詩時評

詩の現在を読む

第二回 主題の重さ、詩の重さ

(「樹林」2007年夏号より)

 

山田兼士

 

 『学校』で第八回小野十三郎賞を受けたばかりのたかとう匡子が自らの詩作の原点(実際には第四詩集だが)と呼ぶ『ヨシコが燃えた』(初版は編集工房ノア、一九八七年)の「新編」が出た(澪標刊)。初版の十一篇に「以後」と「以前」の各七篇を加えた全二十五篇。新書サイズの小型本ながら重厚な内容。増補決定版と呼ぶべき一冊である。空襲で妹を亡くした七歳時の体験を中心に、戦争体験を多角的に描いた作品群だ。一部の先行作品は別にして、この重い主題を詩集に編むのに、作者は四十年以上の時間を要したという。この主題はおそらく次のようにして訪れた。

 

狂気が襲ってきて/駆け出しそうになる/ヨシコヨシコヨシコヨシコヨシコ/とやみくもに//だから/気を鎮めて/ヨ・シ・コ/こんどは空いっぱいに書いたまではよかったけれど/縁側 窓ガラス 机や椅子/タンス じゅうたん/食器類からカセットテープ//気がつくと/手あたりしだいに書きつけている/四十年以上も経つというのに(「終戦記念日」)

 

ここに描かれているのは、とうてい冷静には扱えないイメージをそれでも書くしかない宿命に身を委ねた瞬間のルポルタージュだ。比喩も修辞も技巧もなく、書くことの必然そのものが立ち上がった瞬間と呼んでもいい。詩集冒頭に置かれた本作品において、事実の重みはそのまま詩の重みといわば相似形を成している。なぜ相似形かといえば、亡妹の名を「手あたりしだいに書きつけ」るしかなかった四十余年を経て、ようやく詩人は書いている自己を描けるようになったからである。言い換えれば、主題の重さを詩の重さとして引き受ける力を身に付けたからだ。これは途方もなく困難なことだ。なぜなら、事実を事実のままに書くというような安易な発想ではとうてい表現できない主題の重さというものがあるからだ。本詩集(初版)が第四詩集でなければならなかった理由はここにある。

 たかとう匡子はこれ以前に『失われた調律』(一九八一年、芸風書院)以下三冊の詩集を出していて、断片的ながら戦争体験を描いた作品も書いている。「プレ・ヨシコ詩篇」とも呼ぶべきそれら七作品は本書(新編)の第三部に収められている。これに対して「ポスト・ヨシコ詩篇」と呼ぶべき七篇が本書第二部だ。『ヨシコが燃えた』刊行後の二十年間に上梓された八冊中七冊の詩集に(おそらく)一篇ずつ書き継がれてきた同主題の作品群である。最新作は『学校』所収の「八月の妹」。この作品を『ヨシコが燃えた』所収の「ヨシコ」と比較してみたい。共に冒頭部分を引用する。

 

町なかは/燃えさかるるつぼ/電信棒は火柱となって/きりもみしながら崩れていった/追ってくる火/走る火/落下する火/赤い闇から/黒い闇へと/たくさんの死をまたいで/逃げまどう(「ヨシコ」)

 

電信柱が焼けて倒れてきた/なにかがせめぎあい/はじける音がする/その炎のなかにいるのは/わたしです/わたしです(「八月の妹」)

 

 まったく同一の場面を描いた別作品ながら、後者は前者を推敲した後のように読まれはしないだろうか。例えば、前者の冒頭二行はその時その場での個人的体験というよりは、後になって知った大空襲の全般的状況を前提にしてはいないだろうか。これに対して後者では、その時その場での実感のみがごく簡潔なリアリズムで表されている。敢えて比較するなら、前者は修辞的であり、後者は実感的である。もちろん、優劣を問いたいのではない。「ヨシコ」からさらに二十年を経て、あの決定的体験が風化するどころか愈々切実な迫真力をもって表現されるようになった、ということだ。そのために「ヨシコ」という先行作品が必要であったことはいうまでもない。

 「八月の妹」に頻出する「わたしです」のリフレインは、あの決定的体験を繰り返し追体験することで事実の重さを詩の重さとして引き受けてきた六十年間を要約するかのように響いている。作品末尾を引用する。

 

その炎のなかにいるのは わたしです/その炎のなかにいるのは わたしです/遠い/八月の風の中で/今も震えている/妹よ

 

 七月の炎の中で「燃えた」ヨシコを「八月の風の中で」震える姿でとらえた時、亡妹の死という個人的体験はたしかに普遍的体験へと昇華されたのである。なぜなら、炎に包まれたヨシコが徹底して身体的な存在であるのに対して、風の中のヨシコは霊的な存在であるからだ。本詩集は、妹の死を作品化するまでの四十年とそれ以後の二十年を俯瞰する詩的ドキュメントとして読むことができるのだが、肉親の悲しみを人間の悲しみへと昇華するのに要した六十年という時間の重さは詩を書くという営為の中でついに詩の重さへと結晶した。新編『ヨシコが燃えた』を新刊詩集として紹介する所以である。

 篠崎勝己『悲歌』(銅林社)もまた、総頁数五十五と軽やかな外見に比して、ずしりと重い十八篇から成る詩集だ。たかとう詩集が具体的な人間の死を主題にしているのとは対照的に、ここでは、観念的とは言わないまでも、抽象的な死という存在が様々に描かれている。

 

私たちはそれを抱えていかなければならない それは もちろん人ではない 人のようなものであるかもしれないが いや人のようなものですらないと言い替えなければならない 私たちはそれを抱えていかなければならないのだから それは埋めれば腐りうるものだろうか 火で燃えるものだろうか 水に溶けてゆくものだろうか もちろん 私たちの体はいずれにもあてはまりうるものなのだからそれが人でないからといって いずれにも当てはまらないものであるということにはならないだろう 放置することも可能なのだ もちろんそれが私たちであることが知られないかぎりにおいて 

 

沈む陽に向けてしまったから しきりにまぶしそうなそぶりをする

(「寓話I」より「死」)

 ほとんど全篇が死を主題にした作品から成る一冊である。よく言われるように、人はだれも自分の死を経験することができないのだから、死とは常にすぐそこにある永遠の謎だ。オルフェウス以来多くの詩人がこの謎に挑んできた。ラ・ロシュフーコーが言ったように「太陽も死も凝視できない」。篠崎はこの謎を「それ」と呼ぶことでまるごと一つの輪郭を描いている。疑問と否定のみで描かれる不在のものの輪郭を。「寓話」とは、この不在の実在という逆説にほかならないのだ。「祝祭」「寓話」「悲歌」「愛について」と題された組詩が執拗に奏でているのは、死という重い主題をめぐる数々の変奏曲である。

 中野朱玖子『詩苑物語』(角川書店)は全一九一篇、五七三頁という質量ともに重厚な一冊だ。サブタイトルに「死を想え(メメント・モリ)」とあるように、様々な人の様々な死が描かれている。まるで「詩苑」とは「死苑」でもあると言わんばかりに。具体的な死者を描いた詩もあれば抽象的な死を描いた詩もあって、さながら死の主題をめぐる曼荼羅図といった趣きだ。

 

ふいに死者たちの森が近づいてくる/木枯らしの季節に/舞い散る一葉/また一葉/――喪中につき……――/仮構は生き残ったものの方かもしれない

(「死を想え(メメント・モリ)」冒頭)

 喪中葉書を木の葉に喩えることで「死者たちの森」を具象化した一節だ。生こそがフィクションなのではないかという疑いが、観念としての死を具体的に表象しているかのようだ。これに対して、具体的な死を観念的に描いた一節が詩の後半にあらわれる。

 

生まれ落ちる恐さは死ぬむずかしさにはじまった。生まれてしまうことは必ず死ぬことだった 生まれることの単調な一律の形態 生きるいい加減な生態への錯誤 だが肉体の崩壊は人それぞれに思惑を裏切られる そこから屍体は大人しい存在でなくなり 屍体の傲慢な自己主張は生者でなくなった所から始まった

 

 当然のことながら、死を問うことは生を問うことにほかならないのだから、死の諸相を様々に描き出そうとする本詩集は諸々の生のかたちを探求する思索の書とならざるを得ない。主題の重さがそのまま詩の重さになるための五百頁。文字通り重厚な書物である。

 一冊がまるごと死を主題にしていなくても、随所に死の気配を漂わせることで独自の人生観を構築している詩集もある。鷺岡美雪『翔ぶかたちのまんまで』(編集工房ノア)。表題作の一部を引用する。

 

その眼は/最後に何を見たのだろう/いつまでも 翔んでいたかった空に/浮んでいる/あの白い月だろうか(中略)/羽根を ぴんとひろげて/翔ぶかたちのまんまで/赤とんぼが死んでいた/こんなところで 力つきたのだね/ふわっと息を吹きかけると/ふわり と浮いた/つうん と目がしらが熱くなる/まっこと 野ざらしの/純粋な死のかたち

 

 どんなに小さな生命にも訪れる「死のかたち」を繊細な感覚でとらえた作品だ。この一見ささやかな死は、詩集全般に微妙な陰影を与えつつ、巻末近くでより重い死の主題を導いていく。戦争で海や大陸で死んでいった少年たちへのレクィエムと呼ぶべき「さくら考」や「二十二歳で逝ってしまった」亡き子を追悼する「北への意志」など、決して声高にならない静穏な音調の中に切実な死生観を響かせた佳作と呼ぶべきだろう。その静穏と切実の中で詩人は次のような光景を発見する。

 

はるかな山なみ 光るせせらぎ/ちちははの顔 子の呼ぶ声 そらのあかね/山ぎわの遠い灯り/あゝ そのことを忘れない/たくらみもなく/すぎた日々のなかで 私が見た/かけがえのない/天国の風景(「遠い灯り」)

 

 たとえ幻影であったとしても(幻影であればなおのこと)この風景は美しい。死という重い主題を清澄な風景へと昇華する詩人の魂はやはり貴重なものと言わなければならないだろう。

                

 今回読んだ五十冊ほどの詩誌の中にも死を主題にした秀作が多く見られた。まず、山南律子「呼ばれて」(『柵』244号)

 

年ごとに/心にしみいる別れが/つみ重なっていく/泪壺などいらないわといって/けなげに日日を生きていたひとも/忽然と別れを告げないで/天上の華となった/若いまま 若い声を わたしに残して(冒頭部分)

 

若い友人の死を嘆く作品だろうか。「天上の華」というような常套句的表現でさえ新鮮に響くのは、主題の重さと表現の清澄さが微妙な共振を起こしているからだろう。

 

クラリネットの音が/ちぎれ ちぎれ 立ちどまる気配/わたしはうるんできた背に/ひとしきり うたれながら/声をたたんでいく(末尾部分)

 

「うるんできた背」という破格の表現もまた死者を悼む真情を背後からそっと支えているかのようで、最後の「声をたたんでいく」と共に切実な静穏さを醸し出している。

 これとは対照的に、平林敏彦「霧の奥から」(『交野が原』62号)は不穏なおもむきの作品。

 

枯れ葉がふりつもる雨の路上に/つぶれたトラックが横倒しになっている/霧のなかで発生した夜明け前の事故/目撃者はいなかったが/ICUでいま死にかけているのは/もしかしてこのわたしかもしれない/半世紀あまり前/殺すか死ぬかのあわいを/兵士たちは逃げのびてきた(冒頭部分)

 

偶然知った交通事故の様子から「半世紀あまり前」つまり戦時中の体験へと類推がおよぶのだが、その類推は生死のきわどい分かれ目を痛感させることになる。

 

じつをいえば/霧の奥からなんども呼びかけられ/ぶざまにあとずさりしたことがある/戦闘帽をかぶった男が/生死を分ける回転ドアの向こうから/なつかしそうに手をふるのだ/やあ ひさしぶりだね/げんきそうで うれしいよ/微笑みさえうかべてわたしのほうへ近づいて来るのだ(末尾部分)

 

さりげなく記された「生死を分ける回転ドア」のイメージは、さりげないだけにいっそう恐ろしい。「戦闘帽をかぶった男」は戦死した友ででもあるのだろうか。最後に記される死者の微笑は本作品の主題の重さが経験の重さに支えられていることを暗示しているかのようだ。

 砂川公子「いのちの総量」(『笛』239号)は表題が示すように生命そのものの限界を主題にした作品。

 

あなたは片陰を歩いていますか/陽炎であれ日だまりであれ/人が光をうけて輪郭を失わずにいること/それは至難の技だ/機能優先の世の中だから(冒頭部分)

 

闘病(それもかなり深刻な)を主題にした作品と思われるが、それにしても冒頭の「片陰」と「陽炎」の響きは美しい。この後、作品は身体損傷のリアルな表現に向かっていくのだが、作品末尾で再び病を昇華するかのように「片陰」と「陽炎」が登場する。

 

片陰から影がやおら腰を上げ/ふたたび光のなかを歩きはじめるとき/彼らはたちまち逃げ水のように失せるので/ふとその一歩の/私は何をもって生の総量とするのかを/踏みはずしてしまう/できれば影の顕現をもって/その総体とありたいところだ/よって生命維持のためのいのちの輪郭は/陽炎であれ日だまりであれ/光の中では/私は私の存在の半分でしかない(末尾部分)

 

「逃げ水のように失せる」影たちは何の喩だろうか。もしかすると作者は、病を得ることで独自の身体感覚に目覚めたのかもしれない。「影の顕現」「生命維持」「いのちの輪郭」といった観念的な表現が作品の品格をまったく損ねていないのは、「生の総量」がもつ重みをしっかり認識しているからだろう。最後は非常に重い主題を鋭い認識が支えていて秀逸な一行だ。

 

 島田陽子「さくら貝」(『叢生』149号)もまた闘病を主題にした作品だが、詩人らしく毅然とした態度と生への豊かな感情が心を打つ。全文を引かせていただきたい。

 

あの日から一年

あの日から一年四ヵ月……

すべてはあの日から始まり

ゆっくりとつみかさなってゆく月日

ひとひら また ひとひらと

 

透明なまるいちいさなうつわをあける

うすくひいた白いわたの上に

さくらの花びらが三枚

贈られた時のままひっそりと眠っている

潮の香りは遠く

大切に愛しんでくれた(ひと)の手をはなれて

天からの花びらのように

祈りを伝える無垢なものたち

 

あの日から五年

とりあえずの目標

敵もそれ以上は追ってこないだろう

たぐり寄せたい思いをしずめて

ひとひら ひとひら つみかさねる日々

貝たちが見守っている

 

「あの日」とは病が発見された日のことだろうか。それとも何らかの手術を受けた日のことかもしれない。五年間無事であれば「敵もそれ以上は追ってこない」、つまりどうやら安心を得ることができるのだから、それまでの月日をそっと穏やかに過したい、という願いが祈りとなって鮮かな「さくら貝」のイメージを呼び寄せている。さくらの花びらを積み重なる日々に重ねる喩法と併せて、息を呑むような美しさを湛えた作品だ。末尾部分の花びらと貝の対置が特に美しい。声に出してみると、静かなアンダンテのリズムがとても心地よく響いてくる。不安を抱えながらも静謐な生活を続けることの重大さをひしひしと伝えるような響きだ。生命の意志力が主題の重さを詩の重さへと鮮かに転換しているのである。作者のすみやかな本復を祈らずにはいられない。