仲良きことは――?   byよるの かいが

            


「――関口君、来たまえ。君にはうってつけのものがあるのだ」

 そう告げて、痩せた少年は、椅子に腰掛けて書物に目を落としている小柄な少年の前に立った。

 強引極まりないその少年――痩せて、背が高く、端正だが険しい顔だち。目には鋭すぎる知性の光がある。いわずと知れた若き日の京極堂だ。もちろんこの時点では、かれの名は名実ともに中禅寺秋彦であるが。

 放課後になったばかりの教室である。

 関口はざわめき始めた友人たちに巻き込まれないよう、即座にこむずかしい専門書を開いたところだった。

「――関口、僕だよ。顔を上げたまえ」

 誰かが話しかけていることに気づかないはずはなかったが、本のなかに溺れこんでいるらしい関口はなかなか顔を上げない。

 中禅寺は、関口のそんな様子にもいっこうめげず、パタンと関口の本を閉じるなり、取り上げて関口の鞄へ放り込んでしまった。

「中禅寺――なんだい」

 早口の中禅寺に比べて、関口の声は、春の寝起きの鰻もかくやといったものである。

 中禅寺をぼんやりと見上げるその目にも、知性なぞかけらもない。関口の目は、とろんと大きなばかりのにごり玉だ。もしもコレが少女か幼女ででもあれば、夢見るようなとでもいってやれるのだが。

 そんな目を向けられた中禅寺はことさらにげんなりした顔を取り繕った。

 彼にしてみれば、関口のそんなところがまんざらでもなく、彼を構う理由でもあるのだが。

「鞄を持って付いてきたまえ。そんな目で本を眺めていたって、何も見えてやしないじゃあないか、鏡を持ってきてあげるからよく確かめてみるんだね」

 関口はぶつぶつと、眺めてたんじゃなくて読んでいたんだ、ひどい言い方だと抗議していたようだがすぐに黙りこんでしまった。

「ああ、ほら、鏡が歩いてきた。あれが、そうだよ。榎木津礼二郎だ。先輩だ」

 美しい少年だった。関口の目には、彼は少女のように映った。いや、これは人間じゃない、とさえ思った。おそろしいほど綺麗で、まるで西洋人形かなにかのようだった。

 彼は関口の目の前に立って、その顔を不躾なほどまじまじと面白そうに見つめた。関口の鼓動は跳ねあがって、顔は真っ赤に紅潮し、目が眩んでいる。

 二人はなにか話していたが、関口は夢うつつでほとんど感知できなかった。榎木津に見惚れている関口の真っ赤になった顔を見て、猿だとか失礼なことをいい、榎木津は高らかに笑っていたが、その笑顔にも関口はただ見惚れていただけだった。

 ぼんやりとした目つきはいつものことだが、関口の目は半ばうっとりとして……ちらちらと榎木津を見ては目を伏せる。

 榎木津はどういう話になっていたのか、しきりに笑っていた。中禅寺の日ごろから機嫌の悪そうな顔はますますしかめられて、いまいましげに関口の顔と榎木津の笑顔にむけられる。

「ふははは! 因果応報だ。神の定めたもうごとくだ。帝王たるこの僕に素直に従わないからなのだ!」

「エノさん。そりゃあスジが違うでしょう。関口君は、まあ、仕方がないですがね。まったく貴方に彼のことを話すのじゃなかった」

「ほーう! それでも僕はいっこうに構わないぞ。アキちゃんの断る理由がなくなってしまったわけだ」

「……やめてください。アキちゃんてだれのことです」

 二人のやたら親密な様子になかば取り残されてますますほうけている関口を、中禅寺はちらッとみて声をひそめて続けた。

「だいたい、なぜ、エノさんを断るのにそんな理由が要るんですかね。イヤなものはイヤで済みませんか。ふつう、ソノ気がないの一言ですよ」

「ふふん! ソノ気があるのははっきり見える!あるのに断るから理由を見せなさいといったらやっぱり理由がいたじゃないか」

「……いいですよ。見たから納得したでしょう。もうあんまり見ないで下さい」

「見えてしまうものは仕方が無い!可愛い猿だな!僕のことはご主人様と呼んでいいぞ、猿くん」

「え、ええ……っ」

榎木津がぐっと顔を寄せてきたものだから、関口は仰け反ってあとじさり、中禅寺の腕につかまってくる。

中禅寺はさりげなくその手を支えてやりながら、分かりましたか、と問うような目で榎木津を見た。それでも、榎木津はおかしくてたまらぬようだ。すっかり竦みながらも榎木津の美貌から目を放せないでいる関口にさらに顔を寄せる。

「そら、よく見て覚えておかなくちゃ!お利口だぞ、猿くんは。こんなに綺麗なご主人様で良かっただろう?うん?返事がないぞ、うんとかきいとかいうものだ!良く見えないのかい」

榎木津は手まで作り物めいていた。白い指がすっと差し出され、関口のあごをつかんで上を向かせる。ほとんど顔を触れさせんばかりに近づけて、榎木津がそらうんといえ!とせまり、関口は夢中で頷いた。

「ほら、もうコレは僕のしもべだ!貸してやるから、お前の好きにするといい!わかったな!」

「エノさん、いきなり何をいうんですか、まったく。そういうものではないんですよ」

榎木津はいうだけいうと中禅寺に関口をぐいぐい押し付け、歩き去ろうとしていた。

彼は、中禅寺の言葉に振り返って、半眼にした奇妙な目つきで二人を眺める。その目つきの意味に中禅寺は眉をひそめた。

「そういうことだ!僕に間違いはない、だいたいその気があるのにやらないお前がおかしいんだ、なあ関くん?関くんのほうがまだまともだ、僕の顔に惚れている、ほら、赤くなった。猿くんにはこんどご褒美を上げよう、猿はすなおでいいなあ!」 

「まったく、何が見えているんです……」

もう中禅寺の声にも榎木津は振り返らなかった。榎木津の後姿をぼうっと見つめる関口に舌打ちして、中禅寺は関口を半ば抱えて歩き出した。乱暴に引かれるのに、関口は素直についてくる。

「まったく君は!本当にあの人の奴隷にされてしまうぞ」

「ど、奴隷って……中禅寺……」

「あの人を好きにでもなったのかい。まるで…、恋に浮かされた乙女でもあるまいし!その赤い顔を早くなんとかしたまえよ」

寮の二人部屋へ付くなり、放り出されて関口は床に座りこんだ。言われて、あわてて自分の頬をこすったりする。

「で、でも、冗談なんだろう、みんな、そんなの……あるわけ……」

「あの人に限り、言ったことややったことはみんな本気だ。冗談だって本気の本気なんだ」

関口の顔はもっと赤くなっていった。その妙に嬉しげな反応で、中禅寺の機嫌は悪くなる一方だった。

「榎木津、先輩、って、君と、どういう……?どんな人なんだい?」

「さっき君も見たとおりの人物だ。……あれでもかなりお手柔らかだ。あそこで君は接吻でもされてたっておかしくはない。事実そういうことをあの人はするんだからな!」

「さ、されたのかい?」

「このあいだね!公衆の面前でだ。いいかげんにしてもらいたい物だよ。あの人のシンパとやらに騒がれるわ、えらいことだった。そういうことが何より僕が嫌だと知っていてやるんだからね」

関口はますます赤くなって中禅寺の顔を見つめた。この顔があの……榎木津の唇に触れられたのだろうか。中禅寺が関口の視線に敏感に気づき、顔を歪めた。

「どこを見ているんだ、関口君。うらやましいかい。本当にあの人に一目惚れしたわけじゃないだろう」

「な、なにをいうんだよ……ちゅう、……」

中禅寺は、へたり込んだままだった関口を立ち上がらせると、先ほど榎木津がしたようにあごに指を差し入れて、顔を上げさせた。関口はされるまま、近づいてくる中禅寺の顔に目を瞑ってしまっていた。

さきほどの榎木津が近づけていた距離と同じ近さまで、自分の顔を関口の顔に寄せる。

ここまで近づくと、お互いの呼吸が膚で分かる。関口の息が上がっているのも、よく分かる。

「彼はね、僕を好ましいというんだよ、関口君」

「……ど、う、――君は、ど……?」

そのままで中禅寺は平静に喋る。関口はいつもよりなおさら喋りにくいようだった。どう応えたのかが訊きたいのだろう。

「彼には妙な視力があってね。――ただ、彼と契りを結ぶ気はないといっても納得してくれなかったものだから、君を見せた。君といちど、――こうしたことが、あったろう」

唇が押し付けられる。その時は、中禅寺の口から関口の中へ流しこまれたものがあった。というよりは、それを関口に飲み込ませるための接吻などではないはずの行為だったのだ。

「だって、あれは――……」

「……君は覚えてないかと思っていたよ、正気じゃなかったからね。まあ彼に見える記憶というのは……。いや、とにかく、僕に他に好意を寄せている人間がいると彼が分かってくれれば言いだけの話しだから――君をみせたんだが――どうも困ったことになったな」


長くなりそうなので、連載けーしきにさしてください……続き読んでいただけます?まだるっこしくて申し訳ないですが〜。学生時代のこの3人が私はすごく好きなので……。エノ×京から始まってこれから京×関がちゃんとくっつき、のあとエノさん乱入のご予定……よろしければ今後ともお付きあいください。そいえば、エノさんとかれのキスシーンから始めれば良かった〜。