私の授業日誌より
『<音列>を使った数学教材の試み』
三崎吉剛
東京都立八王子盲学校 高等部普通科 数学科
はじめに
点字使用の生徒にとって数学の授業は<2つの大きな困難>がある。1つは、点字の数
学の記号と墨字のものとが異なり、墨字で行うような「筆算」を困難にし過度に暗算
に頼ることになることだ。暗算は、それを習熟したものには便利であるが、それでも
以下のような教材では効力を発揮できない。
また、点字になっている数学の教材や読み物が極めて少なく、教科書やわずかな参考
書以外生徒が数学に触れることが困難である。多くの高校で行っているような生徒の
実態に合わせた「自主教材」による授業が事実上できない。
以上の2つの困難は、学力的に優れない生徒たちにとっては極めて重荷になる。今年
度は高等部のあるグループで、教科書として志賀浩二著『数の生まれる物語』(岩波
)の点訳本を使用してみることとした。この本は高校生を含む大人に対して、数学に
再入門し、深い理解を追求する内容となっている。
この本を扱う中で、「循環小数」のテーマのときに表題にあるような音列によって数
列を解析できないだろうか、ということを思いついた。
生徒は、とても興味を示し、以下にあるように自分で家に帰り、「素因数分解」をし
たり循環節を調べたりしていた。
まだ試行段階の教材であるが、自分の経験を振り返る意味で以下にインターネット上
の視覚障害関係のメーリングリスト(電子メールの同報システム)に送った「数学授
業日誌」を整理し経過を書いてみたい。
こうした授業が可能だったのはインターネット上や数学の電子会議室の参加者より多
く専門的アドバイスを受けたことによるものであることを明記しておく。
また、以下にある円周率の音楽は多くの方に配信され、現在は滋賀県立盲学校のホー
ムページ(http://shigapref-sb.ed.jp/)に掲載され聞くことができるように
なっている。
きっかけ
○97/11/13 循環小数の点字
数学の授業で有限小数と循環小数を教えました。そのときに、実際に分数を小数に直
すとどのようになるかという点字の数表が欲しくなりました。
UBASIC(数学者木田氏の作った数学研究用BASIC)というフリーの有効桁数2400桁の
整数および実数の計算ができるソフトを使用してみました[1][2]。
これで例えば1/7を計算してその結果をファイルに落とし、EXTRA(機械点訳ソフト
)で変換したのです。
画面出力をファイルに落とすのは、UBASICでできるようになっています。生徒には1
/2から1/100までの120桁の小数の表を渡し法則性を見つけることをしました。
好評でしたので、今晩円周率のデータを作って明日点字で渡してみようと思っていま
す。
97/11/14 小数と音と円周率
1/2から1/100までの循環小数の<循環節>というのを調べさせました。
昨日書いた方法で100桁ほどの小数にして、どのようになっているかを調べていった
のです。
そのときに、「小数を構成しているそれぞれの数(0から9)に音(音色、あるいはリ
ズム、和声など)を貼り付けてみようと思っているが‥‥」ということを話したとこ
ろ、ある生徒が自分が家でレコンポーザ(音声読上げソフトでも使えるシンセサイザ
ーソフト)を使って作ってみようということを言ってきました。
月曜日には聞けると思います。
うまく音を各数字に貼り付ければ、パターンが見えるかもしれませんね・・・
1学期に東京工業大学の大野先生のところでインターネットゲートウェイのトラフィ
ック状態(ある通過地点から見たインターネットのさまざまな利用状態のこと)をサ
ウンドで調べる方法について紹介していただきました注)。
また、映画「コンタクト」では全盲の科学者が宇宙からの電波のパターンを耳で聞い
てデータを<分離>することをしていました。
これは映画ですが、実際に全盲の電波天文学者が米国にはいて、そのようにして研究
をしていると聞いています。
さらに、先日WWWに「円周率の音楽」というものがあることを見つけました。
円周率の各数字に「音」をつけ曲にして聞かせているページです。
こんなことが上記のことを考える元となっています。
生徒から、円周率が見たい、という希望がありましたので、授業の終わりにおよ2400
桁ほどの円周率を点字にしてたものを渡しました。
これは、UBASICといわれるものに組み込まれている定数をEXTRA(機械点訳ソフト)
で点字に変えるものです。
もし、こうした点字の円周率表や循環小数の表が欲しいという方がいらしゃいました
らメールをください。また電子的データでよければメールで送ります。
円周率には著作権はないですので、問題なく送信できますね!
助っ人登場
97/11/16 数が歌う
昨日、高原蘭堂氏が循環小数などを歌わせるソフトを用意してくれました。これは、
小数などのデータをSED(データをいろいろまとめて変換するソフト)というフィル
タソフトでRANPYという演奏ソフトのデータに変換して演奏するものです。
RANPYは98用のBEEP音を使チた高原氏によるフリーソフトです。
SEDの変換用スクリプトや自動実行するためのバッチファイルも用意してくださいま
した。
今朝、1/7と1/19、それに円周率を歌わせました。
循環小数は歌わせると循環していることがわかりそうです。
おもしろいです。
高原蘭堂さん、ありがとうございます。
生徒の作品登場
97/11/17 生徒の作品
今朝のホームルームで、高原氏提供のソフトによる「循環小数の曲」を聞きました。
ある生徒が「それならもっとすごいのがある!」と言ってカセットテープレコーダー
を出して再生を始めました。
点字のメモを読みながら「これは何分の1と何分の1を重ねた曲です…」などと解説し
ていました。
レコンポーザによる音は迫力がありました。
明日にでも生徒たちにWWWにある「円周率の曲」を聞かせてあげようと思います。
97/11/18 有理数とパイの音楽
本日の数学の授業で、Webにある「円周率パイは神の調べ」を聞きました。ある生徒
はテープレコーダーを持ってきて録音していました。
そのあとで、高原氏の用意してくださったソフトの操作方法を生徒に教えました。家
で「自習」をするための準備です。
明日は「分母」の素因数分解をするUBASICのプログラムを教えて、今日のものといっ
しょにして、<連休の課題>にしようかな、と思います。ところで、上記の生徒はも
うひとりの生徒といっしょに数字を音楽にすることに興味を持ったようで、自分や友
達の電話番号で音楽を作っていました。
授業で聞いたπの音楽は
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/haselic
でしたが、私が前に聞いたのは実はこれではなかったのです。
www.netlaputa.or.jp/~s-taka/ homepage-j.html
にあるものでした。
さて、今日は実は校内公開授業でしたが、円周率や循環小数で頭がいっぱいですっか
り忘れていました。
教室に入ってきた小学部の教員に「なんでいるの?」なんて聞いてしまいました‥‥
私は研究研修部の代表をしているのになんということだ‥‥!!!
97/12/01 旋法上の円周率音楽
昨夜全盲のプロミュージシャンである高原蘭堂氏より円周率の音楽が送られてきまし
た。
これは、いろいろな「旋法」(沖縄旋法などなど)にそって円周率の各桁の数値を聴
覚化したものです。
リズムや音色の変化もついています。9曲くらいあります。
本日生徒たちに聞かせようと思います。
配布できますので、欲しい方は私までメールをください。データはMIDIです。
数学電子会議室などからのアドバイス
97/12/14 正規乱数音楽
都内の盲学校の数学の教員をしています。
さて、生徒への数学の指導がきっかけで、以下のような「円周率の音楽」を高原氏と
いう全盲のミュージシャンに作っていただいて配布しています(MIDIファイルです。
欲しい方は遠慮なくメールをください)。
以下に高原氏のドキュメントを掲載します。
0から9、10個の数字にそれぞれ音程を当てはめ、それら数字の並びぐあいを音程の上
がり下がりでわかるよう、リズムパートをも付け音楽的に処理してみました。
パイ(円周率)の小数点第961桁までを取り上げてみました。
1はド、2はレ、3はミ・・・0は低いソです。これだけのことでしたらとてもわかりや
すいです。ハーモニカや大正琴の教則本などにはこれに似たことが記述してあるそう
です。
そこで、PI1.MIDが、まさにそれそのものです。
PI2.MIDからPI9.MIDまでは、それぞれの音楽ジャンルに用いる旋法(モード)に当て
はめたもになっています。
PI2.MIDは、「みやこぶし」と呼ばれる邦楽の隠旋法
PI3.MIDは、沖縄民謡旋法
PI4.MIDは、ジャズのマイナーモード
PI5.MIDは、アメリカのカントリーウェスタン風
PI6.MIDは、インドの古典的旋法
PI7.MIDは、悪魔の音階と呼ばれるアラビア音列
PI8.MIDは、中南米のフォルクローレ風
PI9.MIDは、ヘビーメタルのロック音楽風
というようにしてみました。
芸術的センスでアレンジをし、音楽的にまとめあげてもいいのですが、大自然界の「
円周率」がゆえ、メロディー重視ということで、その旋律とリズムとだけにとどめて
おきました。
製作 高原蘭堂
これを聞いたある方が、円周率は一様乱数と見なして良いからこのように極端な動き
がなくまとまった感じがするんだ、と書いていました。
そして、正規乱数であればもっとまとまった音列になるだろう、と言ってきました。
そこで、UBASICの疑似乱数で0から9までの(疑似)一様乱数列を生成して以下のプロ
グラムで0から9までの平均5標準偏差1の(離散?)正規乱数列のようなものを作って
みました。
10 randomize
20 for T=1to l00
30 for k=1 to 12
40 R=R+rnd
50 next K
60 Y=5+(R‐6)
70 if Y<0 or Y>10 then goto 90
80 print round(Y);
90 R=0
100 next T
「中心極限定理」の応用ですが、実際にはJ. ニーバージェルト他『数学問題へのコ
ンピュータアプローチ』(培風館)の163ページから165ページを参考にしました。K
が12までなのはこの本をヒントにしています。よろしくお願いします。
うまくいけば全盲の生徒達にガウス分布の「音楽」と一様分布の「音楽」を比較して
聞いてもらうことができると思っています。
97/12/18、N進円周率音楽
Sさん、コメントありかとうございます。
株価、円高、ブラウン運動など音にしてみると生徒たちが喜ぶかもしれませんね!
ところで、高原間堂氏が一様乱数と正規乱数のMIDIデータを作るソフトを用意してく
ださいました。
これは乱数データ→MML(ミュージカルマクロランゲージ、音列のテキストデータ)
→MIDIデータという変換を行うソフトを用意してくださったということです。
MIDIデータへの変換へはMUCというフリーソフトを利用しています。一様乱数という
数列からできる曲がデタラメな音列に聞こえないのが不思議です。正規乱数のほうか
らできる音列はもっとまとまった「歌曲」のような感じです。生徒たちに今日聞いて
もらおうと思います。
このソフトは近いうちに提供できると思います。
また乱数音楽のMIDIデータや元の乱数データでしたら音の数学教材としていつでも提
供いたします。
以上のように、まだまだ、生徒たちと数列の音楽などで盛り上がっているのです。円
周率の音楽の音域が制限されているのは0から9までの数字に音が対応しているからで
す。
これは、10進法という表現を使用しているからです。
たとえば24進法であれば24の音を使用できます。
数学関係の電子会議室でこのことについて貴重なアドバイスをいただきましたので、
N進円周率の音楽というのが用意できそうです。
これで生徒たちにN進法への興味を持ってもらえるかもしれません。
〜「はちもうの実践 No.20」(平成10年3月 都立八王子盲)より〜
参考文献
[1] 木田祐司、牧野潔夫「UBASICによるコンピュータ整数論(UBASICディスク付)」
日本評論社
[2] 木田祐司「UBASIC86ユーザーズマニュアル」日本評論
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