MUGEN ―夢幻回廊― KAIROU
![]()
……燃えていく。すべてが燃え、融解していく。
機体が爆発しても、パイロットは射出され安全が
保たれるよう厳重に耐熱加工をされたポットの気温
が、上昇しつつある。
シャアは流れる汗を指先でそっと弾く。シートに
身体を投げ出して、球形スクリーンに映し出される
アムロの機体を眺めやった。
見慣れたガンダムの白が、紅く染まっている。
シャアは、死を感じていた。
彼は、薄く笑って目を閉じた。
……ジーク・ネオ・ジオン――兵士たちが彼等の
総帥を見上げていう歓呼を、意識が暗くなる中で、
遠く聞いたような気がした。
(ここは、どこだろう……)
暗闇の中で、彼はつぶやいた。アクシズを地球へ
落とす……地球に核の冬を起こし、人類のすべてが
宇宙へ暮らさざるおえない状況を作り出す……それ
はニュータイプのためであるはずだったのに。
シャアに最も近いニュータイプのアムロが、一番
の障害となった。
シャアはそれを予期し、期待してもいたのだ。アムロ
以外にシャアの敵手になり得るものはないから。
(なぜだ。だが、なぜだ?)
一瞬とも永遠とも思われる時の中で、シャアは強
く問いかけていた。
なぜこれほど、アムロに固執するのだろう。なぜ、
そのアムロと戦わねばならぬと思うのだろう。
すべての思いと、すべての瞬間が、いま、存在し
ていた。すべては一瞬にならぶのだ……永遠と一瞬、
戦いと融合……シャアは灼熱に身を焼きながら、合
わせ鏡の迷路にも似た光の中に飲み込まれていった。
痛みは遠ざかっていた。
そっと目を開けると鮮やかなブルー、グリーン、
ホワイト。建物の赤、黄、グレイのロード、青い空
に緑の木――慌てて立ち上がると、耳元でさわさわ
と草が鳴る。
公園――だろうか、その芝生にシャアは寝そべって
いたのだった。
意識はクリアだった。――助かったのか。あの状
況で?
シャアは手を持ち上げてその皮膚に火傷がないか
と――なかった、なにもなかった。火傷が、ではな
い。
なにもないのだ。まああの状況で五体満足という
のもおかしなことだ、両腕くらい無くしていても…
…と、そんなふうに考えたが、足や胴を見ても、在
るべき場所にそれはなかった。
――死んで幽霊になったとでも考えるのが正しい
らしかった。――そうか、霊魂とは存在するのだな、
とシャアは苦笑した。ジョーブツ……そんなふうに
云うのだったか?
私は天国、いや地獄にゆきそこねた、というわけか。
体は見えないが、在るようだった。体が透明にな
ってしまったような感じだ。芝生を触ると、ちくち
くした感触は分かる。
ああ――とシャアはひどく納得がいった。周囲の
平凡なコロニーの景色には現実感がなかった。
人間はだれもいない。物音一つしない。
ああ夢だな、と、シャアは思ったのだ。多分自分
は灼熱する空気に意識を失って夢をみているのだ、
と。
そういえば、ここには見覚えがあった。……アム
ロと、少年のアムロと初めて会った場所だ。
――死ぬ間際に見る夢には相応しいかもしれんな
……シャアは微笑んだ。
歩き出そうとして、ふと気が付くと、手も足も見
えていた。
シャアの金髪は光を帯びて輝き、整った白い面に
陰が落ちる。
ガラスに映るシャアの姿は、いつもの赤と黒の
スーツだった。赤い彗星と呼ばれていた彼の過去から、
ネオ・ジオンの総帥の略装に仕立てられたものだ。
その装いは、シャアの華麗な美貌を際立たせ、堂
々たる威厳を添えている。ガラスにその偉そうに映
る自分の姿を見付け、すると今までが見まちがいか
……そうとも思えてくる。
自分の姿が見えなかった、などとは夢であったの
か。
気がつくと街は騒音に満ちていた。
自分は混乱のあまり、音にも気が付かなかったの
だろうか。寝ぼけて、酩酊のなかのように、これを
夢などとおもったのか。
シャアはゆっくりと歩いていた。ここがあのコロ
ニーならば、夢だろうと現実だろうと、もしくはタ
イムトラベルの果てだろうと、シャアにとって行く
先は一つしかない。
シャアの耳に微かな声が聞こえた。息が止まるよ
うな思いがする。
「ハロッ――、ハロ、どこに行くんだよ――」
めまいにも似た――思い。敵でもあり、恋人でも
あった……さいごのとき、シャア自身で殺そうとし
た、いや、シャアを殺し、シャアに殺されるはずの男。
「――どう、したんですか。だいじょうぶ?」
「――アムロ君――?」
「え?」
T−シャツとジーンズ姿の少年――どうみても、
十四、五歳だった。眼を見開いてシャアを見つめて
いる。
シャアはいま三十一歳。ということはアムロは二
十七歳のはずだ。だがアムロは、昔の少年の姿だ。
シャアは、変わらない。やや若く見えはするが、三
十一歳の男のものだ。
アムロは、シャアを思い出そうと記憶を探るよう
な顔をして、それから、ちょっと笑う。はにかむよ
うな笑みだ。
「会ったの、むかしですか。すごく小さなころ……
なんとなく、あなた、懐かしい気がするんだけど」
「ああ、おぼえてないかな、アムロ君――私は、シ
ャアだよ」
「シャア……。――僕の家、そこなんです。休んで
いきませんか。くすり、あるし――何か気分わるそ
うで」
「ああ――君のお父上は?」
「父さん?
――父は仕事です。……このコロニーに移ってから家になんて帰ってきません」
すねた口調で云うと、アムロは跳ねまわるハロを
抱えあげて、歩き出した。
シャアをリビングに通すとアムロはいくつかの薬
と水を出し、コーヒーをいれた。リビングの床には、
工具類と、何かの部品と、設計図らしい紙切れが散
らばっている。
シャアは薬を水で飲み下だし、コーヒーを片手に
それらを見ていた。アムロはシャアにコーヒーを出
すと、床にすわりこんで、設計図とハンディパソコン
のスクリーンに見入っている。
「ハロ、お出で」
アムロがよびかけるとハロは転がって来た。だが
アムロの手を擦り抜けて、転がってしまう。足元を
転がっていくハロをシャアが止めた。
「なにか作っているのかな?」
「その子、ハロをつくってるんだけど、僕の声分か
るはずなのに、わからないんだ、ハロは」
「ほう……、すごいね。見せてくれるかな」
「ええ、どうぞ」
弾んだ声だった。シャアはスクリーンと紙片にざ
っと目を通した。アムロがハロの外装を開けて、回
路を確認している。
「ああ、ここが……」
シャアには回路のミスが当然ながらすぐ分かった。
説明してやるとアムロははしゃいであれこれと尋ね
かける。シャアは当たりさわりのないコンピューター
についての知識を披露してやった。
無邪気なアムロはまったく可愛らしい。シャアに
対してアムロはいつも素直でない態度だったが、そ
のひねくれぶりでさえ、シャアには素直で可愛げの
あるものに見えていたのだ。それがこうまで無防備
だと……。
シャアはよからぬ思いに、クスと笑った。アムロ
を初めて抱いたのは彼が幾つのときだったか?
多分この二、三年後だったろう。
シャアは、しゃべるアムロのバラ色に上気した頬
に手をさしのべた。きょとんとして、シャアの目を
見つめるアムロに、軽くキスする。
「な、なにするんですかっ!」
「かわいいと思ってね」
微笑んで云ったシャアを、アムロは目をしろくろ
させて見つめる。まっかになってかわいそうなほど
狼狽して、シャアの身体を突き放す。
「子供には刺激が強すぎたかな?
まあ、そろそろ失礼するとしよう」
「……っ!
」アムロは唇を拳で隠し、赤い顔のはんぶんを覆う
ようにして、シャアの視線から逃れた。無言で玄関
に走り、乱暴にドアを引き開けた。
「どうもありがとう」
「いいえっ!」
アムロの開けてくれたドアをゆっくりと通りなが
ら、シャアはアムロの髪を撫ぜてささやいた。
「からかって済まなかったよ。……明日、また来て
もいいかい?」
「……――」
アムロは唇を引き結んで、怒ったようにシャアを
見ていた。
そのかすかなうなづきを確かめて、シャアは微笑
んで歩き去った。
アムロはなにが好きだったかな……シャアは翌日、
ホテルからアムロの家に向かいながらそんなことを
考えて笑った。
よく飲んでいた酒の銘柄くらいは思い出せるが、
こどものアムロには役に立たない。
こどもの好きそうなもの……というわけでケーキ
なぞを手土産にしたが、アムロが甘い物が好きかど
うか、シャアは知らなかった。
そんなことすら知らないのだ、などと思い、シャア
は苦笑した。当然だ。アムロとシャアは平和の中
で暮らしていたのではない。
ほとんどは敵同士。わずかな間は味方であったが、
すべては戦いの中のこと。戦場で、食べ物のえり好
みなどしてはいられないのだ。
シャアは、通りがかった店でウィスキーを買った。
シャアの好きなものではないが、なぜかそれを飲み
たかったのだ。
実は記憶もおぼろげで、本当にそれをアムロが好
んでいたとも限らないのだが。
別にシャアはアムロに酒をすすめたりはしなかっ
た。酔わせてどうこうしようなどとは、まったく、
これっぽっちも自分は考えていなかった、とシャア
は思う。ただ、アムロがそれを飲みたがるのを止め
なかっただけだ。
アムロは少々警戒しているようだった。……まあ
ケーキとすこしの会話でほぐれるような他愛ないも
のだったが。
シャアは、そもそもアムロが自分を拒むわけがな
い、と思っていたし、それは確かにそうだった。アム
ロはシャアに惹かれていたし、たぶん、それはい
つどこでめぐり会おうと変わらなかった。
薄いウィスキーをすすったあと、眠たそうにソファ
の上に膝を抱えたアムロに、シャアは優しくくち
づけた。
抵抗しないでシャアを見つめる瞳には涙が浮びか
けている。
シャアは、つよくアムロを抱いた。
「アムロ、アムロ・レイ……きみはほんとうにアムロか
……私を覚えていないか」
シャアの声は、声にならなかった。熱い接吻がそ
れをかき消した。
「アムロ……ガンダムに乗るか……?
私は赤い彗星のシャアだ。きみがガンダムのパイロットとな
るなら、また永遠に敵同士だ。ジオンに来い。きみ
には宇宙こそ相応しい……ニュータイプが地球に囚
われるなど、愚かだ」
激しいキスの合間にシャアはアムロに強くそう語
りかけた。
「……」
アムロは答えない。ただ涙を浮かべてシャアを見
つめるだけだ。
シャアもそれ以上言葉を発しようとはしなかった。
それだけがアムロに自分を伝える手段だとでもいう
ように、アムロを抱いた。
アムロの身体は、シャアの記憶の一番古いなかに
あるものよりも、さらにきゃしゃだった。
ほそい、柔らかなからだだ。シャアの猛獣の頑さ
を持つからだと見比べると、よけいにたよりなくは
かなげに見えた。
服を脱ぎ捨てたシャアの身体は、しなやかで見事
に均整がとれている。服を取り去られて、肩を竦め
身を縮こめるアムロは、そのシャアの圧倒的な迫力
を持つからだに、押さえこまれてひしゃげてしまう
かのようだった。
シャアの手がアムロの柔な肌の上で動くたび、ア
ムロの身体はびくりとはねた。目をかたく閉じて、
恐ろしいものに耐えるようだ。
シャアは優しく何度もくちづけた。アムロの強張
りを解こうと、ゆっくりとアムロのきゃしゃで繊細
なからだに熱を注ぎ込んだ。
アムロのからだがほてり、息を漏らしはじめても、
シャアはなお執拗に愛撫を続けた。
アムロのなかはシャアを飲み込み、きつく熱く、
そして絡み付くようにシャアを向えた。
それは意識が朦朧とするほどの快感だった。目の
前で光がスパークする。熱い、アツイ――。
(だめなんだ――ムリだ――!
)(シャア、あなたは僕を殺すくせに……!)
意識が闇に飲み込まれる瞬間、シャアはアムロの
せつなげな喘ぎを聞いたような気がした……。
*
* *
「総帥……シャア総帥」
目を開けると心配そうな表情を浮かべた女が、シャ
アの顔をのぞきこんでいた。どうやら、うなされ
ていたらしい。ひどい頭痛がした。
今までのことはすべて夢だったんだろうか……い
や身体には灼熱の痛みが残っていた。夢だとしたら、
そうなのはむしろこちらの方だろう。
心配そうな女を、このころ――ネオ・ジオン建設
直後に数多くいた彼の情人の一人のその女に心配な
いと笑いかけて、シャアはベッドから立ち上がった。
服を持ってこさせて手早く着替える。
急用ができた、と云って彼の屋敷からシャアは飛
び出した。
シャアはもちろん自分の立場が分かっていた。現
在の彼は、父ジオン・ダイクンの遺志を継ぐものと
して、反地球連邦政府の勢力を集め、ネオ・ジオン
を建設した若き総帥のシャア・アズナブルである、
と。
「地球へ行く」
シャアの言葉はネオジオンの幹部たちを驚かせた。
まだ、さほどシャアとネオ・ジオンの存在は公のも
のとはなっていない。シャアが正体を隠し、地球に
降りるのも不可能ではないが……。
シャアの強硬な主張は通ることになった。シャア
の意思であればとめることは周りにはできない。
数週間後、シャアは自分でも説明のつかぬ強い思
いにかられ、地球へと降下した。たぶん、アムロと
会うために。
シャアは、サングラスをかけコートのえりを立て
て、灰色の空の下を歩いていた。
アムロの暮らしている所は分かっていた。
シャアは、アムロの家の玄関の前に立ちどまった。
わずかにためらいがある。会ってはならないよう
な、会うのが……怖い、ような。
「――まさか!
シャア、貴方か!」「アムロ――」
ドアはシャアが呼びかけるまでもなく勢いよく開
いた。
アムロは、シャアの姿を信じられぬように見つめ、
怒りに震えているようだった。
「どうして――……」
アムロの声は、そこでとぎれた。茶色の瞳が潤む。
アムロの大きな丸い目からは涙が溢れていた。
アムロの手が、シャアの胸元をつかんでゆさぶっ
た。
泣きじゃくるアムロをシャアは抱き締めていた。
アムロは自然にシャアにからだをゆだねてくる。
少し前……ティーターンズが壊滅するまでは、ア
ムロとシャアはエゥーゴに属し、敵では無かった。
アムロは味方になったシャアに、素直に身を寄せて
いた。
その習慣が残っているのだろう。シャアのキスに
アムロは応じた。
あいまいな記憶が、アムロと出会うとややはっき
りするようだった。それは記憶というより、なにか
不可解な謎が、アムロを見ると分かりかける……そ
んな感じだった。
「……結局敵同士になってしまったな、アムロ君。
……ガンダムにのらないでくれ……と……」
「敵になったのは、貴方だろ!
せっかく、味方だったじゃないか。なぜ、今まで守ってきたものを、
貴方は壊そうとする」
「なぜか、だと?
そうだ……なぜ私は地球を破壊しようとし、君は守ろうとする?
いや、君が地球を壊そうとし、私が守ろうとしてもいい……だが、
それは」
「何を云うんだ、シャア……貴方は分からない」
「ほんとうに、分からないか?」
「………」
シャアはゆっくりと思い出していた。
(だめなんだ――ムリだ――!
)(シャア、あなたは僕を殺すくせに……!)
過去の中で、聞いたはずの叫び。それは、アムロ
も分かりかけている、ということではないか?
ここが夢の中で、二人が時間の旅をしながら出会
いを繰り返しているということに。
「なぜ君が私の敵なのだろうな」
もう何も聞きたくないというように、語り続けよ
うとするシャアの唇をアムロが塞いだ。
セックスは融合しようと努力している気分になる。
そんなことを冷静な感覚がシャアに思わせた。
一人閉じ籠って、悲しみに打ちひしがれるような
アムロの身体をなぐさめながら、苦しさの中でシャ
アを受け入れようと必死になるアムロを抱きながら、
シャアは目を閉じた。
………
………
(貴方こそ、どうしてなんだ。確かに僕は貴方に止
められたけど、ガンダムに乗った。……でも、今、
ここで、なぜ貴方が僕と敵対する意味があるんです
か……)
(……運命だとでもいえば、言い訳になるかな)
*
* *
――シャアはゆっくりと眼を開けた。
「シャア……?
眠っていたのか」軽く笑みを含んだ、といかけ……シャアはやや狼
狽して顔をあげた。
「君は、ねむる時までそんなものを被っているんだ
な。……ふふ、君らしいが」
「ガルマ……?」
軽い驚き、いや、何を驚くのだろう自分は。自分
はシャア・アズナブル……ジオンの若き英雄、赤い
彗星のシャア……一年戦争……後にそう呼ばれるは
ずの騒乱の最中だ。
シャアはそっと仮面を外した。キャスバル・レム
・ダイクンという、憎しみを宿した顔を隠すための
仮面を外して、復讐の対象である相手にその顔をさ
らす。
それはより完全に欺くためのものだ。たぶん仮面
とは、仮面を外したときの顔をより完全な欺きの仮
面と成すためのものなのだ、とシャアは考えていた。
ガルマは、シャアが自分に素顔をさらすのを心地
好く思っている。シャアが本心を隠したい一番の相
手が自分とも知らず。
仮面を外すシャアに、ガルマは満足した笑みを浮
かべた。
「今夜のパーティーは……?」
「ああ。出席せねば、まずいのだろう?」
シャアは立ち上がって窓の外を眺めた。……ばか
ばかしいほど、豪壮な屋敷だった。ライトアップさ
れた庭園には、つぎつぎと御大層なクラシックカー
が到着している。
シャアは嘲笑していた。ジオン公国……いや、ザビ
家と云うが、ザビ家は連邦政府と交戦中である。
ザビ家よりもはるかに勢力のある地球連邦と。
この貴族趣味は、シャアにとっては笑止なかぎり
だった。ザビ家はスペースノイドの勢力である。現
在、ザビ家が優勢なのは、ザビ家にはモビルスーツ
があり、地球連邦にはないということがあるからだ。
しかし、技術はいつか追い付く。基本の財力は連邦
政府が上なのだ。
(ザビ家は滅びる……滅ぼすさ、私がな)
シャアはガルマに微笑みかけた。
「行こうか……ガルマ、主役のきみが遅れるわけに
はゆかないだろう」
パーティーが始まるとザビ家の一員であるガルマ
は、挨拶と歓談の人波に巻き込まれて、シャアから
離れた。
シャアの挨拶せねばならない相手はわずかだった。
目立つのはシャアにとって好ましくない。
シャアはそっと会場を抜け出して、庭に出た。
月が見えた。月と星……懐かしい、と思ったのは
何故だろうか。地球から宇宙が見えるのはあとほん
のわずかだったろう。地球からは太陽が見えること
すら珍しくなっていた。宇宙での戦いのせいで。だ
れのせいで……?
(私か……?)
なぜこんなことを思うのか。未来のことなど、わ
かるはずもない。
暗がりに人の気配を感じて、シャアは振り返った。
「アムロ……?」
無意識に唇が動いた。
「シャア……!」
「……いや、誰だ、きみは」
シャアよりやや小柄な青年が、そこにいた。驚い
たようにこちらを見て、シャアの名を叫ぶ。叫んで
その青年は、シャアにとびかかってきた。民間人の
動きではなかった。軍事訓練を受けたものらしい動
き。
シャアは、跳ね除け、取り押さえた。殴り付け、
気を失わせる。
軍人にしては、その青年は無防備ですきだらけだ
ったのだ。友人に向うような気安さでシャアに駆け
寄っていた。
「地球連邦軍……?」
その青年の身に付けている服は、どうやら、連邦
軍のものらしかった。
シャアは沈黙して考え込んだ。警備のものに突き
出すのが筋だが……、彼はシャアのことを知ってい
るようだった。
シャアは、その青年の軍服から、連邦政府の印章
をはぎ取って、手足と口を拘束すると、庭の植え込
みの中へと隠した。
「……きみは、だれだ」
シャアの言葉に彼は答えなかった。ベッドの上に
身を起こしてシャアを見つめる。
スパイではないらしい……シャアはこの部屋に入
るとすぐ彼の服を脱がせて、通信具や武器を帯びて
いないか確認し、廃棄した。
シャアはパーティーを半ばで退出して、この青年
を連れて外へ出たのだった。そしてここに連れて来
たのだが。
「……アムロ・レイ」
「アムロ」
シャアはゆっくりと呟いた。なぜか口に馴染んだ
言葉だった。
「私はきみを知らないが。きみは私を知っているの
か」
「シャア……シャア・アズナブル。赤い彗星、ネオ
ジオンの総帥……僕を知らないだって?」
どこかなげやりな言葉だった。くすくすと忍び笑
う。
「私が総帥だと?
きみは、なんなのだ……」シャアはベッドに近付いた。
「キャスバル・ダイクン……クワトロ・バジーナ…
…シャア、みんな貴方のことだ……貴方こそいった
いだれだ……」
「貴様、なぜそれを知っている!」
キャスバルの名を聞いてシャアは色めき立った。
一瞬、殺意を覚え、疑惑と焦りにアムロの肩に手を
かけ、ゆさぶった。
アムロはふわりと倒れ込んで来た。シャアの驚愕
をよそに腕を投げ出し、シャアを抱擁した。
耳元に、かすれた、奇妙に甘いささやきが聞こえ
た。
「シャア……復讐を忘れて……貴方が初めに憎しみ
と復讐心からジオンにいたのがいけなかったんだ…
…ここが貴方を傷付けた……」
唇が重なった。
(……シャア、思い出さないか)
軽い驚きにシャアは目を見張ってアムロを見つめ
た。なにもかも、不思議で、混濁していた。が、ど
うでもよくなった。シャアは改めて自分からアムロ
に唇を重ねた。
(アムロ、覚えているか……)
たぶん、思考停止を二人は願ったのだ。
溶けあうように淫らな視線が絡み合って、お互い
の呼吸を飲み込んだ。アムロの唇はやや厚めで、柔
らかい。歯を立てると、柔らかな弾力が心地好くて、
シャアは馴染んだキスに行為をすることのためらい
を捨てた。
こんなに肌身をよせあい、激しく交わりたいのは
死の時が近いから。
苦痛と快楽は似ているのかもしれない。窒息寸前
まで、本当に息が止まりそうになるまで、呼吸も忘
れて唇を貪る。
まったくなにもアムロのそこに施すこともしない
で、シャアは自分の逞しく張り詰めたものを押し込
んだ。
「アア――ッ
!! ウ…アッ――」アムロはシャアの腕のなかでひくつき、悲鳴を噛
んだ。シャアはそのつよい腕でアムロをつかみとめ、
痙攣するアムロの抵抗を封じる。アムロは震え、や
がて弱々しくシャアの胸にぐったりと身体を寄せた。
シャアは動かなかった。熱いたかまりをアムロに
飲み込ませて、ぴったりと身体を抱き寄せたまま、
首筋などにキスを繰り返した。
(ニュータイプは解り合う……だが恋しさも余れば
憎らしい……私たちは解りあっているからこそ敵同
士なのだ……そうだろう、アムロ君)
(ア……ア、ハ…ッー―)
(ひとは完全に解り会えたとしても、争うだろう…
…)
(シャ…ア、あ、ああ――!)
シャアはゆっくりとアムロの中をえぐった。
(私たちは戦いによって交わる……なぜ君が私と敵
対するか、誰より私には解るつもりだよ。……理解
し合っている、それだからこそにほかならない)
熱く、アツく……スパークしていく。
すべてが燃え、融解していこうとしていた。
一瞬に見た夢が、アムロの中に重なって見えた。
すべての分岐点で、お互いにどのような思いをなげ
かけても、すべては変わらない。
ゆっくりと身体が灼熱し、視界が狭まり死んでゆ
くなかでシャアは安らいでいた。セックスが終わっ
た後のような……。指一本持ち上げる気もしないほ
ど疲れ果てて、溶け合うように身を寄せて眠りにつ
くような……。
(私はきみを敵としなければ戦えなかった……私を
解らない人々を欺き、陥れて殺し勝利を得るなどと
……私と同じきみが、敵となるから戦えた……)
(……たぶん僕も、貴方が敵でなかったら……地球
の政府の奴等が、スペースノイドを支配するための
駒になるのは耐えられなかった)
たぶん、かれらは人類のだれとも似つかない、た
った二人だった。かれらは強すぎて……他の人の誰
よりも強すぎて、お互いを敵同士としなければ、何
と戦っていても弱者を惨殺するといううしろめたさ
に囚われる。
……彼等が殺しあい、ひとり生き残ることを思え
ば、せめて、ともに死ぬことが幸福な終りであった
のだろうか……。