Kids lover
by よるの
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千間の訃報はひっそりと報じられた。あの病院での事件は外へもれる事はなかった。病院の一棟を覆うスクリーンにつかのま映し出された美しい幻影を、あえて罪に問うものはなかったのだ。もちろん夜中、寒い車内で無理やり休まされたあの医者は別だろうが。 普段なら彼が姿を消してもしつこくその逃走経路を押さえようとする白馬探も、毒気を抜かれたのか、彼が姿を消したあと考え込んでしまい、鬼ごっこは長引かなかった。警察もヘリまでは用意しておらず、していたとしても、やはり怪盗キッドの小回りのきくハングライダーを捕らえることはできなかっただろう。
「初めて会った場所――?」 二人は同時に呟いた。が、それ以上話を続けることはしないで、そこで別れたのだ。
* そして月が輝きをまし、零れるばかりの明るい円を描く。 真夜中に抜け出すのは、小学生として暮らさなければならない江戸川コナンにとっては厄介だ。まして、不確かな約束のために。それでもどうして自分がそこへ行くのか、わからない。 「でも、回答が待ってるのに、次のページをめくらない推理マニアがいるかよ?」 結局あがさ博士の家に泊めてもらい、心配する博士と灰原をなだめて、夜の街に出た。 組み立てた推論がある。情報も少ないし、本人に確かめるしか術はないが――怪盗キッドの正体は――。 「ほんとに言葉遊びの好きなやつだよな。――キッド・ザ・ファントムシーフ――」 杯戸シティホテルの屋上には人影はなかった。今夜は風が強い。酔い覚ましの酔狂な宿泊客も敬遠しているのだろう。 江戸川コナンが初めてキッドの前で名乗ったのはここだ。鈴木財閥の漆黒の真珠へ彼が予告状を出したときのことだった。 もちろん、白馬と怪盗キッドが初めてあった場所というなら、彼の言葉が指しているのはこのホテルの屋上ではない、ということになる。だが、やつの恋人という言葉が指すのは、単純な言葉遊びだろう。 それなら、彼の恋人とは――コナンしか当てはまらない。 「しかし、遅いな。風邪ひきそ…」 風のこない場所を探してぐるりとあたりを見まわした。すぐ、目に入ったものがあった。紅薔薇と白いメッセージカード。拾い上げ、それを読んで、コナンは顔色を変えた。 「なっ!!――ってことはっ!!」 声をあげて、駆け出す。ドアを乱暴に引きあけ、ホテルの絨緞敷きの廊下を走る。――こどもの利点はどんなに血相変えて走っていてもさほど不審に思われないことだ。 さすがにもう真夜中近い街を、いつものようにスケボーで駆けては補導されかねないから、ホテルの前に待機しているタクシーに乗り込み、街の中心へ向かってもらう。 「こんな遅くにあんなとこ?」 「いいから!急いで!」 子供とは思えない迫力で最短の道順を細かく指示するコナンに、運転手は訝りながらも車を走らせてくれた。中心部といっても、真夜中まで人通りが絶えない盛り場ではない。お札を押し付けて車から飛び降り、人気の絶えた公園を駆けぬける。 夜空に月光で明るく映し出された塔を目指し、さらに走った。汗ばんだ手の中で白いカードがひしゃげていた。 閉じているはずの門は施錠されていなかった。ご丁寧に開けてくれているわけだろう。 ここの間取りは知っている。図面の記憶はまだあった。いたって単純なつくりの時計塔だ。 ――最上階の時計塔の機械部、ちょうど時計の文字盤の裏にあたる部屋に彼はいた。巨大な文字盤が開かれ、真円の窓となって、月光を呼び込んでいた。 月の光を背負い、モノクルにその表情をかくして、彼はひとり気配もにじませないまま、一つの美しい像のように佇んでいた。 「やあ、お待ちしてたぜ、探偵君」 「急に場所を変えるからだよ。まあ、メッセージはすぐわかったけどな」 カードには記されていた。FOR KID’S LOVER ――私の時告げる鐘のもとでお待ちする。――怪盗キッド。 「――白馬探偵は来ないようだ?」 「ハン!お前の言葉に惑わされてんだろ!恋人って言葉にな!白馬探とお前とどんな引っかかりかしらねーけど。キッズラバーが白馬のわけないのに」 「――おや、君には答えは必要なかったようだ。そう、キッドの恋人――すなわちあの場面にいたこども(キッズ)は君だけなのにね!!」 コナンは悪趣味なクスクス笑いを漏らす怪盗を冷めた目で見やる。真っ暗な塔を駆けあがってきた目に月の光りで溢れた部屋の明るさがようやく馴染んだ。月光を受けた白いドレススーツを着た姿は、この上なくさまになっている。どう見ても、やはり若い。白い滑らかな頬の線に、華奢な肩、これならあれだけそっくりと、どれほどの美女にも化けられるのにもうなづける。 「オレの用件はひとつだ――なあ、2代目の怪盗――黒羽盗一の息子の――」 相手の感じた衝撃が空気を伝わってきた。――ビンゴ。あたりだ。コナンは不敵な笑いをもらす。 「もう逃げ隠れできねーぜ?黒羽快斗君!!」 「――さあ、それはどうかな?」 「だいたい、よくかんがえりゃあ解るんだよ。怪盗キッドの鮮やかな手際はそれ自体この上ないヒントだ。必ず、マジシャンとして名を馳せているはずだ。マジックだって、いきなり覚えられるもんじゃない。――たぶん警察も今奇術師としてマジックをやってる人間はひとり残らず調べたはずだ。ただ、お前にとって幸運だったのは20年前から怪盗キッドとしての名が売れていたことだろ? それで年齢を誤解した。お前の年が解ったならすぐ推理できるはずだ。20年前マジシャンだった、また怪盗だった師匠をもつ二世が犯人だってな!――16〜18歳の子供をもち、いまでは表舞台に登場していないのは――黒羽盗一だけなんだぜ?」 「――まあそろそろ気がつくと思ってたよ、君なら――、すっかり、ただのボウズだと思って、何度も近づいちまったしな――だけど、君、ひとり、なんだろ?口封じさせてもらおうと思ってね」 「――ふぅん、――所詮怪盗キッドも、たんなる犯罪者。切羽詰れば人殺しになる、とはな!」 すでに、キック力増強シューズはマックスに合わさっている。足元には蹴るのに手ごろな空き瓶を構え、キッドが不審な行動をとればすぐさま一撃を食らわせる準備はできていた。 「おいおい、誤解しないで欲しいな。そんな無粋な真似、すると思うか。オレのやり方は良く知ってるだろ?――だから、ここ――初めて、君と出会った場所に来てもらったんだぜ?」 「――!、どういう意味だよ、オレは、ここに来るの初めてだぜ!…そりゃ、新一兄ちゃんとキッドの事件はよく聞いてたから――」 「下手な芝居は似合いませんよ!――華麗な高校生探偵には、真実がよく似合うものさ!」 身体に走る緊張をコナンは止められなかった。初めて出会った場所、との言葉を残しておきながら、ここを指定されたカードを見たときにしていた悪い予感に揺さぶられた。 「――なあ、名探偵工藤新一君?」 「ははは、なにいってんだよ、オレのどこが高校生だって・・」 「――な?20年前から犯行を重ねている私がいま高校生なら――、君が名探偵工藤新一でもなんの不思議もないだろ?」 コナンはうつむいた。激しく唇を噛む。――交換条件、ってわけか。 「それにね!黒羽快斗くんとやらを調べたって、彼が泥棒なんて証拠は出てこないぜ、きっとな」 文字盤に手をかけ、キッドがその空に身をのりだしている。眼下に広がるのは、宝石を振り撒いたような夜景だ。その数を数えるように、キッドはそれを眺めていた。 コナン――新一が、否の答えを言う心配などすこしもしていない余裕の態度だ。罪を犯しているのはキッド――黒羽快斗のほうなのに。涼しい微笑みに乱れはない。 「わーったよ・・お前は40すぎのおじさん――僕は小学生の江戸川コナンだ、そうだろ?この大嘘つき」 沈黙を破ったのは、コナンの方だった。どうせ、正体が合っていたとしても、それを警察に告げてどうこうという気は最初からなかったのだ。 それよりも、探偵をせせら笑うように華やかなマジックを決めて見せたこの男の鼻を明かしたかっただけなのかもしれない。 「ふふ、口止め、っていうつもりはなかったんだぜ、可愛い恋人さん?――ただあんまり不思議で稀有な――まるで月光が見せるマジックみたいなもんだろ、おまえって? つい、確かめたくもなるじゃないか」 がっくりとコナンは脱力して、2、3歩よろめいた。(相変わらず、キザなやろーだ・・ぜ) 「ほんっとに、あの美人な高校生が・・、こんなガキにねぇ。いやあ可愛いけどさぁ」 「ほっとけ!」 似たような顔で美人だのなんだの、何を言ってやがる、とこっそり呟く。ところで、別段、自分の容姿についての評価に異論はないようだった。 「冷たいねぇ・・可愛い私の恋人さん?これでも精一杯、君に気に入られようとしてるんだぜ?」 「なぁにが・・、冗談いってんじゃねーよ」 「だってそうだろ?俺の秘密を握ってる、んだからさ」 「てめーは、正体ばれかけた相手にいちいち、色目使ってんのかよ。だいたい白馬のようす、見せてやりたかったぜ?」 「ふふ。探偵は怪盗に惹かれるものだろ?」 思わず、コナンの顔が赤らむほどはっきりした流し目で、キッドはコナンの目線を捕らえた。効果を自覚しきった静かな微笑を浮かべる。 「・・素顔もわからねーやつに、誘惑されるほどばかじゃねーよ・・」 「おや、真実の顔を見たら――それに囚われてしまうものなのに?それでもいいのかな」 おーおう!自信たっぷりなことで!といっそちゃかしてやろうとしたときだった。キッドがするりと、その帽子に手をやった。 そして、巨大な時計の文字盤の枠から、ふわりと飛び降りた。マントが大きく広がりコナンの視界を一瞬遮る。 あれほど多くの探偵もその他の観客たちも、見たいと望んでいるはずの、モノクルを外した、怪盗キッドの素顔が目前にある。 だが、それは、コナンの鋭い観察眼にも、はっきりと認識するのは不可能だった。 なにせ、ぴったりと、コナン自身の顔に重ねられていたので。 ふかぶかと重ねられた唇から、漏れる吐息が甘い。すっかり、忘れていた、というよりも本当に高校生だったころにも、こんなに深いキスは・・知らなかっただろう。舌先を吸い上げられ、くすぐられる。 思わず、足から力が抜けたところを優しく支えて立たされ、そのスマートな仕種になぜかムカッとする。 「ごちそうさま」 「このやろー勝手に・・」 「おや残念。元に戻ってくれれば続きも出きるってのに。王子様のキスでも魔法が解けないなんて意地悪な呪いもあったもんだな」 「そんなもんで、戻ってたまるかよ、ばーろ!」 わめくコナンに、最後にもう一度口付けて、それにコナンが抵抗をはかるより早く、キッドは夜空に向かい、白い翼を広げていた。 もう、そのにくたらしいほどの笑顔は、モノクルに覆われている。 彼の白い影が、真円の月に飲みこまれるように溶けていくのを、コナンは唇を覆ったまま、やや複雑な表情で見送った。
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ちなみに、これは後日のことであるが、彼とキッドの初対面の場所で、明け方まで待ちぼうけた失意の白馬探から、しつこいほどコナンの元にキッドについて問い詰める電話があったのだった。
FIN
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