|
気がつくと、目の前のスクリーンには、暗い空間が映っていた。ぽつんぽつんとまばらに浮かぶ白い点は、遠くの恒星だろう。よく生きていたものだ。我ながら、悪運の強い奴だと思った。 どうやら、マフローヴァでの戦闘の際に、突如起こった時空の擾乱に巻き込まれたらしい。らしいというのは、前方からぐわっと来た衝撃で、半ば意識が飛んでいたからだ。 第4ゲートの暴走を告げるピアの緊迫した声。逃げろというユーディの叫び。亜空間を開いたというロゴスからの通信が、たぶん気絶する直前の記憶。 オンボロではあるが、愛機であるモナドの戦闘機は、パイロットが気絶しても、しっかり亜空間から通常空間に浮上させてくれた。これがマシマ製だったら、とてもこうはいかない。 強張った指を何度も開閉し、耐熱服の前を開き、内臓に異常がないか触診する。パイロットは薬で内臓の痛覚が抑えられているからだ 身体に異常がないことを確かめ安堵したとたん、そう喜んでいてはいられない状況に気がつく。たったひとりで、宇宙空間の迷子になってしまったのだ。とにかくシステムの総チェック、現在地の認定、緊急信号の発信。ああ、水と食料の確認も。 スクリーンの下から黒いパネルを引き出す。両手をあて、精神を集中。アクセス開始。 すぐに大量の情報が意識に押し寄せてきた。 動力系は問題ない。生命維持機能も正常。だが、船外のセンサーから送られてくるデータの信頼度が落ちている。これはかなり問題がデカい。すぐに原因を究明し修復するように指示する。 重力レンズを展開する。現在地認定を指示。かなり長い間かかって出てきた答えは、現在地認定不能。モナドの星図データにも乗っていない、とんでもない辺境に迷いこんだのか。酸素と水はリサイクルすれば何とかなるが、食料はわずか50日分。とにかく何処か居住可能な場所を探して、そこで救援を待つほかはないだろう。 溜息をひとつつき、腹をくくっている間に、検知システムはスクリーンにひとつの惑星を表示した。ここから150日足らず。驚くほどの近さだ。やはり私は強運らしい。 大きさは、生まれ故郷のハサラと同じくらいの周囲3万5000q。自転周期と公転周期にはエラーが表示されている。ああ、船外センサーだけではなく、重力レンズの検知までやられているなんて・・・。やれやれ、第4ゲートはどういう暴走をしたんだろうな。 推定重力0.92G。平均気温14.5℃。大気は標準値に比べてやや二酸化炭素が多いが、問題になる程ではない。海洋と大陸。陸上に葉緑素を持った生命体の反応あり。森林だろうか。地表がフェーメンの緑色トカゲの大群で覆い尽くされているのではないことを祈ろう。ミノリスの食肉植物林も嫌だがな。 と、まあ、考えていても熱量と食料の無駄である。その惑星へ行くしかないのだ。自動航行をセットし、定期的に緊急信号を発信するように命じ、めざまし時計に好きな古典音楽をセットする。これ以上何もすることがないのを確認したあと、代謝を押さえる薬を飲み、耐熱服を脱ぐ。重力を切り、簡易生命維持装置に潜りこみ、機器にすべてをゆだねる。浮遊する感覚。自己催眠をかける。これをしないと無意識下で身体がパニックを起こすからだ。流れる調べはバッハの平均律。そうして私はさっさと冬眠に入った。 ビバルディで目覚める。冬眠中は夢を見ない。眠ったという意識もない。ましてや目覚めるまでに140日も経過したという自覚もない。ただ、驚くほどやせ細ってしまった身体が、長い時間が過ぎたことを物語っている。もとの体力を取りもどすにはどのくらい日数が必要だろう。 冬眠は、もともと代謝の高いコンコード種にはできない芸当だ。しかし、モナドの因子を持つ旧レジオンタイプのギルド民は、独特の教育方法で、知らずのうちにこの芸当を身につける。連中はその特質を活かして星間交易人をやるのだ。軍は、旧レジオン系の血をひく軍人には、この経費削減の出来る冬眠芸当の訓練を施す。父が旧レジオン系とはいえギルド民ではない私が冬眠できるのも、まったく軍のおかげさまだ。 生命維持装置を抜け出し、操縦席までゆらゆら漂う。力の入らない筋肉には自由落下状態はありがたい。なんとか椅子に身体を固定し、パネルに手を伸ばす。緊急信号に応答なし。予期してはいたが、失望しないといえは嘘になる。 スクリーンの電源をいれる。わずかな唸りとともに、青い惑星が映し出される。美しい星だ。両手を下腹の前で握りあわせ、気合をいれる。まだ、これからだ。 腹をくくると同時に、すかさず空っぽの胃袋が啼く。ああ、流動食からはじめないとな。操作パネルの下から栄養剤のチューブを引き出すと、先からゲル状の栄養剤がゆっくり流れだす。それを口腔で温めて飲み込む。着陸まで7日。できる限り体力を回復しないとならない。 2日後、惑星の周回軌道に乗る。Gを少しずつ上げ、狭い船内で体操を開始。着陸に備える。 船外センサーの信頼度は相変わらず低いが、着陸地点を探せる程には機能している。映し出された地表の映像を見て、一瞬旋律が走った。夜の部分に灯。耕作地。コンコード特有の城壁都市・・・? まさかこの辺境の地に開拓を? いや、全く違う進化を遂げた生命の可能性もある。やみくもに接触するわけにはいかない。着陸地は慎重に選ばなければ。 ゆっくり大気圏突入。船体前方に重力スクリーンを張り、惑星を周回しながら高度を下げていく。 居住地を避け、できるだけ目立たないように、厚く覆った雲の上を航行し、さらに高度をさげる。 比較的大きな都市に近く、深い森と険しい山に囲まれた小さな湖を着陸地点に選ぶ。愛機は、広いとは言えない湖岸に、静かに舞い降りた。 アテにならないセンサーが検知した周囲の環境は、そう悪いものではなかった。含有される微生物の量が多くないのはありがたい。私の免疫機能はそう褒められたモノではないからだ。 大気圏突入の際に張った重力スクリーンのおかげで、理石炉のエネルギー残量が半減している。亜空間に回線をひらくためには、どうしても理石の力が必要だ。温存するに越したことはない。2時間置きにに回線を開き緊急信号を送るように設定する。こちらの座標が特定できないため、方向は虱潰しだ。 船体上部に光電池のスクリーンを張り、船の維持管理はその電力で行うように設定。 座席の下から、大きな布を引っ張りだす。メインコンピュータと繋がった携帯用の端末を胸のポケットに納め、軍の支給品である行嚢を背負い、重い足を引きずりながら船外に出る。樹木としめった土の香り。懐かしい・・・。頭を強く振り、こみ上げようとする郷愁を振り払う。端末を操作すると、船はゆっくりと湖の上に滑り出し、浅瀬に沈んでいった。 ただの周囲の散策である。ここの知的生命体と接触するつもりは毛頭ない。まずは環境に身体を慣らすことが目的だ。布を頭からすっぽりと被り、私は湖の周囲の木立の中へ足を踏み入れた。 |
|
◆<2へ |