*
門扉に動いた痕跡がある。多少緊張しながらドアを開け、見なれた大きなシューズを見つけてほっとした。いるのは服部だ。きちんとそろえられている靴に新一は苦笑した。新一が脱いだ靴は乱雑に投げ出されたままだ。気まぐれに、足で服部の靴の横に自分のそれをそろえた。 「わりと、おれ、お育ちがわりーっつうか・・」 両親は放任主義、マナーにはうるさいが女優の母は新一に完璧な外国式エスコートを教え込んでも、日本の礼儀作法には自分自身が当てはまっていなかった。 並べると、服部のシューズが一回りくらい大きく見えた。新一の靴はスニーカーで、服部のがスポーツ用のゴツイシューズということもあるが、それにしても大きく見える。ふと服部のクツに足を入れてみるとぶかぶかだった。けれど履けないこともない。2年前なら、スリッパ状態だったろうけど。 「ほんとなら絶対おんなじくらいのはずだよな」 「工藤――?帰ったんか?」 「ああ、ただいま、また来てんのかよ、服部」 ダイニングでなにやらしているらしい。服部に声をかけられ慌ててクツを脱ぐ。多少赤くなってしまった頬が決まり悪く、新一はわざわざ冷たい表情を浮かべて言ったのだが・・服部の様子を見るなり絶句して立ち止まってしまった。 「なにしてんの?オマエ」 「愛する工藤の為に、手料理」 「――食べれんのかよ」 「お!言うたな!オーサカジンの作るお好みに向かって!見ててみィ」 ……楽しそうだ。服部は、いつもの、満面の笑顔で野菜や肉と格闘している。その様子を眺めながら、カバンを投げ出し、ネクタイに手をかける。 外は風が強く、ほこりっぽかった。シャワーでも浴びるかと、ジャケットを投げ出しシャツのボタンを外しつつダイニングをとおってバスルームに行こうとした。 「くど・・っ!」 「なに?あ、シャワーしてくる。腹減ってるから、焼いとけよ」 呆然と見蕩れてる服部をその場に残し、けっこううまそうじゃん、と励ましつつ新一はバスルームに姿を消した。 「……わかっとんのかい、刺激強すぎなんやけど、自分」 服部の視線の意味なんか、もちろん分り安すぎるのだが、新一は聞こえない振りできれいに分らないふりをした。
好きだ、といってからずいぶん経つ。本当は答えはすでに出ているのに。解答はきちんと整えられてテーブルにのっている。 「わかってねーのはオマエだろ?服部」 水音で届かない声を、新一は、呟いて苦笑した。
お好み焼きは大変美味だった。美味いと言った新一に、服部は得意げににこにことした。上機嫌のまま台所の片付け掃除までしている。ビールを片手に新一はそれを見守ってやっている。 新一が服部の作業を横で見ているのが、彼は嬉しいらしい。なんやかやと話しつづけながら文句も言わずスピーディに片付けてしまう。 「やっぱなぁ粉が問題やねん。ふわっとさっくりと!お好み焼きのポイントやな、あと具の取り合わせや、問題は。豚ははずせんやろ?」 「ふーん」 「――美味かったやろ?」 「美味かったぜ?」 「じゃあ、なんかお礼は出ないんか?」 新一はびっくりしたように目を瞬いた。こんなに直接服部が口にするのは、はじめてだ。いつも不器用に新一を歓ばせようといろんなモノや話しや言葉を運んできては、その前で途惑って黙り込む。いくら新一が喜んで見せてもただ嬉しそうにするだけだった。 「ん、なんか欲しいのか?」 「ええっと、そうやなくてなァ」 くつくつと新一が笑う。涙が出そうなほどおかしかった。不器用な彼が。そして自分も。 「なあ・・遠慮してるわけ?」 ぽつんと、呟いたとき、新一の頭の中にあったのは、小さな身体に不釣合いなほど深い眼差しをした少女のことだった。彼女の想いのことは最後まで新一には分らなかった。今も、本気か分らない。なんでいまこんなこと思い出してるんだろう、そんな場合ではないのに。でも思い出さずにはいられない。 「じゃあ、いっこ、ハナシしてやる。おれがさ、オマエに自分から近づけないワケ。っていうか、オマエ以外は近づかれても、突き放さなきゃ困るワケ」 新一の幼馴染の少女のこと。いまでもそれなりに親しい。でも近づきすぎないように…と距離をとるようになった。それとなく、彼女にも、それを伝えてある。
『遠慮するんじゃなかったわ』 灰原哀は強い口調でそう言った。幼い少女の外見にそぐわない、強い眼差しで。毛利蘭との別離を気づかれた時。しょうがねーじゃねぇか、と新一は言った。大っぴらにこそならなかったものの、あの神秘の毒薬のうわさは有力者にはすでに広まっていたのだ。高校生の彼にはひたすら不自由だった状況だけれども、身動きもままならぬほど年老いてその重さと同じだけの権力と財力を握った人間には、小学生にまでも若返れるというのが夢以外のなんだろう? 彼女も新一も黒の組織が壊滅しても、その頭脳と身体を狙われることになんの代わりもなかったのだ。 あまりに頻発する自分をターゲットにした事件に、毛利蘭に別れを告げたとき、それを知った少女はそういった。 『私も、解毒剤飲むんだった。遠慮なんかするんじゃなかったわ』 それがどういう意味か、新一にはよく分らないままなのだが。また彼女は今でも解毒剤を飲めば危険なく元に戻れるはずなのだ。もちろん、神秘の毒薬の成功例であり、その開発者の一員としての危険に、その上黒の組織に関わった人間としての指名手配までを受けることになる。事実上、彼女が今すぐ元に戻るのは不可能だ。 『本気か?・・危険だろ』 『あら。あなただって、子供のまま安全に生きることより、この薬の秘密を明かして自分を危険にさらすことを、選んだじゃない』 『覚悟の上だけどな。それくらい・・』 『あの彼女を振ることも?だからその覚悟、先に聞いとけばよかったってこと。いまさらだけど』
*
服部は新一の言うことを黙ってきいた。新一の身柄を狙う組織的な犯行に、そばにいて巻き込まれた蘭の話。そのうちのいくつかは服部も知っていて、一緒に危ない目にもあっている。 「――あの事件はまだ尾を引いてんだよ、俺には。あの薬のデータも試薬も何もかも凍結されちまった後だって言うのに。だからほんとは、オマエも・・、」 「っつ!なんでそんな大事なこと黙っておるんや、工藤っ!一人になんかさせへんで。大阪へ来ィ。絶対守る、守るから」 「大阪には行かねーよ。バカ言うな。そういうこと言うとおまえは東京へ来るなって言うぞ」 「俺をなんだと思うてんねん!西の名探偵服部平次やでっ!?」 「バーロ。自分で名探偵言うな格好悪い」 ……オマエがそれをいうか、工藤?と思わず突っ込みを習性でいれそうになったが、クールに外されて服部には情けなさの方が強い。 「オマエの方が失礼だ。だから、オマエが来るのオレは止めないだろ?」 ちょっとムカシ――コナンの姿だった頃を思い出させる凶悪なまでの笑顔。 「そうゆうことか・・」 「そうゆーことですよ、服部くん」 平次の鼻先をひょいと摘んで放す。子供だったときもそりゃあ可愛らしすぎて服部の理性を溶かしかけていたものだったけど、今の工藤新一は理性をぶち切りそうな勢いだ。さらさらの黒い髪に目は切れ長の二重、はっきり言ってとんでもない美女顔だ。ふふんと笑った高慢そうな笑顔が似合いすぎてこわい。 「だから、オレから来いって言えるわけ、ねーだろ?」 「どしてや?」 「ばかやろ。危ないって言ってんじゃねーか。まあおまえが勝手に来て、勝手に事件に巻き込まれる分には自分の責任、だろ?」 「なんやそれって――オレ、てんで愛されてへんよ―な気ィするんやけど」 「そんなことねーよ」 「そうか?」
そうそう、と調子よく笑顔を見せて、新一は首を傾ける。服部はうわぁとうろたえてあとずさった。
「なんでそこで後退するかなーオマエがわかんねー」
ぶつくさ、愛しの工藤が呟いてるのも、服部の耳には残念なことに届かなかった。
「くせになっとんのかも……我慢するのが」
服部が彼を見つけて、惚れきってると認識したのは早かった。どう我慢したって態度には出てしまっていたし。コナンのときには、本当に我慢していたのだ。
「それに、好きで好きで・・どうしたらいいか分らんのやもん」
呟いた服部の声に、新一はふっと笑った。穏やかな微笑に目を細めて、そのまま、困り果てた服部の顔に、近づけた。傾けて、触れさせる。
「大丈夫だ・・オレだってわからねぇよ」
服部は、自分の体温が急上昇して、そして、アセリよりも幸福感に、やっぱり同じように微笑んだ。
新一の頬もあからんでいるような気がしたが、彼は服部の前でその表情をぱっと消してしまった。
「ところでさ。オレの学校、連休明けにテストだって知ってる?」
「あ、そうなんか?」
「さてと。メシも済んだし、勉強しないと」
「はい?」
服部は、新一の背へとまわしかけていた腕のやり場に困る。するりと気まぐれな猫そっくりのそぶりで新一は服部の腕から逃れて、投げ出してあったカバンから教科書を取り出している。
テーブルの上にそれらを広げて、冗談ではなく本当に彼はお勉強を始めてしまった。
とうぜん、気勢をそがれた服部は頭を抱えて、不満を訴えたが、新一はとりあわない。
「……工藤、勉強どーしてもせなあかんの?必要ないんや無いか、オマエには?」
しばらく休学していて、なおかつ、その間小学校に通っていた新一だが、復学してもその成績にはなんら変化無かったのだ。記憶力は抜群だし、基本的に既に必要な学問は身についているわけだし。
だいたい服部自身にしても、さほど勉強の必要を感じない。授業中で時間は十分だ。そんな時間もないし、テスト勉強などしたことがなかった。
「そうか?けっこう楽しいぜ、勉強すんの。まあ昔は学校の勉強なんかしなかったけどな。無駄なモンも多いし」
新一の手元を服部が覗いて見ると、漢文だった。孔子だ。
「……そんなもん、テスト範囲の、書き下し分と訳文読んどけば、たいがい、点とれるやんか」
漢文の設問は限られている。なにも、白文から理解し、訳し、しかもその解釈のテキストまで新一は勉強範囲にしているらしい。テスト勉強というよりは漢文の研究なみじゃないか、その文献は?
「点取り勉強は身につかないんですよ、服部君」
「ええわ、わかった!オレも勉強する、すればええんやろ」
「あ、その前に、オレの為にコーヒーいれる気ない?」
「・・はいはい」
なにも勉強がしたいわけじゃない。ただ新一の横で、彼と違うことをするのも気が進まないだけだ。
丁寧にコーヒーをいれた。
新一は礼を言ってカップを取り、かすかに目を細める。美味そうにコーヒーは啜るものの、手は本から離れない。はあ、と軽く溜息をついて、服部はテーブルに詰まれた参考書のヤマに手を伸ばした。
教科書に混じって、新一のノートがあった。文字は読みにくかった。習字もやっていたせいでかなり達筆な服部の文字と違って、相当にクセがある。内容はまとまっているが、脱線も多い。
ノートの内容を追いつつ、教科書を読んでいく。化学方程式の練習問題を一時間ばかり解き、さすがに飽きてきた。勉強が楽しいなんてどうかしている。数字と難解な記号を追うのにうんざりして、服部はペン先を噛んだ。
ちらっと新一のうつむいたカオを見る。シャープな頬のラインと、あの女優そっくりの印象的な目元、瞳はかすかにグレイがかった柔らかな黒だ。
見れば見るほどそのカオは服部の好みで、さっきはその唇にさえ触れることが出来たのだ。
「アテッ」
いつのまにか遠慮せずにまじまじと見入っていたらしい。向うずねを蹴られて思わずその痛みに声をあげた。容赦無く服部の足を蹴った人物は、そ知らぬ顔で勉強を続けている。きれいな顔も、こんなときは小憎らしい。
「なにすんねん・・」
抗議したが、新一は取り合ってくれる様子も無い。さすがにムッとした服部はスリッパを脱ぎ捨てて、そうっと足を新一のそれへ滑らせた。
「ひっ、ぁッ!」
かあっと、新一の顔が赤らむ。服部はそのふくらはぎをつま先で撫で下ろしたのだ。くすぐったさに、新一は仰け反って、服部を睨み付ける。
そのキツイ視線がぞくぞくするほど、はっきりいって服部が大好きな工藤新一の目つきだったものだから、ついにやにやと頬が緩んだ。油断しているもう片方の足も器用な動きで同じように辿る。
今度は新一は、声をあげてくれなかった。分厚い参考書で服部の頭をべしりと叩き、1ページから真面目に解くこと!と高らかに命令した。
「工藤〜っ、これ、やったら難しいんやけど・・」
「簡単なの解いたって勉強になんかならねぇだろ?いいから真面目にやらねぇならあっちいってテレビでもゲームでもやってろよ。つきあってくれなんてオレはいってないんだぜ?」
別の部屋で一人で遊ぶか、となりの席でお勉強か…一瞬の逡巡は、皮肉っぽい笑いを浮かべる新一をチラッとみて、決まった。
「難儀な相手に惚れてしもうたもんやなあ・・」
小さく溜息混じりに言った声も、無造作に無視されて、仕方なく服部は疲れる問いばかりが並ぶ問題集を攻略にかかった。
*
服部の、痛いくらいの視線が無くなって、新一はようやく問題集に集中することができた。服部の視線は鋭い。いつも愛嬌のある笑顔でその端正な顔立ちも目立たないが、ただふと笑みを消したときの黒い瞳の深さは、見つめられると、吸いこまれそうな錯覚さえ覚えさせられる。
その視線がなくなって、集中できることはできたのだが、しばらくするとその気配の無さが気になり、そっと新一は服部の方を伺った。
服部は頬杖をついて、目を閉ざしていた。穏やかな呼吸は寝入っていることを伝えていた。
音を立てないように、カップの底で冷えてしまっていた飲み残しのコーヒーを飲み干す。本を置いて、彼に習って頬杖をつき、その寝顔を眺めた。
やがて、完全に熟睡してしまったようで、服部の頭はテーブルにのめり、そのまま傾いて新一の方へと寄りかかって来た。そのまま、彼は新一の肩に顔を寄せて寝入っている。
押しやったら、椅子からずり落ちるかして、目が覚めてしまうだろう。たたき起こそうかな、とも思ったが新一はひとつ溜息をつくと、しばらくはこの男に肩を貸してやることにしたのだった。
暖かな重みは、意外と心地がよかった。重さもそれほど気にならない。こんな唇の形をしてたっけ、などとまじかに見つめて思う。けっこう、ハンサムだ。もちろん、そんなことは分っているが。いつもよりも、かなり格好がよく見える。黙って立っていれば、恋愛映画の男優くらい務まるかもしれない、あくまで黙っていれば、だろうけども。
新一はくつくつと笑って、服部の耳もとの髪を掻きあげた。耳の形をじっくりと眺める。
そろそろ、起きねーかな?服部。
こういう、衝動は唐突だ。大体、新一にだってためらいがないわけではない。それでも、どうしてなのか、自分でも原因のつかめない行動に駆られる。からかいたい、とか困らせたい…というような気持ちもあるが、それだけでもない。
新一は目を閉じている穏やかな服部の顔を覗きこんだ。
ゆっくりと近づける。
吐息がかかる距離で、ためらうと、我慢できなくなったように服部の目が開いた。ぐいと引き寄せられる。その力に抵抗しなかった。
「やっぱり、起きてたな・・」
「工藤が起こしたんや・・」
そうかな、と新一は笑う。その笑顔に服部はなんだか苦しそうに顔を歪めた。キスが深くなる。いつものようではないキスが新一の鼓動を早める。
*
目の前の身体に夢中になる。噛みつくように口付けると、息を漏らして顔を背けられた。
「…噛むなって、ばか」
掠れた声がささやいて、余計に服部を煽る。どこまで力を入れていいのかが分らず、むやみやたらと力が入って、新一に不満の声を上げさせる。
「っつ、ちょっと、待てって、おら、服部!」
飽きれたような声を上げ、新一は服部の腕から抜けだした。ほとんどつかみかかられている状態をなだめて、柔らかく抱きつきながらキスをする。新一がキスをしながら服のボタンを外していくのを、服部はくらくらする思いで見守った。
「見てないで脱げって」
言われてさすがに苦笑する。我ながら最低に格好が悪い。勢いよくシャツを脱ぎ捨て、今度は、ムキにならずに新一の身体に触れた。
うえから順に、ゆっくりと、まるで儀式でもするように、慎重に手で触れて、そのあとを唇で確かめる。喉もとに吸いついたとき、新一の体が跳ねた。びくりと震える身体を全身で抱きしめて、お互いの熱を味わう。
新一が声を殺して、その震えが全身に走っている。
「工藤・・?」
ささやいても新一は黙って首を振るばかりだ。なおも問いかけようとする服部に顔をしかめて唇を指で押しとどめた。指から新一の震えが伝わってきて、あとはただ無言で続けた。
*
寝入ってしまっていたらしい。目覚めたときの新一の気分は最高に最悪だった。身動きがままならないほど、身体が疲労している上に、まだ服部の腕の中にいるという状況だ。
「重い・・」
「あ、目ぇ覚めたんか?」
「目ぇ覚めたか、じゃねー。退けってば」
「ええやん、もうちょっと、このままでいさせてーな」
抱き寄せてくる腕の動きに新一の背が竦む。
「やめろって!」
まだ、新一の中には、服部の痕跡が残っていて。実は、身じろぐのも辛い。
受け入れるために使ったクリームが身体にまとわりついてべたべたしているし、そのうえ濡れたままの皮膚が、服部に触れられると、認めたくないが、震えが走る。弱い、みたいなのだった。その部分でなくとも、触れられて、堪えきれないような快感があった。最後までしてしまったのも、なかばその感触に流されてしまったのだ。
「風呂、入ってくる」
「ああ、そやな、用意してくるわ、待っててな」
新一としてはとても不本意だったのだが、結局風呂の準備も、自分の身体を風呂に運ぶにも、服部の助けが行った。ほとんどいれてもらうようにして風呂に入り、その間に服部が整え終わっていたベッドに倒れこんだ。
*
夕刻、なんの勢いかいきなりあんなことになってしまい、そのまま、寝入ってしまった。新一は疲れきっているらしく、また風呂に入るとすぐ眠ってしまったが、服部が眠れるわけがない。
「もっかい、やったら怒るやろな〜」
つい、呟く。している最中はとても気持ちよさそうで、というより実際に気持ちがよくて、つい、さいしょっから飛ばしすぎてしまったのだが。ぐったりしているのを見ると済まない気分にはなるのだが。
しかし実際その顔を見るとつい・・そんなことを思うのは、仕方のないことでもある。
ベッドによりかかってすわり、新一の子供のように穏やかな寝顔をさかなにビールを飲んだ。だいたい、新一のベッドでして、その布団は洗濯と物干し行きになってしまったため、新一が寝ているのは服部がいつも使っているものなのだ。
「オレ、どこで寝たらいいんや?」
隣りに潜りこんでしまってもいいのだろうか?としみじみと頭を悩ませる服部だった。
*
「てめ、なにやってんだよ?」
服部のモーニングコールは声こそ愛しの彼のものだったが、その内容はおもいきり容赦がなかった。
新一はまだぬくぬくと布団にくるまりながら、布団から手だけ出し、服部の頭をこづいて起こした。
「あー」
くしゃみが出る。春とはいえ明け方はまだ寒い。結局服部は昨夜、新一の横に潜りこむ勇気も出せずに引っ張り出してきた布団に包まって新一のベッドの傍らで夜を明かしてしまったのだ。
「さむっ・・流石に寒いわ」
「冷てぇー、入ってくんなっ、服部」
「ええやん、ちっと温もらせえ」
冷たい、と文句を言いながら、新一は意外にも服部を布団に入れてくれた。
「……風邪ひくだろ。布団で寝ろよ、ばか」
「あーそうやったなー」
「温まったら、コーヒー入れろよ」
「ん。入れたるけど。……夜明けのコーヒーやなあ・・」
つい、こんなシュチュエイションが嬉しくて軽口を叩いたのだが、新一から帰ってきたのは、春の早朝より冷たい視線と、あほか、という呟きだけだった。
「ものすっごく、不毛な連休って気がする・・・」
それほど、体調は悪くないようだが、新一は服部の目から見ても気怠げで、服部がこちらにいる時には、わりとあちこちに遊びに出かけるのだが、今日はそんな気にもならないらしい。
昼飯を食べに・・という話にも、首をふるので、服部が仕方なく買い物に行き、昼食を作った。
と、そこまでけなげに(?)服部が尽くしているのに、服部の作ったサンドイッチとコーヒーをまたソファに寝そべって食べながら、新一ははあ〜と溜息をついて、言ったのだ。
「ええやん、たまには…オレもそう、こっち来れなくなりそうやし・・」
「え?なんでだよ」
驚いて、新一が顔を上げる。一瞬、よぎった不満そうな影に服部はつい顔を綻ばせた。新一もそれに気づいてそっぽを向く。
「いや。テスト多くなるしな、受験やろ? ま、その、来てまうと思うけどなー」
「ふうん・・」
新一はそれきりもう手元の雑誌に視線を戻してしまう。服部は大学をこっちにする予定だ、と言うのを言いそびれてしまった。
午後は服部も工藤家の豊富な蔵書を漁って、二人でだらだらと読書しながら過ごした。土日はそんなふうに甘いのだか、ドライなのか自分たちでも判断のつきかねる雰囲気で、ただ、どちらも外にも出かけるということもなく過ごしてしまった。間にキスは何回か、服部がしかけても、新一は拒まない。ただそれがなかなか、そうゆう雰囲気にならないのだ。外国での生活もある新一にとってキスは挨拶くらいのものなのかもしれない。
日曜の夜は、ちょうど新一贔屓のサッカーチームの試合放映があって、新一はビールを片手に観戦している。服部はその横で、雑誌を眺めながら一緒になってビールを飲んだ。サッカーは無事応援チームが勝ち、そのまま新一はご機嫌でニュースをチェックしながらテレビを見ている。お互いにより掛かり合うようにして、何をするでもないがそうしているのが、服部はもちろんうれしかった。
寄りかかってきた新一をぎゅっと抱き寄せたときも、そんなことよりもただ何気なくそうしてしまっただけだし。――負担をかけてしまったのは分っていたから、どうしても、それをしたいというよりも彼の身体を心配する方が気持ちとしては勝っていたのだ。
それが、ゆっくりと服部に引き寄せられるまま身を預けてくる新一にごく自然に唇を重ねた。
「ベッドへ行かへん?」
どうしても、言えなかった言葉が、ふいに口にだせた。半ば、ののしりを覚悟していた服部に聞こえたのは、多少の逡巡交じりのYESだった。
――ああ、やっぱり、不自然なんだな、と自覚する。同性同士の、自然ではない繋がり。それでも、身体は繋ぎたくて――手の中で透明のクリームが、反って心を沸騰させる。
服部が最初から手にしていたものにぎょっと新一も目をやって、きまずそうに目をそらした。
新一に、自分からキスをした。唇を甘噛みして、舌をからませあうキスに、仰け反る喉を追いかけて吸う。・・・・・・これを、新一も、拒んでいないという確証が欲しい。
新一はまえときゅうに変わって、器用で流暢な服部の身体に、なかなかついて来れないようだ。新一の中心を捕まえかけた服部から逃げるように、くるりと背を向けてしまう。
滑らかな背中に、激しくキスをそそぐ。
ためらいは、もうなかった。たっぷりとビンからクリームを取って、薄く色づいた新一の窄まりへ指を立てる。
「はっとり・・」
声を上げて背中を竦める。その肩をと抱き寄せた。首筋にキスをする。後ろから覆い被さりながら、新一の後ろをゆっくりとほぐして行った。だんだんに彼の身体が反応を示してくる。
内壁の奥深くには、一箇所違うところがあって、そこを指で辿り上げると新一の腿は痙攣した。つい、摘み上げるように2本にふやした指でその一箇所を触ると、新一の腰がゆれて、はっきりと声を上げた。
「・・・っ!ヤダ。それ、ヤメロ」
指がすっと抜かれたのに新一が息を抜くまもなく、入り口には服部が高まりを着きつけていて、びくんと再び竦んだ。
「ええか?」
「ぁ、っあ、やあっ」
じわじわとひどくゆっくりだが、けして引かない強引さで、服部は押し入った。すべて奥まで入りきると、新一をもう一度強く抱いた。背中から足を割られ指し入れられている新一は、服部の動くまま、身体がゆれる。
服部はゆっくりとしか動かなかった。新一を深いところまで貫きとめて、その身体に手を這わせる。
「はっとり・・」
「ん?どしたん」
「やだって、も、や、だっ、さわんなっ」
しつこく胸の突起を弄くっていたその指を押しのけられて、服部は今度はキスをした。ぐいと深く新一の中に入りながら、その顔を覗きこんで頬にキスをする。
「アッ」
甲高く鳴いて、新一は服部の腕の中で身体を振るわせて達した。最後の瞬間には気づいて、新一の震える高まりを手指で宥めてやる。
息が絶え絶えに途切れるのを、動かずに待って、落ち着いたところで服部は強く動き出した。完全に服部を受け入れ馴染んだ新一の中が、服部の動きに合わせて自然な反応を帰す。
もう声が止められないようだった。小さく律動を繰り返す服部の動きに短く押し殺したうめきが絶えず漏れる。目元は赤く染まって、ひそめた眉が快感を伝えて服部をあおる。振られる首に顔を寄せ、目元から零れる涙を舐めとり、口付けた。ぶるぶると震えの走る身体を一番深くまで抱きしめて、服部も思いを遂げた。
「・・・っぁ、は・・」
溜息を聞き取り、服部も、脱力する。腕の力が弱まっても新一に身動きする力は残っていないようだ。
「気持ちええ?」
「っ!ばかやろっ」
なかに熱さを吐き出し、余韻まで味わって、そっと抜き出すとき、服部は新一のそれをまさぐった。一度は熱を放出して、濡れているものが、首をもたげていた。それが嬉しくて、そのまま、服部は新一を手で撫で上げる。
新一が熱を回復して鼓動を大きくさせると必然的にその動きが入ったままの服部にうたわってしまう。
けっきょく、お互いが疲れ果て、溺れるように眠りの中に入ったのは夜半をかなり回った時間だった。
*
まだ、眠かったのだが、耳慣れたメロディが聞こえて、平次は目が覚めた。昨日つけっぱなしにして寝てしまったテレビがわらっていいとものオープニングを奏でていた。
「月曜!?ちこくやっ!?・・」
叫びかけて我に返る。
「って、工藤んちやし、ここ」
いくら焦っても大阪の学校にこれから行っては遅刻では済まない。休むのなら今日慌てて帰ろうと、遅く帰ろうと同じことだ。
「そんまえに創立記念日だしやな、あ〜ボケか、オノレは」
と、そこまで思い至り・・自分がダルイ理由を思い出して服部は、振り向く前から冷や汗をかいた。
右隣りに温かい心地イイ感触があるままなのだ。
見なくても分るが、見たいような見たくないような心持に、一瞬服部はこのまま寝てしまおうかと考えた。
「あの〜工藤、今日、テ、テストやって・・」
新一が本当に進級し無事進学できるかどうかは、きっと神のみぞしる、だろう。
服部がどれだけ新一の怒りと非難と八つあたりと受けるかは、もちろん想像に難くないのであるが。