幻想絵画

                        byヨルノ カイガ


 関口は白いシャツと黒いズボンをつけていた。その襟元は少し肌蹴ている。榎木津の視線を感じ、関口は顔を背けた。

 榎木津は関口を観ながら、酒を飲み少女の作った食事を平らげた。少女は片づけまで終えると、榎木津の宅を出ていった。さほど関口のことを気にしたようでもない。

 酒だけを舐めながら、榎木津の視線が関口の身体を這う。そういままではしげしげと見た事はなかったはずだった。親しい友人にしか過ぎないはずの、男の身体だ。それを逸脱しかける行為は、散々したことはあったが。それでもあくまで、冗談や、酒の勢いだった。

 やや痩せ気味の中背で、色は青白い。榎木津と違って身体には青年らしい筋肉の一つもない。

 貧弱でどこかぐんにゃりとして、強いて言えばそんなところが、ある種の劣情を催させる。榎木津はサルだサルだというとおり、目が大きい。榎木津のようなパッチリとした瞳ではないが、黒目が大きくて、上目遣いに人を見る癖があるものだから、――そうか、と榎木津は腑に落ちた。改めて見れば、こう、すらすらと、関口をそう見ていたところがのぼる。半開きのすこしぽってりとした下唇が、彼がすぐ噛み締める癖があるせいで赤くて目を引くのだ、とか――。

 なんのことはない。榎木津はずっとこれを手にしたかったのだし、あの絵は、最初から、長年満たされなかった榎木津の欲望を刺激したのだ。

 

                    *

 

「え、のさん……放して」

 そろそろと近づき、自分に覆い被さるようにのぞきこんできた男を関口は見上げた。そっと榎木津が頬に手を差し伸べると、びくっと身体を竦ませる。その愛らしさに榎木津は微笑んだ。狼狽し、すっかり混乱し、榎木津に怯えて、無闇と許しを乞うようなひびきがある。

「絵の…モデルになってもらうだけだ。いいだろう?」

 否とはいわせない強引さで、ぴしゃりと言いつけた。威圧的な榎木津の声の響きに、びくんと身体を震わせ、否とは言い出せずにあいまいに関口が首を振る。

 榎木津は、関口のシャツの襟に手をかけた。ボタンを一つ一つ外していく。両手を後ろに柱へとくくられたままの関口は、身をよじって嫌がった。

「関」

咎める榎木津の声に身を竦ませる。紐はまだゆるかった。ただ荒っぽく両手首を束ねてぐるぐると巻いてそれを柱に通して結わえただけである。たぶん、無理やりに手をよじり暴れれば解けてしまうような雑な縛り方でしかない。

ズボンに手をかけ下着ごと引き摺り下ろすと関口は細かく痙攣して、引き攣った悲鳴を上げた。

その身体を、愉しむように全身で押え込み、容赦なく全裸に引き剥く。縄目をするりと解いて、シャツも手から抜いた。

関口には肌に直接榎木津が触れて、抱えこまれているこの状況のほうが耐えがたいらしく、戒めが解かれても、荒い息を詰めて、身を竦めたままだ。

「関、どれが、いい。どれからが、いいか、選ばせてやろうか」

「ア……やッだッ……!」

ぐいと腕の中に抱えこまれたまま、スケッチを見せられる。下書きの束だった。縛られて身体を淫猥なカタチに歪ませた人間の姿が写し取られている。関口は顔をそむけた。榎木津の肩に顔を押し付けるようにして、必死に絵から逃げた。榎木津は擦り寄ってきた関口の頬をちろりと舐めた。

そして、暴れる関口にかまいつけずに、押し伏せ、その身体に縄を回した。

 

                  *

 

 (――っあ、は、――っ、)

 くぐもったうめきだけが時折薄暗い部屋の空気を震わせた。榎木津は筆を休め、ぐいと関口から垂れた紐を引っ張った。

 弱々しく咳き込み、ハアハアと吐息が漏れる。

 既に、関口の薄い皮膚は、縄目にこすられ赤くところどころ蚯蚓腫れに浮き上がっている。

 縄を天井の梁に通した仕掛けで、関口の身体を宙に吊るした。

 関口は身体を二つに折り曲げられて吊るされ、容赦なく身の重みで食いこむ縄に、悲鳴混じりのうめきを上げた。

 首に縄を回し、動物をつなぐように縛り、脇へとその紐を巻きつけ、胸にぐるぐると巻きつけた。本来であれば、豊かな乳房を上下からはさみつけるその縛りに、関口の薄い胸はただ縛られて、苦しげに上下する。やめてくれ、と何度も関口は哀願した。泣きだし、榎木津を詰った。悲鳴を上げて、拒みもしたが、榎木津は容赦しなかった。その無様にすすり泣く姿を見詰め、絵を書いた。その本質が紙に榎木津の筆によって縫いとめられて女の姿を取る。

 食いこむ縄の力に身を委ねることも、逃れることもできず、じりじりと足掻くものだから、関口は消耗しきっていた。

 ……その様、男の使う紐から、逃れようとして逃れられず、拒もうとして抗いきれないその姿は限りなくかのモデルに近かったが、足りなかった。快楽が抜けている。いや、……不足している。

 榎木津は筆を持ったまま関口に近づいた。

「エノさん……」

 怯えきった目が榎木津を窺う。

「関、すまない」

 優しく、そう告げながら、榎木津は、その筆を関口の肌に走らせた。うす紅いいろが微かに含まされた筆が関口の白い肌の上を走る。紐に戒められ空に吊られた関口の自由にならない身体がぴくぴくともがく。

 肌に食いこむ紐へそって労わるように滑らされる筆先。

 ぷつりと脹れた乳首の周りへはひときわ丹念に朱が塗りこまれる。細やかな愛撫に立ち上がってしまった快楽の源にも、容赦なくその筆は向った。先端のふくらみの少し潤んだ割れ目をくすぐり、その潤みを肉棒にこすりつける。関口のそれは赤く染まった。関口は、もう口も聞けぬほど、狼狽し羞恥して、ただうつむいて身体を小刻みに震わせるばかりだった。

「……い、やだ……厭だっ、ふっぁ……や……」

 急に泣き出した関口に、榎木津はその身体を抱いた。そのため、紐に余計に力がかかって関口の身体を酷く締め付け、関口を辛くあえがせた。その声はすでに甘かった。関口の雄も、震えた。

 

榎木津が関口の身体から身を放すと、紐の先でもがいた関口はぐるぐると空を回った。

 

                 *

  

 ……おそろしかった。榎木津の美貌は見上げると酷薄で、その薄い瞳は彼がなにを考えているのかまったく映しはしない。情けないと思いながらも嗚咽が喉から溢れるのを止めようがなかった。縄はもう耐えがたい痛みを伴って私をぎりぎりと締め付けている。

 それでも、私はまだ、なんだかよくわからないままだった。混乱し、ひたすら、榎木津になにをするのか、痛いのだからやめて欲しい、そんな恥ずかしいまねを強いないでくれと、懇願した。悪い冗談だと、そういいたて、痛みを堪えながら笑いかけたりもしたが、榎木津に微笑み返され、ぞっとした。

 恥ずかしさと狼狽に私はほとんど錯乱しかねんばかりだった。こんなふうに…、裸で縛り上げられ、しかも、縛っているのはよく見知った旧友なのだ!いったいなぜこんなことになってしまったのか……。

 私はなにか途方もない疲労感と無力感に、ぐったりと目を閉じた。榎木津が私になにをする気なのか、もう認知するのも辛かったのだ。どうにでもしてくれ…そんなふうにすら思った。

 私の身体をおぞましい感触が這いまわった。性器にまで、それは触れた。あまりの事に私はわめき、また激しく抵抗に身をよじったが――。

 

 関口がかなり激しく暴れたせいで、縄が食い込んだところから、皮膚は擦り切れ血が滲み、重みのかかる部分は青黒く内出血が生じていた。

 嫌だ、と最後までうめきながら関口は自身の熱を榎木津の掌へと吐き出した。脱力しきり、ぶらぶらと紐の先で揺れる関口の身体を、榎木津は引きおろした。

 白い身体に纏わりついたままの紐を手早く取り去り、仰向けに横たえる。

 ――とうに、榎木津自身も息苦しいまでに熱をはらんでいた。その部分が脈打ち、息づくリズムが全身に響いている。

 震える手で、自分のいきり立った男根を取り出し、なだめるように扱く。

 横たえられた関口の身体が、ぶるりと震える。

「……ぇ、っ、え、の、さん……」

関口の手足はまだ痺れ、思うように動かすことはできないようだった。弱弱しく、足掻き、痙攣を繰り返している。

「関……」

こうしたら、どうなるだろう?――それを見たい、という誘惑に榎木津は逆らわなかった。ゆっくりと、関口のだらりと投げ出した両足をつかみ上げ、その間に自分の腰をさし入れた。

「ぇ…?」

関口がのろのろと榎木津に視線を向けた。榎木津がしようとしていることに、大きく目が開かれる。

両脚を左右に押し開き、関口の腰をすくいあげるようにして、繋がった。ゆっくりと、だが確実に押し入ってくる榎木津の男に関口が息を呑んだ。大きくその薄い胸が波打った。

 深く繋がりながら、榎木津は関口の顔に見入った。関口はどこか呆然と、あっけなく榎木津を受け入れ、それから、子供のような顔ですすり泣き始めた。