抱
擁よるの かいが
なぜこんなにくるしいのだろう。
――辿りつけない。
黒い目が不意に私を覗いた。
私は――うろたえた。私をけしつぶすほど抱きしめる万力のような力は――ひどく淫らな苦しさだった。
妻が私を見ていた。
見られたくなかった。
雪絵の目はすぐにそれた。ほっとする。
「――――……」
妻はなにか言ったようだった。
「え――…」
「行って来たらいいでしょうに――タツさん。家から出ないから気が塞ぐんですよ。今日は――千鶴子さん、出かけてるんですって」
きっとあなたの相手をしてくれるでしょ、と戸の奥へ顔を引っ込めながら雪絵が云う。
「あ、ああ……」
私の声はかすれていた。
なぜか気が進まなかった。
妻は、もう私が京極堂のところへ行くと決めつけているようだ。
私の精神が失調したときには、とにかく京極堂のところへ行かせればいいと思われているのかもしれない。
――気は進まなかったが。
――ためらう理由は、ない。
重い腰を上げ、私は仕方なく家を出た。
道を歩くのが――怖かった。何が恐ろしいというのだろう。
眩暈坂を六分目あたりまできたとき、私は立ちすくんでいた。
坂を上がるのがいわれもなく恐ろしい。
足ががくがくと震えている。
私は自分の状態が解せず、ただ額の冷や汗を、震える手のひらで拭った。
京極堂の骨休めとかかれた木札が目に入る。この友人の古本屋はいつ来ても骨休めだな、との思いに私はわずかに頬を緩ませた。
――なにをあんなに怯えていたのか。
私の震えはぴたりと納まった。
ただ、重苦しさは消えない――。
この強くきつくはらわたを締めつけるように抱擁される感覚
私はいつものように戸口へ一声呼びかけてから、京極堂の玄関をくぐった。
――京極堂は、私に、――愕いたようだった。
――忘れているのかい――?
――なにを……
忘れてしまったのだね――傷もまだあるのに――。
――なにを――いって、いる、の、だろ、う―――。
***
関口は京極堂を訪れた。
その日は京極堂の細君は留守だった。
とうとう君、愛想をつかされたのかい、などと軽口をたたくと、実家に用があるんだよ、とそっけなく返される。
関口は、またカストリ誌にでっち上げの猟奇事件解釈をひねり出さなければならず、京極堂が手ずからいれた茶をすすった後、そんな話を始めた。
京極堂は呆れたように関口を見た。その視線は関口には馴染みのものだ。こんな話を持ち掛ければ、彼がこういう目をすることはわかっている。それでも結局はなにか薀蓄を聞かせてくれる京極堂だが、今日は様子が違った。
「君は顔を出すとそんな話ばかりだ」
と、云ったきり、なにもあとが続かない。関口もなにがなんでも彼から話の種を引き出そうというわけではなく、執筆のあいだのいきぬきのつもりだったから、ああ、ごめん、と、もごもご謝り、共通の友人である榎木津と出かけた時のことなどを話す。
しかし、京極堂は関口の方を見るばかりで、黙りこくって、ときたま相槌を打つ程度だ。
「どうかしたのかい?」
不機嫌なのか、とも思ったが、京極堂をよく見ても、いつもより、より不機嫌そうではないのだが。関口は心配になり、京極堂のいつもよりもこころなしかうつむいている顔を、近々と覗きこんだ。
京極堂はすっと顔を引いた。
たじろいだ様子の京極堂に関口は首をかしげる。なんなのだろう?と考えこみ、ふっと思いついて、卓をまわりこみそばに近づき、京極堂に手を伸ばした。
京極堂の額に触れた手のひらは、すこし熱い。
「なにをするんだ、君は」
「少し顔が赤いから――熱でもあるのかとおもって。ちょっと熱いね、風邪かい?」
君の手が冷たいだけだ、という京極堂の声は気き取りにくいほど、かすれていた。ほら、声もかすれている、と額の手をもっとよく確かめようと押し付けていると、京極堂の身体が不意に倒れかかってきた。
「だ、大丈夫かい?そんなに悪いのに起きてたら駄目じゃないか」
――ばか、違う、と京極堂はやはりかすれた声でいった。
倒れたこんできた、というよりは、抱きしめられたといったほうが近い。
身体ではなくて、なにか――京極堂でも心を崩すことがあるんだろうか、とこの友人の腕のなかで、関口はぼんやりと考えた。
とにかく慰めたくて、しかし言葉も関口にはなく、京極堂の背へ手を回していさめるように何度も背中をなでる。
――不意に突き放された。
「京極堂――?」
「帰ってくれないか、関口君、もう――あまり来ないほうがいい」
云われた意味がまるでわからず、関口はただ京極堂の顔を見上げた。いま、帰れというのはともかく、来ないほうがいいというのは――。
関口は言葉を失った。
霞がかった目つきで、ぼんやりと立ちすくむ関口に、京極堂の顔が引き歪んだ。
――その顔はかろうじて関口の認識に引っかかる。そして余計に関口を不安に陥れた。
「こういう――ことなんだよ」
関口の顔を見ないですむように抱きしめて顔をそらす。
「一人でここへ来るのを止めたまえ、と云っているんだ。千鶴子がいるときはいいけどね」
何がどう云うことなのかさっぱり関口には飲み込めなかった。どうして、と漏らすと、京極堂の腕が痛いほど関口を抱きしめてきた。
「あっ――」
苦しさに声が漏れる。
京極堂が、強く肩をつかんできた。指が肌に食い込んでいる。
「いた――……っ」
痛い、と云おうとしたのが言葉を奪われていた。関口の唇を塞いでいたのは、京極堂の唇だった。
驚きに口を閉ざす間もなく、京極堂の舌が入りこんで関口の口内を蹂躙した。
息が苦しい――唇に歯を当てられて、痛む。
彼の背をつかんで、自分から引き剥がそうとずいぶん足掻いたが、関口の手にはまるきり力がこもらない。
京極堂が解放してくれるまで、ずいぶん長く貪られた。
血の味が舌にあった。関口の唇は京極堂の行為に噛み裂かれていた。
顔は離れたが、彼の腕は関口を閉じこめたままだった。
楽になった息にほっとして、関口の身体からは力が抜けている。痛みを伴うほどの京極堂の抱擁から、明らかに嫌がっているのに、すぐに抜け出すことも思いつかない。
「来ないほうがいい」
その言葉を何度か京極堂は耳元で繰り返した。
朦朧とした関口のなかに言葉がはいりこんでくる――。
――それとも君は僕とこうするのが嫌ではないのかい?ならばいいけどね
――もう、あまり、隙を見せないでくれないか
――きっと僕は君に、――
「僕は君にセックスを強要するだろう」
関口の頭が不意にはっきりした。
喚くように声を上げ、友人の身体を突き飛ばした。
****
――気は進まなかったが。
――ためらう理由は、ない。
重い腰を上げ、関口は仕方なく家を出た。
道を歩くのが――怖かった。何が恐ろしいというのだろう。
眩暈坂を六分目あたりまできたとき、関口は立ちすくんでいた。
――なにをあんなに怯えていたのか。
京極堂を見たとき、関口の震えはぴたりと納まった。
ただ、重苦しさは消えない――。
この強くきつくはらわたを締めつけるように抱擁される感覚
関口はいつものように戸口へ一声呼びかけてから、京極堂の玄関をくぐった。
京極堂は驚いたように目を見張り、――関口の様子に目を細めた。
「忘れているのかい――?」
「――なにを……」
「忘れてしまったのだね――傷もまだあるのに――」
――なにを――いって、いる、の、だろ、う―――。
彼は立ちあがると、へたり込んだ関口のそばへ寄った。さし伸ばされる手に彼の身体が逃げそうになる。
「あ――」
なぜ、こんなにも、自分の身体は震えるのだろう。関口はあいまいに笑っておかしな自分をごまかそうとした。
「あ、あ――京――」
京極堂は関口の唇の傷を指でたどった。
――これは、彼のところでついた傷だったか?関口の記憶はおぼつかなかった。
京極堂の唇が落とされ――この、抱擁は――これは京極堂の――。
「嫌だ、いやだ、京――やめてくれ、やめてくれ――」
「――やめないよ。云っただろう。――本当に君は――仕方のない人間だね」
関口はままならない手足で京極堂を押しのけようと足掻いた。だが、するりと忍び込んだ京極堂の指は、関口の洋服をはぎ落としていく。京極堂の冷たい指に関口は身を震わせた。
「やだ、いやだ――」
どこに向かって手を振り上げればよいのかも関口にははっきりしなかった。全身が抱きつぶすようにおおわれているようで――それを押し返そうと力を込めても関口の腕は宙を掻くだけで、京極堂の腕を阻むことすらできてはいない。
すべての覆いを取り去られて、身体を剥き出しにされる。空気の冷たさに一瞬肌がそばだって、それから布地などよりも熱をもった身体に覆い被さられ、もっとぞっとする。
痛みだけがあった。
うつぶせに畳に押し付けられ身体を開かれて関口は悲鳴を上げて身体を仰け反らせた。
そこは狭く潤いもない。ただ、京極堂は猛った己を関口の硬い蕾に押しつけ突き入れた。引き攣った叫びを上げ、ずり上がって逃げようとする彼の腰をつかみ、自分の腰へ引き寄せる。白い肉をつかんで京極堂を呑み込んでいる関口の尻を左右に押し広げ、ゆっくりと腰を揺らす。関口の傷ついて血で滑る感触が京極堂には快楽を与え出す。
身体を引き裂かれるような痛みにただ関口は耐えた。
身体の内側を焼かれているようだ――。熱くて苦しくて嗚咽と引き攣った喘ぎだけがもれる。
この、熱い棒は、彼のものなのだ――ぞっとするような事実に関口は心を塞いだ。
痛みだけになる。
内臓を突つかれ、こね回されている。
関口の口からは女のような喘ぎと高い悲鳴が漏れ、自分でも女性のようだ、という思いがひどく心を苛む。
自分のそこは、京極堂の男を受け入れている。
「は、あー―いや、嫌だ――」
ずいぶん長い時間京極堂は関口を貫き続けていた。
行為のあと、なかば意識がなくそのまま寝入ってしまった関口は、翌朝、目覚めてすぐ、ふらふらと立ちあがり、京極堂の一切の言葉を無視して家に帰っていった。
***
翌日、京極堂は玄関先で彼を呼ぶ声にいささか驚いた。
「――関口君」
関口は顔色が悪かった。視線がうつろで、おどおどと怖くてならぬように京極堂を窺うのに、――なぜ、自分がそうなるのかということに戸惑う――壊れかけている。
「こ、これ――ああ、あの一昨日は――君のとこに泊めてもらったから――雪絵がもってけっていうからさ」
関口は包みを抱えていた。
―――覚えていないのだ。この男は、あそこまでされても。
それでも、関口は包みを渡して、すぐに帰ろうとしているようだった。
「暇なら上がっていきたまえ。――千鶴子はまだ帰っていないから、僕が入れるんでよければ、茶でものむかい」
「え、いや――だって」
「――嫌がる理由はない、そうなんだろう、関口君」
しばらく関口は黙りこんだ。
「――そう、だね…」
***
「こうしても、思いださないか――関口君」
「な、なにを――あっ、い、いやだ――」
触れられて、ようやく関口はまともに反応した。強引に口付けられ、抱きこまれる。
身体は痛みを覚えている。抱擁されて、関口はすぐに動けなくなった。
イヤダイヤダ……とうわごとのように繰り返す関口を京極堂はかまわず抱いた。
手をあちこちに滑らせ、口付けを振らせる。
首筋を舐め上げ、胸をてのひらでもみこむように撫ぜながら、関口の熱に自分のそれを押し付けて腰をまわす。
「や、やあっ……い、いやだ」
関口の脚を抱え上げて、一昨日、蹂躙し尽くした場所を剥き出しにさせる。京極堂に犯されたばかりのそこは、そのなごりにか、薄赤く色づいて淫靡なさまだった。京極堂はそこへ口付けた。指を差し入れて押し広げ、舌で中までも探る。
「えっ……な、なに――嫌、嫌あ」
関口の声が甘くなる――。唾液を舌で彼のなかに流しこみ、それを指で中まで塗りつける。関口の内部は熱い。奥まで突きいれ、指を増やして掻き混ぜると、関口の腰が跳ねた。彼自身もすでに反応していて、快感があることを京極堂のまえに晒していた。勃ち上がって震えている関口の熱には触れてやらなかった。
京極堂は執拗に関口の後ろを愛撫し続ける。
二本の指を最奥までさし入れ、ひくつく肉壁をこじる。
「うっ、あ、ああ――」
「気持ちいいかい……関口君、ここはもう僕に愛されたことがあるんだよ」
関口は潤んだ目で、京極堂の言葉を理解しているのか否か、のぞかせない。ただ、甘くうめきながら嫌々と首を振る。
「ここに、僕のを入れたら――、君は泣いてたんだぜ。あんまり辛そうで――きつくて僕も痛かったがね」
「はあっ、い、いや――止め」
「そう、ちゃんとこんなふうに――慣らすべきだった。もう辛いばかりでもないだろう」
「嫌だよ、やめて、やめてくれよ――きょうっ……」
関口の唾液で湿らされほころんでいる入り口にぴたりと京極堂は己の切っ先をあてがった。
関口の身体はなにがこれから起るのか、やはり覚えているのだろう。
恐慌を来したように暴れかえり、逃げを打つ。
*
「はあっ……んっ、ああっ!」
なにか恐ろしく熱い物が私のなかに侵入しつつあった。私には彼の雄を受け入れる器官など――開いていなかったはずなのに。
痛みは甘い。
京極堂を締めつけるようにまといつく私のここは、なんなのだろう。
いったい、私は――どうされているのか。
また、甘く苦しい抱擁の中に陥れられる。
逃れられない――、ああ、気持ちがいい――。
揺さぶられるのは、ひどくよかった。
「あ、はあっ、はあ…んっ」
鳴くと、私のなかの彼がどくんと脈打つ。
痛いほど、私は自分のものも張り詰めさせている。
ズッと卑猥な音がした。立て続けに濡れた音が私のそこから溢れている。
「い、やあ――っ」
「また、忘れてもいいんだ、関口君――」
「あ、ああ――」
絶頂が近い。私のそれはただ剥き出しでなんの刺激も与えられてはいないのに、京極堂が奥を突くたび、達しそうになっていた。彼の動きが高まる。息遣いも荒い。
深深と突きこまれながら、京極堂は私のそれを手に収めてくれた。
「アッ――」
求めていた刺激に、私は簡単に到達してしまった。
ぼんやりと虚脱したまま天井を見上げていた私の目に彼の顔が映った。
口付けをされる。
そういえば、彼はまだ私のなかにいるが、それはもう勢いを失っている。濡れた感触がするから――多分彼は私の中へ精液を注いだのだろう……。
私は意識が遠のきかけていた。きつい抱擁の感触だけを残し全てが遠ざかって行くようだ……。
「また、忘れるんだね――君はこんなことを繰り返しても――いいのかい」
彼の声が耳に残った―――。
べあさまのりくえすと、無防備な関に我慢できなくなって初強姦しちゃう京極堂――です。