Six

 夏ですね〜。立秋過ぎて、海にクラゲがウヨウヨしてますが。気分的にはまだ夏です。夏になると、「あぁ、夏って最高だなぁ。楽しい思い出や、ちょっと辛い思い出が甦るのもいいし、これから何か起こりそうなところも、ワクワクしていいな」と毎年思い、もしかして、夏が一番好きな季節なのかも、と思うんだけども、秋になったらまた、「あぁ、秋ってどうしてこんなに素敵なんだろう」と思い、冬になってもまた、「冬って本当に美しい!」と思う、そして春になっても勿論、「春の魅力にはかなわないわぁ」と、毎回その季節を絶賛したくなってしまうのです。たぶん飽きっぽいんでしょう。季節が順番に巡ってきてくれて本当に良かったです。さて皆さんはこの夏、思い出すとほろ苦くなるような思い出をいくつ作ることが出来ました? え? 生きてる間中そんなもんだから麻痺してる? あー。じゃぁ、そう言う人は思い切って、爽やかな青春を彷彿させるようなことに飛び込みましょうよ。後で思い出して赤面しないような、馬鹿な思い出の一つもない人生なんて、ヴァニラビーンズの入ってないプリンみたいなもんですよ。……え? 僕はヴァニラ・エッセンスだけでいい。女の子もときメモだけでいいんだって? えっ! あ……、はぁ、そ、そうですか……。そいつは失礼しました。個人の自由ですね。




 今日は、ライヴに対する意気込み(すっごい汗臭い言葉で嫌ね)みたいなものを書いてみたいと思います。きっかけは、SUMMIT meetingのプロデューサーでプロモーターでスポンサーで、我々のユニットには動画制作でご協力いただいてる、BIGART代表の井上君(形容詞が長いね。翻訳するとき大変だ。しないけど)と、『合同イヴェントに置いてのパフォーマーの温度差』について、話していたからです。今回は、特に開きがあるんじゃないかな(苦笑)ってことで。

 自分の意気込みを書く前に、他のアーティスト(もとい。我々はアーティストじゃなかった(笑)。失礼!)について、私のエセ遠視によって、どんな感じか適当に書いてみます。はじめに書いておきますけど、この後に書くのは、あくまで私個人の意見ですから、鵜呑みにしないで下さいね(公式発表は、そのうちこちら:BIGART Webに出るでしょう)。


 まずはアルファベティカルに、尾崎旬さんから。あっ! いきなりテンションがマックスだと思われる人からの説明ですか……。なんか、いきなりの真打ちで盛り上がりに欠けますね。とにかく尾崎さんは、硬派の肉体派アート・パフォーマーです。1回しか会ったことがないので、第一印象だけ書かせて貰いますと、分析的思慮と感のバランスの良さそうな人だなーという感じですね。公演は、国内外で多数行ってるようですし、練られたコンセプトと真剣な取り組み方で、観客に後悔はさせないでしょう。スラリとした長身に、しなやかな筋肉が備わった身体から、どんな表現が生まれてくるのか、一観客としてとても楽しみにしています。私は膝を揃えて見させてもらうつもりでいます。

 次はシマシマン(危険超人シマシマン)、豊崎観自君です。彼は、「たけしの誰でもピカソ」や「トゥナイト2」「AERA」なんかにも出たりしてるので、見たり聞いたことあると言う人はいるでしょう。私は、2000年にあった彼のソロ・パフォーマンス・イヴェント、「シマシマン・ギグズ」に、コーラス&アシスタントとして参加していて、そのちょっと前からのつき合いです。彼のテンションはどうなんでしょう。すぐ、マイナス思考になるので、高いか低いかっていったら、低い方にいることが多いような気もします。でも、その低さが、作品に良い影響がを与えているので、低いのが一概に悪いとも言えません。シマシマンのキャラクターも面白いですし。映像に関しては、常に高レヴェルを保っているので、本番は特にそれが楽しみです。

 豊崎君もそうですが、次に書くタニシKさんも、多摩美卒(まだ学生かも……。自信なし)のコです。仲間仲間。筑波大ばっかりだったBIGARTですが、最近多摩美が増えていますね。今回のSUMMIT meeting出演者の半数がそうです。ちょっと嬉しいな。タニシさんのパフォーマンスは、とにかく可笑しい。爆笑を期待してます。ドラァグ・クィーンみたいなメイクとコスプレみたいな衣装を取ると、急に低姿勢な純朴な女の子になっちゃう姿はとても可愛らしくていいです。少しボーっとした印象はありますが、テンションは高いようです(井上君情報による)。パフォーマンスの間隔も短いし、真剣にパフォーマーとしての道を歩もうとしているんでしょう。

 最後はタムラサトルさんです。タムラさんは一番危険なアーティストですよ。まさに存在がアートです。危険超人は、名前に危険が付いてる分こっちも少し身構えますが(実際、彼自身が危険というわけじゃないですし)、本当に危険な人は、自分が危険だと思っていないのです。酔っぱらいが、「酔ってねぇよ」と言うのと同じです。最近、入籍してみたり、眼鏡を普通なのに替えたりして(しかも、その普通の眼鏡を選んだ理由が凄い。今までの、70年代のアニメで悪役が掛けていたような、ゴツイ黒縁の眼鏡と並べてみて、「これは変わってる」と思ったからだそうです)、普通の人を装っていますが、油断はなりません。ふっと思い浮かべてみますが、過去の彼の作品で、危なくない物があったでしょうか? たぶん、無いと思うんですよね。普段は立体作家であるタムラさんのパフォーマンスを、私は今回初めて見せていただくわけですが、期待半分、恐ろしさ半分の気持ちです。彼のテンションに関しては、全く持って予測不能です。きっと公演を見ても分からないような気がします。


 さて、私たち3人ですが……。他の方々に比べたら、一番テンションが低いだろうと言う予測は立ちますが(パフォーマーには変わりないかも知れませんが、とにかくアーティストじゃないことは明確ですしね)、うーん。メンバー内のテンションの高低については、ちょっと正確には把握できないですね。どうしてって、恋人に「私のこと好き?」なんて聞くのと同じ事で、「好きだよ」と言われても、心の底からは信じられないし、「どうかなぁ」なんて言われたら、不安でドキドキしてしまうし、沈黙が訪れでもしたら、辛くて話題を変えるしか無くなってしまうことが分かり切ってるので、私のような大人はそんな不毛な話はしないものだからです。

 とにかく、自分に関しては、テンションは上がりすぎないように注意するのが、一番の問題という感じですね。私は、テンションが上がり過ぎる状態が続くと、物事を取得したり、何かに到達する前に、あっという間に飽きてしまうという最悪の性質があるのです。実は今日までに私は、既に1度テンションのレッドゾーンを越えてしまいました。このまま行ったら、イヴェントが楽しめなくなるところでした。あははは。危ない危ない。始まる前から、お客さんに失礼をするところでした。




 私が、なんらかの入場料を取る会場で歌を歌うという事を最初にしたのは、プロフィールにも書きました、芸祭(学園祭)中にあった演劇部の公演で生演奏をした時でした。物事の最初というものは、とても大切で、その時のことはいつまでも付いて回る物です。その時のことを、他の多くの人が忘れても、私はきっと一生忘れないでしょう。三つ子の魂のように、私はその時得た教訓を、いつまでも持って、別のステージに立つのです。


 演劇部で演奏をすることになったのは、友人(ドルバッキー・ヨウコですが)に「音響が居なくて困ってるんだけど、やってみない?」と誘われたことがきっかけでした。その時私は合唱部にいて、童謡を歌うのに少し飽きていた頃でした。合唱部の部長(←この人が、噂の12股を掛け、その女共を精算した後に7股を掛けていた男Bです)に、「演劇部に行くので、部を辞めます」と言うと、演劇部にも在籍していた部長と副部長は、「まぁ、演劇部だったら、辞めても辞めなくても、ここにいるのと同じようなものだから」と、引き留めもせずに出してくれました。

 最初に参加した芝居は、安部公房の脚本『友達』というとても暗い本で(そういえば、私も中学の頃、卒業生を送る会で、クラスの出し物用に書いた『友達』という脚本みたいな物も超暗かったなぁ。神託を受けたというある生徒が、友達を洗脳して、クラスを集団自殺に追い込んでいくと言う内容でした。たしか。よく先生も、あんな脚本を許したもんだと、ある意味感心します。私が担任だったら、絶対に嫌だよ)、それは私が演劇部を辞めるまでに、監督を替えて3回もやりました。その芝居の中に何度も、「友達のブルース」を歌うシーンが出てくるんです。稽古が始まる前に、脚本に付いている楽譜をキャストに配って、歌って貰ったんですが、何度練習しても、ブルースはやっぱ日本人には難しく、どうしても歌えないという人が、歌える人の倍くらいいたので(苦笑)、曲の方を変えることにしました。この歌の伴奏と、それに付随した部分の曲を作ったことがきっかけで、その次の監督の時は、芝居の曲を友人Tと一緒に全部作ることになりました。更に後、芸祭に向けての芝居で、Tの友達Cが監督になった時、「映画の最後の所みたいに、テーマソングを歌って欲しい。しかも、全曲オリジナルだって事を強調するために生演奏にしよう」と言われ、まぁ、生演奏って言ったって、殆ど打ち込みなんだからイイやと思い、やることになったわけです。

 芝居は3日間ある芸祭の間、1日1公演ずつありました。その最終日、事件は起こりました。大学の敷地の隅に、部員みんなでイントレを組んで建てた芝居小屋には、勿論コンセントなんてありませんから、電源は離れた所に置かれた発電機から引いていました。会場1時間前、監督のCが客席に掃除機を掛けようとしたその時です。バンッ! 容量オーバーで、発電機が止まってしまいました。再び発電機が動かされ、機械のチェックをしていた私とTは、目の前の状況に固まってしまいました。2つも音源を、機械が認識しなくなっていたのです。開演まで、1時間半。何度か再起動してみたり、線をチェックしてみたりしましたが駄目でした。仕方ないので、生きてる音源に、無理矢理振り分ける事にし、20分押しで何とか公演を始めることが出来ました。私は、今日来てくれたお客さんに、本当に申し訳ないと言う気持ち一杯で泣く寸前でしたが、最後に歌を歌わなくてはいけないので、必死に堪えていました。芝居は、3日中一番の出来で、最後のシーンが終わり、飛行機の映像に絡めて、私は歌い出しました。せめて、出来るだけ心を込めて大きな声で歌おう。マイクを通してるけど、洩れる生声が一番奥の席に届くくらい大きな声で歌おう。今はそれだけしかないんだと思っていました。舞台の奥にあった演奏のブースから出たがらない私を、「最後だから、舞台に上がって」と、Cは呼びに来ました。「そうだ。お客さんに謝らなくては!」と思い、舞台に上がり、私は機械のトラブルによって、完璧に出来なかったことを言って謝りました。頭を下げなからも、胸の中にはずっとモヤモヤしたものが立ち込めていました。それから芝居小屋の外で、お客さんを送り出すキャストの列からずっと離れた所に、私はふてくされて立っていました。早く帰りたいな。そんなことばかり考えていました。すると何人かの女の子が近づいてきて、私に話しかけました。「あの……。歌、凄く良かったです。握手してください」。後にも先にも、そんな有り難いことを言われたことはありませんが、その時の私は、全く喜べませんでした。暗〜ぁい顔で握手をすると、女の子達は「頑張ってください」と言って直ぐに立ち去りました。全てのお客さんが帰って、スタッフだけの小屋で、舞台監督のUちゃん他数名に、早速私は叱られました。「ステージで言い訳をしたり、謝ったりするのは、絶対にしちゃいけない。それがお客さんに対して一番失礼なことなんだ」と。そして、直ぐに明るい顔になって、「次があるからね! さ、飲も飲も!」と言ってくれました。

 (松村君を含む、少数の人は別でしょうけども、)どんなに準備をしても、本番ではリハーサル以上のことは出来ません。私は最初のステージで、その事をこれでもか!と言うほど痛感させられました。それから、自分が楽になるためにする言い訳は止めよう、とも思いました。仕事でも一緒ですよね(私のようなハッタリ一番の商売の人は特に)。……でも、この言い訳って奴は、辛くなると、時々口から零れて来ちゃうんですよ。わはは。これが止められるようになったら、本当の大人になれたって事なのかも知れないですね。




 なんて、こんな事を書くと、私が大きな声で歌うんじゃないかと誤解する人がいるかも知れませんが、JUMEAUX OBSCENESでは決してそんなことはしません(他のバンドではしますけど)。なるべく小さな声で歌うんです。ハウリングが、とてもとても怖いんですが(苦笑)。それから、なるべく熱を出さないように気を付けるんです。所謂、情熱の方の熱ですが、テンションが上がると体温も上がって、手足は冷たい癖に、脇の下や口の中がすぐ37度を超えてしまい、しかも最近妙に新陳代謝が良く、汗をかいては軽い脱水症状になったりするので、両方の意味で要注意なのです。そうそう。葡萄でも食べてダラダラやれたらいいんです。丁度、SUMMITの前日の誕生花は、忘却を意味する葡萄ですし。これは前の日に、全部忘れられるかにかかってるという啓示なのかも知れませんね。いい加減なことばかり言ってますね。なかなか、良い調子です(笑)。

2002年8月18日



  


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