私の思い

 

乳癌になって思うこと(2003/07/25)

「なぜ私が?」

大きな病気を患った人は誰もがそう思うのだろう。

突然私の身に降りかかった「乳癌」という病気。今まで私は誰よりも健康だと思っていた。職場で風邪が流行っても最後まで風邪をひかない数人にいつも入っていた。「腰が痛い」「血圧が高い」などなど身体の不調を訴える同僚だらけの中、腰痛や肩こりに悩むこともなく、年に1〜2回会社にやってくる献血では常連で、毎回比重・血圧とも上々、献血後送られてくる血液中の成分データも全て正常値、どこから見ても健康そのものなはずだった。

家族、親戚には、私が知る限り、乳癌はもちろん、癌を患った人はいない。「癌を予防する○か条」のようなものも多くの項目は問題なかった。我が家の食事は薄味、和食中心、野菜たっぷり、かなり健康的だ。インスタント食品はほとんど使わない。運動も同じ年代の女性と比べるとかなりしている方だ。最近ちょっと体重増加傾向だが、出産前は結構やせていたので、肥満にはほど遠い。自分は癌ともっとも縁遠い部類の人間だと思っていた。結局役に立たなかったガン保険に入ったのも、だいぶ本数が減ったとは言え喫煙を続けている夫の肺癌が心配だったからだ。

自分の身に起こっていることがなかなか実感として感じられず、まるで他人事のように細かい治療記録を記している自分に驚く。

乳癌という癌に特化して色々調べて見ると、癌とは縁遠いと思っていた私は、乳癌について言えばリスク要因があったのだ。乳癌には女性ホルモンのエストロゲンが深く関わっていると言われている。だから、次のような場合はリスクが高いといわれている。

1.初潮が早い、閉経が遅い
2.初産が遅い(30歳以上)。
3.少子(子供がいないまたは1人)

要するに生理の期間が長いほどリスクが高いというわけだ。だからホルモン療法が有効な場合は、生理を強制的に止めてしまう。私は2と3はあてはまる。そんなことは自分が乳癌になるまで全く知らなかった。若いうちから子供をどんどん産んでおっぱいをたくさん出す。そういう動物の本能に近い姿から外れていけばいくほどこういう病気になりやすいのかもしれない。

この他、癌一般で言われているリスク要因もよく考えてみると思い当たる節もありそうだ。20才代の頃は肉、それも豚肉を食べることが圧倒的に多かった。ご飯の量は今でも少なめだ。特に高校生くらいのときはおかずばかり食べて、ご飯はほとんど食べなかったりした。牛乳は子供の頃は明らかに飲み過ぎだ。小学生のときは牛乳嫌いの友人の分まで3本も飲んでしまっていた。卵、牛乳は完全食品と言われ、確かに栄養豊富で優秀な食品だが、これまでの日本人の食生活になかったものをいきなり毎日のように口にするというのはどうなのだろうという気はする。とはいえ、牛乳はカルシウム豊富なので娘にも毎日飲ませてはいるが、飲ませすぎないようにはしている。話がそれてしまった。

その他思い当たるのは「夜ふかし」だ。エストロゲンは深夜に働きが活発になるらしい。私の仕事はソフトウェアの開発。残業、徹夜が当たり前のように思われている業界だ。それでも前いた会社ではほとんど残業をすることはなかった。今の会社に入ってしばらくした頃、ひどいプロジェクトにはまってしまった。そのときは本当に過労死してもおかしくないような働き方だった。そのプロジェクトの後はそんなにひどい状況にはならなかったが、子供が生まれてからは基本的に週1度夫が保育園の送迎をしてくれる日以外は残業はできない。夫がお迎えに行ってくれる日も、食事のときには帰りたいのでそんなに残業もできない。遅れが出たときは子供が寝てから会社に行って仕事をした。子供が生まれた後もやはり一度ひどいプロジェクトにはまってしまって度々朝型まで会社にいることがあった。

そんな会社だから、仕事を続けながら治療をすることを家族は不安に感じていると思う。当然のことだと思う。でも治療にお金もかかるし、やめるわけにはいかない。色々不満はあるが、当分は稼ぎの見こめない子持ちの癌患者を正社員として雇ってもらっているだけでラッキーと思うことにした。評価が下がろうと何をしようと、もう身を削ってまで仕事をする気はない。正直、仕事の内容を考えていかないとという思いはある。開発にどっぷり入るのは無理があるだろう。出張や残業ができないので、営業やプロジェクト管理もできそうもない。この会社の中で自分がどうあるべきかを真剣に考えるべきときが来たのかもしれない。

仕事とはちょっと離れて、私は実はちょっとだけ資格オタクだ。20才代には結構色々と資格をとった。娘が産まれてからはもう無理だと思ってたけど、ひょんなことからまた資格にチャレンジすることになった。しかし、育児・家事・仕事の他に勉強の時間を作るには、睡眠時間を削る以外に方法がなかった。頑張った甲斐あって、いくつかの資格をとることができたが、資格オタクももうやめにするか、5年計画で1つの資格くらいの長期戦で行くか、そんなところだろうか。身を削ってまで勉強するなということだろう。

癌というものは、1cmの大きさになるまでに10年かかるのだそうだ。だとすれば2cm弱の私の癌は10年以上前にできたことになるので、ほとんど残業をしていなかった前の会社にいた頃だろうか。でも大きくならずに死ぬまで見つからない癌細胞もあるらしいので、今の会社の過酷な働き方がなければもしかしたら大きくならなかった癌かもしれない。それはどうでもいいけど、「無理して身を削ってまで働くな」といういうことだと思う。そんな風に働いても、必要なくなった従業員はゴミのように切り捨てられるだけだ。

ごちゃごちゃと愚痴交じりに書いてしまったが、何で癌になったのかと色々考えても、なってしまったものは仕方がない。でも再発させないためという意味では、やはりこのことはしっかり考えていかなければと思う。

「癌は何のためにやってきたか?」

このことを考える人も多いらしい。生活、特に食生活が乱れていた人は、「きちんとした生活をしなさい」というメッセージと受け取ったりするみたいだ。私の場合は上に書いたようなことがいくつかあるものの、自分で言うのもなんだが、生活面はかなり模範的だと思うので、あまりそういうメッセージとは感じられない。

私のところに癌がやってきたのに理由があるとすれば、きっと「恵まれている自分」に気づこうとしない私がいたからだ。

私が入院するかもというときに、夫は「自分が子供の面倒を見る」と言ってくれた。我が家は祖父母が全員遠くにいるということもあるが、なかなかできないことだと思う。それに夫が普段から家事・育児など何一つしない人だったら、いくら自分が面倒を見ると言ってくれても、ありがたいことだけど、不安でたまらないだろう。夫は普段から家事・育児に協力してくれているので、安心して任せられる。これは本当に感謝すべきことだ。

そして、いざというとき娘をお願いできるお宅も近所に何軒かある。まだ引っ越してきて3年目の私達一家に、ずっと前から住んでいる隣人のように接してくださる人たちがいる。ありがたいことだ。

思えば、自分の好きな場所に移住して小さいながらも家まで持てた。いい子を授かり、夫の協力を得て、正社員としてフルタイムで働いている。「望み」をかなえ続けてきた今までだった(それでも「もう一人子供を」という願望をまだ持っている贅沢な私だが)。それは本当に多くの人たちに支えられて実現・継続できていることだ。わかっているつもりでも、きっとちゃんとわかっていなかった私がいたと思う。

会社については不満だらけなのだが、それでも毎週の通院を前提に仕事をすることができる。治療を優先して考えてくれる同じチームの仲間たちがいる。治療のための時間の融通もきく。これらのことはとてもラッキーなことだ。全然別のところでものすごい不満があるので、不満をなくすことはできないのだが、感謝すべきことには素直に感謝したいと思う。

癌とはもっとも縁遠いと思っていた私がなぜ乳房検診を受ける気になったのか。考えてみればこれもものすごくラッキーなことだ。検診を受けなければ絶対に気づくことはなかった。癌が「理由があって」私のところにやってきたのだとすれば、発見のきっかけも一緒に持ってきてくれたのかもしれない。

そして、家族全員が健康で、何の変哲もない毎日を送れること、それがどんなに幸せなことであったかを身にしみて思う。早くそういう日々に戻れるように頑張りたい。

癌と日々を過ごすために必要なもの。それは「プラス指向の心」だと思う。私はたぶんかなり不平・不満の多い人間だと思う。三十数年かけて培われてきた性格なのだからそう簡単には変わらない。正直、日々数々の不平・不満で怒りまくっている。少しづつでも不満が減って、感謝が増えていくようにしていきたいと思う。

話が何かの宗教みたいになってきたが、私は特定の宗教を信じているということはない。何かを祈願したいときは、神社でもお寺でも見境なく行ってしまう日本人にありがちなタイプだ。でもこういうときには宗教のようなものに頼りたくなるものかもしれない。そういうことも悪くないことだと思っている。そう言えば33歳の厄除け祈願はやったけど、37歳のはやらなかったなあ。今度実家に帰ったときはご先祖様のお参りに行ってこよう。

随分たくさん書いてしまった。要は癌になったことで落ち込んだりせず、前向きに明るく生きていこうということ。

 

 

乳房検診(2003/09/05)

思うところあって、以前書いていたこの項の内容を削除しました。乳房検診については、あらためて別に書きたいと思います。いつになることやら・・・という感じですが・・・。(2004/05/15)

 

入院・手術を終えて(2003/10/24)

早いもので退院からもう1週間がたとうとしています。病気がわかってから、特に入院、退院の前後には本当にたくさんの方から暖かいメッセージをいただきました。

自分もそうだけど、みんなそれぞれ忙しい生活を送っている中、ついつい年賀状だけのおつきあいになってしまいがちだったけど、今回の病気をきっかけに、昔からの友人と久しぶりにたくさん話をすることができました。

 思いがけない知らせに戸惑い、きっと言葉を選び、悩んで長い時間をかけてメールを書いてくれたあなた。
 とにかく早く返事しないと落ち着かなくて、とすぐに返事をくれたあなた。
 最近ではすっかりもらうこともなくなった肉筆の手紙をくれたあなた。
 わざわざ電話してくれて元気な声ではげましてくれたあなた。
 遠くからわざわざお見舞いに来てくれたあなた。

みんな、みんな、ありがとう。あなた達と過ごした日々を思い出したよ。あの頃はみんな無邪気で、たくさん笑ってすごしてたよね。いつもいつも楽しくて。ほんと、箸が転げてもおかしくて笑ってたよね。いつの間にか気持ちもすさんで笑いも涙も忘れた私がいました。

ご無沙汰ばかりなのに、こんな知らせを突然つきつけてごめんなさい。みんな戸惑ったよね。私だって逆の立場だったらものすごく戸惑うと思う。どんな言葉をかけたらいいかわからないと思う。あなた達が私にくれた言葉は一人一人違うけど、その行間にたくさんの暖かさがにじんでいました。どの言葉も本当に嬉しかったよ。

そして、病気になって出会った素敵な方々がいました。

 顔をあわせたこともないのに、昔からの友人のようにメールや掲示板で励ましてくれたあなた。
 同じ病気の経験談で私の不安を追い払ってくれたあなた。
 一度しか会ったことないのに病院まで来てくれて同じ病気の話で盛りあがったあなた。
 退院の知らせを自分のことのように喜んでくれたあなた。

この病気にならなかったら、あなた方と出会うことはなかったね。病状も色々だけど、みんな1日1日を大切に希望を持って毎日を過ごしているよね。「生きている」ということの大切さをいつも胸に歩いてるよね。あなた方の存在は大きな力になりました。あなた方のおかげで、手術もほんとにほんとに全然怖くなかったよ。私がこんなに元気でいられるのはあなた方の力強さのおかげです。

私はわがままで自分勝手で思いやりもなくて・・・結構そんなところがある人間です。今回のことで正直「えっ??」という思いをしたこともあります。でも自分も誰かに同じことをしてきたと思う。相手の気持ちを考えずに言葉を投げつけることを数え切れないくらい繰り返してきたと思います。何より、忙しく過ぎて行く日々の中で、優しさ、暖かさ、人間らしさ、そんなことをどんどん忘れ去っていっていた気がします。

あなた達からいただいた優しさを私も誰かにあげられるようになりたい。そう簡単には性格は変わらないものだけど、少しでも前に進んでいきたい。そのうち仕事に復帰してまた忙しい日々が始まります。そうしたら私はまた時間に追われて大切なものを忘れてしまいそうです。そんなとき、今の気持ちを思い出すために、これを書いています。

あなた達がいてくれて本当によかった。ありがとう。病気になって良かったことだって、こんなにたくさんあったよ。

それからいつも見守ってくれている家族へ。癌と言われても他人事のようにしている私より、家族の方が気苦労が多いことと思います。色々迷惑かけてると思います。自分でも気がつかないところで少しは強がってるのかもしれないけど、私は本当に元気だよ。この子のために、私は絶対に長生きします。せっかく授かったこの宝物が一人前になるまでは死ぬわけないと思ってます。まだまだ治療は続くけど、打つ手がたくさんあるというのはいいことだもの。例え癌がまだ残っていたとしても、コテンパンにやっつけるからね。心配しないでください。

 

休職を終えて(2003/12/20)

放射線治療も無事終わり、12/9から職場復帰した。

休職中は色々やりたいことがあったのに、結局あまりできなかった。やっぱり自己管理能力がないんだな・・・。

やったこと

・簿記の勉強
 入院中からやってたけど、無事3級合格。3級なので書くほどのことではないけど、やっぱり嬉しい。
 情報処理以外の試験は久々だったので結構受験当日は面白かった。
 3級ということで、正直ちょっと軽く見ていたけど結構大変だった。やはり物覚えも理解力も衰えている。

・クラシックギター復習
 出産前まで習っていたクラシックギターで好きだった中級の曲2曲を復習してまた弾けるようになった。 
 ちなみに演奏レベルは当然超低いです・・・。
 でももう今は弾けないと思う。数日弾かないともうダメになっちゃうから・・・。
 久々にギターを弾いて、やっぱり自分で演奏するっていいな、と思った。
 音楽は、再発防止にもプラスに働きそうな気がする。
 なんだかとってもレッスン再開したくなってしまった。
 でもレッスンを受ける時間はどうにかひねり出せるとは思うけど・・・。
 レッスン以外で練習する時間はどう考えてもとれそうもない・・・。どうしよう・・・。

・年賀状の準備
 珍しく11月中に着手!でも今あんまりやってないので、結局いつもと同じかも。

・庭の花の整理
 花も大体終わりなので抜いたり切ったりした。
 でもそのときまだ花が咲いていたのはもったいなくてそのままにしたので、そういうのは未だにそのまま。
 今年はかなりたくさん花を植えたので大変なことになってしまった。

やらなかったこと

・大掃除
 大体、この寒い信州で年末だけで大掃除をするのは無理!
 と早め早めに手をつけるはずが、休職中にやったのは窓ガラス4枚、しかも内側だけ拭いただけ。

・ホームページお引越し
 私のHPは容量が多すぎて今のプロバイダだと拡張しまくりで、お金がどんどん高くなっていっている。
 もっと安くて容量の大きいサーバーに引っ越したいんだけど、結局できなかった。
 容量が増えれば、過去の旅行の写真とか高山植物なんかも載せたいんだけど。
 実は結構変わった海外旅行先がいくつかあるので、そういうのもアップしたいんだけどな。
 引越しが出来たとしても新しいコーナーの追加はかなり先になりそう・・・。(永久に無しかも)

さて、そして職場へ戻って思うこと。もう休職中からずっと悩んでいたことだ。私はこの会社でこの先どうしていくのか。自分で何をやりたいのか、も見えない。技術についていっていない焦りだけが積もっていく。やはり開発は無理だ、とも思う。SE35歳定年とはよく言ったものだ。じゃあこれからどうする?5年後、10年後の自分の姿が見えない。

社会人になってもう15年。途中1年の育児休業はあったものの、これだけ社会人やってて、自分の中に「これ!」というものが何もない気がする。一体私はこの15年間何をやってきたのだろう、と思う。

仕事もしたい。でも家庭は大事。会社にとって私の代わりはいくらでもいるけど、娘にとって私の代わりはいない。フルタイムで働いているというだけで、他の子に比べて負担が多い娘の生活。最近は妙に聞き分けがよくなって、なんだかせつない。これ以上この子の負担を増やしたくない。だから残業も休出もとにかくできるだけしたくないし、会社でもはっきりそう言っている。でもそのせいで他のメンバーに迷惑がかかるのも嫌なんだけど。出張も遠くや泊まりは基本的にできない、ということにしている。会社にとっては重荷であることは間違いない。

ただでさえ仕事をしていくことにハードルはあったのに、おまけに今回の病気ときた。今まで残業なし、休出なしが実現できていたのは、子供が寝ている間に会社に行って遅れた分を取り戻していたからだ。でも・・・もうそれはできない、と思う。不規則な生活が続くことは、身体に悪い影響を与えるはずだ。じゃあ、どうすれば・・・。答えは見えない。開発という職種である限り、スケジュール通りに進まないことは必ず(それも頻繁に)あるのだから・・・。まったく予測できないことがあまりに多く発生するのがこの業界なのだから。

一体私は何をしたくてこの世界に入ってきたのだろう。お客様の仕事の内容に深く触れることができるのが楽しかった。お客様の仕事が今よりスムーズに進むように、と色々考えるのが楽しかったんだ。もともと文系の人間だから、どうしても技術的なことは苦手意識を持ってしまう。でも技術にばかり走ってしまう技術者も多い世界だ。私にできることはあるような気もする。それは一昔前の古き良き時代のことなのかもしれない。お金と効率が何より大事な今の世の中では、「どうやって客からお金をしぼりとるか」が求められているような気がしてならない。少なくとも私の会社ではそういう気がする。私のような考えは、甘くてセンチメンタルな考えだと一笑されてしまうのかもしれない。そうなのだろうか。もう一度よく考えよう。初心に戻ろう。

 

ネットの怖さ(2004/04/16)

今日、とても悲しいメールを受け取った。ウィルスメールはちょくちょく入ってくるのだけど、はっきりと悪意のある文章が書かれたメールを受け取ったのは始めてのことだった。ホームページをたちあげていたり、メーリングリストに度々投稿したりしているにしては、今までそういうことが一度もなかったのはラッキーだったのかもしれない。

メールを送ってきた人も乳がん患者らしい。今まで、乳がん患者同士というだけで、すっとうちとけられるような気がしていたのに、同じ病気を体験した人に向かってこういう言葉を投げてくる人もいるんだな・・・・と、本当に悲しい気持ちになった。それとも、私自身も自分が気づかないところで、誰かを傷つけたり、嫌な思いをさせたりしてきたのだろうか。少なくとも、メールを送ってきた彼女には嫌な思いをさせていたらしい。

もちろんメールは即刻削除した。こんなくだらないことをホームページ上に残すのもバカらしいと思ったけど、やっぱり書いておくことにした。ネットの世界はこわい。やっぱり自分が誰かということを特定できる情報はのせられないと思う。でも、私は匿名であることをいいことに、誰かを傷つけたりすることはしたくない。匿名であることは無責任ということではないはず。ホームページやメーリングリスト上では、私が誰かはわからないけど、私を知っている人に見られても、何より自分自身に対して恥ずかしくない行動をとっていきたいと思う。

というわけで、くだらないメールのことはもう忘れます。

 

雑誌の取材、テレビの取材(2004/05/04)

偶然なのだが、短い期間に、雑誌とテレビという二つのメディアの取材を受けた。どちらもホームページを見ての取材依頼だった。

雑誌の方は、イカロス出版ALLAY2004年春号。保険の特集で、かしこい保険のかけ方を考えるには、まずどれくらい医療費がかかるかを知らないと、ということで、子宮癌、乳癌で実際にかかった医療費を公開するコーナーに私の体験が載ることになった。仮名、写真無しを希望したので、場所が長野県ということもあり、メールでの取材となった。ライターの方から送られた質問に対して答えを書いて送ったものをもとに、原稿を書いていただき、原稿の内容を見させていただいて、何度か書きなおしてもらって・・・というもの。とりとめのないことを延々と書いて送ったのだけど、そこはさすがプロのライター、よくまとまった記事になっていて感心した。

写真無しを希望したのだけど、プロのカメラマンに撮影してもらう機会なんて早々ないのだから、やっぱ写真とってもらえばよかったなーと後になって思ったりした。もとが悪くても、プロの腕でなんとか見れる写真にしてくれたのかも???

本が発売になって、1冊送ってもらったので、読んで感想を送ったところ、丁寧なお返事をいただいた。ライターの方からもいただいたし、編集部の方からもいただいた。編集部の方からいただいたメールで、とてもいいことを書いてあると思ったので、ここに記しておきたいと思う(メールの内容をホームページ上で引用させていただくことについて、ご本人の了解をいただいています)。

この本を担当するようになって、いろいろ本を読み、さまざまな方にインタビューしたりして気付いたことがあります。自分が生きてきたようにしか病気にも対峙できないということです。今まで自分の人生を自分で決めてこなかった人が、病気になったときだけ自分の病気の治療方針を決めることはできないんですね。病気になったときに、それまでの自分の生き方と向き合う必要があるんです。特に、がんになったときは、そのことだけでも精神的にきついことなのに、自分のこれまでの人生のやり方がよかったのかというさらに難問と向き合うことは、なかなかできない。でも、自分の病気の治療法を自分で管理していこうとしたら、自分は進学や就職などさまざまな岐路で、自分で物事を決めてこられたのか、もしそうでないとしたら、何ができない理由だったのか、そのやり方を変えていくためにはどうしたらいいか考えなくてはいけないと思うのです。

とても共感したし、考えさせられる内容だった。

これからこの病気がどうなっていくのかわからないけど、何があっても、そのとき恐れず、逃げず、正面から相対することができる自分でありたいと思う。そのためには、今、自分がどう生きているのか、ということも大事なことなのだと思う。

記事の内容については、事前に見ていたとおりだったので、安心してみることが出来た。

テレビの方は、テレビ東京の「ニュースアイ」という番組。放送を見るまで、自分にもどういう形で編集されているかわからないのだから、結構ドキドキする。取材で撮影したうちのほんの一部しか放送されないことはわかってはいるのだけど、自分が話した中の一部だけが切り取られて放送される・・・というテレビというメディアの難しさを感じた。前後の文脈の中で捉えることができないので、明らかに私が言ったことと違う内容になっていたところもあった。

放送された内容はやはり想像どおり、乳癌検診が変わることについてがほどんどだった。30代の乳癌患者は増えているし、若いほど進行も早いと思うので、費用もかからず気軽に受けることができる自治体の検診は受けられるようになっていてほしいというメッセージは伝わったのかな。

でも本当は、私がテレビに出ようと思ったのは、乳癌の治療を受けながらも、元気に仕事も子育てもしながら毎日を過ごしている姿を見てほしかったから・・・というのが大きいのだけど、そういうことは伝わってこなかったかな、と思う。取材の中でもそういうメッセージは言ったはずなんだけど、やっぱりテーマと全然違うせいか全部カットされていた。「現在も治療中で、抗がん剤で髪の毛も抜けてしまいかつらを使っている」というところだけ表に出てしまって、やっぱり悲壮感漂っちゃうのかな・・・と思った。この放送を見た私を全然知らない人は、「子供もまだ小さいのに」とか「髪の毛も抜けちゃって」とか、「かわいそうに」って思ったんじゃないかな・・・。取材に来た記者の方や他のスタッフの方もとても誠実でいい方だったけど、やはり制作に携わるスタッフの方々の心の奥に癌患者への同情みたいな気持ちがあるのかな、それが出来あがったものに出ちゃうのかな、と思った。

癌治療=抗がん剤=脱毛というところが妙にクローズアップされてしまいがちなのは、個人的にとても残念に思うことだ。「髪は女優の命だから」と抗がん剤を拒否した女優さんがいたけど、女優に限らず髪が抜けるのはそれは辛いに決まっている。でも今はいいかつらが安く手に入るし、脱毛は生活そのものにはほとんど支障を与えないので、抗がん剤の副作用の中では生活へのダメージは少ないものだと思う。吐き気、下痢、倦怠感などはひどければ普通に仕事したり家事したりというのも難しいと思うし、あまりにひどければ抗がん剤による治療中止という選択もありうると思うけど、「髪は女の命だから抜けるのは耐えられない」みたいな感じで抗がん剤拒否というのは、なくなってほしいものだ。

抗がん剤に対する考え方は人それぞれで、どのような治療を受けるのかを選択する権利は最終的には患者にあるわけだから、抗がん剤拒否というケースもありうるのだろうけど、拒否することによってどういうリスクがどれくらい高まるのか、それをしっかり把握した上で抗がん剤による生活へのダメージとどちらを選ぶかということなのではないだろうか。脱毛という副作用は目に見える部分なので強調されがちだけど、マスコミやドラマなんかで必要以上に抗がん剤=脱毛のイメージが強調されなければ、脱毛を恐れて抗がん剤に抵抗を示す人も少なくなるのかもしれない、なんて思う。

と、色々思ってしまったりもしたわけだが、放送を見てくれた人達からは、「とても良かった」と言っていただいた。メッセージもしっかり伝わったし、放送を見て元気をもらった人もきっといたはず、と言ってくださった方もいて、自分が思っていたことはちょっと被害妄想的だったのかな、と反省した。自然体でいたい、と言いながらも、自分自身が気づかないところで、必要以上に気負ったりしているのかもしれない。

上に書いたようなグチグチ的な感想をテレビ局の記者の方にも送ってしまったのだが、こちらも丁寧なお返事をいただいた。メールを送った後で、自分自身の捉え方もあまりにも狭かったかも、と思ったりしたので、とても反省した。いずれにしても、伝えたいことの一部でも伝わったのだから良かったのかなと思う。

奇しくも二つのメディアの取材を続けて受けたことで、とても貴重な体験をすることができた。これもホームページのおかげかな。

*テレビの取材時の様子は、「治療の内容とその他のできごと」に書いています。

 

乳房検診から1年(2004/5/20 )

去年のこの日は自治体の乳房検診を受けた日だった。すべてはそこから始まった。ついこの前のことのような、遠い昔のような・・・。でもやっぱりあっという間だったかな。元気に過ごしている毎日の中で、未だに自分が癌という病気になったことが嘘のような気がしてならない。

もともとほとんど落ち込まなかった私だけど、最近は更にそれがエスカレートしていっている気がする。大体、落ち込む理由なんて何もないのではないか?と思えてしまう今日この頃。再発の不安・・・それは誰だって同じ。でも必要以上に怯えていてもしょうがない。やるべき治療はやっているのだし、あとはなるようにしかならないと思う。再発したら・・・そのときにまた考えるしかない。

今はあまり不安がらずに、でもあまり強がったり気負ったりせずに、自然体で行きたいな、と思う。何の変哲もないこの平凡な毎日に感謝して・・・。

 

診断確定から1年(2004/6/11 )

去年のこの日は乳癌という診断が確定した日。いわゆる「告知」記念日。手術日の10月10日と並んで、私にとって忘れられない日になった。特に私の場合は、手術日までに間があったこともあって、告知と手術が近い場合よりももっと特別に思える気がする。病気のことで、今までにたった一度だけ涙を流した日。

この1年、同じ病気を経験したたくさんの方とお会いできたことに心から感謝したい。人の輪も広がったり、ホームページもそれまでよりグッとアクセスが増えて繁盛(?)したり、オフ会にも行ったり、と結構楽しくやってるじゃん、と自分でも思ったりする。

一言で乳癌と言っても、色んな人がいるんだなーと感じた1年でもあった。私の場合は、リンパ節に転移していたこともあり、早期というわけでもない。だから抗がん剤治療を受けて、髪の毛も抜けてしまった。そのことは苦にならない、気に入ったウィッグも手に入ったし、といつも言って、ときには脱毛のこともおもしろおかしく話したりすることもあるけど、それはやっぱりショックなことには違いない。リンパ節に転移していたからと言って別にそれを苦にしてはいないようにふるまっているけど、転移がなかった人に比べれば当然高いリスクを背負っている。そういうことは、抗がん剤治療を受けていない人や、リンパ節に転移がなかった人にはわからないことなんだなーとぼんやり思うことが時々ある。

それと同じように、私にもたぶん他の方の気持ちがわからないことはたくさんあると思う。全摘手術を受けた方の気持ち。病理結果が悪かった方の気持ち。そして、再発・転移した方の気持ち。きっと自分が経験しなければ、気持ちを共有することはできないのだろう。そのことはいつも心にとめておきたいと思う。でもだからと言って、自分が同じ経験をしていない方と距離をおくのではなく、できる限りその方達の気持ちに近づけるように心がけていきたい。

今思うことは、状況は色々であっても、乳癌という病気を経験した私の周りの全ての人達が、1日1日を前向きに思えるように、一緒に歩いていきたいということ。

 

乳癌検診のすすめ(2004/7/3 )

少し前にホームページに「早期発見への願い〜乳癌検診のすすめ〜」と追加した。その後、掲示板に検診のことで書きこみしてくれた知人がいた。また、乳癌検診を受けてきたとメールをくれた友人もいた。こうしたことはとても嬉しいことだった。

ホームページにこうしたことを書いては見たものの、私のホームページに来てくださる方はほとんどは既に乳癌という診断を受けた後の方。現在乳癌とは無縁の方がここに来ることはまず考えられない。そこであるメルマガで紹介してもらえないかとお願いしたところ、URLを紹介していただくことができた。

そのメルマガは、IT業界の国家試験である情報処理技術者試験の受験対策として有名な「宿題メール」というもの。私はずっと前からこのメルマガをとっている。紹介してもらった当日と翌日はアクセス数が急増して、合計して200くらいになっていた。普段は1日30〜40くらいだから、単純に考えれば、130人くらいが宿題メールを通じて見てくださったことになる。そして、次の日のメルマガに、「ホームページを見て検診を受けようと思った」という方のメッセージが出ていて、それを見て本当に良かったな、と思った。130人の方は少なくとも検診に関心を持っていただいたからこそ来てくださったわけだし、その中の一人でも多くの方が実際に検診を受けてくれるといいなあ、と思う。

ところで、この宿題メールを発行しているジャン先生という方、実は私の人生の師匠のような方だ。私の考え方はかなりこの先生の影響を受けている。何事もできるだけいい方向に解釈すること、明るい未来を信じること(そして言葉にすること)、気負いすぎないこと、あきらめないこと、人をむやみに責めないこと、どうしても我慢できないようなこともサラッと流すこと、他にもたくさんあるけど、上手く表せない。とにかく、おおらかで前向きな方だ。そしてこうした考え方が、乳癌という病気がわかった後の生き方にとてもプラスに働いていると思う。宿題メールとの出会いがなかったら、乳癌が見つかったとき、どうしようもなく落ち込んでしまったのではないかという気がしないでもない。

そんなわけで、メルマガで紹介してもらったご好意に報いるためにも、秋の情報処理、受験しま〜す。とは言っても、一発合格は無理だから、3年計画くらいで気長にやろうっと。

 

検査について思うこと(2004/9/24)

傍胸骨リンパ節が見つかる前後、ものすごくたくさんの検査を受けた。まず全ての始まりとなったPET検査。この段階ではまだグレーゾーン。その後胸部CT、こちらは異常無し。様子見という主治医の先生の意見に対し、自分から希望して神奈川の病院までMRI検査(Pet like MRI)を受けに行き、ここで転移であるという診断確定。更に念のため、頭部CT、腹部エコー、骨シンチ。骨シンチにも2箇所に淡い取り込みというおまけまでついてしまった。あと、あまり意味はないけど腫瘍マーカー。思いっきり正常値。

当然ものすごいお金もかかっているわけなんだけど、何か見つかると余計に心配になって、徹底的に検査を受けたくなってしまう。検査については色々な説があって、CT、骨シンチ、腫瘍マーカーなどは批判的な意見も多いようだ。CTは被爆量の問題と造影剤の問題。欧米諸国に比べて日本は造影剤を使いすぎなのだそうだ。MRIでも造影剤を使うことはあるけど、CTの造影剤に比べると害が少ないとのこと。これは主治医の先生から聞いた話。骨シンチは甲状腺癌になりやすくなるという話があったり、骨転移は早く見つけたからといって生存率にあまり差がないということもあるようだ。腫瘍マーカーはそうとう進行しないと上がらなかったりするのかもしれない。その一方で、「ちょっと数値が高くなった(ぶれた)」なんて話もよく聞くから、どうも今ひとつという感じは前から持っていた。

PETは比較的新しい検査だ。今回PETがきっかけで転移が見つかったことで、何人かの方から「自分も受けてみたいけど主治医の先生が受けさせてくれない」ということを聞いた。私の先生もあまりPETは好きではないみたい。でも今は治療開始前にはPETを受けてもらうようにしているそうだ。主治医の先生から聞いた話から推測するに、PETは擬陽性、擬陰性、いずれも結構多いような感じを受けた。他の方の先生でもPETに批判的な方がいらっしゃるという話を複数聞いたことからもそういう感想が強まったかもしれない。こう書くと、「なんだ、PETってそんなものなのか」と思われるかもしれないけど、そういう風には受けとってほしくない。私の転移は造影した胸部CTでは全く移らなかった。地元で受けられる検査としては恐らくPETでしか見つからなかっただろう。患者がPET検査を受けたいと言った場合、やっぱり患者には受ける権利があるよね。先生がPETを受ける必要がないとお考えであれば、何故そういう判断なのかを説明してくれればいいだけのことだと思う。経済的な問題、場所によってはものすごく遠くに行かないとPETが受けられる病院がないとかいうこともあるだろうし、検査結果の信頼性の問題もできるだけ客観的に話してもらえばいい。それでも患者が受けたいと言ったら、受けさせるべきなんじゃないかな?と私は思う。私自身は、今回のPET検査の結果がもし擬陽性だったとしても、年に1回程度はPETを受けたいと思っていた。やはり全身が検査できるというのは患者にとっては魅力的(??)だと思う。

そして神奈川まで足を運んで受けたMRI。3mmの転移まで見つけ出した優れものだ。このMRIはPETのように全身の検査もできるが、全身検査では3mmの転移は見つからなかっただろうということ。MRI検査の先生と話をしたときに、「PETを研究している先生方から批判的な意見もあるので・・・」という話があった。先生方はそれぞれPETがいい、MRIがいいというお考えをお持ちなのはいいと思うけど、患者に対しては、双方のメリットデメリットを客観的に説明して、患者に決めさせてもらえるようになるといいな、と思う。

まあ、でも3mmの癌を見つけてどうする??って話もあるけどね・・・。骨シンチで淡い取り込みがあると言われたとき、MRIでは異常はなかったので、そちらを信じましょうということになったのだけど、夫は「もっと精度の高い検査はないのか」と言う。そんなことったって、3mmより上って・・・1mmの癌を見つけてほんとにどうするの??って感じだよね。そこまでやったら身体中癌だらけかもよ。癌細胞って誰でも結構ウヨウヨいるものらしいし。その辺の考え方は人それぞれなんだろうけど。私は検査の受けすぎで、ちょっと嫌になってきているからそう思うのかな。

そしてCT。治療記録にも書いたけど、造影しても1cmの転移が全く写らなかった。CTはリンパ節などの腫瘍を見つけるのは苦手なのだそうだ。その代わり肺等はCTが一番だと主治医の先生はおっしゃっていた。肺に限らず、臓器の中の腫瘍はCTが見つかりやすいとのこと。MRIの先生からも肺の検査にはCTは欠かせないと聞いた。一方PETはリンパ節が得意なのだそうだ。

PETは脳は弱いので、頭部CTをとってもらった。そのほか胃も弱いらしい。乳癌から胃へ転移というのはあまりないようなので、何もしてないのだけど、ここまでやったら後何も検査してないのは胃だけなのかな??と思う。でも胃カメラはどうもね・・・。つまり、それぞれの検査機器には得意、不得意があるということだ。そして、検査には何らかの害も伴ってくる。その辺を上手く組み合わせていかないといけないんだろうな、と思う。私は検査にはかなり積極派なんだろう。でも検査には擬陽性もつきもの。やたらと検査を受けてその結果に降りまわされるのもよくないのかもしれないね、とも思う。それでもやっぱり私は検査を積極的に受けるだろうな。CTや骨シンチの害については私にはよくわからない。だけど、今回また転移が見つかったことで、更に広がっていないか常にチェックしていたいという気持ちの方が強い。

私がここで書いたことは、一患者が感じたことであって、専門的な基盤があってのものではないので「個人的な感想」として受けとめていただきたい。私は、どの検査がよくて、どの検査が悪いというつもりは全くなくて、色々な検査の特徴を把握して、上手に組み合わせることが大切なのではないかと思っている。

最後に、治療の記録の方で私が書いたことに対して、MRI検査を受けた病院の先生がメールをくださったので、その内容を引用したい。専門医の意見なので、参考になると思う。(ホームページ上でメールの内容を引用させていただくことについては、ご本人の了承を得ています)

・食事:これは腹部の検査でなければ大丈夫です。造影剤により気持ちが悪くなって戻すとまずいという理由ですべての造影予定検査の前に禁止としている施設もありますが、当院ではこのようにしております。

・CTですが、たしかに今回のようなリンパ節はわかりにくいと思います。ただし、乳がんの場合に大変多い、胸膜転移(通常胸水を伴う)にはとくに有効です。また肺野への転移に関してはCTが絶対に必要、ということがいえます。

・全身検査をしなかったことに関して:これは全身検査だと少し分解能が落ちますので、今回は当該部位を細かく撮影して小さな病変も捕らえることを目標としました。一般に「全身」の場合には、5ミリ厚で、大きな受信コイル(捕らえられる電波は弱い)を使用しています。今回の局所検査は。4ミリ厚で、小さな受信コイル(範囲は狭いが電波は強い)を使用しています。つまり検査にはトレードオフが存在します。

 

 

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