| 燈 明 堂 |
横須賀の地にあって、日本最古の洋式灯台である観音崎灯台とは対照的に
和式灯台とも言うべきこの燈明堂は、文明開化の街、浦賀にふさわしい名所である。

この画像は加工したものです。
復元なった浦賀燈明堂の立つこの場所は、江戸時代に浦賀港の入口、燈明崎に
建っていた燈明堂の跡地である。
燈明堂は、今日の灯台のような役割をする航路標識の施設であった。燈明堂は、
慶安元年(1648)幕府の命によって築造されたと伝えられている。石垣を土台として
上に二階建ての建物があった。階下は番人小屋で、階上は四方を紙張り障子とその
上に金網をめぐらしてあった。その中には、直径36、4センチ、深さ12、2センチの銅
製の大きな燈明皿が置かれ、一晩に灯心百筋と菜種油一升(1、8リットル)が灯され、
その光は四海里(7、2キロメートル)に達したいう。

明治5年(1872)四月に廃止になるまで、約220年間にわたって一日も休まず
夜間の海上安全の守り役として活躍し、我が国の灯台史の上で極めて貴重なもの
である。建物は明治20年代まで残っていたというが風雨で崩壊してしまい、一抱え
もある大きな石で高さ約1、8メートル、幅3、6メートル四方に組み合わされた「切り
込みハギ石垣」だけが残された。
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燈明堂あとは大正13年3月、国の史跡に仮指定されたが、太平洋戦争後解除され、
昭和43年2月に市の史跡に指定された。この石垣を利用して、浦賀燈明堂が近代
建築の技術の粋を結集して当時の姿そのままに復元された。
| 所在地 | 横須賀市西浦賀町6丁目46番地 |
| 起工 | 昭和63年10月 |
| 竣工 | 平成元年3月10日 |
| 敷地面積 | 2,724.95 u |
| 建物面積 | 9 u |
| 建物構造 | 鉄筋コンクリート二層平屋建て GRC製木目模様外壁 |
静かな砂浜





きれいな水だ

大型船が行き交うのが見える。対岸は房総半島。
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入口の広場 平日でも、ちょっとした憩いの 時を求めて訪れる人々も多い。 |
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横須賀市指定史跡の表示 向かい側(手前)に駐車場が ある。 |