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嶺朋クラブ
名称 嶺朋クラブ れいほうくらぶ
設立 昭和34年4月
代表者 高崎 諭
会員数 男:00名 女:00名 計:44名
活動内容  
集会日時  
会の紹介
当会は岳連の中でも歴史は古い方に入るのだろう。しかし、この長い年月をじっくり振り返って見ると、残して来たものの少なさに愕然とする。特にここ十二、三年は、ご他聞に漏れず会員の高年齢化が進み、一般の登山以外にバリエーションルートへ入る機会など、めっきり少なくなってしまった。
 当会の最盛期は、昭和五十年前後五、六年であろうか。特に昭和五一年の正月には、南ア南部の赤石〜荒川三山の縦走に4名、同時に吊尾根から北岳へ7名と、今では夢のような企画も実現し、成功しているのである。
 その頃の主だったメンバーが、仕事あるいは家庭の事情で、どうしても山に距離をおくことが多くなった頃から、会の活動は目に見えて落ち込んだ。とはいっても、むろん誰も会を見捨てたりはしなかったし、それなりに歩き続けてはいた。ただ、岳連四O周年記念の県境一周の頃が活動の最低期であり、しかも年末年始も休暇なしという仕事の者が多く、この大事業に協力出来なかったことは、深く悔やまれる。
 会員も減少し、昔のように募集さえすれば若者がどんどん集まるなどということは望めない時代の流れの中で、ここ七年ほど前から、山に対する熱意さえあればということで、ある程度高齢の者の入会も認めることになった。その結果、平均年令の引き下げは叶わないが、本年七月末現在四四名が在籍し、それなりに会の活動も活発化を取り戻している。 二年前の会創立三五周年記念のキナバル登山には、当時の会員の半数に当たる一八名(男女各九名)が参加し、全員無事山頂に立った。また、昨年の韓国、雪岳山遠征にも一八名が参加し、その外個人的に、ネパールやパキスタン、ニュージーランドのツアー参加、パプア・ニューギニアのウィルヘルム山、キリマンジャロ登頂等、登山活動の多様化の中で海外に足を運ぶ会員も増えている。
 不思議なもので、募集の年令巾を広げた反動からだろうか、ここ三年ほどの間に二O代から三O代の力のある男性も数名入会し、久しぶりに頼もしい山行が期待出来るようになった。沢を専門にやっている中堅も、仕事の都合がつくようになって復帰してくれたし、喜ばしい材料がかなり揃いつつある。
 本年の夏は、会として鋸岳の中ノ川を詰めて鋸を横岳峠まで縦走するという、かってのような山行も出来たし、会全体としては、一O年前の県境一周不参加の汚名を晴らすべく、断続的ではあるが、5年計画で今、県境を歩き続けている。
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長坂山岳会
名称 長坂町山岳会 ながさかちょうさんがくかい
設立 昭和40年4月1日
代表者 清水 康男
会員数男:00名 女:00名 計:35名
活動内容 
集会日時 
会の紹介
昭和39年、山を愛する有志が小泉口から三ッ頭、権現、編笠と山行中編笠山で遭難事故に遭遇し積極果敢に救助活動行った事を契機に、町役場から山岳会を設立してほしいとの要請により、昭和40年「遭難事故に対し、所管警察署からの要請時又は緊急を要する場合救助活動を行うと共に心身の鍛練並びに自然愛護精神の高揚を図ること」を目的として15名の会員により設立。昭和46年に、権現岳等で事故発生時、火急的速やかに救出するためにはヘリによる救出が一番ベタ−との内外の要望により、木戸口公園下の斜面を長坂署員、会員及び一般理解者の協力のもと造成したものであります。
 会としての通年行事としては、目的達成のために年4回独自の救助訓練を実施、年2〜3回小泉口から権現岳間の登山道の整備、又平成2年からは毎年8月第1土曜日を実施日と定め町と当会との共催による町民登山を実施、因みに今年は健脚コ−ス(観音平〜権現岳)80名、フアミリ−コ−ス50名余りが参加、年々参加者も多く観光立町となるべく一端を担わせていただいているものと自負しています。又山梨県警察遭難対策協議会長坂支部に加盟しており、長坂署管内の山域での遭難救助救出活動の為の年数回の訓練出動はもとより実戦に積極的に参画しています。
 一方、当会は他の山岳会と異なり、前述のごとく町の山岳会でありますので町の体協、観光協会にも属しておりますので、これらのイベント等々にも参画し多忙な会運営であります。岳連とは、レンジャ−業務を始め、国体、高校総体、県体育祭及び各種事業に参画その折々にいろいろと勉強させていただいております。
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山梨大学医学部山岳部
名称 山梨大学医学部山岳部  
設立 昭和52年
代表者 中田 高央
会員数男:00名 女:00名

計:00名

活動内容 
集会日時 
会の紹介
私たち山梨医科大学山岳部は1981年に設立されました。私たちの大学は歴史が浅いので、OBの数が少な<、また、医科大学という性質上、OBが山梨県外に出ている場合が多く、卒業生との関係が希薄です。そのため、登山技術の維持が難しい面も持っています。
医科大学は6年制なので(医学科の場合。看護学科は4年制です。)、1年から6年までと一般大学に比べて、学年の幅が広いのが特徴です。実習などの都合によリ、4年生が部長をやっています。
活動の内容は、縦走、岩登リ、雪山などを行っています。年に夏と冬の2回、合宿を行っています。
最近では、
1995年8月 白馬岳
   12月八ヶ岳(蓼科山〜赤岳)
1996年8月北アルプス・表銀座(燕岳〜槍ヶ岳)
12月八ヶ岳(硫黄岳)
12月甲斐駒ヶ岳、仙丈岳
1997年8月白馬岳
12月鳳凰三山
1998年8月北アルブス・裏銀座(烏帽子岳〜双六岳)
で合宿を行いました。
岩登リに関しては部内の5〜6人くらいが活動する程度ですが、韮崎・ステップ、田富・岳などを利用してフリークライミングを行ったり、三ッ峠などで活動しています。この夏は剣岳・剣稜会ルートに行きました。
技術的に未熟ではあリますが、これからも頑張って活動していこうと思っています。
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ホームページ http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/reihouclub

 

南ア同志会
名称 南ア同志会 なんあどうしかい
設立 昭和53年11月20日
代表者 小林 裕巳
会員数男:00名 女:00名 計:10名
活動内容 
集会日時 
会の紹介
他の会のような海外登山などの輝かしい実績はありませんが、大きな事故もなく、無事20年間活動を続けてくることが出来ました。10年前の創立10周年は連盟の40周年と重なり冬季県境縦走登山に参加し、また20周年にあたる今年も、連盟の多岐にわたる50周年記念事業に参加しています。
 会の誕生は、初代副会長を努めることのなる斉藤一宏氏が、甲府駅前に「ぷりむら」という喫茶店を開業したことがきっかけでした。若い頃から山に対する情熱に燃えていた斉藤氏は、店に来る若い常連客に山のすばらしさをはなして聞かせました。そして、ぜひ一緒に山に登ってみようということになり、昭和52年7月17日、地蔵岳が最初の山行となりました。その後、約1年間、斉藤氏を中心に南アルプス、八ヶ岳、奥秩父など20数回の山行を繰り返すうちに、正式な山岳会組織にしようということで、昭和53年11月20日、5名の会員によって創立され、南ア同志会という会名もその時付けられました。岳連加入は昭和54年11月です。
 創立の頃の記録では、ほとんどがまったくの未経験者か初心者が中心の会でしたが、20才代の血気盛んな者ばかりで、岩、氷、縦走と毎週のように行っていました。昭和56年から59年の間には会員も20名位になり、会の年間山行回数も30回を数えました。しかし、昭和60年「ぷりむら」が都合により閉店し、会員数も10名程になり、解散の危機も何度か乗り越えてきましたが、会員数は10名前後と現在に至るまで、伸び悩んでいます。
 最近の会の現状は、新会員不足、定着率の低下、会員の高齢化と厳しい問題を抱えています。個人的には、北は利尻・知床、南は屋久島、冬バリエーションルートなどと行ってはいますが、会全体としての低迷傾向は否定できません。毎月第2金曜日、昭和町公民館にて例会を行い、いかにして若い人たちにとって、魅力ある会にするかを考えあっていますが、なかなか難しい課題です。少人数で、会報「なんじゃく」の名の様に、少々軟弱な面もある会ですが、会員の相互理解と仲間意識の強さはどの会より勝るものと自負しています。
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こまくさ山の会
名称 こまくさ山の会  
設立 昭和60年10月
代表者 佐藤 宗利
会員数 男:名 女:名 計:12名
活動内容  
集会日時  
会の紹介
私たち、こまくさ山の会は、昭和60年の秋に発足しました。とは云っても、奥秩父の大弛み小屋で、酒を飲みながら、小屋のおやじこと佐藤さんの話に共鳴したと言うのか、酔ったせいか?分かりませんが、奥秩父の自然の話や登山ル−トの事、登山者のマナ−の事などetc・・・で、大変盛り上がり、そこへ泊に来ていた小宮山さんも含め、山の会を創ることになったのです。しかし、会員は3名、早速会員を募ることにしましたが、なかなか思い通りにメンバ−は集まらず、初めの2〜3年はおやじさんの知人を会員として名簿上載せていたのですが、仕事が多忙などの理由ですぐにOBになってしまいました。昭和63年頃から男性も女性も次第に入会してきました。それと云うのも、おやじさん所の、可愛娘さん2名の入会したのが大きかったのです。そして、彼女たちの女友達、また、その友達と女性の多い会になって行きました。若い女の子が多い会と云のは魅力的で、男性は難なく会員となりました。平成2年には12名、平成4年には20名となり、年令差は18才〜63才と幅広く、平均年齢も29才くらいの会となっていきました。
月の例会が楽しみでなりませんでした。登山計画を立てたり、各々から最近登った山の感想や報告、スライドの上映、写真の撮り方、ザイルの結び方等、話題は尽きづ時間も忘れるほどでした。時には討論もしました。難所を含んだアルプスを、短時間で数多く征服したい。チャレンジ派と「あまり危険なところはどうも・・・と云う、」低山で時間を掛けのんびり登る、組に分かれるのですが、最後には「高くても、低くても登らなくては始まらないよ。」の声でまとまるのでした。
そして、健脚もそうでない会員も計画した山を楽しく熟していきました。それと同時期にレインジャ−としての活動も増え。南ア・八ヶ岳・御坂山系等、数多く登ることにより、基本的なル−ルも覚えることが出来ました。
平成8年頃からは、レベルアップを目指しクライムボ−ドにチャレンジしたり、装備も充実させてきました。さあ、これからと云う時になり、一時的かもしれませんが結婚や出産による、脱会者がポッポッと出初めたのです。また、仕事も中堅の立場の者が多くなり、多忙となった為か月例会への出席が少なくなり初めました。我々の会も20才代の若い会員が減少し、活気が少し不足ぎみになってきた様です。
そこで、改めて新会員の募集をする共に、年をとってからも出来る登山を考え初めたところです。のんびり花や鳥を観賞しながらマイペ−スで登ると共に、スリルや遊び感覚も忘れることのない、こまくさで何時までもありたいと考えています。まだまだ歩き初めたばかりの山の会ですから、ここで息切れを起こしたのでは、山には登れない、ファイトを持ってこれからも取り組んで行きたいと思っています。
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