坂本龍一 vs 矢野顕子 (愛がなくちゃね 対談)1982


最近は、松任谷正隆・由美 山下達郎・竹内まりやなど、夫婦ともに活躍するミュージシャンが
多くなったが、今回登場するのは、”め・で・た・く”入籍した坂本龍一・矢野顕子夫妻。
ロンドンレコーディングを含む矢野顕子のLP「愛がなくちゃね」(1982/6/25発売)の
共同プロデュースを終えた二人に、レコードのこと、家庭のことなどを、あれこれ語ってもらった。
まずは、ジャパンのスティーヴ・ジャンセンとミック・カーン デヴィット・シルビアンが参加した
LPのレコーディングの話からスタートしよう


                                    
★ ロンドン新譜録音模様は?・・ お母さんのように慕われて・・・


矢野
ジャパンのスティーブ・ジャンセンのドラムが好きで、いっしょにやりたかったのと、
エア・スタジオのエンジニアのスティーブ・ナイ(ジャパンや坂本龍一のLPに参加)
を使いたかったので、ロンドンに行ったのね。

坂本
最初、半分はジャパンのメンバーとやって、半分は ディーボ のメンバーとやりたかったんだけど、
ディーボはツアー中でスケジュールが合わなくて、結局ロンドンに行ったわけ。

矢野
エア・スタジオで困ったのは、ピアノのチューニングが違ってたことね。

坂本
クッキリしてるのね。音の”うなり” がない。

矢野
いくら弾いても、いい気持ちにならないんだもん。

坂本
定規で計ったみたいなチューニングだね。
録音も一つ一つの作業にかける時間が長いんだ。
その代わり、日本の何倍も丁寧だけどね。

矢野
まあね。ていねい過ぎて結構頭にきて、スティーブ・ナイとよくケンカしたわ。
あくもでも優れたエンジニアであることを認めたうえでの話だけどね。
スティーブ・ジャンセンはとってもいい子だった。

坂本
まるで子供扱いだね。

矢野
そうでもないけど。みんな若いから、ふっと、自分の子供をしかってるみたいな
気になったこともあった、たしかに。

坂本
カンペキに慕われちゃったね。”お母さん”て(笑)

矢野
私の音楽は、彼らが今までやってきた音楽とは完全に違う種類の音楽だから、
彼ら自身も”非常に勉強になった”と言ってたよ。

坂本
最初は当惑してたね。一小節の中で、コードが二つも変わるような音楽は、
やったことがない人たちだから。”そういうのは、アメリカン・ミュージックだ”
と言って、ゴネてたけど、結局、よくやってくれた。

矢野
よかったのは、彼らの演奏に、借り物のフレーズがひとつもなかったことね。
特にスティーブは発展途上の青年だからさ。何でも いっしょうけんめい 取り組む
真摯(しんし)な態度が胸を打ちました。レコーディング中に、デビット・シルビアン
とかが、たくさん見学に来たわね。

坂本
世界で一番すすんでいるらしい日本のミュージシャンがやってることを、ジーッと
探索にくるのね。

矢野
英語の歌詞についていろいろ意見を言ってくれたのは参考になったわ。
文法は私の方が勝ったけどね。イギリス人に英語の未来形を教えた(笑)。
ほんと、未来形を知らなかった人たちなんだから・・・


★★ 夫婦共同でプロデュース  出し具合と折れ具合がポイント

今回のLPは、自作曲の異色のハネムーン・ソングばかりでなく、
加藤和彦・高橋悠治といった人たちの異色作を収録。しかもレコードだけで
1800円、レコードを収納できる24ページのカラー写真集が1000円(それぞれ別売り)
とうい異色スタイルの発売。また、今年後半には型破りなコンサートも計画中。
いつもなにかしら新しいことに挑戦していくのが、このコンビの発想のようだ。


矢野
加藤和彦さんのフォーク・クルセダース時代の作品「悲しくてやりきれない」は、
前から好きな曲で、今回いいアレンジができたから入れたし、高橋悠治さんの曲は、
偶然2曲入れることになったんです。「みちでばったり」という曲は・・・。

坂本
12歳で自殺した少年が残していた詩に、高橋悠治が曲をつけたもので、
ぼくが彼女に教えたんです。

矢野
ハイハイ、そうですね。

坂本
すぐ取るんだから(笑)

矢野
そんな・・・ バクロしていいの(笑)「グット・ナイト」はシチズンのCMに
使われていた音楽が気に入って、調べたら高橋悠治さんの曲だった。

坂本
ぼくがヒアリングして採譜したんですよ、この曲は。

矢野
こればっか(笑)
大きい文字で書いてもらいなさいね。”ぼくが採りました”って(笑)。
「ニュー・ウエディング・ソング」は、前から考えてた曲で、結婚の歌というと
「ハワイアン・ウエディング・ソング」のような名曲がいろいろあるけど、
それとは違って、結婚すると子供の養育費が大変だとか、
ローンで首が回らなくなるとか、姑と嫁の確執とか、そういうウエディング・ソングなの。
よーく聴くと、実はフカいのね。

坂本
アルバムには、糸井重里と3人で対談して、編集した声を入れてあるんです。

矢野
ウニュムニュ・・・としてて何言ってるか聞こえないけど。

坂本
歌手がプロデュースもやるというのは、とても負担が大きい。だから、スタジオ内の
イニシァティヴは、ぼくがとったほうがやりやすいという分担はあったね。

矢野
今まで以上に、プロデュースの仕事をしなかった。押し付けるつもりじゃないけど、
最初にやりたいことが決まってたから、まかせやすかったし、
”キミ”がやったのを、後からチェックするスタイルが多かった。

坂本
歌とピアノで100%近く音楽になちゃってる人だから、そこにドラムやベースや
シンセを入れるのは、ひょっとしたら余計なことをやってるのかもしれないし・・・

矢野
本質的にはそうよォ(笑)

坂本
でも、それがあったほうが、本人もぼくたちもまた違う楽しみ方が出来るから
やってるんだと思う。
そこで自分の好きな音を入れようと思うと、ピアノを取っぱらいたくなることがある。
それくらい、あなたのピアノって支配する力が大きいのね。
ぼくが遊べる領分がないんだもの(笑)

矢野
でも、それは、曲にもよるはね。リズム・セクションの録音をしてるときに、
この曲はピアノがいらないな、と思うこともあるし・・・
そういうところの折れ具合とか出し具合とかが、共同作業のおもしろいところであり、
つらいところね。充分に遊ばせてあげたんですけど。

坂本
アハハハ

矢野
これからのコンサートだけどね。私の場合、どこかの公民館で100人くらい人が集まったところで、
ピアノを弾きながら歌ってそれで完結する、というのが基本のスタイルなの。

坂本
高橋悠治のマネだ(笑)

矢野
マネじゃないよォ。昔からの夢だったんだから。今年、やりますから。
あっ これ、もうプロモーションなんです。(笑)公民館でも農業高校でも・・・

坂本
山村工作隊だね(笑)

矢野
ライブハウスじゃなくてさ、八百屋のおばさんが ”なに なに?”って、のぞけるような。

坂本
田舎だと、おじいちゃんもおばあちゃんも来てくれるのがうれしいね。

矢野
ハガキを送ってもらうわけ。日本地図を印刷してレコードの中に入れといて、
”わたしはココです。来てください”というのを送ってもらう。
私をほんとにナマで見たいと思った人ならだれでもよくて、
その人に会いに行くという形でできれば、 最高ね。
すごい贅沢なコンサートです。ピアノをしょってどっこいしょ出前コンサート、という名前でね。
子供が学校に行ってるもんだから、大掛かりなツアーができない。だから土日にかけて
身一つで行けるところへ行ってみようと思ってます。


★★★ 独占記者会見風入籍報告  一応亭主関白と糟糠の妻で・・・

入籍したとたんに、女性週刊誌などに、あることないこと書かれて困ったと言う2人だが、
それならいっそのこと、ご当人たちの口から、そのあたりの話をしてもらおうと・・・
いってみれば独占記者会見ふうに・・・


矢野
最近わりと”あっこちゃんおめでと”というファンレターをもらうんだけど、”お母さんから、
あんたの好きな矢野顕子の入籍という記事が女性週刊誌に出てるよ。どうせこんなのは、子供の都合を
考えないひどい人だから、ファンになるのやめときなさいと言われた”なんてのもあったけどね。

坂本
女性誌なんかは、取材もせずに、勝手に書いちゃうところがあるからね。

矢野
芸能人みたいに芝居するのも面白いわね。うっすら涙を浮かべて、記者会見したりして(笑)
でも、キミ、もう1回ヒット出さなきゃだめだよ。
「いけないルージュマジック」はもう終わっちゃったんだから(笑)

坂本
弱ったね(笑)次は何をやればいいの。

矢野
近藤真彦(マッチ)かなんか(笑)

坂本
3月4日にまとめてテレビにでたら、そのテレビを見てファンになった、
というファンレターが3分の2以上。
”YMOの名前は知ってたけど、教授がいたとは知らなかった、陰気なオジンのバンドだと思っていた”
なんて書いてある。

矢野
すごいわね。テレビの力って強いんだね。3ヶ月くらいすると、ファンが熱中する対象はもう
変わっちゃってる。そういうところを自分の仕事のベースにしちゃうと、、完全にペースが狂っちゃうよ。


__ 家で曲を作るときに、子供の世話なんかはどちらが


矢野
曲を作るために、環境を整えたことは一度もないです。
だから、そのとき周りにある要因すべてが作品にかぶさってくるね。前の「ただいま」のLPのときは、
朝7時に起きてご飯を作ったりとか、5時に子供を保育園に迎えに行ったりといった生活を、
レコーディングと並行してやったの。かなりしんどかったけど、やろうと思えばできる。
詩を書くとか、曲の構成を完成させる時には、子供が寝てからやるようにしてるけど。

__ 教授は家事もするの?

坂本
やりますッ。

矢野
わたしは、まだ見たことないですね。(笑)お茶を入れたのが、昔、1、2度あったかなという程度で(笑)

坂本
整理整頓はキッチリ。

矢野
あんまり、そいうのも見ないですね(笑)わたしも似たようなものだけど(笑)

坂本
ぼくも、レコードの整理くらいは・・・(笑)

__ 入籍してから変わったことってありますか?

坂本・矢野

さあね〜え・・・。

矢野
あっ そうだァ。お金をくれるようになった。

坂本
それは大きなことじゃないですか(笑)。さっきから、心の中で”言え、言え”って思ってたの(笑)

矢野
あら、そーすると、これを読んだ人が ”坂本龍一は、あんなに稼いでいるように見えて、いままで
一銭も出してなかったのか、ヒデエやつだ。あんな人のファンになるのはやめなさい”なんて思われるよ(笑)

坂本
一応ケジメはキッチリと

矢野
ふぅ〜ん(笑)

坂本
亭主関白じゃなくて、言いなりだから。

矢野
そういうこと言うと、みんな信じるじゃない(笑)
亭主関白と糟糠の妻ですよ(笑)

__ 二人がはじめて会ったのはいつ頃?

坂本
細野さんが「泰安洋行」のLPを出したときに、横浜の中華街でコンサートをやったのね。
その時が、はじめてだったかな。

矢野
わたしは、アレンジをキチッと決めて弾くのが好きだったんだけど。いっしょに演奏すると、
のべつまくなしに変なフレーズを入れてくるの。

坂本
そのころは、ジャズやフィージョンをやってたから、決まりきったフレーズが嫌いで。

矢野
もう うるさくて(笑)

坂本
アドリブをいっぱい。

矢野
ステージが狭くて、弾く楽器を入れ替えるときに、すれ違うと、なんか匂うじゃない。
すごく格好が汚かったし。

坂本
アッハハハ。ウッソー

矢野
そうよ。だからわたし、背中が触れ合うのもいやでさあ(笑)。
食事で円卓の隣に座ったときも、なるべく見ないようにしてたのよん(笑)

坂本
ご愛想でニコニコしてたじゃない(笑)。だから気があるのかと・・・

矢野
まあ なんてことを(笑)。

坂本
若かったからね。

矢野
わたしのステージで、いっしょにやりだしたのは、「ト・キ・メ・キ」というLPを出した後ね。

坂本
YMOができたのと同時くらいかな。

矢野
わたしのステージで、サイド・キーボードが必要になって、誰かいないかなと、細野さんに相談したら
”Y M O はどうですか”って・・・。

坂本
YMOは、最初、売れないバンドだったからね。

矢野
”バックやってくれてる人は、YMOといって、今度LP出すから、お金が余ったら買ってあげてください”
なんて、コンサートで紹介してたものね。(笑)。
それまで、キーボードの人に入ってもらうのは、好きじゃなかったの。気にくわない演奏されると、
靴脱いでブン殴ってやろうかという衝動にかられるの。(笑)キミの場合は幸い
そのような目にはあってない。それに近いことはあったけれどね(笑)

坂本
よく言うよ(笑)よくフォローしてあげたよ。

矢野
ハイハイ。それも記事に書いてもらいなさいね(笑)。大きい字で。
でも写真は、わたしのほうを大きくしてくださいね(笑)。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

対談後「主婦業がこんなに面白いものだとは思わなかった」ともらしていた矢野顕子。
YMOといっしょに難しい音楽をやってる天才少女といったこれまでのイメージばかりでなく、
これからは、人間味豊かな母親歌手としての彼女もクローズ・アップされそうだ。
坂本龍一・矢野顕子夫妻のコンビの自由な発想に、これからも大いに期待したい。

             
                          構成・文/ 北中正和
                         
                          小学館 FMレコパル 1982/6/7号

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管理者 

以前 某HPに 私がText投稿したものですが、リクエストがあったので 掲載します。

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