山田兼士の評論・エッセイ


オノマトペとリフレインー萩原朔太郎と中原中也の愛唱性を探る
萩原朔太郎『宿命』の六色ー散文詩六篇における色彩について
萩原朔太郎『宿命』再考
〈風のアニムス〉と〈水のアニマ〉ー日高てる論
「現代詩手帖」2012アンケート「今年度の収穫」
眉村卓の散文詩remixについて
追悼・島田陽子/島田さんの晩年のこと等
アンケート「昭和の詩」小野十三郎「カヌーの速度で」
ボードレール「瞑想」(アンケート「心に残る詩歌」)
犬飼愛生について
翻訳詩の楽しみー「ミラボー橋」から『パリの憂愁』へ
五十七歳詩集ー天野忠/谷川俊太郎/高階杞一
「びーぐる」9号アンケート「死と詩」
「現代詩手帖」2011アンケート「今年度の収穫」
詩集時評1「ツイッターから始まる」
詩集時評2「詩のカタログとして」
詩集時評3「詩の治癒力を信じて」
詩集時評4「震災後に詩を読むということ」
詩集時評5「生と詩、死と詩」
詩集時評6「収穫の秋、だろうか」
詩集時評7「一年が経って」
宮沢賢治・童話の詩学
「死の島」日記
谷川俊太郎『絵本』の復刻について
怪訝山からコルカタへー小池昌代の未知をたどる
萩原朔太郎に学ぶ散文詩の書き方
詩と音楽−ボードレールから福永武彦へ(1)
憂愁の詩学−ボードレールから福永武彦へ(2)
20年の懸垂ー四元康祐(まで/から)の現代詩
福永武彦の詩小説
《詩集》論構築のために−(1)ボードレール『悪の華』の場合
「現代詩手帖」2010アンケート「今年度の収穫」
小野論ノススメ
通奏低音で何か言ってる(現代詩手帖50年祭に参加して)
高階杞一を読む(1)『漠』から始まる
高階杞一を読む(2)『さよなら』から『キリンの洗濯』へ
高階杞一を読む(3)『キリンの洗濯』から『星に唄おう』へ
高階杞一を読む(4)『早く家へ帰りたい』を読む
高階杞一を読む(5)インテルメッツオ『春'ing』
高階杞一を読む(6)夜にいっぱいやってくるー何が?
高階杞一を読む(7)空への質問に答えるものは
高階杞一を読む(8)まぼろしの聖家族を求めて
高階杞一を読む(9)神でもこうして食べられる?
「現代詩手帖」創成期をめぐって―1959年から1969年までを読む
「詩の現在」についての現場報告
遠い百合の真実―詩人としての小川国夫
崩落の不安と予兆の詩―木辺弘児『海ユリの時間』
更なる中也に向けて―中原中也101年
「現代詩手帖」2009アンケート「今年度の収穫」
「詩のようなもの」とは―木辺弘児『ズガ池堤の家』
清岡卓行に関するアンケート
翻訳と音楽−村上春樹訳『グレート・ギャツビー』をめぐって
小川国夫の長篇詩―「遠い百合」について
癒えるということ―小川国夫とシュペルヴィエル
小池昌代の「詩小説」小論
中原中也の『散文詩集remix』序説
「現代詩手帖」2008アンケート「今年度の収穫」
ボードレールと中原中也、そして杉山平一(講演原稿)
阿部良雄の生成―『ひとでなしの詩学』の難解と誠実について

谷川俊太郎《写真》の詩学
谷川俊太郎《絵本》の詩学
スペイン美術とボードレール―紀行文風に
《ロートレアモン伯》への序―「ロートレアモンの物語 Le Conte de Lautreamont」読解の試み
谷川俊太郎の本音本―『詩を読む』
詩の還暦宣言としての『私』のために
谷川俊太郎・こどもの詩学―八〇年代、九〇年代作品を中心に(1)(2)(3)(4)
谷川俊太郎の二十一世紀詩―『minimal』から『夜のミッキー・マウス』へ(1)(2)(3)
物と歌―谷川、ポンジュ、プレヴェール、そして小野(1)(2)(3)(4)
犬像論(1)(2)(3)
ジャン・コクトーの詩と歌と音楽(1)(2)(3)
中原中也とヴェルレーヌ(シンポジウム記録)
二人のデュカシアン ― 豊崎光一と出口裕弘
冥府の中の福永武彦(1)(2)
文学は「物」とどう関わるか(正)(続)
通教クラス現場レポート
小野十三郎邸界隈徘徊
ヒドルストン著『ボードレールと「パリの憂愁」』訳者あとがき
スティーヴ・マーフィ「イジドール・デュカスの政治的責任放棄」山田兼士・訳
中原中也とヴェルレーヌ―音楽的化合について
萩原朔太郎「蟲」を読む
ボードレールからドビュッシーへ(1)(2)(3)(4)(5)
フランス文学者福永武彦の冒険―「マチネ・ポエティク」から「死の島」へ(1)(2)(3)(4)
フランス歌曲と詩人たち
『長野隆著作集第三巻』あとがき
『長野隆著作集第二巻』あとがき
『長野隆著作集第一巻』あとがき
『悪の華』を有罪にしたパリ
『大海辺』を読む『小野十三郎論 詩と詩論の対話』より)
『歌と逆に歌にーわがバリエテ』を読む『小野十三郎論 詩と詩論の対話』より)
100%の散文詩ーボードレールと町田康
詩批評 物と事の間―小野十三郎から瀧克則へ
海外の詩人たち(全40冊紹介)
群集の発見―ポオ「群集の人」
詩精神のリレー 出口裕弘『帝政パリと詩人たち』に即して
吉本隆明『転位のための十篇』について
散文を書く詩人たち
ヴェルレーヌ・陰影に富んだ美の世界
寂寥と諧謔ー高階杞一小論
萩原朔太郎の一行詩 鏡のうしろにあるもの
長野隆の「弘前」
晩年の詩人たち 朔太郎・賢治・中也
書くときの私
廃市論(1)(2)(3)
辞書の選び方・使い方ガイド
中島みゆき『パラダイス・カフェ』を読む(正)(続)
オーニタ・ダンス・メランコリー
月光論
トップページにもどる