ヤルデア語呂句 (人生)    ヤルデア研究所 伊東義高  copy right = yarudea569

 

《現在、出版交渉中につき、サンプル部分のみ掲示》

 

・半語呂し 一語見る句の 二語理にも 三語の輝き 余路が語路語路…

          
人生
人生とは「人が生きる」ではない。人生とは「人として生きる」である。
人生とは記憶と想像の合体である。

掛け替えのない一生で、掛け替えのない時間の過ごし方をしている人はどれ程か?
掛け替えのない生き方とは立身出世だけではない。むろん酔生夢死ではない。
自分が納得できる自分の生き方である。他人は関係ない。毀誉褒貶の外である。
納得のいく生き方、死に方をしたとして、ただ単なる一物質の一変化にすぎない。

老後とは「もう人生は終わった」と思うときから始まる。
青春とはその中にいると気づかず、老後とはその中に入ると気づかざるを得ないもの。
人生に時間を忘れる程のものがなければ詰まらないが、時間を忘れるのはもったいない。
人生に死ほど恐ろしいものはない。死が恐ろしくなくなった自分はもっと恐ろしい。
役者は舞台で、議員は議場で死ねれば本望という。他人の迷惑を考えないからいえるのだ。

          
良く生きるとは
人は死ぬために生きているのではない。生きるために生きているのである。
・「良い死に方をした」とは「良い生き方をした」という意味である。
人は死に方を選ぶことは出来ない。しかし生き方は選ぶことが出来る。
死んだ後、褒められても貶されても無意味である。何しろ自分はもう無いのだから。
良い死に方、良い生き方というのは生きている人にとっての問題である。
社会のルールに反してさえいなければ、良い生き方でなくても貶される筋合いはない。
生き方の良し悪しに人類共通の価値尺度があるわけではない。

  高齢三シ

       シラガが増える。

       シワが増える。

       シミが増える。

       その分シアワセが増えている…と思えばよい。

 

後期高齢者2009年、ヤルデアは75歳)

       人生70古来稀なり。

       75歳は縄文人の2倍。

       75歳は遠未来人の半分。

       後期高齢者とは人生の後半期入り、折り返し点入りのこと。

・ 「高貴高齢者」「香気高齢者」はムリでも、

       「好奇高齢者」「広軌高齢者」になりたい。

人生における成否・勝敗

       人生には「失敗」はない。

       「失敗」といわれているのは「不完全成功」過ぎない。

       それを踏み台にして「成功」に近づく「一段階」である。

       人生に「完勝」はない。

       あるのは全て「不完全勝利」である。

       全ては「より良い勝利」への前段階である。

       人生に「完敗」はない。

       「完敗」とは「死」であり、それはもはや「人生」ではない。

  聖人の論語        俗人の乱語

十五にして学に志し     十五にして学を疎んじ

三十にして立つ       三十にして立てず

四十にして惑わず      四十にして娶れず

五十にして天命を知る    五十にして手前を知る

六十にして耳順なり     六十にして耳遠く

七十にして心の欲する    七十にして心の欲する
 所に従い、矩を踰えず    所に従い、年金を超ゆ

 

 

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