Deux

 JUMEAUX OBSCENESのサイトを作ろうと思ったのは、勿論、Webデザイナーである松村君が居るからと言うのもありますが、一番の目的は(私の場合)、最初のLiveである『パフォーマンス・ステージ ─SUMMIT meeting』にいらっしゃって、短い出演時間をご覧になった後、怒り出す人が一人でも少なくなればいいな、と思ったからです。

 なんて聞くと、「えっ! 怒りたくなることをやるの?」と思われてしまいそうですが、前文で言いたかったのはそう言う事じゃなく、「どんなパフォーマンスをやったって、何人かは怒る人はいるでしょう。ただ、事前に読んでおけば、怒らずに済むだろう、と思われるパフォーマンスはやります」と言うことです。えー。よくわかんなーい。『言語表現法講義(加藤典洋著)』もう一回読んだら〜?って、今、モニタの前で3人の方が言ったと思いますが(本は後で読み直します)、つまり、簡単に言うと「なんか、面白がって!」と言うことです。少なくとも、私達は楽しいですから。

 楽しくなる方法って言うのは、人それぞれや、その時の気分によって違います。すっごいダラダラしたのが「たのし〜」と言う時もあれば、滅茶苦茶辛いけど「楽しい」というのもありますよね。……話の真ん中に行こうとして、逆に散漫になってしまいましたが、結局JUMEAUX OBSCENESが何を言いたいのか、何処を真似したいのか、果たしてアレがコピーだったのか、脅すだけ脅して、唯のジャイアン的カラオケ・リサイタルだったんじゃないのか(あ、SUMMIT meetingは、途中退場&再入場自由ですよ)、第一JUMEAUX OBSCENESってアートではないのに、何故SUMMITに参加することになってるのか(それは、私にも思い出せない)、と、そんな風になってしまわないように出来たらなと思ったからなのです。

 SUMMIT meetingで、初めてSPANK HAPPYの曲に出会う人に(出来れば、いらっしゃる前にお近くの小売店でCDをご購入していただくのが望ましいですが……(笑)←回し者的発言)。そして、私(達)のことを全く知らない人たちへ。これは、もしかしたら第1回に書くべき内容だったのかも知れませんが、JUMEAUX OBSCENES結成前後のことを書こうと思います。




 そもそも、SPANK HAPPYを知ることになったのには、2001年の初冬の事、ハッチャン(松田君)が「すごく良いから聴いてみて。ちょっと不思議な癒し効果があるよ」と言いながらSPANK HAPPYのライヴMDを貸してくれたことがきっかけでした。実を言うと、私は今まで一部のジャズと一部のオーケストラ編成のクラッシック以外は、ライヴ音源で楽しめたことがなかったので(大した数は聴いてませんが)、有り難いと思いながらも、「さて、何曲目まで持ちこたえられるかな」と、全く期待していませんでした。案の定、暫くの間机の上に放置され、ある滅茶苦茶にバタバタした日に、すごいタイミングでそのMDは鞄の中に滑り込んできました。そして、そのMDを実際に聴くきっかけになったのは、他人の尻拭いのために呼び出されて出かけた先で、呼び出した人間(しかもそいつが原因)の立てる大きなイビキを聞かないようにするためでした。私の足は、このMDが最悪だった時の為に、すぐさま立ち上がって、轟音の発生源を蹴り上げる準備をしていましたが、いつの間にか力みが抜け、リズムを取っていました。2巡したときには、曲間のMCで笑い、3巡目には「SPANK HAPPY、すごくいいね。癒されてます」と、ハッチャンにメールを入れていました。その後、松村君に「スパンクスは、ライヴの方が何倍も面白い」と言われ、二つ返事で「私にもチケット1枚」と言っていたのでした。

 さて、結成となった2001年12月1日。その日は、日本中が、皇太子妃雅子さんに女の子が産まれた喜びに満ちあふれていた日でしたね。私は午前中仕事をしていましたが、ライヴの前に、AUX BACCRHANALESでやっていた、期間限定アメリのクレーム・ブリュレを食べようと思い(映画『アメリ』はとても変で素敵な作品です)、早めの地下鉄に乗っていましたら、銀座駅で大量に雪崩れ込んできた、号外を持った人たちが出すラヴの熱気でこてんぱんにやっつけられてしまいました(銀座という所は、元々、幸せを増幅する土地みたいです。なんでだかよく分かりませんけど)。表参道に着いたときは、フラフラのふにゃふにゃになっていて、「うあー。すごかったなぁ」と思わず口に出してしまう程でした。AUX BACCRHANALESの前で、ハッチャンを待っている数分間が、とてもとても長く感じられて、待ち合わせ時間前なのに「早く来てー!」と電話をかけてしまいました。電話の向こうのハッチャンは、「何そんな慌ててるの? 休日の表参道で急いで来いって言われても無理」と苦笑いしているようでした。余談ですが、その時食べた限定クレーム・ブリュレは、全くもって別物で、私達をかなりガッカリさせました。一番重要な表面のカラメルの厚さは、あの映像から察するに0.8mmは必要なのに、出てきた物のそれは0.2mm以下で、最初のひと匙を差し入れる瞬間は、“壊す”などという行為ではなく、“崩す”と言った方が近い感触でした。でも、ガッカリするくらいで、丁度良かったのかも知れません。何かに裏切られた後に、別の所から訪れる酬いは、格別な味がするものですから。


 恐怖、もしくは緊張状態による心拍数上昇時に誰かと接触した場合、そのドキドキを恋愛感情と混同してしまい、恋に落ちてしまうという、カナダの心理学者ダットンとアロンによる『吊り橋実験』の話は有名ですが、SPANK HAPPYのライヴで感じたドキドキは、今思い出すと、もしかしたら反則なんじゃないかと思う種類のものでした。とにかく、4ツ打ちに横隔膜を突き上げる低音を使い(実際、「低音はMAXで」と指示してました)、BPM:120〜140位の曲で心臓をドカンドカンと攻撃しては休み、揺さぶっては休みと言った構成で進行していくのです。私はダラダラとした気分で、「こんなに心臓を自由に動かされちゃ困るなぁ」と苦笑いしながら思っていて、このドキドキは恋ではないと冷静に考えていました。それが、「うわぁ、これは恋だ!」という風になるのには、それほど時間がかかりませんでした。ライヴが始まって1時間半ほどの所でかかった曲、「普通の恋」のサビの所で私は堪らなくなり、小さく叫んでしまいました。何と言ったらいいのか分かりませんが、とにかく様式美にやられました。そうとしか言いようがありません。フワフワした気分のまま、ライヴは更に続き、アンコールでお揃いの服に着替えをして出てきた二人が、ペンギンXXXと一緒に踊りまくりながら、「ねぇ ミス・インターナショナル」を歌うという、殺人的なホノボノさに、面白くてひっくり返りそうになってしまいました。

 アストロホールの出口への階段を、興奮しつつ上りながら、私はもう「松村君を誘ってSPANK HAPPYをやろう! きっと松村君は断らないと思う。じゃぁ、いつ言おう。今夜だろうか?」と言うことばっかりを考えていました。松村君とその同僚で私が主催している『温泉部』の部員であるデイジー、そしてハッチャンと私の4人は、原宿駅の方に歩きながら話しました。

 ハ「今日、ライヴ初めてだったけど、どうだった?」
 私「うん。期待して来たけど、期待以上でスゴイ良かったよー」
 松「やっぱり、スパンクスはライヴが良いんですよー。とにかく、MCが最高だから」
 私「そうそう。MC面白かったー。しつこい程のキング・レコードネタが笑えた。後、熱が38度と角度が360度と言うのも笑った」
 松「あー、アレは日記にも書いてたネタなんですよ。だから、そこでは笑えなかったかな」
 デ「アンコールで出てきた、トラッドファッションの瞳ちゃんも、スゴク可愛かったですよね〜♪」
 ハ「菊地さんがネクタイを締めてあげたって言うシチュエーションもいいよね〜」
 松「ペンギンのツッコミ具合も最高。やっぱ、夫婦のなせるところなんだろうね」
 私「えっ。あのペンギンって、菊地さんの奥さんなの? わぁ、そりゃぁいいなぁ」

 私はいつも話題転換が唐突で、それを子供の頃から家族や友人一同に注意され続けています。この時だって、大切な話をしようと思っていたし、ずっとタイミングについて考えていたはずだったのですが、結局耐えられなくなって(いつもこれだ)、話を唐突に切りだした形になってしまいました。

 私「あのさぁ、松村君、一緒にSPANK HAPPYのコピーやろうよ!」
 松「……え?」(やっぱり、ちょっと驚いているようでした)「良いですよ。それもそうですけど、以前言っていた、リコーダーアンサンブルの方はどうなってるんですか?」
 私「えっ。うぐっ。そ、それは……(他のメンバーの折り合いとか色々あって)」
 デ「じゃぁ、早速、靖子ちゃん(若くて可愛くて、声の透明な女の子)をヴォーカルに口説かなくちゃですね!」
 私「……えっ?!(振り返り、固まる)」
 ハ「バ、何言ってるの?」
 松「このシチュエーション、どう見ても康乃さんが歌うって事でしょう?」
 私「あ……、あの、やっぱ、年齢制限越えてますかね」
 デ「わっ、……イヤ、その」
 私「やっても良いですか……ねぇ?」
 デ「それは勿論。……楽しみにしてますぅ」(無理矢理言わされた?)
 ハ「じゃぁ、僕は青梅街道派かな」
 私「わー。VJ居てくれると楽しそうー。お願いお願い! で、ペンギンXXXはデイジーで!」
 デ「えっ! 私がですか?」
 松「あー。ペンギンは君以外居ないね。」

 ここで、デイジーがペンギンXXXにキャスティングされたわけですが、残念ながらSUMMIT meetingには出演しません。着ぐるみ制作の予算と、控え室と通路の問題(つまり、全然駄目ってこと)があるからです。少し大きな所でやれるようになったら、是非とも出したいとは思ってるのですが……。果たしてそんな日は来るのでしょうか?


 さて、「これ面白そうじゃない?」「やろうか?」なんて言いながら、飲みに行く度に、「あの話どうなってるんだよー」なんて宙ぶらりんになってる企画なんて、掃いて捨てるほどあります。例に漏れず、それから暫くは、メールなんかで机上の空論を続けていました。

 暫くして、最初のライヴの日取りが決まり、演奏する曲が決まった辺りに、「ユニット名どうしようか」と言う話になりました。1ヶ月以上の間、数々の候補名が上がっては消え、上がっては消えし、私の方の手持ちの駒は0になってしまい、松村君もその思い入れから、ちょっとやそっとの名前じゃぁ受け入れられないんだと、分かったようでした。「駄目だったらその時」と言うのは、会社に入って先輩達から学んだ行動法で、すっかりやっちゃえ主義になっていた私は、真夜中の魔力にもそそのかされて、「そうだ。菊地さんにユニット名候補をお願いできないか聞いてみよう」と、早速メールを打ち、何の躊躇いもなく送信ボタンを押したのでした。この不躾なお願いに、返事がもらえる確率は高くはないだろうと思っていましたが、予想に反して、12時間もしないうちに2つの候補名が返ってきたのです。それは、両方ともフランス語で、「JUMEAUX JEU」と「OBSCENE JUMEAUX」でした。その下に、日本語の説明として「双子のゲーム」と「猥褻な双子」と添えられていました。

 「JUMEAUX JEU」と「OBSCENE JUMEAUX」。にやけていた顔が一瞬にして凍り付いてしまいました。我が家で一番気を使う言語、それがフランス語だからです。ともかく先ずは辞書を、そして、フランス語文法の全く分からない私は文法書を開きました。……あぁ、やっぱり。文法が滅茶苦茶でした。何冊かの文法書を取り出し、机の上に並べて片っ端から捲りましたが、どの例外の項を見ても、お目当ての単語は載っていませんでした。いくら私が失礼な奴だからって、こんな変化球な虐めをしなくても……(泣)。ともかく、私は松村君に相談することにしました。松村君は先ず、菊池さんにメールしたことに驚き、「『文法的に間違ってる』っていうのがスパンクスっぽいくていいね」と大喜びで、私の怯え様には、「それは大変な(面白い)ことになりましたね。でも、無理のない範囲でやりましょう」と言ってくれました。

 松村君は「二つの候補名のどちらでもいいです」と、決定権を私にくれたのですが、この文法間違いのユニット名は、99.9%の確率で、“家族会議”を通らないと分かっていましたから、この二分の一の選択は、消極的な理由で選ぶ事にしました。衝突と被害の少ない方、「OBSCENE JUMEAUX」です。つまり、「双子間のゲーム」なのか「複数の双子同士が争うゲーム」のかが日本語では曖昧になっていて、尚かつ、文法を正しくすると必ず単語が増えてしまう「JUMEAUX JEU」よりも、単語をひっくり返して、数だけ揃えれば日本語の意味と同じになる、しかも単語自体の発音は変化しない「OBSCENE JUMEAUX」の方が、直前で名前が変わっても、関係者各位(特にイヴェントまでに大量の書類を制作するBIGART井上代表とVJ:ハッチャン)への迷惑は少なくて済むだろうと思ったからです。勿論、諦めきってからの選択ではありませんでしたが……。

 どうやったら、この名前が家族に受け入れてもらえるだろう? 何か方法があるはず。そう、何か。このいい加減さの中に、一種の美しさを見出せるようなデコレーションを、どうにかすれば作り出せるはず。とにかくこの事は、なるべく人に知られないようにして、素晴らしい案が生まれるのを待つしかない。いつも大して物事を考えない私が、この事については、何と3ヶ月も考えていました。しかし、万難を排して切り出すはずだったこの話題が、またもや自分のミスによって、前倒しで食卓に上がることになり、0.1%あったはずの勝算も跡形もなく消え去りました。……否、最初から勝算など無かったのかもしれません。完全敗戦の白旗を背中に差し、ヨロヨロになりながらも、先ず松村君に連絡を、そしてせっかく考えて下さった菊池さんにもメールを入れ、我々のユニット名は正式に、「JUMEAUX OBSCENES(ジュモー・オプセーヌ)」となりました。SUMMIT meeting出演者顔合わせの3日前のことでした。


 イヴェントの性質上、プロフィールを提出しなければならなかったのですが、結成日をいつにするかで、私達は少し悩みました。最初の練習の日にすべきか。それよりも前にやった、アーティスト写真の撮影日か(普通、アー写なんて、後の後の後回しにするものですが、いくつか職場は変わったものの、写真業界にしかいた事のない私が、ちゃんとした写真も撮らずに始めるのは「何だか違う」のではないかと言われましたし、思いまして……)。名前が正式に決まった日か。最初のライヴの日にすべきか。結局、「やろうよ」と言いだした日にしたわけですが、どの日にしようが大した差のない、生まれたてのユニットです。

 私は、自分のバンドや他人のバンドについて、ネットで個人的に文章を書くことがありますが、大抵良いことしか書きません。白状すると、努めてそうしています。でも、もう、こんなに長く書いたから、ここまで読んでる人は少ないだろうと踏んで書きますと……。どうなるんでしょうね、このJUMEAUX OBSCENES。自分でもよく分かりません。第一、私と松村君の年齢差が近過ぎて、しかも、私の方が年上です(中身は大したことないですが)。最初、パフォーマンス・キャラクターの年齢設定を、松村君が上げて私は下げて、名前も変えて(そういえば高校生の頃、男友達に「俺の事を君の好きな名前で呼んで欲しい。君の事は、君の好きな名前で呼ぶから」と言われた事がありますが、彼はあの現実の世界で一体何がしたかったんでしょう。しかも、友達だったのに……)設定しようかと思いましたが、そんなの大して面白くないし、絶対にMCが続かないですね(MCやる時間あるんでしょうか? 現在、かなり微妙です)。歌だって、私は元々コーラス系だとはいえ、まだまだ直さなくちゃいけない癖が山積みだし、松村君のセクシー過ぎる声も、本番までに少し調整してもらわなくちゃならないですし。オケなんか、私触らないくせに素材や意見をドカドカ押しつけて、今後変わるようですし、Saxに関しては、藤井さんに全く持ってお任せでお願いする予定なので、本当にどうなるか分かりません。そう言えば、衣装とかヘアとかも、どうするのかなぁ。2Daysだもんなぁ〜。やっぱ、2日続けてくる人、特にスタッフや他の出演者の為にも、曲以外は違うことやらなきゃ駄目だよねぇ。……あぁ、なんだか、ダレてきてしまいました。だって、暑いんですもん。クーラーは嫌いだし。でも夏は好きなんです。暑いから。訳解らなくなってきました。でも大丈夫です。もうみんな読んでませんから。

2002年7月31日



  


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