航空機事故とパイロットの責任
約10年前、日本ハンググライディング連盟に関係する一部の人から、「全てはパイロットの自己責任である」と主張されたことがありました。しかし、それは正しくありません。当時、パラグライダーの競技中の事故について、墜落したパイロットのご遺族から裁判が起こされており、訴えられた競技の主催者は事故を起こしたパイロットの自己責任だと主張し、追随する人もいましたが、当時の安全性委員会は、独立の立場を貫き、主催者の過失を認める事故報告書を出しました。その後、当時の安全性委員会委員の全員が安全性委員会に再度立候補したのですが、全員が再任されない結果となりました。
目 次
「パイロットの自己責任論」
スカイスポーツの事故は、全てパイロットの自己責任である。航空界ではそうなっている。」「航空機の事故が発生した場合は常に機長にのみ責任があり、たとえ管制官のミスで発生した事故であっても管制官は責任を負わず機長だけが責任を負うのだ。」という趣旨の意見が、10年近く前、パラグライダー業界人(スクール・ショップ関係者、スカイスポーツ雑誌編集者など)によって主張されたことがある。これはある競技中に発生した事故について、裁判で責任を問われた主催者を擁護するために出されたものようである。ハング・パラ関係者では、本物の飛行機の世界の話をされても分からないので、その主張が一部で通ってしまいました。
これまでの航空機事故に関する判例、先例は、決して事故の全ての責任を機長一人に押しつけてはいない。実際に事故を起こした機長の責任を問わずに航空管制官の責任だけを認めた例もあるし(名古屋空港衝突事故、中華航空機事故、日航機ニアミス事故)、飛行機を整備した者の責任を指摘した例もある(日航ジャンボ機墜落事故)。
むしろ、次の見解に代表されるように、航空機の運行システムが非常に複雑なシステムであることから、航空機事故が発生した場合、その運航システム全体の中で過失を考えていく傾向にあり、機長(操縦者)一人の過失とは考えていないのである。
『航空機の運航は、有機的・総合的な運航システムの中で行われる。陸上交通機関の場合、その運転は、新幹線列車の運転方法など若干の例外を除けば、運転席で運転操作を行う者によって行われ、その意味で運転者が当該交通機関の運行を全面的に支配しているといえる。自動車の運行はその最たるものであろう。船舶の場合も、ひとたび海上に出れば、操船は船長以下の乗組員によって行われ、その意味で船舶の運行はそれら乗組員に委ねられているといえる。したがって、それら交通機関の運行中に事故が発生した場合、運転者・船長などその運行に直接携わった者がその帰責主体となる。
これに対し、航空機の運航は、ひとり操縦者の技能や判断に依存しているのではない。管制業務、気象支援、整備支援、飛行管理、補給、施設等一連の有機的かつ総合的な運航システムの機能を前提として可能となり、そのどれが欠けても安全な飛行は期待できない。操縦者はこの運航システムのなかの人的運航システムの一部を構成しているにすぎない。しかも、操縦者は他の運航システムに対して何らの支配権能を有しておらず、それが不完全なものであっても、所与のものとして受入れざるを得ない。このように、航空機の運航は、最高度の技術力の結晶である航空機が、これまた高度の技術力に依存した航法援助システムや各種の支援システムに助けられ、その間、多くの人間が直接間接に運航に携わるという実態を有する。そこで、事故が発生した場合、その原因については、きわめて複雑な因子が錯綜しており、事故に対する責任は、当該航空機を操縦していた操縦者のみが負担するのではなく、人的運航システムを含む各運航システムがその不完全さの度合いに応じて負担すべきであるということになる。換言すれば、発生事故の真因は操縦者の支配下にない他の運航システムの不完全さにあるかも知れないにもかかわらず、近因としての実行担当者である操縦者の行為の小さな不完全さ、例えばコンマ何秒かの回避操作義務違反のみが追及され、他の運航システム上の不完全さに起因する責任も区分されないままこれに加えて科されるようなことがあってはならないのであるが、実際には、ややもすると、この過誤が犯されている。』
(「航空事故と刑事責任」25頁 判例時報社 土本武司著)
航空機事故に関する裁判例
①名古屋空港衝突事故
この裁判では、自機を旅客機に衝突させた操縦者の責任は問われず航空管制官だけが刑事責任を問われた。
ア 航空機事故の概要
昭和35年3月16日午後7時37分ころ、名古屋空港において、航空管制官が、全日空所属のDC-3型機に対し着陸許可を与え、滑走路の南東地点に接地着陸して北西方向に着陸滑走中の同機に対し、滑走路上において180度旋回し誘導路へ進入するよう指示し、同機はUターンしてターミナル誘導路へ右折すべく滑走路上を南東方向へ移動していたところ、同滑走路の南東端で離陸指示を要求して待機中の航空自衛隊F-86ジェット戦闘機に対し、離陸支障なしの管制指示を発したことにより、同戦闘機はその指示に従い、離陸のための計器点検を始め約18秒後に発進した。同戦闘機は、同滑走路を北西方向へ離陸滑走直後、前方やや東に向いた同旅客機の機首を発見し直ちに接触を避けるため回避措置を取ったが間に合わず、両機は滑走路上で衝突し、同戦闘機は炎上、同旅客機は大破して、同旅客機の乗員、乗客に死者3名、負傷者9名を出した。
イ 処分及び判決
昭和35年4月10日、名古屋地検は、指示を出した航空管制官を業務上過失致死及び航空法違反で起訴し、戦闘機操縦者については同年11月30日、起訴猶予処分とした。
昭和37年10月10日、名古屋地方裁判所は、要旨、「航空管制官が旅客機の旋回地点を誤認したため、同機の誘導路への進入退避の誤認を呼びさらに戦闘機に対し離陸支障なしという指示を与える結果となった。」「被告人が充分旅客機の動きを注視し、誘導路への進入を確認したうえで戦闘機に対し指示を与えていたならば本件事故の発生することは無かった。」「被告人が『離陸支障無し』という誤った管制指示を出したことにより、戦闘機を発進させ、よって本件事故の発生した以上、被告人の過失と結果との間に因果関係の存することは当然である。」として、航空管制官に有罪判決を下した。
(「航空事故と刑事責任」200頁 )
② 中華航空機事故
この裁判では、自機を滑走路上の自動車に衝突させた機長の責任は問われず航空管制官だけが刑事責任を問われた。判決文中で、本件では機長の責任を問う事が酷であると明示されている。
ア 事案の概要
昭和45年5月23日午前4時2分ころ、中華航空公司所属B727型旅客機が、東京国際空港C滑走路に着陸のため接地した直後、同機の車輪が同滑走路上に塗装工事のため停車していた運輸省東京航空局東京空港事務所所属の自動車の右側に接触し、同車に乗車していた同滑走路の塗装工事を監督中の同所施設部土木建築課員K(20歳)が死亡した。
イ 処分及び判決
昭和47年5月31日、東京地方検察庁は、当時管制業務に従事していた航空管制官を、「Kらに対しC滑走路から退避させることを指示し、その退避完了を確認した上で、中華航空機に対し着陸許可を指示し、もって同機と自動車の接触による危険の発生を未然に防止すべき義務があるのにそれを怠った。」として、業務上過失致死罪で起訴した。
東京地方裁判所は、昭和50年12月1日、管制官に有罪判決を下した。その判決中で、中華航空機の機長の責任について次のように述べている。
「中華航空機の着陸操作方法を標準的な状態におけるそれと対比してみると、やや粗雑であったとの感は免れ難いが、さればといって、・・・それが通常の着陸操作方法を著しく逸脱した異常なものであるとまで決めつけることは困難というべきである。」
当日の日の出は午前4時31分で未だ日の出前であり、かつ月齢は28日で、地上はなお暗かったうえ、本来航空機に対する障害灯として機能すべき被害車両屋上の黄色旋回灯も消されていたこと等に照らせば、O機長の被害車両発見が不当に遅かったとまでいうことは当たらず、」「同機長が着陸復行を試みなかったからといって、これを非難することは酷に失する。」したがって、「同機長が前方注視義務に違反し、また被害車両発見後の事故回避措置を懈怠したと断ずるについては、なお確証にかける。
(「航空事故と刑事責任」208頁 )
③ 日航ジャンボ機墜落事故
本件では、事故の7年も前にあった間違った修理こそが問題とされており、機長の責任は問題にされていない。
ア 事案の概要
昭和60年8月12日、日航所属B-747型機は、東京国際空港から大阪空港に向けて飛行中、伊豆半島南部の東岸上空に差しかかる直前の18時25分ころ、異常事態が発生し、約30分間飛行した後、18時56分ころ、群馬県多野郡上野村山中に墜落した。乗客乗員520名が死亡し、4名が重傷を負った。
イ 経過及び処分
事故原因は、昭和53年に実施された圧力隔壁修復作業時の不適切な作業によって、事故発生までの7年の間に圧力隔壁に金属疲労亀裂が発生、今回飛行時に隔壁の強度が限界に達したため、機内与圧空気圧によって爆発的に隔壁を破壊し、圧力隔壁の破壊部分から機内与圧空気が機体後部の内部に噴出、機体の後部を分離するとともに垂直安定板の大部分を内側から破壊、機体から分離させたこと等によるものと推定された。
平成元年11月22日、検察側は、処分内容を発表し過失責任は問えないとした。検察側の発表によると、ボーイング社AOGチームの作業担当者に修理ミスがあったことは明らかであるが、実際の作業者を特定することができず、また、なぜ指示どおりに作業をしなかったのかなどが不明であるため、具体的な過失の有無及びその内容を認定することができない、という。これは、アメリカでは、航空事故については原因究明が優先し何らかの過失が介在している場合でも通常刑事責任の追及は行われないため、日本の捜査に対して協力を拒否されたことが大きく影響している。
何が起きたかも分からず、ほとんど操縦不能の飛行機をやっと空中にとどめようと努力していた機長らの責任が問題にならなかったのは言う迄もない。
(「航空事故と刑事責任」168頁以下 )
この事故については、ボイスレコーダーに記録されたコックピット内の墜落直前の会話が公開されており、現在も、ユーチューブなどで聴くことが可能となっている。これを聴くと当時の乗員の必死の努力がうかがわれる。
④ 雫石空中衝突事故
ア 事案の概要
昭和46年7月30日、岩手県雫石町上空で、南下中の全日空B-727型機に、ジェットルートJ11Lに近接して臨時に設定された訓練空域で訓練機が教官機との高度差・横間隔等を適宜変化させて教官機に追従して旋回飛行する機動隊形の訓練飛行中であったF-86型戦闘機の訓練機が衝突した。両機とも墜落し、訓練生は緊急脱出により生還、旅客機の乗員乗客162名は全員死亡した。
イ 経過及び処分
教官と訓練生が起訴された。
一審裁判では教官と訓練生の両方に見張り義務違反を認めて有罪・実刑判決。
二審裁判では前方ないし教官機を注視していると全日空機を視認することは不可能であったとして訓練生は無罪とされ、教官は刑期が短縮され執行猶予がつけられた。
最高裁は、教官について破棄自判した。最高裁は教官の量刑を判断するうえで、超高速で飛行しながら訓練機に指示を与えなければならない教官の作業が非常に難度の高いものであることに理解を示し、そもそも危険な臨時の訓練空域を設定した航空自衛隊幹部の責任に言及した。その部分を抜粋する。
被告人の見張り義務を怠った過失が責められるべきではあっても、その義務履行ないしそれによる事故回避の可能性は前示のとおり極めて限られたものであるから、この義務を懈怠したことをとらえて被告人の罪責を余りに重視すべきでなく・・・、飛行訓練計画の立案、実施にあたり、航空安全対策、殊に民間機の常用飛行経路として航行頻度の高いジェットルートJ11Lの安全に対する配慮を怠った航空自衛隊当局、特に松島派遣隊幹部の責任こそ重大であるというべきであり、このような事故の発生は、右のごとき杜撰な計画をそのまま実施に移し被告人らに飛行訓練を行わせた右幹部らの怠慢を抜きにしてはとうてい考えられないところである。」(最高裁昭和58年9月22日、刑集233・1、判時1089・17)。
この最高裁の判示した松島派遣隊の過失については、全日空と国との間で争われた民事訴訟においても裁判所によって考慮され、民事訴訟の控訴審では、民事責任の割合に関し自衛隊側が2、全日空側が1とされた(東京高裁平成元年5月9日判決)。
(「航空事故と刑事責任」260頁 )
⑤日航機ニアミス事故
2001年1月に静岡県上空で、JAL907便とJAL958便がニアミスし、衝突を避けるために急降下した907便の乗客が負傷した事故について、平成16年3月30日、東京地検は、両機の管制を担当していた二名の管制官を、業務上過失傷害罪で東京地裁に在宅起訴した。907便の機長については、「過失があったとはいえない」として嫌疑不十分で不起訴処分とした。
管制官の刑事責任については、第一審裁判所は無罪としたが、控訴審では逆転有罪とされた(東京高裁平成20年4月11日判決)。管制官2名に、業務上過失傷害罪の成立を認め、執行猶予付き有罪判決とされた。
私は、こういう事故に警察が介入し、刑事手続が行われることにはあまり賛成できません。警察や検察の考えは、「この事故には犯罪が成立する。だから立件する。」というものです。それは確かにそのとおりでしょうが、現に発生した事故の刑事責任を追求する、ということ以上に、これから同種の事故が発生しないようにする、とい政策目標の方が上位にあると思うのです。そして、刑事責任の追求は、あまり事故防止に役立つとは思えないのです。刑事責任を追求されるかもしれないと思えば、関係者が真実を述べないかもしれません。それではまずいと思うのです。
⑥志摩半島上空日航機機体乱高下事件
1997年6月8日、香港啓徳空港発名古屋空港行きJAL706便MD-11が、降下中、志摩半島上空高度17,000フィート付近において、対気速度が最大運用限界速度(365ノット)を超えたため、減速措置を講じようとして、操縦輪を強く引いて自動操縦装置を解除させ、機体を数回乱高下させて、客室乗務員等に死傷の結果を負わせたとして機長が起訴された。
平成16年7月30日、名古屋地方裁判所は、機長の操作により機首上げが生じることの予見は可能であったが、機首上げによって人身事故に結びつくことまで認識可能であったとはいえないなどとして、無罪とした。
船舶事故に関する裁判例
船舶事故の場合は、海難審判手続によって海難の原因が探求される。海難審判においても、事故の責任全てを船長に押しつけることはなく、事故にいたるメカニズムを慎重に検討して結論を下している。
機船第六関丸汽船満珠丸衝突事件(昭和26年9月27日高審裁決)
この事故では、第六関丸の定期検査及び修理を請け負った造船会社の業務上の過失によって高速力試運転中に操舵不能となったことが事故の原因とされ、第六関丸の船長と一等航海士の責任は問われていない 。
汽船洞爺丸遭難事件(昭和34年2月9日高審裁決)
この事故では、台風が通過し去ったとは認められない荒天下に出航した船長の過失が認められたが、同時に、洞爺丸船尾に車両輸送のための大開口を有しそこから浸水したという船体構造の点、及び現実に航海が可能な限り運航を継続していたという青函連絡船の運航管理が適当でなかったことも事故の一因であるとされた。
(以上 海難審判の実務 188頁 成山堂書店)
5) これらの判例・先例を読めば分かるように、第三者の過失が関与して航空機事故が発生した場合に、その事故の責任全てを機長(操縦者)一人に押しつけた例はない。事故が起きた場合まず操縦者の過失が注目されがちであるが、そうはせずに事故の発生に至ったメカニズムを慎重に検討し、航空管制官や航空機の整備を行った者、さらには危険な飛行訓練計画を設定した自衛隊幹部の責任などが追及されている。
法律の世界において、「航空機事故が発生した場合は全て飛行を決断した機長の責任である。」という扱いはされていない。事故をもたらした責任のある者がその事故の法的責任を負うという社会一般の法理がそのまま適用される。パラグライダー、ハンググライダーにおいても同様である。
「自己責任」だけで単純に処理することができるのは、第三者の行為が関係しない事故に限られる。第三者の行為が関係した場合には、第三者の故意・過失を判断したうえでなければ、「自己責任」で済ますことはできない。
「自己責任」に言及した裁判例
「また、パラグライダーのような危険を伴うスポーツについては、もともと参加者自身において、適切な訓練を受け、インストラクターの指示に従い、自己の技量にかなった方法で行なうべきものであり、それでも避け得ない事故については、本来自己責任に委ねられるというべきである。」(広島地裁平成6年3月29日判決 判例時報1506号 133頁)。
この判決は、「事故は全てパイロットの自己責任であるという論」を認めたものではない。「自己責任」に委ねられる前提として、「適切な訓練」「インストラクターの指示」「それでも避け得ない」などの限定がかかっており、インストラクターに過失があれば責任を負担することがあることを当然の前提としている。
パラグライダー業界関係者から、「航空業界では、いかなる事故でも全てパイロットの自己責任である。」という主張がなされることがあるが、これは法的にみて明白な誤りである。このような意見を主張することは自由であるが、誤った考え方を信じて行動した者が裁判所によって救済されることはないことに注意すべきである。
「パイロットの自己責任」は、スカイスポーツをする者の「心構え」にすぎない。私も、「心構え」としては当然のことと思うし、この点は、パイロットの間にほとんど反対意見はないのではないか。しかし、心構えと法的責任とは別なのである。下記の判決を参照されたい。
競技中の事故と主催者の責任に関する裁判例
平成10年5月3日、富士スピードウェーで発生した競技(全日本富士GTレース大会)中の事故について、事故により負傷したドライバーが、競技長、競技主催者、競技主催者兼プロモーター、競技の公認機構(JAF)を訴えた訴訟について、平成15年10月29日、東京地方裁判所は主催者などの責任を認める判決を下した。これは新聞に大きく報道されたのでご承知の方も多いと思う。
この判決は、ハンググライダー、パラグライダーなどの競技中に発生した事故における法的責任を考えるうえでも参考になると思われるので、判決の理由の一部を抜粋して紹介する。
(判例時報 1843号 8頁)
事故の概要
当日の天候は一時間5ミリ程度の雨、ただし、前夜からの雨で平坦なホームストレート上にはかなりの量の水が溜まっていた。フォーメーションラップが開始され、コースを一周し、先導車はシケイン通過後一定の割合で加速して最終コーナー、ホームストレートに進入した。先導車の速度はコナミブリッジ当たりで時速150キロに達し、その後減速した。
路面に水が溜まった状態で競技車両が高速走行すると、車両の高速走行安定装置が水を巻き上げるため、ウォータースクリーンが形成される。ウォータースクリーンは水しぶきが上がるのとは異なり水滴が霧状となって空気中にとどまるので、車両が通過してもすぐに消えることはない。競技車両の速度が100㎞を超えるとウォータースクリーンが激しくなり極端に視界が悪化する。
まず、原告の前を走るクラス上の競技車の車両どうしが衝突する第一事故が発生した。
原告は、シケイン通過後、前を走るクラスが上の競技車が強く加速していったため、追走して加速した。原告がホームストレートに入ると激しいウォータースクリーンが形成されており、直前の競技車のテールランプがかすかに見えるばかりであった。原告は隊列を整えて遅れずに走行するため、アクセルを全開に近く踏み込み走行していた。原告車の前方に5台の競技車が集団となって走行しており減速態勢に入っていたが、原告は激しいウォータースクリーンに視界を遮られて5台の集団に気づくのが遅れ、集団との接触を避けるために一旦はコース右側に回避しようとしたが競技者がいたので直ちに左方向へ進行しようとしてスピン状態に陥り、第一事故を起こした車両に衝突し、その後炎を上げながらコースを横切り、コースイン側に停車した。
1フォーメーションラップ中の競技長の責任について
「競技長は、・・・競技車両が安全に走行できるよう、天候や路面状況及び競技車両の速度を含む走行状況を的確に把握し、状況に応じて先導車の走行方法及び速度等を適切に指示し、競技車両に危険を生じさせないように先導車を走行させる義務を負う。・・・
競技長である○○としては、本件レース時の視界不良の状況下において、先導車がホームストレートを高速で走行した場合、シケイン通過後、ホームストレートに進入しようとする後続の競技車両は、前方の競技車両に追従するために加速を強いられて相当の高速度に達し、スターティンググリッドの位置によっては、前の競技車両の視認が困難になるほど車間距離が開いたままの走行を余儀なくされる事態もあり得ることを予見し、かかる事態を回避するため、先導車に減速を指示すべきであったのにこれを怠り、漫然先導車が時速150㎞で走行するのを放置した過失があり、この過失と本件事故発生との間には因果関係が認められる。」
2 主催者の責任について
「原告は、国内競技規則・大会特別規則等に基づいて本件レースについて参加申請し、主催者はこれを受理したこと及び前記・・・に判示したところからすると、主催者らと原告との間には、本件レースの実施ないし参加にあたり、相互に国際スポーツ法典等のレギュレーションの規定に従う旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立し、主催者は、本件合意の内容として、競技参加者及び競技車両の安全を確保すべき義務を負い、安全確保義務の一内容として、競技長をして、後続競技車両の安全走行を可能ならしめるように先導車を走行させる義務を負うというべきである。
しかし、前記・・・記載のとおり、主催者は、上記義務に違反し、競技長をして、先導車を適切に走行させる義務を尽くさず、本件事故を発生させた。
したがって、主催者である被告富士スピードウェイ、同バイシック及び同フィスコは、原告に対し、安全確保義務違反に基づく損害賠償義務を負うというべきである。」
3 被告JAFの債務不履行責任について
「・・・被告JAFが競技会参加者たる原告に対してライセンスを発給する行為は、被告JAFが、FIAによって日本で唯一の自動車競技権能者として公認された者として、原告に対し、国際スポーツ法典等に規定された競技会に参加する資格資格がある者として登録したことを証明する行為にすぎないものであり、被告JAFは、これを超えて、原告が参加する個々の自動車競技会について、原告の安全を確保すべく主催者らを監督する義務を負うものではないというべきである。
原告は、被告JAFが絶大な権限を有する公認機構であり、競技規則上も個々の競技会の運営について最高権能を有し、その安全を維持する権限を有し義務を負うことなどから、被告JAFが競技参加者・運転手に対し主催者を監督して競技会を安全に運営する責務を負うと主張するが、被告JAFが競技会について監督権を有するとしても、被告JAFが本件レースに大会審査委員会に委員長及び委員各1名(その権限は本件レースの組織や運営には直接及ばない)を派遣したこと以外に本件レースの組織やその運営に直接関与したことを認めるに足りる証拠はなく、上記ライセンス発給行為の性質も考慮すれば、原告主張の事実のみでは、被告JAFが原告との関係で主催者を監督して原告の安全を確保する義務を負うとする根拠としては十分ではないというべきである。」
4 誓約書の効力について
・・・原告は、本件レースに参加する際、競技参加に関連して起こった事故について、決して主催者らに損害賠償を請求しないことを誓約し、このことは事故が主催者または大会関係役員の手違いなどに起因した場合でも変わらない旨の記載のある本件誓約書に署名し、大会組織委員長に差し入れたこと、同誓約書を提出しない限り、ドライバーとして競技会に参加できないことが認められる。
しかし、主催者らは、自動車レースによって経済的な利益を取得しながら、一方でレースに参加するドライバーに対し、上記内容の誓約書の差し入れを義務付けているのであって、自動車レースはドライバーがいなてくは興行として成立しない以上、同誓約書の効力を文字とおり認めた場合には、主催者は、ドライバーの安全屁の配慮を故意または過失によって怠り、その結果、重大な結果を伴う事故が生じた場合でも、経済的利益は取得しつつ、一切責任は負わないという結果を容認することとなり、これが著しく不当、不公平であることは明らかである。このように、自動車レースに参加するために提出を義務付けられ、これを提出しない限り自動車レースに参加できないという性質の本件誓約書は、主催者らが参加者を本件誓約書の提出、不提出によってレースへの参加を選別できるという意味において、レース参加希望者のレース参加の自由を不当に制約し、主催者らの一方的優位を背景にレース参加希望者に提出を義務付けた文書というべきであるから、本件誓約書のうち、主催者らの故意・過失にかかわらず損害賠償を請求できないとの部分は、レース参加希望者に一方的に不利益を課すものであり、社会的相当性を欠き公序良俗に反し無効というべきである。
5 自己責任の主張について
被告らは、本件誓約書に関連して、レース参加者の自己責任を強調し、原告らは本件請求にかかる実体法上の請求権を事前に放棄したなどと主張する。もとより、自動車レースは、参加するドライバーの生命、身体に対する危険を伴うことば自明の事柄であるから、同誓約書を提出して参加するドライバーは、かかる危険自体は承知していると判断すべきである。しかし、かかる危険を承知で上記誓約書を提出してレースに参加するドライバーは、主催者らのコース設定、先導車による適切な先導及び適時適切な消火救護等に対する信頼を前提に、主催者らの無過失・不可抗力による事故の発生について自己責任を認識しているにすぎないというべきであって、これを超えて、主催者ら競技関係者の故意・過失に基づいて発生した事故についてまで、レースに参加するドライバーにおいて、損害賠償請求権を放棄する意思を有しているとみなし、その放棄の効力をそのまま認め剃ることが相当でないことは、上記判示のとおりであるから、被告らの自己責任の主張は、その限度で失当である。」