1.今なぜ動脈硬化なのか
 戦後日本人の生活が豊かになるにつれて生活習慣病と呼ばれる病気が増えてきました。その結果病気になってから治療を始めるのではなく、どうしたら病気にならずに生活できるか、つまり病気の予防が注目される様になりました。

その中でも動脈硬化は自覚症状が無く、喫煙、アルコール、高脂肪食、運動不足やストレスから起こり易く、心筋梗塞、脳卒中、高血圧等の病気の原因となります。現在70才以上の方の国民医療費は第1位が脳卒中、第2位が高血圧、第3位が癌です。脳卒中、高血圧や心筋梗塞等の動脈硬化に由来する病気の医療費は癌の3.6倍以上になることから、いかに重要な病気かがお解かり頂けると思います。さらに高血圧に関しては、病院に受診していない患者さんを含むと国内の罹患者は約3500万人と推定されており、国民病として大変重要な病気となっています。

2.動脈硬化は“寝たきり”や“痴呆”の原因 
 今日“寝たきり”や“痴呆”の患者さんは大きな問題となっており、社会的、経済的な問題であるばかりではなく、介護する家族にも大きな精神的負担を強いる事になります。動脈硬化によって血管がもろくなり脳の血管が破れる“脳出血”や、血管の内腔が狭くなって詰まったりする脳梗塞は “寝たきり”や“痴呆”の大きな原因となっています。また糖尿病は動脈硬化を来す重要な疾患でもあります。健やかな生活を送るために動脈硬化対策はとても大切な問題なのです。

*寝たきりの最も大きな原因は、脳梗塞や脳出血等のいわゆる脳血管障害です。また3位の痴呆の中にも多発性脳梗塞に由来する脳血管性痴呆も含まれていると考えられます。心疾患、高血圧性疾患の中にも動脈硬化に起因する病気が含まれていますし、糖尿病で寝たきりになる場合にも壊疽、慢性腎不全等の血管障害が主たる原因と考えられます。

3.動脈硬化は10代から始まる
動脈硬化は10代より始まり、30代より加速的に進行します。この原因としては加齢だけではなく、食事、喫煙、飲酒、高脂肪食、運動不足、不規則な生活やストレス等の多くの原因が考えられます。昭和38年頃からの急速な食生活の欧米化により、現在の日本の若者においてはアメリカより高脂血症化が進んでおり、今後の大きな課題です。

*動脈硬化の程度を脈波計で測定してみると、血液中脂質の値と動脈硬化の程度が乖離していることがしばしば見うけられます。この事から血液中の脂質が動脈硬化に与える影響が大きいものの、その他の生活習慣もかなりの影響力があることがうかがえます。この事からも生活療法の大切さがご理解できると思います。

4.高脂血症から動脈硬化への道筋
 動脈硬化にもっとも密接な関係があるとされているものに悪玉コレステロール(LDL‐Cho)があります。血液中から血管壁に染み込んだ悪玉コレステロールは酸素と結びついて変性し、異物と見なされマクロファージと呼ばれる細胞により食べられます。またこれらの細胞は炎症反応を引き起こすサイトカインと呼ばれる一連の物質を放出します。更にマクロファージは染み込んでくる悪玉コレステロールを次々と食べ続け、マクロファージも血液中から次々と血管壁に浸入し悪玉コレステロールを食べ続けます。このように悪玉コレステロールを食べ続けた結果大きな泡沫細胞になったマクロファージが血管壁を肥厚させ、サイトカインにより狭くなった血管壁に血小板が集まり、更に血管内腔が狭くなります。このような現象から、動脈硬化の本態は炎症と言っても過言ではありません。

☆一口メモ
NO(一酸化窒素)と動脈硬化
 NOは刻々と血管壁にて産生され、血管壁の緊張や血小板の凝集を調節しています。悪玉コレステロールや糖尿病のときに作られる糖化蛋白と呼ばれる物質はこのNOの働きを阻害し、血管のしなやかさを奪い、更には血管壁に血小板か沈着して初期の動脈硬化を形成すると考えられています。最近では脈波の伝播速度を使用したPWVという検査で、このような初期の動脈硬化も検査できる様になりました。

5.動脈硬化の危険因子
 動脈硬化の大きな原因は先にお話しました様に高脂血症、特に悪玉コレステロールが大きな役割を果たしています。その他にも下記のような危険因子があり、それぞれの病気に関しては治療を行う事が大切です。

危険因子

疾患

高脂血症

高血圧

糖尿病

肥満  

高尿酸血症

生活習慣

喫煙

運動不足

ストレス

過労

 

その他

加齢

閉経

 

 

 

6.動脈硬化の予防
 日本では欧米に比較し虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)は少ないものの、脳血管障害が非常に多く認められます。このため単に動脈硬化の主たる原因とされている高脂血症の予防を行うだけではなく、生活習慣全体の改善が必用とされています。

@)食事療法
 動脈硬化の予防で一番大切な事は食事療法なのですが、従来の心臓血管系中心の発想では不充分な様です。悪玉とされているコレステロールは細胞膜や性ホルモンの原料となるもので人間にとって必用な物なのです。特に女性をいろいろな病気から守っている性ホルモンであるエストロゲンの材料であり、エストロゲンが欠乏する閉経以後は更年期障害のみならず高脂血症、心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病の発生が急に増加してきます。さらにエストロゲンは骨粗鬆症やアルツハイマー病の予防や治療に使用され効果をあげているホルモンなのです。このことからコレステロールを下げさえすれば良いという考え方は適切ではありません。また高脂血症や糖尿病の原因の様に言われている肉や砂糖は、人間にとって非常に大切な食品であり、菜食主義のような極端な偏食もまた誤りなのです。以上の事から今後は各患者さんの全体像を把握し、個別の栄養指導と健康管理を行うことが主流になっていくでしょう。

@インスリンを上昇させない
 最近“低インスリンダイエット”というダイエットが流行しています。この考え方と同様に食後血糖が急激に上昇する、つまりインスリンが高値になる食品は脂肪を蓄積させる作用と共に、組織を酸化させる働きがあり肥満や動脈硬化を引き起こします。“うどん”と“パスタ”では吸収速度が異なるように、同一成分、同一カロリーでも食後血糖の変化が異なります。“低インスリンダイエット”の食品比較表を参考にしていただいて、同一カロリーであれば消化吸収速度が遅い食品を選択していただくと良いでしょう。また同様に朝食を抜くと1日の必要カロリーを2回で摂取する事になり、当然1回で摂取するカロリーが多くなります。そのため食後の血糖の上昇が急激になりインスリンの分泌も高度になりますので、1日のカロリーが同じでも肥満や動脈硬化を引き起こす事になります。食事はきちんと3食摂ることが必要です。
 チョコレートやケーキなどのお菓子は急激な血糖の上昇を起こし、更には上昇した血糖値の持続時間が短いためにすぐに別の物を口にしたくなってしまいます。“チョット小腹がすいた”時にはナッツ類が良い様です。良質な蛋白源であり、また身体に必要な不飽和脂肪酸(オメガ‐3脂肪酸)を含みます。更に血糖の上昇も緩やかで空腹を感じない程度の血糖が持続します。

Aオメガ‐3脂肪酸(DHA、EPA等)
 この多価不飽和脂肪酸は細胞や組織の変質を防ぎ、中性脂肪を抑える働きがあります。また血小板が血管壁に粘着する事を抑制し、更に血管拡張作用があり動脈硬化を抑えます。この脂肪酸はオリーブオイル、キャノーラ油、青魚、大豆、カボチャの種等に多く含まれています。普通の脂肪成分は制限が必要ですが、これらオメガ‐3脂肪酸を多く含む食品は積極的に摂取すべきでしょう。

B抗酸化作用のある食品
 代表的な抗酸化作用を有する成分としてはビタミンC、ビタミンE、フラボノイド、カロチノイド等があります。体の中で発生する活性酸素から血管内皮等を守ります。ただ野菜をジュースにすると摂取後の血糖が上昇し易いので、できればそのまま、もしくは調理して食べて頂くほうが良いでしょう。

抗酸化作用のある食品

ビタミンC

緑黄色野菜

キウイ

オレンジ

イチゴ等

ビタミンE

植物油

マーガリン

アーモンド

アンコウの肝等

フラボノイド

タマネギ

緑茶

大豆等

 

ポリフェノール

赤ワイン

チョコレート等

 

 

カロチノイド

トマト

ニンジン

赤ピーマン等

 

Cお酒の飲み過ぎに注意
 
お酒はアルコールに換算して1日20gから25g程度、ビールで約400〜500ml、日本酒やワインで約150ml、ウィスキーで60mlまでとしましょう。お酒は少量ならば血中コレステロールを下げる効果がありますが、飲みすぎると高血圧、高中性脂肪血症、高尿酸血症、肝機能障害の原因となります。赤ワインはポリフェノールを多く含むことで有名ですが、動脈硬化を抑制する効果は白ワインや他のアルコールとの差はありません。フランス人はこってりした料理を摂る割にはアメリカなどに比較すると虚血性心疾患が少ないという有名なフレンチ・パラドックスに引っ掛けて、赤ワインのポリフェノールが動脈硬化に有効であるという噂はまったく根拠のないワイン業者の作り話だったそうです。日本の焼酎が血栓予防になるとの噂と同じで、酒飲みはいろいろ理屈をこねては飲みたがるというのは世界共通なのでしょう。そして赤ワインはチョコレートやチーズと同様に偏頭痛の発作を誘発する事がありますので、片頭痛の方には要注意です。

A)運動療法
 今までの運動療法は肥満、高血圧や高脂血症の改善のため、急ぎ足歩行、ジョギング、水泳等の積極的な全身性の有酸素運動を勧めてきました。しかし中年以降の方には関節などを含むトラブルも多く、また継続できない場合がしばしばあります。運動療法は運動の指導経験が少ない医師ではなく、専門のスポーツトレーナーが行うべきなのですが、国内の医療現場ではまだ普及していません。
 動脈硬化の予防や治療には1日30分程度の散歩から始められると良いでしょう。充分に慣れた段階で歩くペースを少しずつ上げる、浅いスクワット等下肢を中心とした筋力トレーニングを徐々に開始する等時間をかけて負荷量を増やすべきです。ご夫婦であればお二人で散歩に出かけられると良いでしょう。一人では気が進まない時があっても、二人であれ

ば継続し易いものです。まずは継続可能なメニューから開始してください。

B)喫煙
 喫煙は動脈硬化のみならず高血圧、慢性気管支炎、肺癌、舌癌等多くの病気の原因となります。可能ならば禁煙をお勧めするのですが、困難であれば節煙と共にビタミンCやβ‐カロチンを積極的に摂られる事をお勧めします。ただしβ‐カロチンはサプリメントではなく食品として摂る方が良いと考えられています。

7.動脈硬化の検査
@)血液検査
 最も一般的な検査であり、食事療法の指標となる検査ですが、実際の動脈硬化の程度は判りません。昨年、日本動脈硬化学会では今までの基準値を見直す事になり、以前より基準値の範囲が広くなりました。 

動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版抜

高脂血症の診断基準

高コレステロール血症

総コレステロール

≧220mg/dl

LDLコレステロール血症

LDLコレステロール

≧140mg/dl

HDLコレステロール血症

HDLコレステロール

<40mg/dl

高トリグリセライド血症

トリグリセライド

150mg/dl

表2.患者をLDLコレステロール値以外の主用危険因子の数により分けた6群の患者カテゴリーと管理目標値

患者カテゴリー

脂質管理目標値(mg/dl)

その他の冠危険因子の管理

 

冠動脈疾患*

LDL-C以外の主用冠危険因子

TC

LDL-C

HDL-C

TG

高血圧

糖尿病

喫煙

A

な し

240
未満

160
未満


40
以上


150
未満

高血圧学会のガイドラインによる

糖尿病学会のガイドラインによる

禁煙

B1

220
未満

140
未満

B2

B3

200
未満

120
未満

B4

4以上

C

あ り

 

180
未満

100
未満

* 冠動脈疾患とは、確定診断された心筋梗塞、狭心症とする。

** LDL-C以外の主要冠危険因子
・加齢(男性≧45歳、女性≧55歳)、高血圧、糖尿病、喫煙、冠動脈疾患の家族歴、低HDL-C血症(<40 mg/dL)
・原則としてLDL-C値で評価し、TC値は参考値とする。
・脂質管理は先ずライフスタイルの改善から始める。
・脳梗塞、閉塞性動脈硬化症の合併はB4扱いとする。
・糖尿病があれば他に危険因子がなくともB3とする。

注)旧ガイドラインとの変更点

 

 

新ガイドライン

旧ガイドライン

総コレステロール

高コレステロール血症

240mg/dl以上

220mg/dl以上

境界型

220mg/dl以上

200mg/dl以上

LDLコレステロール

LDLコレステロール血症

160mg/dl以上

140mg/dl以上

境界型

140mg/dl以上

120mg/dl以上

HDLコレステロール

HDLコレステロール血症

40mg/dl以下

40mg/dl以下

中性脂肪

高中性脂肪血症

150mg/dl以上

150mg/dl以上

APWV(脈波伝播速度)
 最近一般病院でも使用可能となった動脈硬化を測定できる検査です。脈の振動が血管壁を伝わる速さによって動脈硬化の程度が判ります。今までは血液検査で高脂血症が認められれば動脈硬化であるがごとく考えられていましたが、実際は血液所見と脈波所見はしばしば乖離しており、動脈硬化の存在は血液検査のみではあまり当てにならない事が判っています。また動脈硬化の程度が客観的に評価可能である為、生活療法や薬物治療法の効果が簡単に数値として評価できます。この検査は短時間で終了しますし、かつ痛みも無く、今後動脈硬化のスクリーニング検査として広く普及するものと期待されています。

 

★この検査は体内の大きな動脈の振動が伝わるスピードを測定する事により動脈の硬さを評価するものです。動脈が硬くなると振動が伝わるスピードははやくなり、このスピードが1400mm/secを越えると動脈硬化と判定され、1600m/secを越えると動脈硬化がかなり進行していると判断します。左の図では▽▼が測定値、実線が年齢における平均値、破線が標準偏差を表しています。患者さんの結果は実年齢よりもはるかに動脈硬化が進行している事が解かります。

 

B頚動脈超音波検査
 動脈硬化の指標として超音波を使用して頚動脈の壁の厚さ(内膜中膜複合体肥厚度;IMT)を直接測定します。40才代の健康な方の平均は0.7mm、10年毎に0.1mm肥厚しても危険因子がなければ普通は1.1mmを越える事はありません。各年代の平均値より0.2mm以上肥厚していたり、プラークと呼ばれる部分的な肥厚が認められる場合は動脈硬化が進行していると判断します。

図1

 

図2

 

 

図1で示した赤い三角形の間が局所的に肥厚した血管壁(プラーク)です。

図3

図3は局所的に肥厚した血管壁(プラーク)に血栓が詰まった状態を示しています。プラークには悪玉コレステロールを食べた泡沫細胞が集積しています。

 

図2は実際の症例です。77才男性で、IMTは1.5mmを示しています。プラークは認められませんでしたが、同世代の平均値は1.1mmですので、動脈硬化は進行していると診断できます。

8.動脈硬化の治療
 かつて動脈硬化は一度なったら元には戻らない病気とされていましたが、近年の研究から生活改善や高血圧や高脂血症等の原因疾患の療法により進行を止める事が出来るだけではなく、動脈硬化自体を改善する事が出来る事が分かって来ました。

@日常生活の改善
 動脈硬化の予防でお話しました様に、食事や運動を中心とした生活改善は動脈硬化の治療の根幹を成す部分です。安易にお薬を使用するのではなく、日々の生活の改善に力を入れましょう。

A抗酸化物質*1の服用
 ビタミンCやビタミンEがお薬として使用されます。

B抗凝固剤の使用
 動脈硬化が進んできた場合は、血小板による血管内腔の狭小化を抑えるために血小板凝集抑制剤や抗凝固剤と呼ばれるお薬を使用します。

C原疾患の治療
 高血圧、高脂血症、糖尿病等の動脈硬化を来す原疾患をきちんと治療する必要があります。しかし最近高脂血症*2の治療法が従来の薬物治療中心から、生活療法中心に変わってきました。

*1抗酸化物質であるSOD、グルタチオン、カタラ−ゼ等がサプリメントして販売されている様ですが、これらの物質は消化管の中で分解されてしまいますので、服用しても抗酸化作用としての効果は全くありません。*2女性の場合、閉経後急速に高脂血症に移行する場合がしばしば認められますが、糖尿病や高血圧等の危険因子を伴なわない場合は生活習慣の改善が中心となります。男性も同様に多くの場合は生活習慣の改善を中心とすべきであり、このような患者さんに対してはむやみに薬物療法を行わず、生活指導を行いながらPWV(脈波伝播速度)や頚部超音波検査等で動脈硬化の程度を評価して行くべきでしょう。しかし高血圧や糖尿病を合併した場合は、前述した患者さん達に比較し脳梗塞や虚血性心疾患等の動脈疾患に至る可能性ははるかに高くなりますので、原疾患を含め積極的に治療を行っていく必要があります。

9.終わりに
動脈硬化の予防及び治療の中心は生活習慣の改善です。健康で楽しい生活のために、私がお話したことを皆様が日々の生活に取り入れて頂ければ幸いです。