも言えずに、当日を緊張しながら迎える事に成りました。
 27日午後10時30分練馬駅集合、出発。緊張感で一杯ですが平常に振る舞い、車は大谷原、深夜着か早朝着か、取合えず車にて仮眠、2時間ではありますが、運転をしていたせいで、ぐっすりと眠れました。
 朝食をすませ、新人の私は、皆に遅れを取らない様に、用意だけは早め早めに心配りし出発。林道の途中から赤布の目印、泥山登山(本日は雨の出発でした)この辺りには雪が無く、足元が泥だらけ。1時間ほど行った所で休憩、雨なのに、ザックカバーをしているのは、Sjm君ただ一人、なぜか他の人はカバーをしないのが不思議に思い、カバーをしようとした自分を試す意味で、カバー無しにて行動することにしました。雨が雷を連れてきて、誰もが無言で登ります。本心は怖かった。やがて雪になり、一ノ沢ノ頭を過ぎ、二ノ沢ノ頭にてイグル泊。作成するのも川嶋さんが言うほど簡単ではなく、大変な思いをしました。食事時も大変で、上から水が、寝ても大変で、風がぴゅ‐ぴゅ。ある意味いい経験をさせて頂きました。先ほどのザックの中のお話ですが、全然中は濡れていませんでした。これは新たな発見でした。これが本日の収穫かな。
 翌日は晴天、今日が本番、皆の顔からそう感じます。第1、2岩峰ルートの説明は出来ませんが、とにかく登りました。自分の順番を待っている間は、ジェットコースターの始まりのイメージで、ジワジワと迫ってきて、逃げれない感じです。前者の登りを参考にしようと思い見るのですが、見れば見るほど緊張が高まり、ドキドキしてしまい、体がつりそうでした。何とか岩場をクリアーして、アラ沢ノ頭を過ぎ、急な斜面のトラバース、ついつい油断をしてしまい、ウェアー上部をピッケルにて、ザックリ。手や腕を怪我しなくて良かった。鹿島槍北峰を過ぎ、時間的に厳しく、南峰前にてビバーク。私が前回ビバーク訓練をした高尾山。なぜか天地の様に思えてきた。ここはどこ。雪洞を堀り、半地下構造のツェルト設置。これが川嶋山行かと思い知った。自分以外の方も、今日は冷池山荘泊と決めていた人もいたでしょう。もしかしたらビールが飲めると思っていた人もいたでしょう。しかしここは鹿島槍ヶ岳。実にいい経験をしました。想像以上に半地下のツェルトは最高でした。昨晩の様に上から水は降らず、風がしのげ、狭いなりに暖かく過ごせました。足先へホッカリン、ホッカイを貼って寝る事も教わりました。これがこの日の収穫かな。 3日目、昨日無理して南峰を登り、冷池山荘へ行かなくて良かった。昨日の判断は正しかったと言わんばかりの、雪山登り、油断せず、一歩一歩真剣に登りました。南峰に着いた時、皆が無事で本当に良かった。心からそう感じました。南峰からは一般ルートにて下山。油断して、何度も滑り、カッパのズボンを2箇所切りました。カッパの上、下には穴が開きましたが、無事に下山できて本当に幸せでした。今はカッパが残念ですが、あの時は本当にカッパくらい、幾らでも破けても、安全第一と思いました。今回の山行が今後の山行にどのような影響があるのか分かりませんが、皆さまにご迷惑の掛からない様な、山行をして行きたいと思います。ありがとうございました。 By Yss

<山行反省> 
 以前、同じコースを登り下山終了点直前に滑落して不完全燃焼に終わっていた。いつかリベンジをと思っていたので今回参加させて頂いた。結果は惨憺たるものでした。
1日目はトップを行かせて頂き順調に過ぎました。2日目、第2岩峰で力尽き川嶋さんに引っ張り上げてしまう破目に、北峰を過ぎた辺りで左足を置くと同時にズブズブの雪が崩れ、突風に煽られて其の儘滑落してしまいました。「あっ」と思うと同時に「ピッケルで止めなければ」と瞬時に体が反応しました。2度目にピッケルを打ち込んだ時に止めることが出来ました。私が滑落したと同時に川嶋さんが後ろから私を止める為に1.5m下に駆けつけて下さり、第2岩峰で待ちくたびれたグループのお二人もすぐ横まで駆けつけて下さいました。本当に命拾いしました。富士山でのトレーニングが身についていて滑落死してもおかしくない状況でした。川嶋リーダー、メンバーの皆様には本当に感謝致します。有難う御座いました。私は、鹿島槍の神様に拒まれている様です。この様に鹿島槍から元気で帰り、5月1日2日と勤務しましたが、右腹痛のために受診しました。結果、肝臓に異常が見つかりました。「よくもまぁ、これで山で死ななかったね」とドクターに飽きられてしまいました。これで、鹿島槍は永遠の憧れの山になってしまいました。連休4日間は寝たきり生活でした。
 先日、職場で「生きて死ぬこと」をテーマにした記事を読みました。2038年には厚労省の推計死亡者数は170万人となりピークになるそうです。それまでの間に、必ず、私は死ぬことになります。生老病死の混在する病院の一隅で患者さんと向き合っている毎日ですが、生きることの意味、死ぬことの意味を考えさせられます。いつも「ピンピンころりがいいねー」と言っていますが、実際のところ、死ぬまで山を楽しみたいと欲張っています。
 私にとって、生きて死ぬことは山の仲間と共にあるようです。これからは体力、年齢、(気力だけはある)を考えて、色々な、夢の山に登りたいと思います。今回も、あまりにも多くの経験をさせて頂きました。こんな私ですが今後も山行ご一緒お願い致します。 By Knz

<めげない男の独り言>
 近頃、岩魚釣りに行っても修行の賜物で不死身の自分(大げさで思い上がっているかな。)を感じていたのですが、帰ってきて早々に、筋肉痛の痛みにさいなまれて、階段を手すりに掴まって降りているざまです。翌々日に仕事場の現場に顔を出したのですが、誰が見ても一目瞭然の雪焼け顔で、会社の者や、お客様に、私のテフロン加工されて生まれたはずの心も、ずたずたにされる程の嫌みを言われ続けました。
 でも不思議な事が有ります。 いつもなら、痛みも去り、雪焼けも直る頃に、(もう一度行っても良いな。)と思うのに、今回は筋肉痛に耐えて階段を登りながら(もう一度行っても良いな。)と思えてしまった事です。
 早く雪が解けてくれないと、今誘われたら、又、付いて行ってしまう。
 架空に思える程の楽しい夢の世界を体験させてくださりありがとうございます。来年も企画していただけたら幸せです。汚い着替えの入ったザック取ってきていただいてありがとうございます。 By Frs

<リーダーの感想と反省>川嶋高志
 私のオープン山行としては最大の7名が参加を希望。誰一人キャンセルすることなく27日22:30に2台の車で練馬を出発。3時前に大谷原着。車中、約2時間ほど仮眠。
 28日は未明から雨が降り出していた。低気圧の早めの通過を願い出発。東尾根への取付は林道を一度目のつづら折れで左に堰堤を見たところに赤布が5箇所程付いていたが、7名とも無視していく。バリエーションルートとしては明瞭な踏み跡を登り尾根へ。1800m付近まではほとんど積雪がない。樹林帯で雷雨となった後薄日も差してきたので早めに低気圧が通過したかと喜んだが、昼過ぎ宿泊予定の一ノ沢ノ頭付近で再度雷鳴が轟く。雷鳴とアラレ混じりの吹雪の中、イグルーを製作する。雪質が良好だったため無理して8名用のサイズを作ろうとしたが失敗、4時間もかかり4名用二つで分宿。夜間は風が強く隙間の多いイグルーは寒かったようだ。
 翌29日は快晴、出発が遅れるが2名パーティが3組ほど先行し、7〜9名のパーティも通過したとのことなので「どうせ渋滞」とゆっくり用意する。第一岩峰までは特に問題なし。第一岩峰は積雪が不安定と感じたので50mロープ3本を固定する。中間の岩場に懸垂用の支点あり。他は這松とスノーボラードを利用。第二岩峰はリッジを絡んで取り付き、核心のチムニーは左足のアイゼンの爪を引っ掛けて登る。ハーケンはたくさんあり、V級程度のクライミング。
 ここで腕力のない女性が苦労した。今朝、大谷原から登ってきた単独行は先に行ってもらうが、4名パーティは2時間ほど待たして怒られる。元川崎柴笛の大村慎一氏と風来坊の敷島悦郎氏達だった。ここから上部は少し風が出てきたので北峰を越えた吊尾根鞍部で雪洞とツエルト泊。大村氏達もテント泊(彼らは翌日北俣本谷を下降)。
 30日も快晴。南峰の登りは堅雪で傾斜が急なため緊張する。頂上から冷池山荘までは楽な下り。冷池山荘は営業していたがヘリ事故の影響で宿泊は不可とのこと。赤岩尾根は取付まで積雪があった。途中から雪が腐り歩きづらい。高千穂平上部で右の西沢に下るトレースがあったが、尾根を忠実に下降する。尾根の取付き付近は藪漕ぎとなる。帰路は大町温泉と馬刺し、信州そばを満喫した。
 天候の判断が甘く、初日に雷の襲来を最悪の場所で受けた。北峰下の雪稜と赤岩尾根下部で滑落者がでた。すぐに停止し怪我はなかったものの少しの気の緩みで大事故につながる。二人とも第二岩峰で苦労していたが技術と体力を再点検して余裕をもった行動をすることが望ましい。人数が多くなったのでロープワークに習熟したサブリーダーが必要だった。

鹿島槍ヶ岳東尾根で朝日を浴びるツインイグルー
 
鹿島槍ヶ岳山頂にて剣岳をバックに
 
鹿島槍ヶ岳東尾根第2岩峰の登攀
 
赤岩尾根取り付きで無事下山を喜ぶ
 



山  名滝子山 東南尾根
山  域中央沿線
山行種別ブッシュ山行
山行月日2007年4月22日(日)
メンバーL:Tmb、Okk、Kbh、Sma、Nmf

コースタイム 初狩駅8:30〜藤沢子神社9:00〜殿平9:45-55〜クラコ山11:00-10
〜送電鉄塔12:10-35〜滝子山14:05-20〜初狩駅17:00 

 初狩駅から滝子山への道標に従い、中央高速の下を通り藤沢子ノ神社へ。「殿平」という道標があった。天然記念物「藤沢の大杉」を見て、本殿裏から登り始める。イカリソウ、ヒトリシズカがたくさんあった。あまり急ではないので登りやすい。登りついたピークは百反刈山(797m)で殿平(812.0m三角点)はその先だった。小さな木の板に消えかけた山名表示があった。いくつかピークを越えてクラコ山(鞍吾山とも言うようでどちらが正しいか不明)へ。フデリンドウがきれいな花をつけていた。最後の標高差50mくらいが急登。木の根、岩角を頼りにはい上がる。山名表示はないが、尾根の東の端まで行き三角点(1,037.8m)を確認した。 緩やかな尾根を行くと1,080m圏に地図には記載がない送電鉄塔があった。明るくて見晴らしも良く、扇山から権現山などが見えた。昼食。尾根が西に向きを変え、少し下ると気持ちの良い広い鞍部があった。ここから標高差150mくらいは急登だった。両手をフルに使ってよじ登る。下りも急で、ロープはあるがザレ場なのでかなり緊張する。下りきった狭いコルが、表示はないが「御正人ノタル」らしい。ここから滝子山への標高差350mがさらに急登。木の根や岩の手がかりは豊富だが、かなり疲れる。上部の岩場にはイワカガミが群生していた。あれが頂上かと思わせるピークに二度だまされ、ようやく1,590.3mの三角点に辿り着いたが、われわれが登って来たルートには「岩場危険」と表示があり、木の枝で道が塞いであった。踏み跡がややはっきりしない箇所もあったので、下りには使わない方が良さそうだ。 滝子山の頂上は三角点より少し上にある。頂上に着いたのが2時だったのでもう誰もいなかった。富士山は雲に隠れていたが、南に三ツ峠や道志、丹沢。北に小金沢連嶺、雁ケ腹摺山、東に遠く奥多摩の山々などまずまずの展望だった。帰路は普通のハイキングコースを下りたが、檜平の上でコースが「男坂」「女坂」に分かれている。女坂を下りたが歩きやすい道だった。 滝子山はこの付近では人気の高い山である。ツツジが多く、寂?尾根の上部にもイワカガミの群落があり、頂上の展望も良いので大勢のハイカーが訪れる。この東南稜は、距離が長いので日の短い時期には向かないが、人の少ないバリエーションルートとしてお勧めできるコースだった。 By Tmb

クラコ山への登り
 
お正人ノタルへの下り
 
お正人ノタルへの下り-2
 
滝子山から雁ヶ腹摺山(右)と黒岳(左)
 



山  名谷川岳 西黒尾根〜天神平
山  域上越
山行種別山スキー
山行月日2007年4月20日(金)〜21日(土)
メンバーFka(単独)

コースタイム 朝4時起床、土合駅出発5:00時、指導センター5:30(登山カード提出)、西黒尾根コース入り口5:45、送電線鉄塔6:15、頂上まで3時間の道標(らくだの瘤手前)8:00、後部らくだの瘤頂き8:40、天狗の鼻の上部(マチガ沢西黒尾根上部への突き上げ付近)10:15、頂上(トマの耳)11:15、頂上滑降開始11:45、熊穴の段12:15、ザイル付きの岩場12:25、天神平ゲレンデ上部13:00、ゴンドラステーション終着13:40 

◎コースの特徴(回想をこめて)
 なぜ西黒尾根スキー登山か
 登山に魅せられた最初の山行が高校2年の清水峠―谷川岳頂上―西黒尾根であり、就職して始めた若干の岩登りや息子の特訓に力を入れた山スキーでも西黒尾根とその周辺が言わばホームグラウンドであった(注)。以前は西黒尾根スキー登山を年中行事にしていた時期もあった。しかし、大宮を留守したこの10年以上ご無沙汰で、この間高齢化が進む(去る3月21日に71歳)なかで練馬山の会の頻度の高い冬夏スキー・登山のお陰で体力にも若干自信がついたので、最近、もう一回積雪期西黒尾根スキー登山に挑戦して自分の力を試したいと思っていた。
(注)私の西黒尾根周辺の登山・スキーは、次の通りである。数知れない天神平スキー、積雪期西黒尾根―天神平スキー登山は10回以上(主に小、中、高、大學、就職初時代の息子と)マチガ沢本谷登頂2回(単独行と大宮労山)、西黒沢(8月らくだの瘤上部へ小1の息子と)、ヒツゴ沢登頂2回(大宮労山)、6月の万太郎谷(土樽〜谷川岳頂上、単独行)、元日の万太郎登頂(大宮労山)、春の芝倉沢滑降3回(一回は中学1年生の息子と一ノ倉岳頂上への登頂と滑降、もう一回はKmsさんと土樽〜茂倉岳を経て、後一回は練馬山の会で登ったが一ノ倉岳に登っている間に武能岳からの大雪崩で谷が埋まっていた)。3月末〜4月初の天神尾根―谷川岳―蓬峠―湯檜曽川出合(小6の息子と)、山は素人のスキー仲間や小学生の息子とゴールデンウイークはじめに清水峠〜蓬峠〜土樽のスキー山行、毛渡沢スキーなど。亡くなった娘の明子を最初に連れて行った山が9月の西黒尾根コースであり、祖父が68歳の時一緒に登った思い出もある。一度、一ノ倉沢のやさしいルートをベテランのリードで登って見たかったが果たせず残念である。
 コース概要(71歳の感懐)
 4月半ばに入ると雪が落ち着くので、先週の14,15日を狙っていたが天気が思わしくないので神楽の中尾根にYSのみんなと一緒に行った。今回の天気周りは金土が当たりだと思ったので20日(金曜)の午後4時ごろ大宮で高崎行きの鈍行に乗り、あと水上で20:32の長岡行き最終列車を捉え土合駅に着いた(一本で来られる電車がなくなったのははるか以前だが山・スキー屋としては不都合だ)。出口への約480段の階段は以前もきつかったが、今回まあまあで、これなら西黒尾根は登れると思った。土合駅の旧待合室は、かつては登山者の仮泊でごった返していたが、今回は下車を含めて私だけである。幼いとき母屋の外のトイレに一人で行けなかった臆病者にとって誰も居ない駅舎の一人泊まりは気持ちの良いものではない。これまで、神社や無人の山小屋、雪洞、テントなどで一人泊まりしたが、一番気持ち悪いのは山小屋である。特に自然と一体化出来る雪洞やテントは落ち着いて泊まれる。夕食は電車内でおにぎりを食べたので早々に寝袋に入って寝た。
 朝4時トイレに起きたまま起床、朝食、洗顔、トイレを済まして、登山支度を整え、5時に駅舎を出発した。指導センターに5:30着、ビックリしたのは、天神平へのゴンドラ・ステーションが元の場所から何百メートルか前方に移動していた事である(一昨年、息子と天神―谷川岳―万太郎―毛渡沢滑降を目指して、天気が悪いので頂上から西黒沢を下ったときは何か新しい建物が出来ているという感じだったが、今回聞いた所では既に一昨年改築したとの事だった)。センターで登山カードを出して5:40に出発、西黒尾根の入り口には5:45に着き、車道を離れて西黒尾根―頂上への夏道に入る。
 雪の全く無い夏道をスキーを担いでひたすら登る(この状況は予測出来たのでシールは持って来なかった)。天気は高曇りで思った通りである。最初の雪が送電線鉄塔(6:15)を過ぎた辺りにあったがすぐ夏道になった。本格的な雪原が現れたのは、手前のらくだの瘤への緩斜面である。気温が高く表面の雪は腐っているが根がしまっているので歩くのに問題は無い。夏道より雪原の方がはるかに楽である。ここから坂道を登った最初の小ピークから小鞍部に差し掛かる所に道標があり、頂上へ3時間とあった(8時頃)。ここで2人連れのパーテイに追い抜かれた。この日の私が見た西黒尾根登山者は、頂上で休憩している時登ってきたあと1人だけだったが、西黒尾根登山者はめっきり少なくなった。
 本格的な登攀は、手前のらくだの瘤(ピーク)から始まる。雪が消えて鎖場が露出している岩場をヤマスキー靴でしかもスキーを担いで登るのはいささか困難である。次の後部の瘤ピークも雪が無い鎖場の岩壁であるが、この両ピークの露出した岩場が最初の難所である。それにしても西黒尾根としては積雪期のこの時期に、らくだの背の岩場が露出していたのは初めてであり、これにもいささか驚いた。マチガ、西黒沢の両サイドは急斜面だが雪が腐っているので緊張は全くない。
 後部らくだの瘤ピークから雪の急傾斜面で9時頃から、アイゼン、ピッケルで登る。しかし、トレースのあるルートは時々岩が露出しており、アイゼンが可哀相なのでなるべく西黒沢側の急斜面の雪面を登る。最近降ったと見られる新雪が薄く表面を覆っているが、底雪と馴染んでもおり、雪崩の心配は全く無い。しかし、底雪を押し出したクレバスや岩との間のシュルンドが表層雪の下に口を開けており、これを避けるのがチョッと厄介である。下方に1メートル以上落ち込んだクレバスを超えようとして一方の靴のアイゼンの紐を他方のアイゼンが引っ掛けて往生をした(アイゼンの紐はキチンと始末しておくべし)。中年アベックの下山者は、後ろ向きに斜面にしがみついて降りていた。後部らくだの瘤ピークの辺りから、マチガ沢上部の岩壁、その右の遠くに中ノ岳、駒ヶ岳、目の前に巻機、その右に尾瀬燧、至仏、上州武尊、日光白根等の山々の展望が開けてくる。
 マチガ沢右岸ルンゼが西黒尾根上部に突き上げる辺りに天狗の鼻と言われる大きな岩があるが、その付け根に10:15、熟年の下りパーテイに会い、スキーを見て“お楽しみ下さい”と羨ましそうだった。あと比較的緩い扇状沢の端に辿り着き、頂上までゆっくり登り着いたのが11:15。さっきまで頂上に見えていた先行パーテイは沖の耳への尾根を歩き(芝倉沢下山とのこと)、1人ぼっちの頂上である。あまり風は強くなく、ゆっくり昼食を食べていたら西黒尾根からの単独行者がやってきたのでカメラのシャッターを押してもらった。
 11:45、天神尾根からのスキーヤーがシールを着けて辿り着いたのと交代で大滑降を開始した。しかし、ザラメ雪でない、腐った新雪のため滑りは今一である。そして、何人かの女性登山者が拍手してくれた一昨年の唐松岳大滑降と違い、下からの登山者(ギャラリー)が殆ど居らず、1人だけの大滑降である。尾根には思ったより雪がついており、時々息をつきながら、そして尾根を挟んでヒツゴ側と西黒沢側の間をターンしながら熊穴の段に着いたのが12:15でここで休憩。あとは、アップ・ダウンをザイル付き岩場に12:25、ここでスキーを脱いで、岩場を登り、その先下りの後、登りで天神平ゲレンデ上部に達した(岩場の下の急斜面を迂回することも出来るがヤバイので止めた)。改装したゴンドラに乗って新しいステーションに着いたのが13:40、指導センターで下山カードを出した後2:00のバスで水上に向い、大宮に鈍行で17:15に着いた。
 感想
 頂上までスキーを担いで約6時間の所要時間は、多分一般のコースタイムと変わらず、中上部が積雪の為登り易いことを考慮しても、71歳の高齢者としては上出来で、これでまた少し自信がついた。ゴールデンウイークに息子と予定している日本オートルートの足場になったと思う。これも、練馬山の会YSグループによる日頃の山スキー山行のお陰であり、この場を借りて感謝申し上げる次第である。 By Fka




山  名赤岳
山  域南八ヶ岳
山行種別残雪期のアイゼン登山
山行月日2007年4月14日(土)〜15日(日)
メンバーL:Tok、Yss、Kbh、Ilk

コースタイム 14日 美濃戸口 10:30 →美濃戸山荘 11:30→(北沢)→赤岳鉱泉14:45(休憩30分)→行者小屋16:30(幕営)
15日 起床4:00 行者小屋5:50発 → (文三郎尾根)赤岳山頂9:50→(文三郎尾根)行者小屋11:30 テント撤収12:00→(南沢)→美濃戸山荘13:30(30分休憩)→美濃戸口14:30  

<報告1>
 今回は、昨年、吹雪のため敗退した赤岳へのリベンジ山行であった。生まれて初めて雪山に登ったのが一昨年12月のタンポポアイスクライミング講習で来た赤岳鉱泉で、その時も登山途中で股関節が痛み出し、グループのみんなに迷惑をかけた。結局、痛みが納まらず、目的のアイスクライミングも出来ず、帰りも足を引きずりながらの下山となった。
2度目の冬山が今回と同じ行者小屋テント泊での赤岳だった。その時は往復とも南沢を行った。歩けど歩けど、なかなかたどり着かない・・・そんな印象が南沢にはあった。なので、今回は北沢から赤岳鉱泉経由で行者小屋を目指すこととした。
 メンバーは1月に天狗岳に行ったときと同じ4人。いつもIlkさんにばかり食担をお願いしては申し訳ないので、今回は私が担当することにした(恥ずかしながらこれが食担デビューです)家でもめったに料理をしないので、山でいったい何を作ったらよいものやら?あれこれ悩み、1週間前からスーパーに通いナンダカンダと買い込んだ。ザックに荷物を詰めてみると、24kg.ある。重い。美濃戸口で食材をみんなに持ってもらい、少し身軽になって歩き出す。美濃戸山荘までは雪もなく快適。その先からちらほらと雪が残っており、所々凍結しているがアイゼンを着けるほどでもない。
 堰堤広場まではゆるやかな道で、わりと快適に歩けたが、山道に入ってから、ペースが急に落ちた。息は上がった。めまいがするやら、苦しいやらで「またか・・・」と思う。赤岳は鬼門か? なんとか赤岳鉱泉にたどり着き、小屋でゆっくりコーヒーを飲む。ここで体力と気力を回復して、行者小屋を目指す。途中、中山乗越で休憩する。その間に吉田さんだけが展望台に寄り道した。元気だナァ・・・やっとの思いで行者小屋のテン場に到着。初めての食担は味噌煮込みうどん。(Ilkさんがつまみに持ってきた「モツ煮」の残りを投入したらおいしかった)
 貧血のせいか、荷物が重すぎるのか、あまりに息切れが激しいので、今回も赤岳への登頂を断念した。(この調子だと一生赤岳登頂はできないかも・・・?) 翌朝は、3人を見送り、私一人テント番をすることに。お天気がよいので寒さは感じない。健脚の3人だから早々に帰ってくるだろうと思い、9:30分にはテント撤収完了。日向ぼっこしながら待つ。10:00、そろそろかな?10:30、意外と時間かかってるなぁ。11:00、遅い。何かあったの?11:30そわそわと地蔵尾根のあたりを見張っていると(文三郎から登り地蔵を下りる予定だった)、文三郎尾根のほうから「ただいまぁ」と疲れきった顔の3人が帰ってきた。
 下山は南沢を下った。沢沿いは凍結した道が続き「アイゼンなしで行けるのでは?」とたかをくくった私は、途中で泣く目にあう。早めに装着しておくべきだった。 美濃戸山荘で装備を解きゆっくり休憩する。Yssさんは用事があり、どうしても18:00に新宿に着きたいとのことで、1人先に立つ。最後はのんびりと歩き、八ヶ岳山荘でおつかれさんのビールを飲んで今回の山行を終えた。 By Tok
<報告2>
 5時50分行者小屋のテントサイトを出発、確か阿弥陀岳との分岐までは、トレースがあった様に覚えている、そこから先は経験者のIlkさんの後を歩く。
 昨夜は雪が降ってないが、トレースはない。分岐から最終の樹林帯を抜け、文三郎尾根を登る、時折強風が吹くが、天気が好く、赤岳は目の前にそびえている。前回の西穂高とは違う。視覚的に進む方向が確認出来ることは、安心できる。安心出来るといっても、やはり雪庇や新雪、岩等、危険な箇所は存在する。安全なルートを探しながら登って行くが、新雪の深雪には苦労した。雪山3回目にして、滑落の恐怖も感じた。そうこうしている内に、プロガイドを含む一行が先に行く、中岳との分岐からは、登りも急で前を行った一行が、ロープを出してあったので、それにあやかり、そのロープにセルフビレーをとり登っていた。
 何とか赤岳頂上についた時は、登っている時の恐怖感とは裏腹に晴天で、穏やかな山々の景色が、綺麗に広がっていた。景色に酔っているのもつかの間で、下山の事が頭をよぎる。本来なら地蔵尾根を予定していたが、雪の状態等が未知数なので、登ってきたルートを下山する事になった。初めての体験、怖さのあまりお尻から降りる箇所もあった。先ほどの中岳分岐までは慎重に降り、そこからは傾斜も穏やかになった。行者ではTokさんが首を長くして待っている事を皆知っているので、そこからはサクサクと下山した。11:30無事にテン場到着。 今回の山行計画において、私に時間的な制約が付いていたので、メンバーにはご迷惑をお掛けしました。次回は、ゆっくりと山行しましょう。ありがとうございました。 By Yss

赤岳鉱泉 お迎えはアイスキャンディ 中山乗越にて 三人三様
 
中山乗越から テントサイトの朝
 
赤岳山頂より阿弥陀岳方面 赤岳山頂より硫黄岳・蓼科山方面
 
頂上にて ホッとするとき アイゼン効かせ 気を付けて下山



山  名神楽峰 中尾根
山  域上越
山行種別山スキー
山行月日2007年4月14日(土)〜4月15日(日)
メンバーL:Syt、Kgt、Ssj、Fka、Tbt

コースタイム 14日:13:00所沢〜16:30神楽峰駐車場 15日:8:00〜9:00 神楽みつまたスキー場のゲレンデにて滑る。9:30第五リフト上部〜10:40中尾根に向かう小ピーク〜11:40和田小屋着 

 仮眠所が9時から使えるので、たっぷりと眠って、朝は仮眠所につくられた小体な飯屋で軽く蕎麦を手繰った。当然、お世辞にも美味いとはいえないが、この際贅沢は敵だ。
 腹も満たしたところで、いよいよゲレンデで小一時間ほど足慣らしをし、最後のリフトが動くのを待つ。山に入ろうとするスキーヤーやボーダーが、40〜50人(もうすこし少なかった?)程が列をなす。皆さん期待に顔を輝かしているようです。
 この列の中には、予定変更して神楽峰に来たItsチーム(やはり期待に顔が輝いています?)もおり、YA―YA―と挨拶。少しするとリフトも回りだし、リフト最終地点に着く。ピーカンで風もなく暑いくらい。板にシールを張り、登りだす。全員が神楽峰登頂経験者≪登頂はおおげさか?≫なので、体力温存のため神楽峰をパスし、回り込むようにして神楽峰稜線に向かう。このへんになると我が中高年部隊は息もあがり始めるが、あがりきる前に中尾根に向かう小ピークに上がる。しばし休み360度の展望を愉しみ、いよいよ中尾根を滑る。雪はソコソコ締まっており、「やな雪だねー」というところは無かった。結構愉しく滑れ、特に文句はありません。中尾根の切れる少し手前でゲレンデに入ると、和田小屋は目の前。ここからはダラダラしたゲレンデを、ダラダラと滑る。このダラダラ滑りは結構疲れるんです。ものの本で読んだ受売りですが、急斜面の如何にもというところよりも、こういう気の抜ける所が骨折の本場だそうです。と、いうことで、みつまたロープウェイ駅から下は雪も切れ、滑ることが出来ないので、ロープウェイに乗り駐車場に向かう。
 帰路は、例によって風呂に入り、道の駅で買出し。ここでもまた、Itsチームと遭遇。良いのだか悪いのだか分からないけど、その習性の似ていること。またまたと挨拶しつつ、大和芋とヨーグルトを勧めた。かくして無事帰宅。 By Tbt




山  名白毛門
山  域谷川
山行種別雪尾根
山行月日2007年4月7日(土)夕発〜8日(日)
メンバーL:Mnj、Ogc、Uts、Swm

コースタイム 7日 17:30上野〜(電車)〜土合駅 谷川岳ロープウエー駅 泊
8日 ロープウエー駅5:40〜登山口6:00〜山頂10:30−11:10
   〜登山口14:20

 沢のオフにどこかに行こう、雪山がいい。ちょうど青春18切符の期間中、有効活用できたらいいね。そんなかんじでUtsさんがぴったりの企画を立ててくださった。
 私にとっては久しぶりの山歩き。しかも今シーズン初の雪山ということでとっても楽しみにしていた。ザックの中に冬山装備を詰めつつ、安全第一と気を引き締める。
 途中から座れたが各駅停車の車内は意外と込み合っていた。何度か乗換えをして土合の長い階段を上がると、懐かしい風景が・・・!気温は高め、雪もほとんど見られず。到着した時は小雨がぱらついていたが、明日は天気良くなる見込み。期待が膨らむ。快適な「谷川無料ホテル」でUtsさんが持ってきてくれたワインで乾杯し、楽しく語り合い眠りに着いた。
 翌日は快晴。オーバーヤッケの出番もなさそうだ。しばらくは雪のない乾いた斜面を登っていく。少しずつ雪が出てきて樹林帯を終えると真っ白な道になった。踏み跡がずっと続いている。何日も前から降っていないようだ。歩き方を忘れている私、傾斜がきつい雪道を登りながら下りがチラリと心配に・・・でも、今回は頼もしい仲間に囲まれ、思いっきり安心、甘えモードになっていた。こんな贅沢でいいんでしょうか。
 「このペースだと時間が余っちゃうね」と休憩を多めにとってのんびり行く。Ogcさんが登山口にデポしたグレープフルーツをしきりに残念がる。植竹さんが「取りに帰ったら。持ってあげるよ」なんて笑う。谷川の壁がバ〜ンと見渡せる。地図を参照しながらあれが一の倉沢、マチガ沢、幽ノ沢、茂倉岳・・・などと指さし確認。間近にみるとやはり圧倒的な迫力・魔力を感じた。
 ピッケルを刺し込み一歩一歩高度を上げていく。目指す白毛門山頂が白く輝いている。東側に雪屁が張っている様子や、斜面の亀裂を見学。雪山歩きの注意点を思いかえしながら、あと少し緊張して登っていく。
 山頂に着くと大パノラマが360度で思わず歓声が上がる。あっけなく終わってしまって、ほかの皆さんはこの先の朝日岳へと進みたかったことだろう。だけど私は充実感、幸福感をかみしめていた。今回は3パーティーくらいしか会わなかった。静かな楽しい空間!みんなに来てほしいような、自分たちだけのものにしておきたいような・・・とにかく「山」という子どもみたいに夢中で遊べる場を持っている自分がうれしい。
 下りは岩稜の下の急斜面はアイゼンをつけて下りた。そのあとアイゼン無しで大丈夫だったがやっぱり腰が引けていた。Mnjさんがずっと後ろで見ていてくれたので安心して自分のペースで下りられたが。経験がものをいう世界。かっこいい先輩たちを仲間に持てたのだからお手本にして経験を重ねていきたい。途中、白毛門沢が見える。沢シーズンに思いをはせる。
 登山口に戻り食べたグレープフルーツの美味しかったこと!!手早く皮をむいて薦めてくださったOgcさん、ありがとうございました。感激の味でした。By Swm




山  名笹尾根
山  域奥多摩
山行種別ハイキング
山行月日2007年4月7日(土)
メンバーL:Tno Sjy Ygt Tmb Syt Knm

コースタイム 石楯尾神社前08:55 佐野川峠09:45 甘草水10:05 三国山10:35 
熊倉山11:00 浅間峠11:55 日原峠13:05 小綱峠14:05 
丸山14:25 笛吹バス停15:40  

 石楯尾神社のバス停から総勢6名で山行開始です。曇り空ですが初春の道端には梅や水仙の花が咲き気持ち良い。佐野川を過ぎて見晴らしの良い三国峠(991m)の桜並木はツボミのままである。桜満開の下界とはやはり違う。尾根歩きが続きアップダウンもそれほどなく歩きやすい山道が続く。浅間峠(860m)の東屋で昼食。寒い。全員上着を着用。東屋の温度計は9℃。早々と昼食を切上げ山行開始。途中カタクリの花が所々に可憐に咲いている。花を見る度に綺麗綺麗と自然に言葉が出てくる。土俵岳(1005m)近辺には数日前に降った雪が少し残っている。リーダーからアイゼン持参の指示が前日に有りました。今回はアイゼンを使うほどでは有りませんでしたが準備万端が基本と再認識。緩やかな尾根歩きが続き気持ち良い。風もなく鳥の声を聞きながらのゆったりとした山行である。尾根の木々には未だ春の気配は全くなく道端には沢山の落ち葉が積もっている。なんか秋の山道を歩いている錯覚に陥る。そして新緑の奥多摩・笹尾根はきっと最高に気持ち良いだろうと想像しながら全員で丸山に向かって歩を進める。僅かに太陽が顔を出すと暖かい。途中憶えても直ぐ忘れる峠の名が気になる。「笛吹峠」。どう読むのだろう。うずしきとうげ。峠を一つ越すとまた忘れてしまう。いくつもの峠道が里と里を結んで開かれ、その道を通って物資が交易され、花嫁が嫁ぐために超えていったという道を我々6人が歩いている。何か歴史を感じさせる尾根歩きである。でも本当に歩き易い。
 丸山からバス停まで下山開始。下山に向かって直ぐに窪んだ山道には沢山の落葉が積もっていました。30センチから50センチの積もり方です。そこを歩くこと約10分。Sytさんが叫んでいました。「落葉のラッセルだー」。もう直ぐこの尾根にも春が到来するのにこの落葉の積り方は晩秋本番といったところである。笛吹バス停の近くで小雨が降ってきましたが、グットタイミングで武蔵五日市行きのバスが到着。楽しかった。4月入会で初めての山行参加ですが、楽しく尾根歩きが出来ました。(皆さんの健脚さには脱帽) By Knm