恋と悪魔
   ――クリスマスの前夜はね、悪魔にとっても、祝祭なんだ。その聖き日の前夜には、悪魔を閉じ込めた門が一日だけ開放されるともいう――




 その日の予定を聞かれ、私はたわいもなく喜んだ。意中の美女から、クリスマスの予定を聞かれ喜ばぬ男はいまい。もちろん、すぐさま礼儀正しく彼女を誘い、もう予約してあるんだ、――で、ディナーなんてどうかと思って、と調子よく続ける。
 彼女は顔をほころばせて頷いてくれた。合格、らしい。一応高級な部類の店だ。もちろん、大して売れていない作家業を営む私には精一杯の。せいぜいプレゼントは高く見えてさほど値のはらないものにしよう。
 別れてすぐ、あわててその店に予約を入れる。……ついでに、そのそばのスカイラウンジにオシャレなバーのあるホテルにも。
 彼女の一度だけ味わったことのある極上の体を、つい思い出さずにはいられなかった。まして、その日には、彼女には求愛する男が列を作っていただろう。――私だって、彼女がクリスマスを一人で過ごすはずがないことはわかっていた。そう思うとその夜彼女の隣を占める男について歯噛みしたい気分だったのだ。

 ざまあみろ、とぼんやりとしたイメージの彼女のほかの男たちに向かって、私は微笑を浮かべた。


※ ※



 寒さは厳しさを増し、街が空々しい電飾とクリスマスソングに飾られる。

 ブランディケーキを買って、私は探偵事務所を訪れていた。探偵は、メルカトル鮎という。このふざけた名前を持つ男は、格好も性格もふざけていて、正気の定ではないから、名前もこれでふさわしいのだといえる。

 私とこいつの関係も、まったく正気のものではない。

 だがもう、慣れてしまった。

 私はこうして、呼び出されずとも、男の元に出向くこともままあるし、暇なら友人のごとき付き合いもする。探偵小説家である私には、飯の種となってくれることもある。たとえ、蛇蝎のごときに嫌っていても、この世でもっとも憎んでいても、常に殺してやりたい人間bPであるとしても、人は友人づきあいというものが可能なのだ。

「やあ、いらっしゃい、美袋君」

「ああ。今日も寒いよ、外は」

快活にいうメルに、私は応じる。手の箱を揺らし、あったかいコーヒーが飲みたいね、淹れるよ、とすぐ簡易キッチンに向かい、やかんを火にかけた。

「コートぐらい脱ぎ給えよ、うっとうしいな」

……事務所のソファにタキシードで寝そべる男の格好のほうがよほどうっとうしいこと極まりないと思うのだが。そう言えばこの季節にはメルのその格好もさほど違和感がない。外に出ればきっとなにかの宣伝びらまきコスプレと思われるに違いない。――かわいそうなことだ。

自分の中で胸のすくような悪口が完成したので、私は言い返さなかった。

「上機嫌だね、美袋君」

メルもこの上ない上機嫌さでそう言った。彼はすでに私のもってきた箱を断りもなくあけて、中に彼の好きなブランディケーキを見つけている。前触れなく肩に手を触れられて、私は危うくやかんをほうりそうになった。

「っつ、なにするんだ、急に、危ないじゃないか……」

ふふ、と耳元をいやな笑いが戦がせる。自分の体に怯えが走るのを気づかれまいと懸命になったが、肩は少し震えてしまった。

さらにそれをメルカトルが笑う。  

唇をかみ締める。口惜しい。メルの、ゆび、に対して刷り込まれている恐怖。

憎悪にほとんど吐き気がするほど熱く胸が煮える。

いや、今日は、これでいい。今日されなければ、困る、のだ。クリスマスまであと…一週間。いま、……やらせておけば、ちょうど体は回復するし、メルもそう頻繁に私を求めることは、ないのだから。

「なんだい、コートを脱がしてあげるだけだよ」

メルカトルの腕がするりと私に巻きついた。ダッフルコートの前をひとつひとつ手探りであけてから、するりと私の肩からはぎ落とす。脱がせた私のコートを腕にかけ、くるりと、メルは優雅なクロークのしぐさで一礼して見せた。

 私のいやそうな顔に、メルカトルはとても楽しげに、笑った。


※ ※



 ガラスの向こうに街並みがきらびやかに揺れている。たしかに美しい眺めだった。テーブルにはキャンドルが灯されワイングラスの精巧なカッティングを煌かせた。

 シャンパンもワインも気の遠くなるような値段のものだろう。

 私は無言でシャンパンを呷り、料理を咀嚼した。

 私の目の前に座っているのは、私の恋する女性ではなくて、――認めたくはないが、悪魔のような探偵メルカトル鮎だった。

 まさか、メルがクリスマスなどという日に私と会おうとするなどとは予想もつかなかった。この店内にいるほかの客だって男女のカップルか、上品な家族の姿である。いい年をした男同士というのは相当奇異の視線を集めている。

 メルはそんなことはお構いなしらしい。まるで私をデートに誘い出した意中の女性のように扱い、私の表情がこわばっていくのへも平然としたものである。

 もちろん、私は抵抗を図ったのだ。だがそれはあまりにも空しかった。男同士でなぞクリスマスを過ごしたくないとか、私は仕事の都合で今日は出かけられないとか……。

 あっさり無視され、引きずり出された。『なんなら、君の彼女ともご一緒したってかまわないよ。ベッドにだって余裕はある。キングサイズの部屋だからね』

ギョッとして私はメルの顔を見た。あまりの内容にゴクンと息を呑み、もうなにも逆らう気にもなれずに彼と今日を過ごすことに同意した。

「……お口に合いませんか」

不意に話し掛けられ私はぎょっとなった。料理にあまり口をつけずワインばかり呑む私が気になったのだろう。黙って首を振り、ワインのお代わりをだけ要求する。

「胸がいっぱいで食べられない、のかい?……可愛いね、美袋君」

かあっと頭に血が上った。足を蹴り上げてやりたい、いやできればこのナイフをその澄ました美貌に突き立ててやりたい。

「……もっと、さっぱりしたものをお持ちしましょうか?次は鴨肉ですが、今日はスズキのいいものがありますので……」

あくまでにこやかに、メルの軽口に動揺を見せずに続けてくれたのが有り難かった。

「ああ、そうさせてもらえたら……」

私の言葉に、メルカトルが首を振った。

「だめだよ、美袋君。ちゃんと食べたまえ。ここの鴨は最高にセクシィな味わいなんだよ。ぜひ君に今夜賞味してもらわなきゃ」

メルの言葉に、そうですか、とあくまで穏やかにうなづき、私のグラスに黒々としたワインを注ぐと、一礼して彼は去った。

「……メル、本当に食欲がないんだよ。気分が悪い」

メルカトルは、当然のように私の言葉を無視した。

私はため息をつき、仕方なく料理に集中した。たしかに、とても美味しいことには間違いない。この後のことを思うとどうしたって食欲はわかなかったが。


※ ※



 肩に回された手をぱしんと払いのける。メルは眉を上げて皮肉な笑い方をした。おもわずびくっと竦み、下を向く。『忘れたのかい?僕に見捨てられたら君は終わりだろ?』……目がそう言っている。

 「だ、だって……ひ、人目が」

 「指名手配されてるわけじゃなし。君はそんなに怖いのかい?やっぱり……」

 犯罪者だからね。

 ぐうっと喉がなった。一瞬のうちに逆上して、私はメルを突き飛ばしかけた。「美袋」鋭くメルが呼んだ。ぐいと手をとられ、引っ張られる。ちょうどきたエレベータの中に押し込まれ、唇をふさがれた。

 「なっ、に、を……やっだ、メルっ!」

 「馬鹿だね、美袋君。ほのめかされたくらいでそんなに動揺する。何人殺したことがあろうと、もっとしれっとしてくれなきゃ、追い詰め甲斐がないよ。君だって、ささやかれただけで狼狽する犯人なんて困るだろう?殺人が起こって数ページで終わってしまう探偵小説なんて、ね」

 くくく、と私の喉を唇でなぶりながら、笑った。

 「メルっ」

 動機が収まらない。足ががくがくと震えた。恐怖は暴かれる罪へのものかこれから受けるだろう罰のためか。

 静かに小さな密室のドアが開く。私はつかみ出され、引きずられるまま、もっと大きな密室へと連れ込まれた。

 

 

 ――罰は、長く重く果てしなく苦しかった。

                 

 部屋に入るなり、私はシャワーに押し込まれた。おざなりに体を流し、絞首刑に連れて行かれる囚人のような気持ちでいやいやメルの待つ部屋へ出て行く。私は、まだ、入れられるのが怖い。メルのそれをみると奥歯がきゅんと冷える。ねっとりと唇が合わされ、がちがちと震える歯をこじ開けてメルの舌が私をなぶる。意に反して、痺れるような熱い刺激に息が上がる。

「さて、じゃあ、僕もシャワーを浴びてくるとしよう。美袋君?わかっているね」

メルは私の手にそれを押し付け、入れ替わりにバスルームへと消えた。

手にしたそれをこいつの顔にはたきつけたらさぞ気持ちがいいだろうと思いながら、私はベッドに腰をかけそろそろと足を開いた。

ぬるぬるとした液体を手に取る。ひやりとしたその感触。目の前が真っ赤になるほど屈辱的なその行為を繰り返した。

 

「……美袋君?」

メルがバスローブを羽織り、ゆっくりともったいつけた動きで私の前に立つ。顔が上げられなかった。息が苦しい。

「おいで、……ちゃんとしてあるかい」

「っつ!」

乱暴に引っ張りあげられる。遠慮のないぶしつけなしぐさで、ぐいと尻を割られる。ひ、ともれそうになる声を噛んで入り込んでくる感触に耐えた。

「ああ…、よくほぐしたようだね。でも、奥まで濡らしたの?」

「あ、あっ。やめてくれ…ちゃんとしてあるからっ」

痛みではなく、無造作にかき回されこねくり回される動きに耐えかねて、私は叫んだ。メルのゆびは…酷い。中で節をまげて、掻き出すようなうごきとか、ぐりぐりとまさぐり突き立てたり、容赦のない事を平気でする。

奥まで、と問いながら、増やした二本の指で最奥をこねくったのだ。びくんびくんと体の奥が震えてくる。

「そら、足りないじゃないか、手を出したまえ、美袋くん……」

「ふっ…」

じわりと目に涙が浮かんだ。――つらい。どうして、ただでさえ辛いこの行為をこの男はここまで私のプライドを傷つけるような真似で強いるのだろう。

震える指にチューブからひねり出された潤滑剤をのせられる。メルは座り込みそうになる私を自分の胸に引き寄せて支え、足を開かせて立たせている。メルの腰を支えていた両手がゆっくりと降りてきて私の尻たぶを左右に押し広げた。「さあ」

気の遠くなるようなささやきに命じられ、私は指を自分のそこへと運んだ。ちゅく、と嫌らしい音があがり吸い込まれるようにめり込む。……慣れてきているのがとても嫌だった。

「ふ、うっ」

息を吐く。力が抜けて、奥まで届く。メルカトルが耳元でくすくすと笑う。

「いっ…!」

メルの指が食い込んでいる。ぎゅう、と両手で私の尻をつかみ爪を立てる。メルの手が私の手に重ねられる。

「や、めて、くれ、…っ、メルっ、メルっ」

ぬれた私の手から滴る液体を掬い取り、自分の指に絡めて私の中へメルが這いこんできた。私の指をもっと奥まで押し込もうと無理な動きを繰り返す。ぎちぎちと開ききって、ひときわ強くズッとすべてを押し込まれて、目の前が赤く染まった。

 

 

ああ……ドクドクとからだの中心が脈打っている。いつ終わったのか、まるでわからなかった。気を失っていたわけではないが、朦朧として、なにが行われたのかわからなくなった。咥え込まされ、あえがされ、揺さぶられて、さいごには、メルの強いる重みを筋肉が受けかねてひくひくと肉が痙攣していた。

足すらも閉じられないで、私は死体のようにベッドに伏せていた。入れられていたそのままの格好で。後ろの孔すら閉じてないような気がする。絞り尽くされた放心のため、もう羞恥も口惜しさもなにも感じはしない。そっとメルの私をたどる手が痛みを労わるようで心地よいとすら感じるのだ。

 

口移しに冷たく甘い物を呑まされる。からだが欲しているそれはとても美味しい。

「……メル、なんで今日なん、だ、よ」

「クリスマスじゃないか」

「そうだよ、だからっ、ふつうは恋する女性と過ごすもんだろう……いないのかよ、メルにだっているだろ。どうして、いやがらせなんかで……」

「たしかに嫌がらせではあるけどね、美袋君。君は自分の立場を忘れているね。この僕の、でありながら一人前に女性をものにしようなんて分をわきまえたまえよ」

「っつ! ……悪魔のような君にだって恋人くらいいるんだろう、その人と過ごしたらどうだっていってるんだよ」

「恋人…ねえ」

冷たい笑い方をした。

「あのね、美袋君。悪魔に永遠に願い事をかなえさせる方法を知っているかい?……魂と引き換えに、三つの願いを悪魔はかなえるというが、かなえさせてしまえば魂は獲られる。これじゃあ、意味がない。逃れるためには、どんな三つの願いをすべきか、という問題だ。よく聞くだろう?」

「ああ、三つ目の願いであと三つかなえてくれっていうってやつだろう?」

「そう。そしてこんな方法がある、というんだ。ある不細工な女性がね、悪魔をよびだして願い事をしたのだよ。

 ―――私に恋すること!とね。

かわいそうな悪魔は、恋するままに際限なく、醜く賢いその女の願いをかなえ続けるというわけだ」

確かに賢い。それとは別に、悪魔に恋されるなど、ごめんこうむりたいという思いも沸く。いや負け惜しみか。

「ずいぶん、馬鹿な悪魔もいるものだね」

「恋とはそんなものさ。恋をする悪魔なんて…愚かにもほどがある。そう思うだろ?」

わかっているよ、君が僕の願いなんか三つどころか何一つかなえてくれないことも。

いや、それでいくならば愚かな悪魔は僕のほうか。魂の秘密と引き換えに君の奴隷も同じなのだから。

「そうだよ、美袋君」

急速に引き起こされた睡魔に抗えず遠ざかっていく意識の中で、嘲笑するメルの声が、聞こえた。