Quatre

 これを読んでいる人の多くが、studio BIGART経由でやってきた方だと思うんですが(どちらからでも全く構いませんが)、思えば、私はBIGARTと仕事をしていたわけでもなく、メンバーの誰とも友人ではなかったにも関わらず、今や、まるで昔からの友人であるかのように付き合うようになっていて(少なくとも一方的にはね)、メンバーにもなっていないのに入り浸っている様になっていたのには、ちょっとした偶然の重なりがあったからでした。「で、どういう経緯で知り合いになったんです?」という質問をされると、いつも、「長いのでまた今度」と言わせて貰っていましたが、思い出しながらここで書きたいと思います。


 studio BIGART代表の井上君とヨシタケ君が、当時私が店長をやらされていた、原宿のスタジオkにやってきたのは、99年の春だったと思います。あの頃は、月に1日も休みがないと言う状況がずーっと続いていて、仕事内容も広がる一方、しかも週に2日は何らかのパーティ出席したりしていたので、あっという間に時が駆け抜けてしまったという感じなので、かなりうろ覚えなのです。季節は……、確かコートをまだ着ていたと思うので、春でも早めの春でしょう。スタジオk内の半分をギャラリーにしていたので、その展示作品を見に二人はやってきたのです。確か、やっていたのはAとかいう彼らの大学の先輩だったと思います。

 二人がスタジオの扉を開けて入ってくるその0.5秒前に、私は何をしていたかというと、スタジオkのサイトに載せる為にセルフ・ポートレートを撮っていました。三脚に付け、タイマーにセットしたカメラの前に、かなりおすまししたポーズで、私は立っていました。ストロボが光るとほぼ同時に、カメラ越しに扉が開くのが見え、そこから知らない男の人達が入ってました。つまり、お客さんです。「あぁっ! あは……あははは! い、いらっしゃいませ……どうも」。私は、やたらとデカイ照れ笑いをしてしまったので、二人はちょっと驚いたようでした。私はすぐにPCの前に戻って、「メチャクチャ恥ずかしいなぁ」と思いながらも、出来る限り素知らぬ顔と作って仕事の続きをしました。狭いスタジオ内ギャラリーには、立体作品と平面作品数点と作品集、5分もないムーヴィー作品しか展示していなかったので、芳名帳に記入をしていた二人は、すぐに出て行くと思っていましたが、出ていきませんでした。

 「どうもー。こんにちは。あの、こちらでギャラリーの企画をされている方ですか?」
 「は! ……はい。そうですが」

 かなり慌てた、うわずった声で返事してしまったと思います。そんな私をよそに、ふたりはとても丁寧に名刺を差し出しながら、こう続けました。

 「僕達、こういう者でして、今度、横浜でギャラリーもやるんです。それで、何かお話を伺えたらと思いまして……」
 「……あぁー。井上さん……。代表ですか! お若いのに凄いですね」
 「いえ。名前だけの代表みたいなもんですから」
 「その名前だって、誰に付けても良いってものでもないじゃないですか〜。う〜ん。でもですねぇ。ここは、ちゃんとしたギャラリーじゃないんですよ。こっちの壁が空いてるから、『何かやろうかな』って程度で始めただけで、しかも、広告費削減の目的が半分といういい加減なヤツので、参考になる話なんて何もないんですよー」
 「でも、アーティストさんの選別とか規約とか、色々あると思うんですが……」
 「それもまたいい加減なモンでしてェ、友達とか、友達の友達とか、そんな繋がりだけです。展示代は無料だし……。あ、グッズ販売は10%バックです。その程度ですね」

 「いい加減だ」と、前置きされたにも関わらず、あまりのいい加減な返事に、井上君はちょっとガッカリしたように見えました。それよりも私は、先刻の事を彼らが見たのか見ないのか、それが気になって仕方ありませんでした。

 「……で、ですね。あ……の、さっきの見てました?」
 「は? 何をです?」
 「え。見てない……んですか? その……、私がさっき、お二人が入ってきた時、そっちにいたじゃないですか」
 「はいー。いらっしゃいました。……それが?」
 「……見てない……んですね? 本当に?」
 「えっ? 何かあったんですか? 本当に何も見てませんよ」

 誰もいないと思ってやっていた小芝居を、誰かに見られていた、なんて事は例えればどんな恥ずかしさと同じくらいでしょう。丁度Gパンを下ろした時に、試着室のカーテンを開けられてしまった、というのよりもちょっと上で、唸りながら書いたラヴレターを出す前に親に見られた、というのよりもちょっと下くらいだと思います。とにかく、開き直るのに時間はかからない程度の恥ずかしさです。それも彼らは見てないというのですから、恥ずかしさも半減なのです。

 「……う……。まぁ、何と言うか、大したことやってた訳じゃないんですけども……。写真を撮っていたんですよ……、自分の」
 「あー。そうだったんですか。まぁ、写真スタジオですもんね」
 「あ、そうだ。私も名刺を……。どうもー。宜しくお願いします」
 「……わわっ。凄い名刺ですね」
 「本当だ。凄い写真ですねぇ」

 そうそう。この時期私は、このスタジオの目玉商品だった写真印刷の名刺に、友人達に「女社長風」と呼ばれるような程気負った写真入りの、笑うしかないほど格好付けた名刺を使っていたのでした。自分で作っておきながら言うのも何ですが、とても良く出来ていて、というか出来過ぎているので、本当はあまり配りたくなかったのですが、何となく秘密を共有したような親近感から、名刺を渡したのでした。それから、最近の仕事の話や雑談なんかをして、「昨日来た、グラインダーマンのタグチ君は変な人だった」とか、言わなくてもいいようなことまで、口走ったような気がします。それもこれも、あんなシャッターの絶妙なタイミングに二人が入ってこなかったら、あり得なかったことだと思います。5秒早くても、5秒遅くても、きっと私はあんなに喋らなかったでしょう。

 「そうだ。○日後に、BIGARTでギャラリーのオープニングパーティがあるので、いらっしゃいませんか? これチラシです」
 「ええ、(自宅の)近所ですから、行きますよ」

 その時、休みが無くて、夜も週2でパーティだったのに(健全で慎ましい生活をしている多くの方々は、「週に2回パーティに行くって、一体誰が、何処でやってるのよ?」とお思いでしょう。私もちょっとそう思います。でもやってるんですよ。ある日は若いビジネスマンの集まりに、ある日は若い企業コンサルタント達が集まる会に、ある日は女性企業家の話を聞きに、ある日は投資家の集まりに、ある日は新しい店の開店前のプレス向けパーティに、ある日はそうやって増え続ける知り合い同士の結婚式の2次会に、そう、ある日は昔からの友人の仕切るパーティに……って、まぁそんな感じです。そうやって過ごしていたので、パーティに行くことに麻痺していたのかもしれません)、何故か「これは、嘘ついてでも絶対に行かなくては」と思いました。とにかく、その頃行かされていたものとは明らかに違った、そこに溌剌とした空気を感じたからだと思います。二人が帰った後、少しして、前回の個展作家で同じ高校&大学だったドルバッキー・ヨウコが作品を引き上げに来ました。「とにかく、楽しそうだから」と半ば強引に彼女を説き伏せ、一緒にパーティに行く約束をこじつけたのでした。


 space BIG ARTのオープニングパーティーの3月6日(BIGART HISTORYより)、私はドルバッキーと待ち合わせて、会場へ向かいました。パーティの始まる時間ほぼピッタリに着いたので、会場に人は少数しか居ませんでした。その日のホストである、井上君とヨシタケ君がやってきて、「本当に来てくれたんですねー。どうぞどうぞ。3階の工房も見て行って下さい。ご説明します」と嬉しそうに言いました。3階の工房には、当時、JRの車内広告になっていて、私は何度も盗みたいと思っていた、「XI」の広告に使われた模型がこれでもかっ!と並んでいました。私はもの凄く感激しました。アレは本当にイイです。別の日に来た、Saxの藤井さんは、「宇宙戦艦ヤマト」の原型に、やたらと感動してました。アレもイイですね。良いのしかないのかもね(笑)。

 余談ですが、私は暫くの間、井上君のことを年上だと思っていました。だって、話し方がとてもしっかりしているし、自分のやってることに自信があって、迷いが少ない人だなぁと感じたからです。ある日、年齢の話になって、お互いに実年齢よりも上に見ていると言うことが分かり、笑い合いました。確かに私も店長でしたし。




 あのオープニング・パーティの日は、JUMEAUX OBSCENESの他のふたりともに、初めて会った日でもありましたが、BIGART HISTORYにもあるように、会場に100人もの人が来ていたので、ハッチャンとは何を話したのかよく覚えていません。うっすら、「カウンターに置いてある椅子を、急いで昨日仕上げた」とか、「木とナイフの刃の素材が好きだ」とかそう言う話を聞いた気がします。でも、松村君とは、その日確実に話をしたのを覚えています。ドルバッキーが、その時は舌にしか空いていなかったピアスを見つけて叫んだからです。

 ド「あーー! い、今、口の中で何か光った!」
 松「あ、これですか?」(舌をぺろりと出す)
 私「私、全然気が付かなかったわー」
 ド「痛そー」
 松「別に痛くないですよ」
 ド「空ける時も?」
 松「まぁ、思ったよりは痛くなかったですね」
 私「思ったよりもって、想像できませんよ! あがー!」
 ド「輪になってるんですねぇ。食べ物が引っかかったりしません?」
 松「スパゲッティとかうどんとかは、ちょっと絡みますね」
 ド&私「うわーーーっ」

 改めて書き起こすほどのこともない会話です(苦笑)。松村君にとっては、今日までに何度も繰り返された会話の、単なる1回にしか過ぎないと思います。

 その後、松村君のピアスは少しずつ増えていっていて、その次には耳に二つ(コンチとヘリックス)、少しおいて唇に、そして今や松村君の代名詞とも言える(嘘。誰もそんな風に呼んでない)プリンスアルバートに。アレは、もう、スゴイとしか言いようがないですよねぇ。白状するとですね。私は、これまでに3回も見せて貰おうとする夢を見ています。しかも、いつも直前でうなされて起きるんです。ハッチャンは、「そんなに見たいなら、見せて貰えばいいじゃない」と笑われるんですが、そうじゃないんです。今まで、色々言い訳を付けて来ましたが、最近よっく解りました。「見たいと思ってるのを我慢してるんじゃないかと思う状態を楽しんでいる」のです。つまり、簡単に言うと……、変態っていうんでしょうか? ですかね?




 ピアッシングがフェティシズムの一角にあるらしいと言うのを、知ったのは最近ですが、やっぱりそうなんでしょうか? 松村君とピアスの関係がクールなので、とてもそうには見えないんですけれど、やっぱり、一般的に考えたらそうなのかもしれませんね。私にとってフェティシズムの対象って何だろうなぁ……。うーん。

 ここで、フロイトの理論をもちだしますと、彼は幼少期のトラウマ経験(去勢否認)によってフェティシズムの対象が『ただひとつだけ』決まると言っています。この経験は、母親にペニスがないことを確認したときに起こって、その直前に(偶然)見た物に固執するようで、俗に「足フェチ」「下着フェチ」といわれる人が多いのは、子供は背が低く、視線はだいたい下半身に集中しているからだそうです。ついでに、ラカンの解釈を追加すると、フェティシズムの対象とは、世界と自分の関係を繋ぐための「フック」のようなものであるといい、それがないとひとは独我論に陥ると言っています。(菊地さんがフロイティアンなので、ここにフロイトの言葉を書いたのですが、つい最近までフロイト関係の本を、私は殆ど読んだことがありませんでした。逆に、菊地さんが「憎っくきユング」と書いていたユング派の本に関しては、高校時代かなり熱心に読みましたね。ということで、ここ数ヶ月で、フロイト関係の本を何冊か読みましたが……、体質に合わないのようです。悪夢は続くわ、寝違えるわ、神経痛は出るわ、食中毒になるわ(これは自業自得)で、フィロイティアンには、一生成れないと言うことが分かりました)。

 「下半身に視線が集中する」と言う部分で、思い付くことと言えば、中学生の頃、靴のデザイナーに憧れて、靴の絵を時々書いていたというのがあります。でも、フェティシズムの対象とまでは行っていなかった気がします。分かりませんが。まぁ、その頃の私は靴を書く以上に、ギャグ漫画ばっかり書いていました。その次に、フェティシズムらしいフェティシズムの対象との出会いと言えば、やっぱりボンデージですかね。大学時代、かなり流行っていたと言うこともあり(美術手帳でも盛んに取り上げられていました)、接する機会があったからだと思います。当時、芝浦のGでSMショーに出てた同級生のVが持ってくるものに、いつもかなり盛り上がりました。特にラバー系の物は見た目が美しいから(って、美しいと思わない人もいるかもしれないですね)、写真集なんか半日くらいワクワクと見てました。学生、暇人だなぁ。でも、私が自分のことを本物じゃないと思うのは、その後、Vによって垣間見させられるSMの世界も肌にあわないと感じるし(嫌悪感は無かったですけど)、ラバーを着た可愛い女の子に好きなポーズとらせて写真撮っても、そんなに楽しくなかったと言うところですね。それどころか、その娘に「私、好きな人がいるんですけどぉ、その人、絶対私のこと好きになってくれないんですぅ。セックスはしますけど、『お前のイイのは体だけだなぁ』って言われちゃうんですぅ(しんみり)」なんてこぼされて、すっごい悲しい気持ちになってしまい、もう、楽しいどころじゃなく、暗〜ぁい気持ちになってしまいました。ちょっと、想像してみてください。ラバーの長い手袋とピッタリしたロングブーツを履いた、可愛いくておっぱいの大きい裸の女の子が、首輪と足首を繋がれながら、そんな悲しいことを言うのです。これで興奮しないんですから、偽物ですよねぇ(というか、そう言う状況って、想像しづらいですか?)。

 と、ちょっと昔のことを思い出しつつ考えてみましたが、やっぱり自分にとってのフェティシズムの対象ってのはよく分からないです(何かは、あると思うんですが)。逆に、無条件に拒否反応が出てしまうのはハッキリと言えます。少し立体感のある円の集合体です。最高に駄目なのが、赤血球の顕微鏡映像ですね。これが、自分の身体の中をコロコロと転がりながら、血流に沿って流れてるのかと思うと、素晴らしい活躍をしてくれているとは知りつつもゾッとします。この円の集合体というのは、なるべく見るのは避けて通ろうと思いながらも、普通の生活で少なくとも1ヶ月に1度はお目に掛かってしまいます。なんとか、これの数を減らして行きたいんですけどねぇ。なんとかなんとか。


 なんだか、今回は話が流れに流れてしまいました。最初は、かなり真面目な話題だったのに……。でもまぁ、松村君のプリンスアルバートの話が書けたから良しとします(あはは。まだ言ってるよ)。

2002年8月7日



  


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