Kids lover

                             by よるの


病院の周辺は、木々が多く緑に溢れている。常緑樹の青々しく美しい彩りも、夜闇に覆われると急に沈んだ青黒さに変わる。黒い木々のなか、あるのはその白い病院だけだ。静まりかえったあたりの闇を支配するように、白いマントをひるがえしたたずむ一つの人影があった。

「約束のお礼の品をお届けにあがりましたよ――千間降代さん」

 くるりとマントを閉じ、下に着込んでいた白衣をあらわにする。メガネをかければ、担当医佐々木靖男の出来あがり。本人は今日宿直医であることも忘れ、自分の車のなかで幸せなお休みの最中ということになる。

「さあて、しかけは十分」

 悪魔の巧緻さでもって病院内にとけこむと、深夜で人の少ないところを、千間の病室周辺からは看護婦をしばらく遠ざけるように指示をだす。

「レディの部屋にノックもせず入る無礼は許していただくとして…」

 音も立てず、ドアを開き忍び入ったキッドはしばらく老女の苦しげな呼吸音を聞いていた。

「貴女によい夢を運んできましたよ――起きてください、千間さん」

 彼女は薄く目を開き、目の前の変装をといた白い奇術師を見た。キッドは彼女にすっと手をのべた。ぽんと出現する赤いバラ。

 千間降代は動じなかった。小さな探偵を迎えたときによくにた、そしてそのときよりももっと少女じみた透明な笑みでこたえる。

「ありがとう――来てくれただけで嬉しいよ」

 キッドもモノクルに隠されたポーカフェイスを微笑みで崩した。ベッドから離れ窓際に寄って、マジシャンが大勢の観客を前にしたときのように、鮮やかに一礼した。

「いつから、私の病気に気がついてたんだい?」

「初めから。――素敵なご招待が探偵諸氏に届いたときからですよ。黄昏の館にまつわるお話は私も聞いていましてね。烏丸蓮耶の死期を間近にしてのあの惨劇――そして、そこにまた探偵を集め、人殺しまでして謎を解こうとする人間は――、また、貴女の飲んでいた薬……」

「じゃあ、あんたは・・最初からわかってたというわけなの」

「ええ。きっとなにかが起こると思った。――まあ私の名前で、特に彼に招待を出されては、確認にも行きたくなるってものですよ」

「ああ。あんたのあのセリフ、伝えておいてあげたよ、コナンて子と白馬探偵のふたりにね!どっちを恋人なんだ?って、さ……そう・・」

 千間が身を苦しげに折るのを、キッドは見守った。早く話を切り上げなくては。会話をするのも彼女はもうつらい段階まで来ているはずだ。だが、最後に――。

「彼らには直接お答えしますよ。今は――あなたが、ああまでした烏丸の財宝をとどけにきたんですから。さあ、もう喋らないで」

「――いいえ、もう最後なんだ、年寄りの気のすむようにさせておくれでないか。実はね、あたしはあんたに迷惑かけちまったことだけは後悔しているんだよ。こんな殺人なんて愚かな真似をした人間とあんたが共犯だなんてうわさは、――怪盗キッドの名前を汚すだろ?だからね」

 ぜいぜいと聞き取りづらい声ででも必死に続ける女の言葉をキッドはうなづいて聞いていた。

「さっき、白馬とかいう坊やに連絡をしてもらったのさ。ナースコールをあんたが来てすぐ押してね。さあもうすぐ警察がくるよ。早くお逃げ」

「ええもうお暇しますが――あまり、夜更かしさせては女性の美容にかかわりますからね――!さあ受け取ってください。――グッナイ、よい夢を!」

 ぱんと小さくキッドは手を鳴らした。窓が開き、強い夜風が狭い室内に吹き荒れる。キッドが小さくスリーツーワン・・!とカウントダウンし、白いカーテンを強く引いたときだった。カーテンはふわりと宙にまい、窓をわくごと取り外された四角い穴からは、閃光が瞬いた。

 ――そして聞こえる山道を登ってくるパトカーのサイレン。

「やれやれ。無粋な連中を呼ばれましたね。それではお別れの時間が来てしまったようです」

「ああ……!」

老女はとりつかれたように窓の外を見つめていた。その外には真っ黒な夜空を背景に、黄金の光りを放つありうべからざる光景があった。黄金の館。老女の涙にかすむ目にも確かにそれは映っていた。それは美しい幻想的な光景だった。

 ――夜空に浮かぶ黄金の黄昏の館。

 時ならぬけたたましいサイレンに眠りを破られた人々が、外を見て、思わず見蕩れてあげる感嘆の声が響いた。

 

 

 扉が吹き飛ぶように勢いよく開け放たれた。駆け込んできたのは、大小二つの人影だ。白馬とコナン。

 キッドはシルクハットに手をかけて、モノクルに覆われていない片目を隠しながら、こもった声で呟いた。

「おや、そうこう言っているうちに、最も会いたくない恋人が現れてしまったようですね――」

「ざーけたこといってねぇで、おとなしくお縄につけ!怪盗キッド!!」

「そうです。だいたい、恋人というのはどちらのことをいっているのですか?」

 白馬のセリフにコナンは状況もわすれ白馬の方を見た。――な〜にをいってやがるんだどいつもこいつも!という顔をする。

問答無用で駆け寄りキッドを確保しようと動くコナンだったが、それよりも白い怪盗のほうが一歩早かった。カードを鋭くコナンの足元にうちこみ、コナンがひるんだすきに夜空へと身を躍らせる。黄金の腕に抱き寄せられるように、その白い影は翼を持ち空へと消えた。

 

――誰あてのものかわからない、謎めいたウインクと投げキッス、それから白いカードを残した。

 

 

 

  その日から約一週間後のことだった。千間降代はまるで眠るように…この世を去った。

                           fin.