Kids lover

                             by よるの


 車が向かった先は、コナンの予想どおりの建物だった。入り口でチェックはされるが、白馬が顔見知りらしく、いくつかの書類に名前を書いただけで、すんなりと通された。

 一見しただけでは、あまり普通の病院と変わらない。忙しく看護婦の行き交う通路をコナンは花束を抱えさせられて歩いた。コナンとすれ違うとひとがみな驚いて目を引かれる様子だ。多分、ここには子供が立ち入ることなど普通ないのだろう。受刑者のための医療施設であり、それも、長期の治療が必要な重症患者のための病院なのだ。

「なあ、――千間さんは、」

「――メルカプトプリン、分かりますか?彼女があの時、飲んでいた。そうその場には君はいなかったですね。僕と――」

 ――抗癌剤。白血球・血小板の減少、出血、肝障害、黄疸等の副作用が懸念される劇薬だ。

「…君は本当に小学生だとは思えない、知識ですね」

 コナンの顔に走った緊張を認めて、白馬が感嘆する。(――高校生のお前だって、千間さんの飲んだ錠剤をちらと見ただけでそれがわかるなんて相当凄いぜ?)

 まあ、これは毒物及び劇物取締法の劇物の指定を受けている薬物だから、――探偵の嗜みかな?

 そういってやりたかったが、子供らしい言い方で表現する方法が思いつかなかったので、そのまま黙っているコナンこと高校生探偵工藤新一だった。

「さあ、行きましょう。――千間さん、白馬です、よろしいですか?」

 白馬のノックにどうぞと応えた声ははっきりしたものだった。白馬がドアを開け、コナンを促す。

 ――痩せた老女がベッドに身を起こしていた。歓迎するかのように彼女は両手を広げた。老婆の痩せた頬に浮かぶ微笑が、コナンをどきりとさせる。

「おやおや小さな名探偵さん。こんな婆にご用事かい」

「お見舞いだよ。お婆さん――大丈夫か?」

「まさか心配してくれるのかね、やさしいねェ・・てっきり怒られてしまうと思ったよ。償う時間もない人間が、あんな真似するな!ってね」

 (死ぬ前にどうしても…父の残した謎を解きたかったのさ)

「そんな顔をおしでないよ!かわいい顔が台無しだよ。さあお花を頂戴」

コナンはベッドに近づいた。ベッドサイドに花束を立てかける。

 

「千間探偵――僕たちは、彼のことを聞きに来たのです。あなただって探偵だ。彼を捕まえたいとは思わないのですか?」

「おやおや、坊やの心を捕まえている謎はあの白づくめの泥棒さんみたいだねェ」

「そうだ!ばあさん、あんなに近づいてたんだ、いくらごまかしてたって、わかるだろう?あいつの年齢!特徴、なんだっていい、教えてくれ」

 詰め寄る二人の顔を交互にみやって、老女はしばらくもったいぶるようだ。

「……あいにくだけど、あたしゃ高いところが苦手なんだよ、怖くてなんにもみちゃいないね」

「っに、したって!」

「…そんなわけはない。救出された直後の貴方の意識ははっきりしていた…、なぜ、ですか?なぜ怪盗キッドを庇うんです…?」

「年寄りに酷なこと言うもんじゃないよ。――ただそうだね、最後に彼が言っていた言葉だけは覚えているみたいだよ――どんな声だったかはさっぱり覚えてないけどね」

「キッドが!なんていったんだ!?」

「あんたらと知り合いなのかと思ってね。あんたらのことをキッドに尋ねたんだよ。そうしたら――」

 千間からその言葉を聞き、『はい・・?』と二人はそろって声をあげた。

 『最も会いたくない――恋人ってところかな。』

 そして彼が千間の身体を離す寸前耳元にささやいた言葉。(これはどうも。助けてくださったお礼をお持ちしますよ――)

「おや、なにを赤くなってるんだい?探偵さんたち」

二人は顔を見合わせた。お互いの言われてみれば赤らんでいる気がする顔を見る。

「どっちのことだ?」

ぼそっといったのは、はたしてどちらだったか。

千間降代はくつくつと笑い声を立てた。

 

 

「無駄足じゃねーか」

「――彼のメッセージは聞けたでしょう」

車の中二人は並んで後部座席におさまりながら、ひそひそと会話している。別段声を潜める必要はないのだが、大声で話す気にはなれない話題だ。

「あれのどーこーが、メッセージだよ。たんなる戯言じゃねぇの。最も会いたくない恋人ね!あってやろうじゃねーか、いつか必ずよ」

「それはこちらのセリフです。子供には彼の恋人は務まりませんよ」

 じろりと白馬がにらむ目つきは相手が子供だということを忘れきっている。

「ふふん、謎に囚われすぎて、転ぶなよ、名探偵」

「そうですね、どうも僕は彼が絡むと冷静さを欠くようです。やはり宿命のライバルのゆえでしょうね」

 千間は最後に忠告を残した。『謎は欲しがっちゃいけないよ、謎を解き明かすのが探偵なんだから』そう、彼女は、謎に執着するあまりその手を血に汚した。白馬のキッドへの執着を危ぶんでいるようだった。

「……いずれにしろ、――」

「ああ。ばあさん、なんか隠してた」

 引っかかるのはそこである。コナンも白馬もキッドと接近したことは、あるのだが。彼のあの変装の巧さ、声色の自在さをなまじ知っていると、彼の正体と思えるものをそのまま信じられないのだ。――若い男。30代になっていることはたぶんない。顔は・・多分、あれが彼の真実の顔だとしたら。

「現行犯で捕まえなきゃ、意味ねえんだよな・・」

「ええ。彼は現場に証拠を残さない――指紋一つね。しかも、泥棒の一番の証拠、盗んだものを彼は返してしまう。これでは販売ルートから手繰ることも、容疑者を家宅捜査して証拠品として押さえることもできない」

「ま、いずれにしろ・・彼とはまた会うだろうしな――貴方の健闘も祈ってるよ、白馬さん」