その289
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五山の送り火と消し炭 京都の夏は祇園祭りに始まり、7月いっぱい祭りが続いたら、五山の送り火、地蔵盆で暑い夏を締めくくると聞く。エアコンの設置できない部屋と節電にあえぎ、意識は朦朧となりながら、ようやく8月も中盤を過ぎた。 今年も、賀茂川の河川敷で「大」の字が燃え上がるのを拝んだ。福岡在住の頃は「大」しか知らなかったけど、ほかに「妙・法」「舟形」「左大文字」「鳥居(の形)」を合わせて「五山の送り火」という。「妙」と「法」は違う山に点火されるけど、二つをセットにして「1」と数えると、2年目にして知った。 世の中的には、陸前高田市の松を燃すかどうかについて、京都市の二転三転する方針に話題が集中した。勝手な想像ながら、ご先祖さま方はそれぞれのふるさとで子孫の皆さまに迎えられ、手厚いもてなしを受けて、送られることこそ本望にあられるだろうと思った。ふるさとでお盆を過ごすより京都の大文字を始めとする送り火に送られて喜ぶご先祖さまがおられるとしたら、その方は心なしかミーハーな観光客と似ているような気がする。 ミーハーな私は去年の今ごろ、「大」の字を見るのか見ないのか不安を抱えながら、京都に居続けるかどうか危うい状態にあった。今年、心おだやかに「大」の点火を拝み、なんとか無事に過ぎた1年を回想していた。雨が降ろうと嵐がこようと、季節は事も無げに廻っている。 「送り火で燃された護摩木の消し炭には無病息災のご利益がある」。去年は送り火の翌日に旅立ったから、消し炭をいただきに上がることは叶わなかった。 今年は朝5時起きで、大文字に登った。わずか1時間足らずで登ってしまえる山に、ご利益を求めてたくさんの人々が参じ、午前7時頃の山頂付近には既に、消し炭のかけらが残るのみ。それでも「ありがたい」と思って拾い集めた。 この土地の人々は特に、神仏の恩恵に預かることを好む傾向にある。その点だけは私自身にも、その性質が根っこに宿っているから抵抗なく同化する。こうやって少しずつ、ちょっとずつ、土地の空気に染まっていくのかもしれない。 来年も私はこの地で「大」の字を拝むのだろうか? ここに居ても、居なくても、この先ずっと、8月16日は心に「大」の火が灯り続けるだろう。 |
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のどか/Nodoka(ペンネーム) 小学生の頃より作文を得意とし、中学〜高校ではラブレターの代筆を頼まれることが多かった。好きが高じて「もの書き」となる。「道楽は極めてこそ道楽」がテーマ。豆・豆料理探検家。 豆なブログ→http://mame-mame-labo.cocolog-nifty.com/blog/ *「のどかの間借りコラム」は、毎週火曜日を目標に更新中。 |
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