国鉄のSL最後については 旅客列車は昭和50年12月14日のC57型135機、 貨物列車の昭和50年12月24日のD51、入線として事実上最後として9600型79602ともう一両の2両 何両だったか覚えていない)が追分機関区にいたはずです。C57はTVでも華ばなしく扱われて、 D51は新聞の記事程度、96についてはほとんど触れられてなかった。 当時、そのSL跡を確認する為に高校卒業式の後すぐ春休みを利用して 北海道を1人旅をしていた私は、3月18日にSLが無くなってしまったはずの追分機関区をぶらぶらしていたところ、 突然汽笛が聞こえ9600が入線を行っていることを発見して大変びっくりしたものです。 とにかく既にSLはないと思い込んでいたため雪が降りしきる中、煙をはいて生きている姿に本当に感動しました。
追分機関庫 煙をはきはき生きている9600
旅行から帰って数日後に、追分機関庫が火事になり、 ディ−ゼル機関車とともに蒸気機関車も燃えてしまいました。さらにその後の昭和53年11月19日、 交通博物館で部品即売会でその79602のナンバープレートがでていました。 欲しくて私は徹夜したけれど買えませんでしたけれど

追分機関庫付近の79602

倶知安機関庫時代の79602