天国までドライブ

                            byよるの


 

外では雨が降っていた。窓ガラスを大きく下げ、そして冷たい空気を少しだけ堪能して、またすぐに閉めた。雨音はすぐに車のエンジン音でかき消される。

目の前で信号は赤から青へと代わった。

「眠そうだな」

「ん、多少ねむい」

「眠れるなら寝とけよ。着いたら起こしてやるぞ」

内容はいたわるようだが、火村の声は多少冷たい。

「すまんなぁ・・」

こっそりとその横顔を覗きながら言った私に火村はタバコを加えながら器用にも唇を歪めてみせた。

「まったくだ。俺はいったい何をしてるんだかな?」

「そやな。高速飛ばして京都から大阪に来とんな・・」

「それはいい」

「まあな、いつものことやし」

……睨まれた。そのうえ、タバコを放した片手がズイと伸びてきて、首筋をつつき耳たぶを摘まれた。いやらしい事をする男だ。思わずドアへ擦り寄って距離を取る。

「それが電話一本で呼びつけられて、運転手を務めている貴重な友人への態度なんでしょうかね、有栖川先生?」

友人の首筋を君は撫でまわすのかと一瞬口を開きかけたが、何しろ主導権はハンドルと共に助教授の手のうちだ。

「感謝しとるって。ほんまに。ええやん、気持ちいいで、温泉」

「ったく。何が悲しくてわざわざ温泉入りに大阪まで来てるのかね、俺は」

「俺を骨休めさせに、やろ。良い友人をもって幸せやなぁ、俺は」

前の信号が青から黄色へと移っていった。ぐいとアクセルが踏み込まれ加速を背中で感じる。乱暴な運転に、まあいいかと目を閉じて身を委ねた。

うとうとともしないうちに私のお目当ての温泉へと辿りつく。温泉とマッサージ、それだけを頼りに軽口を叩いていたようなものだ。多少のワガママは多めに見て欲しいものだ。本当はただ寝ていたい気もしたのだが、繋がった電話につい声だけでなく顔を合わせたくなった。それでもだるさにただそばにいるだけでは、八つあたりを重ねてしまいそうだったから・・まあ心地よい場所につれて来てもらおう、と…うん、我ながらムシが良くて、彼が不機嫌なのもむりはないか。

湯はほどよく空いていた。二人きりではこそばゆいし、混み合っているのはなおゴメンだ。

「背中流したろうか?火村」

「けっこう。――お前こそ、マッサージしてやろうか?」

「けっこうや」

ほどよい距離を保って湯につかり、そんな応酬を交わす。痺れが解け、ずきずきと頭を締め付けていたコリがふわんとお湯にとろけていくようだ。肉体的苦痛が去ると、人間あっというまに上機嫌になる。私の頬はほんわかとゆるみ、ぱしゃと火村のぶっちょうづらにお湯をかけた。

「なあ、気持ちええな」

「人に湯をかけるな。・・ああ、まあ、な」

「あとでお礼したるからな、期待しとってな」

「ハハ。まあ気持ち良いからいいとするさ」

火村の頬は上気してほんのりと染まっている。私はすでにゆでだこ状態だ。どうも私の皮膚というのは赤くなりやすいものらしい。ほぼ酒量はおなじくらいなのだが、私が真っ赤になっていても火村がカオを赤くすることはあまりない。目を細めて湯に身を浸し、本当に気持ちよさそうにくつろいでいる助教授が、なぜだかわからないがおもしろくなかったのだ、そのときには。

なんだか釈然としない気分で火村から離れ、一段階ぬるい湯へとつかりに行った。

 

居酒屋にて夕食を済ませ、私はほろ酔いで、火村は運転の為に素面のまま、帰途に着く。

「おお、ようやく復活やなー。疲れ吹っ飛んだわ」

「そりゃなにより」

「風呂あがりのビールは美味いわ」

「おまえは。ったく。そのために呼んだんだろ、センセ?ひとりじゃ温泉は行けても、帰りにビールってわけにはいかないもんな」

「それだけやあらへんけど・・」

「なんだ?」

「だってなー。車なんかよう運転でけんほど、やったんや」

「へーへー。お疲れさま。まったく、アッシーくんとでも呼んでくれ」

「なにがお望みや、先生?」

古いことをいう男だ。目の前で信号が青から赤へ。雨は強さを増してガラス越しの街並みは滲んでいる。リクライニングを起こして、仰向けになっていたのを火村の方に向き直る。

手を伸ばし、シートベルトを外す。彼のバックシートにつかまって唇すれすれの頬にキスをした。

「そうだな。ちょっとそれじゃあ足りないな、報酬が」

信号は赤から青へ。それと一緒に火村は焦った様子もなく車を進ませる。今日はえらく余裕ありげではないか?この火村助教授は。

「口でしてくれる、ってのはどうだ?アリス」

ふふん。

笑いながら視線すらこちらに投げもせず、低めた声でいう。

「……事故ったら、アカンで?」

私も、多少、ムキになっていた。と、いうよりも、長めの禁欲生活にたがが外れているのか。どちらでもいいか。だいたい、そういわれてあとには引けないではないか?

まずは手をのばして、火村先生のスラックスの前をくつろげる。指を指し入れて、その下の生地の下にまで伸ばしてご様子を伺ってみる。

――くそっ、まだこのセンセイ笑ってやがる。

火村の髪は乾きってはおらず、しっとりとしていつになく艶やかな黒だ。口惜しいことにシャツ一枚でも、広い肩幅や引き締まった腹筋のせいで、何歳か若く見える上にさまになる。さきの時のし返しの意味もこめて、首筋にキスをしかけ、耳たぶを挟む。

表情を見てやろうとしたらバックミラーの中で視線がかちあってしまった。まだ余裕はたっぷりなうえに、あきらかに、どこまでできるんだ?といいたげな眼に私もぺろりと舌を出して答える。

風呂あがりでホカホカとして気持ちが良い胸に顔をすりよせ、そのまま膝の上へ。シフトレバーが邪魔だが、しばらくは直線コースでスピードも出していないので大丈夫だろう。制限速度で走る私たちの不埒な車を、スピードを上げた車が追いぬいていく。

「狭い・・」

「アリス、腰、痛めるなよ?」

かなり無理のある姿勢だ。車の中でスルというシーンもしばしば描かれているものだが、リアリズムとは無縁である。――もちろん、私はそんなシーンを書いたことも今後リアリティを求めて書くこともないけれど。ついでにそう熱心に読んだ事があるわけでもないと付け加えよう。

シートの上でじたばたと足掻き、なんとか火村の膝の上に顔を乗せられた。あまりみっともいい姿勢じゃない。

「おい、アリス・・」

そっと先端を口に含む。ちゅっと吸いたてて、息を止め、なるべく奥に含みこむ。舌で先端のふくらみの部分をこすり上げ、流石に息を呑んだ火村にほくそえむ。

「アリス・・っ。ちょっ、オマエ・・」

「ヒムラ・・事故んなや?」

含んだままモゴモゴというと、指が落ちてきた。髪の毛をまさぐり、するっと耳の後ろを触って私の喉にまわる。

「保証、できねぇな・・天国に行っちまいそうだ・・」

低く、快感に掠れた声に、ぞくっと私の背筋が泡立った。喉から鎖骨をさすられ、背中まで辿られ、その上含んだものが膨れ上がって口腔を擦る苦しさに降参する。

ソレを吐き出し。いささか恥ずかしくて火村と顔を合わせないようにすばやく自分の席へ身を起こす。窓へ持たれかかり運転席へ背を向けた。

どこかほっとしたような、飽きれたような溜息が聞こえて、それから不自由そうにごそごそと身支度を整える物音がする。

「くそっ、情けねぇな・・」

運転しづらいじゃぇか、とぼやく火村の声を私は聞こえなかったことにした。多分、歩いたら間違いなく私も歩きづらい事は請け合いだったのである。

 

 


まあそのなんというか。お馬鹿ですみません。