ヨルノ カイガ


 

やはり私は覚えていなかった――。

われながら、呆れてしまうほどの胡乱な脳みそである。
彼にいわせれば、胡乱な私という主人に脳のほうが仕方なく(諦めきって)従っているのだろう。

それにしても、飼いならされきった脳みそもあったものだ。
きっと、私のこれまでの人生の中で幾度も、幾度も、――憶えていてはならぬことを忘れさせられてきて――。

慣れている、のだ。

だがことここに至っては、忘れているほうが、

 否、それとも忘れていたほうがいいのだろうか。

――あんなことは、おもいださぬ方が、きっと、――

 どんな醜態を晒していることか――。

 

 

 ***

 

「タツさん――、電話だって言いましたのに――……」
 雪絵が不意に声を出した。いや、不意ではなかったかもしれない。

 私は気もそぞろで、ああ、とかううとか不明瞭につぶやいた。
 まだ、私は半ば以上夢の中で、あのことを考えていて、とてもまともな応対ではない。最近はすべからくそうなのだ。どうしたって考えてしまう物は仕方がなかろう。

 最初は京極堂が、――強要したものらしい。

いったいどうして――、彼がそんなことをしたものか。覚えてもいない上に推測もまったくつかない。その行為、本来男女の間で行うべきようなこと、理性の権化たる彼にはなんとなく不似合いな――。

彼はそのとき、どうしたのだろう。それを私に強いたとは――どんなふうに……。
それを私は知っているはずなのに思い出せない。

ああ――また、考えてしまっている。
妻の前だというのに。
そう言えば、電話だといっていなかっただろうか。

「なにを微笑っているんですか――」
障子を開けた雪絵が、困惑したような笑みをうかべこちらを見ている。

「あ…」
私は、赤面した。

挙動不審な私にお構いなく、雪絵は続けた。私を電話に出すことは諦めて代わりにでてくれたものらしい。それは榎木津からのものだったようだ。

「こちらに来てくださるそうですよ。タツさん。着替えてください」

「え、――でも、……」

私は榎木津と出掛けることになってしまっているらしい。あまり、気が進まなかった。
だが私が電話に出ていたからといってあの強引極まりない探偵の誘いが断れるとはとても思えない。

逆らわぬ神に祟りナシだ――。
さわらぬといいたいがあの神は生きていて向こうから接近してくるのだから、避けないほうがまだ祟りは少なかろう。
いや、逆らわなくても祟りがあるのがあの男だが――。私は少し溜め息をついた。榎木津にあの妙な能力がなければまだしも居留守でも使うのだが。雪絵にうそをついてもらったところで、あの探偵には通じはしない。

――人の記憶がみえるのだという。厄介極まる。

「タツさん。ほら、もう、来ちゃいましたよ。着替えてもいない……」

「あ、あ、雪絵、どうしよう……」

「…タツさん。どうかしたんですか?」

はたと思い当たったのだ。私自身は思い出すことができないが――それを、…知っていることは確かなのだ。京極堂との行為――もしそれが、それが、榎木津が私を見たら。
どうするのだろう。榎木津が、学生時代、京極堂――いや中禅寺にせまっていたことは、私もまだ覚えている。

どうしよう――。
たよりの雪絵にも、事情など打ち明けるわけには行かぬので、もうどうしようも、ない。

失語する私の耳に、ばたばたという騒々しい足音が響いた。がらりとこれ以上はないほどの乱暴さで障子があけられる。

「あら……」

雪絵はにっこりと、榎木津に会釈し、待たせてしまったことと、私のむさくるしい寝巻き姿をわびた。

 

榎木津が、その色素の薄い琥珀のような瞳で――
 私を見た。

          

                  *

「なんだ。サル、このサルサルサル。いや、カメザルくんだな!電話もしてやったというのにまだ寝ているっ」

そんなのはカメだ、のろまだ、早く着替えなさいと、榎木津は言いたてた。

いつもどおりである。
あまつさえ、私の寝巻きに手をかけ、着替えろッといいながら引き剥がそうとする。
雪絵は、笑ってみているが、私の方は、笑い事ではない。

いやだ……。
「エノさん、やめてください」

「辛気臭いっ、鬱々鬱々しているな。そんな暗い顔の男のことばかり考えているからだ!あの男もご苦労様なのだっ」

「エ、エノさん……見えるんですか……」

「サル君のことなぞ、残らずお見通しだ。まったく、また行きかけたなッ」

私の上半身を露わにしてしまうと、そこで飽きたのか、榎木津は私を突き放した。のろのろ自分で着替えはじめるのを雪絵が見かねて手伝ってくれる。ようよう着替えて、私は榎木津の乗ってきた車に放り込まれた。

 

                 *

関口はオドオド々々していた。
明らかに挙動不審である。
しかしこの男が挙動不審でもだれもいぶかしまぬので、それは不審に値しないのかもしれない。

「なんだあ、関タツ。やけに陰気くせえじゃねぇか」
木場シュウである。関口の顔を見るなりそう言った。

言われて、関口は益々肩を竦めた。久方ぶりの旧友との再会にも、う…といったきりである。
いつものことだ。

榎木津ビルヂング――薔薇十字探偵所には先客がいた。木場シュウと、それから山内氏――倫敦堂だった。これはどうも、お久しぶりです、と、たいそう愛想よく山内氏は言って、関口に笑いかけた。

関口はそれに冷や汗をかいて、へどもどとお辞儀をした。どうして、ここに京極堂の古本屋仲間がいるのか…木場の顔を見たが木場は事情に通じていないようで、首を振られてしまった。

恐る恐るといったたいそう卑屈な態で関口が今度は榎木津を窺うと、とつぜん榎木津は関口を倫敦堂氏の方へ突き飛ばした。

「な、なにをするんだ、エノさん――非道いじゃないか…」
「なに!?サルの分際で非道だとっ、いいから君は倫敦くんのそばにいたまえっ」
「あ、あのう――」

事情が呑みこめず、目を白黒させる関口に倫敦堂が声を立てて笑った。榎木津に突き飛ばされ、彼に抱きとめられる形になっていた関口は耳元で笑われるのに首を竦めた。

「おおっカメが首を引っ込めたなっ。なかなか愛らしいぞっ」

関口は厭な顔をした。

「いやあ、お変わりなく、関口さん。榎木津探偵に僕がちょっと依頼があったんですよ。もうそれは済んだんだけど――これから呑みに行こうってなったの。そうしたら、どっちか呼ぼうってことになってね。でも彼お酒飲まないでしょう?で、貴方呑むっていうから。会いたかったし。ご迷惑だった?」

どうしてこう古本屋というものは弁が立つのだろうか。関口は力なくふるふると首をふっただけだった。迷惑でしたといえるようなら苦労はしない。

お酒を飲まない彼――といわれて、関口はうつむいた。赤面し、上目遣いにちらりと探偵のほうを見る。その視線が半眼の探偵と合ってしまい、益々関口は身を竦め、近くだった倫敦堂の影に隠れるようにした。

「ん――なにをそんなに関君はこそこそしてるんだっ、まったくあの陰陽師の顔、顔ばっかりだ。なにかあったのか?」

「あ、あ――なんにもないよ、――っ、憶えてない」

「ねえ、どう見えるんですか? こう関口さんの見えてた物が?」

「アップだ、迫力だっ。おや、珍しく真剣な顔をしている」

いろいろと見え方を榎木津が喋っているのを訊いて、関口はようやくホッとした。どうやら――言い訳のきかない状況は見えないらしい。用意周到なあの京極堂のことである。何か策をこうじたのだろう――と勝手に納得して、関口は自分の不用意な発言から露見しないようにとそれだけを気をつけることにした。

 

 悩みに悩んだ関口が京極堂を訪れたのはそれからしばらくのちである。

                    *

 京極堂の視線の先で、関口は顔を赤くして俯いている。

先日の――いうなれば逢瀬から一月ばかり経っていた。あれから京極堂の細君が留守にすることもなく、また今回も彼の妻が家を空けることを京極堂が関口に伝えたわけではなかったのだが。

――千鶴子さん、いないんだろ、

京極堂を訪れ、いつもの座敷へ通されると、腰を落ちつける前から唐突にそう言った。

――だからどうだというんだね、君は。

関口はすでに赤い顔で黙りこんだ。その顔をみて一月まえの鮮明な記憶が思い出される。

――ずっと夢だと思っていたというのだから呆れてしまう。月のない夜が明けたあと、目覚めた関口としばらく言葉を交わした。

 関口が腕の中で正気に返るのははじめてだった。京極堂、と、かすれた声が、呼んだ。
 憶えているかい、と静かに尋ねた京極堂に関口は首を揺らめかせた。あやふやな答えだ。
 もう、どちらでもいい、と思った。意識にしろ無意識にしろ…、関口は拒んでいないのだ。
 ねえ、と関口が言った。どうしてきみは――、い、否、どういうわけで僕たちは……。

 ふふん。強要したのさ。僕が君に。無理矢理だね。――この行為を強いたのだ。

 関口は黙った。それきり何もいわなかった。
そして翌日、月が沈むころには、帰っていった。

 

 

 今も、関口はそのときと同じなにか言いたげな顔で、黙りこんでいる。京極堂は、酷薄な唇を歪め、しらじらとそんなかれの様子を眺めていた。
 ――かすかな苛立ちと、それに触発される、ちりちりとした――愉悦。

「……気になってしょうがないんだ。その、こんなこと、いうのもおかしいとは思うんだ。でも、君だって、わかって、わ、わざと、……あ、あんなふうにしてるんだろう。でも、僕はその、まったく覚えてないのは、……厭なんだよ、その、だから、僕に忘れさせないでくれないか」

 京極堂の冷たい視線を浴びて、関口は身を竦めながらも、一息に言いたてた。

呆れてしまう。この男は。その行為を強いた京極堂が、その記憶を関口に呪いでもかけて『忘れさせた』といいたいらしい。

「まったく君は仕方のない人間だな、関口君……」

京極堂の声にビクンと関口が体を震わせた。……目が潤んでいる。
その体を引き寄せて胸の中に抱きこみながら京極堂は続けた。

「言っておくが、僕が作意を持ってそれを忘れさせてるわけじゃない。忘れるのが厭なら、出来るだけ正気を保っておくんだね。……もちろん、協力はしよう」

俯いて顔を背けようとする関口の唇を塞ぐ。舌を貪りつつも、言葉を続ける。「ほら、もう目付きが虚ろだ。確りしろよ、関口君」

「あっ、…そ、んなこといっても。ちょっと待ってくれ、京極堂。いきなり、なにをするんだ…」

京極堂の肩をつかみ、息を乱しながらもぼそぼそといまさらそんなことをいう関口に、京極堂は唇を歪めた。

「なにをするのか、ね…」

関口を腕の中から突き放した。軽くうめきながら、畳に関口のバランスの悪い体が転がる。

関口は、ひどいよ…となにか抗議を呟いた。身を起こしかけて、あわてて、口元を拭った。深い接吻に唾液が唇から滴っていたのだ。みるみる血色の悪い顔が赤く染まり、その様子に思わず京極堂は目を細めた。

「こんな所で…。非常識、じゃないか」

「ふん、最初だってここだったんだぜ。おぼえちゃいないだろうがね。まあ良い。『作法』にこだわるのなら、そうしてあげようか。ほら、君は風呂へいってきれいにしてくるがいい。僕はその間に寝床をこしらえよう」

それにもためらいがあるらしく、四の五のいう関口に浴衣を持たせて風呂へと追いたてる。

浴衣をかかえ、困惑の態ですごすご風呂へ向かった関口の背に、京極堂は唇をゆがめた。

 

客間に布団を一つのべ、障子を閉めきっておく。外はまだ明るい。日がそろそろ夕暮れて赤く色づくころあいだった。

紫煙を燻らせていると、ひたひたと足音がする。関口が湯上りの裸足で廊下を歩く音だ。からりと音を立てて開いた。

関口は服を着るのが下手だ。シャツだってかれが着るとなんとなくだらりとして見える。和装などはよけいだ。帯はいちおう結わえてあるが、普通結ぶ腰よりもたかい位置で結んであるため、裾は開き、胸元ははだけている。だらしがなくッて、へんな艶がある。

関口が部屋に敷かれた布団にたじろいで、どこに落ちつこうかと中腰でうろうろするのをけむりごしに見遣り、

「関口君、そんなに離れて座ってどうする気だ。此方に来ればいい」

煙草を潰し、呼んだ。

「あ、ああ……」

「そう変わったことをするわけじゃない。ありふれた、たいしたこともないものだ。だいたい、もう君の体は慣れてるんだぜ」

関口の浴衣の袂を掴み、強く引っ張る。ずるりと貧相な肩から腕、胸元までがむきだしになった上、京極堂の胡座に崩れ込んでしまう。膝の上に尻を乗せられ、それでいて抱き寄せられるわけではなく、密着しない曖昧な体勢で、間近にある京極堂の顔に関口が赤面する。

「眩暈がするよ…ぅ」

関口のひりだした声はかすれていて、耳に甘く響く。片方の肩に引っかかっていた浴衣を引っ張り、あらわになった胸元に口付けた。

戸惑いがちだが、関口の腕が応えるように抱きついてくる。「京極堂……」

「――っ」

くらりと、来た。
眩むはずのない目が、眩みかける幻惑を味わう。
でなければなぜこれほど弁えた自分がこんな振る舞いに及ぶだろうか。目が眩んでいるという錯覚がゆえだ。

その胸に舌を這わせ、もう一方のほうは手のひらで押しつぶすようにすりあげる。揉みたてられて平らな胸から顔を出したところへ歯を立てた。

「うっ……」

「関口君、目を開けたまえ。…君はすぐそうして目を瞑るくせがあるから……だから忘れてしまうのだよ」

「え…、んッ……」

うっすらと関口が目を開く。彼の乳首を口にしたまま、その顔を見上げて、ちゅっと音がするように吸い上げた。

「ううっ」

泣くようなうめきをあげて関口はうつむいた。憤死しそうなその表情がおかしくってならず、かみ締められた関口の唇に自分のを押し付けた。

「何をそんな。ここくらい弄るだろう?いま、しているのは……セックスなのだぜ」

そのままことを進めると関口がすぐに正気を失いかねないことを見て取って、京極堂は唇を関口の薄い胸から放し、関口が顔を上げるのを待った。

「そ、れは、わかってる、けど……っ、」

なんとかいいたまえ、と背中をゆすり上げられて関口はようやく返答した。

「へん、なかんじだよ……居たたまれなくって、……っつ」

「ああ……そうだね、これは、初めてだよ」

関口の前に手を沿わせて、京極堂は関口の耳元に口を近づけた。「――いままでは、僕が君をする前に、君がこうなることはなかったんだ」

いつも、後ろを弄られ、意識のない体でもそうならずにはいられない場所を直接的に刺激されなければ、関口の体が反応することはなかった。

云われて、関口は、顔をゆがめた。

「ふふ、良かったじゃないか……これで僕たちはお互いにお互いを性欲の対象として捕らえることができた…というわけなのだから」

「き、きょうごく……」

京極堂の雄を押し当てられた上、そんなことをさらりと言われ、関口は、危うく失語しかけている。

「さて、関口君、気持ちの確認もできたことだ、君の知りたがっていたことに移ろうじゃないか」 

関口は、心を決めては来たらしい。かくかくとうなずき、息を呑んだ。なにをいっても、あまり逆らおうとしない。

京極堂の云うなりの姿勢で開かれて、その部分を潤わされ、たたなくなった腰を抱えあげられ、もう一度京極堂の膝に抱えこまれる。

今度は逆向き、背中を京極堂に預けるように座らされている。両足の間に自分の脚を入れ開かせて真ん中を弄りやすく露出させた状態だ。

「い、たいんだけど……」

「ほんとかい?痛くないだろ、ほら」

声はかすれているが、意思のはっきりした声に指を増やすことで応えた。支えている背中がびくんと竦み、ずるりと関口の腰が前に突き出されてのめった。

「うっ……」

声は本当に苦しげだったのでいったん抜いてやり、どうかと問うてやる。

「脚、あ、いた、痛いって、止せようッ」

ずれた腰を抱えなおそうと、開脚した脚をぐっとひきつけたのがよほど痛かったらしい。関口の声が腹立たしげに尖り、目に涙が滲んだ。

悪かったと謝って、いったん関口の腰を離してやった。

「じゃあ、関口君、自分で開き給えよ。それなら加減できるだろう」

え…とつぶやいたその口のまま首を捻じ曲げて関口がこちらを振り返る。その顔を上から覗き込み、両腕を取った。背中から覆い被さり、関口の手を操って、関口の貧弱で白い脚に触れさせる。膝を抱えさせて、関口の手の上から力をこめて左右に腿を開かせた。

「……っつ、」

関口の背がこわばり、身がちぢむ。膝を抱えこんでうずくまるような姿勢になる。年中ろくに物も食えない精神状態に落ちこむせいで、関口は不健康に痩せている。薄い肉では透けて、あまりにあらわな関口のきゃしゃな骨の形を京極堂は指でたどった。

頚骨から背骨を終わりまでたどる。さすがに肉に隠されている尾底骨の形を指で探ると関口は悲鳴をこらえるような無様な声を出した。

「閉じろじゃないよ。ひらいて、といったんだ。それとも、前からじゃなくこっちからがいいのかい、君は」

 敷布との間に指先をねじ込んで、関口の潤いを与えられ、ほころんだくちへと指を触れる。きゅっと関口の尻が動き、京極堂の指の動きを阻むように締め付けた。

応えない関口の肩を抱えて胸に抱きこむ。のけぞらせて、脚を開くようになおも促した。

「あ、あぁ……」

嘆息を漏らしながら、関口がわずかに抱えた足を開く。熱く震える関口自身を指でたどってやると、背が素直に京極堂の胸へと崩れてきた。

「もっと脚を抱えて、上げて。そう、腰を浮かせるんだよ」

「ん、んんっ……」

ふう、と息を吐く。目元を赤く染めて、ぎゅうと目を瞑ると、云われたままの姿勢を関口はとった。後ろへ倒れこまないよう片手で肩を支えながら、京極堂は関口を横抱きにして、狭間へ手を伸ばす。

赤く色づいて、濡れているその蕾につと指を触れるだけで、関口の雄も震える。

少々乱暴に、一気に二本のそろえた指を、突き入れる。

「ひっ…あ……」

かき回すので無く、犯すように指で擬似的に挿入の衝撃を繰り返す。くちゅくちゅと濡れた音がそこから上がり、関口の蕾は爛れたように赤い内部を露呈するようにめくれあがって、開かれる。

自分の部分を関口は一瞬凝視し、弱弱しく首を振った。

「こ、んな……っ、う…、京極堂、こ、んなこと、」

「そうだ。こういうことだよ、関口君。僕が君にしていたのは」

「あ、ああ……」

関口が顔をそむけるのを、許さず顎をつかんで、視線を向けさせる。涙がこぼれた。行為の最中、この男は、これでも男だというのに、良く泣く。泣き出す。今までは正気でないせいかと思っていたが、そうではないらしい。それとも、もう、すでに関口は正気でなくなってしまったのかもしれない。

「……また忘れる気かい」

そう云い、京極堂は、関口を突き放した。

背を支えるものが無くなって、そのまま布団へと転がりながら関口は首を振った。「京極堂……」

ぐいと脚を押し開く。膝が関口の胸につくくらいに抱え上げて、膝立ちの自分の腰へ関口の尻を抱え寄せた。

「あ、あ、待て、待って、うぁ……」

入り口にあてがうとそこはひくついて、十分に潤んでいる。怒張しきったものを押し付け、侵入した。ずぶずぶと音を立てて関口に呑みこませる。

「入らないよ……入らないよ」

いっぱいに含まされても、うわ言のように関口が繰り返す。そんなのは入らないんだよう、と支離滅裂な口調でたどたどしく言い募る関口を京極堂は笑った。小刻みにゆすりたて、もう完全に奥までも愛し抜かれていることを思い知らせた。

「関口君、目を……開けて見るんだ」

ぐっと前倒しに押し開いて、関口の京極堂を咥えこんでいる腰を抱え上げる。関口の熱と……結合部が彼の前にさらされる。ぼんやりと開かれた眼がそれらを写し、羞恥にか、たまらない…といいたげに潤んで伏せられる。

「きょうっ……、はあ、あ、あ……、」

ぶるぶるっと、関口が震えた。全身が高潮し、ハッハッハァッ――、と苦しげで速い息を繰り返す。

京極堂は、ぐいぐいっと挿入を繰り返し、その喘ぎすら、阻むように関口を攻め立て続けた。

 

 

 

「きょうごくどう……」

先刻から、何度も呼んでいる。

もちろんかれと違いこの男が、気づかぬわけはないから、あえて無視をしているのだ。

「アッ……京極堂っ」

「うるさいなあ。いいじゃないか、大人しくしていたまえよ、君は」

「よ、く、ないよ……いい、かげんにしてくれないか……しつこいよ、君は」

声が震えないようにするだけでも関口は必死だった。ほんとうは喋るたび、腹に力が入ってまだ中にいる京極堂を締め付け、刺激に飛び上がりそうになっているのだ。

脚をほとんど京極堂の肩に抱え上げられるような激しい姿勢で、最後までされた。関口はとても、京極堂が終えるまで耐えられずに激しく突かれて達し、京極堂の胸元へと自分を散らしてしまった。自分が極めてからも、京極堂が終えるまでされつづけるのに関口は閉口した。自分が達し、力を抜きたいのに、一向に中の熱は収まってくれない。

それを京極堂に訴えると、呆れた顔をされた。「……自分がイったから、ここでやめて欲しいっていうのかい」

「あ……」

慌てて首を振ったが遅かった。京極堂は眉を寄せて――こんな状況だというのにそれは恐ろしい不機嫌な顔になり、……さらに激しく抜き差しを繰り返され、そこが破けて中に入ってくるのではないかというほど深い場所へ、出されてしまった。

その瞬間を、関口は、目で見るよりもはっきりと感じた。背筋を悪寒が走りぬけた。熱い液体が中に放出されたのが、あまりにも鮮明で、関口は、「アツイ」と口走って京極堂の抱擁から逃れようとすらした。

それも、彼の眉間のしわをますます深くさせることになってしまったらしい。腕をつかまれ、つながったまま引き起こされた。驚いて身悶える関口を乱暴に自分の上に座らせ、喉と肩に噛み付いた。

かなりはっきり、関口は抵抗をした。やめてくれといい、それでも放さない京極堂に抜いてくれとまで口にした。

まったく力の入らない痺れた体でなんとか京極堂を押しのけようとすらしてみたが、そうすると逆効果で、余計に荒っぽい愛撫をされる。仕方なく関口は京極堂の質量は少なくなったが異物感をあたえつづけるものに耐えつつ、しばらくは大人しく身を竦めていた。

「きょうごくどう……」

また呼んだが、やはり応えはない。ふうっと関口は息をついて、酷い情人の肩に額をのせた。

耳元でシュッと音がした。マッチをする音だった。

「君も吸うかね」

「……いや、いいよ……」

自分の中に入ったままの男が、タバコを咥え、煙を深く吸いこむ。吐き出す。上下する胸の動きに関口は息を飲みこんで耐えた。

どくどくと息づいている自分の中と、少しずつ、硬く力を取り戻していく京極堂。

「良さそうじゃないか」

さっきまでは酷く気分が悪かったのだ、本当に。あんなものを中に出され、イったあとも、こすり上げられて。だが自分に熱が戻ってくれば、これは紛れもない快感だった。小さくゆすり上げられ、うめきが出る。

「んあ……」

とろけた関口の顔に、京極堂は、やっと表情を緩めた。かすかにだがうれしそうに笑い、関口に口付ける。

 

  ***

 

関口が身じろぐたびに漏らすくるしげな息が風に乗って運ばれてくる。開け放した障子にだらしなく背をもたせ、冷えた夜気に、火照った身体をさらしている。

行為を終えると、関口は浴衣に手を通し、前を掻き合わせて、ずるずると京極堂の腕から這い逃れた。

身じまいも終えず、ただそうして情事の痕もそのままのなりで、月明かりに暗い庭のほうへ視線をやっている。

京極堂は手早く自分からは名残を拭い取り、新しい着物を出して身仕舞いすると、部屋を出て、酒肴の支度を整えて戻った。

「呑むかい?」

杯に酒をついで、ぼんやりとしている関口の口元に差し突けると、関口はそのまま酒を啜った。

「不精もほどほどにしろよ、君も。杯くらい自分で持ち給え」

「……ああ、うん……そうだね」

ゆるゆると手を伸ばし、杯を受け取ると、自分でそこに酒を満たし、口をつける。「うまいね、あまい……」

にこりと笑うと、喉をそらして酒をあおる。

「……そんなに美味いかい」

用意した杯はひとつで、京極堂は呑む気はなかったのだ。美味いよ、呑めよ君も、と今度は関口が杯に酒を満たして、それを京極堂に差し出した。小さな杯は手の中にくるみこまれ、冷たくあまい液体は関口の手のひらに汲まれているようだった。

関口の掌から酒を啜った京極堂を、関口はおかしそうに笑った。

「そういえば、どうやったんだい。教えてくれよ、京極堂。どうやって、エノさんに、見えないようにしたんだ」

「……だから言っているだろう、この行為を君の脳に記憶させないようにしていたのは僕ではない。どうして君が覚えていなかったのか、などということまで僕の責任ではないよ。……誤解があるようだから、言うけどね、あの探偵には『君が見たもの』は見えていた。もちろん僕が見ていたものについても然りだ」

「で、でもっ、待ってくれよ……それじゃあ、エノさんはもう知ってたっていうのかい!?」

「……あの男が見えて黙っているわけは無い。だから、言うけどね、僕だって『見て』いなかったのさ。……こういうことだよ」

京極堂は話しながら不意に唇を関口のそれへ重ねた。赤面し、抗議を言いたてかける関口をさえぎって、続ける。

「さて、今の行為を視覚情報のみで認識してみたまえ。……といっても君には理解できないか。つまり、僕の顔がすっと近づき、……君は目を閉じた。この映像だけで、接吻だとわかりはしない、そういうことだよ」

「ああ……」

納得したようなしないような表情で関口は頷く。その一応の安心も、次に付け加えられた京極堂の言葉で吹き飛んだ。

「まあ、いままではね。今度のこれはさすがに『わかる』だろうな。明るい上、君も僕も『見てた』からね。感触などではなく、視覚でもね、たいそうな嬌態だったから……まあせいぜい、口止めしとくとしよう」

 

 


わーん、ひさしぶりのえっちでなかなか、ふわ、へこむ。

いちおう、抱擁の続き、なんですが。あんまりにも雰囲気ちゃいますねえ…