仲良きことは――?   byよるの かいが

                      


                           *

         君といちど、――こうしたことが、あったろう」

唇が押し付けられる。その時は、中禅寺の口から関口の中へ流しこまれたものがあった。というよりは、それを関口に飲み込ませるための接吻などではないはずの行為だったのだ。

「だって、あれは――……」

「……君は覚えてないかと思っていたよ、正気じゃなかったからね。まあ彼に見える記憶というのは……。いや、とにかく、僕に他に好意を寄せている人間がいると彼が分かってくれれば言いだけの話しだから――君をみせたんだが――どうも困ったことになったな」

                            *

 

関口がそれを覚えていたとは中禅寺には意外なことだった。

正気を完全に失っていたときの、キスの前にした行為も彼は覚えているのだろうか。まあなんとなく中禅寺には予想がついたが。とにかく判然としないのだろう。夢か真実か、ましてその行為の意味など考えてみもしないに違いない。

 関口は自失していた。

ふらふらとどこからか帰ってきて、中禅寺と彼二人の寮の自室につくなり、一歩も動かなくなった。ベッドによりかかり、床にへたり込んだ姿に、一目で彼がまた正気を失っていることに中禅寺は気がついた。

 制服が汚れていた。土がこびりついている。そのままにしておいて、口うるさい教師にでも見つかったら、彼はまた殴られてしまうだろう。ただでさえ、関口を嫌う教師は多いのだ。

「関口君」

ふつうに呼びかけても効果はないことは経験済みだったが、中禅寺はあまり近づかずに、いつも何度か呼んで見てしまうのだ。それで反応がないことを確認し、大げさにため息をついて見せる。

そして、関口の肩に手をかけると、自分の顔を関口に寄せる。

「関口くん。……巽、服を脱いで」

耳に唇が触れるほど近くで静かに囁くと、関口の目がうっすらと開く。ぼうようとした目にはなにも映ってやしないのだろうが、その目が中禅寺の方に向けられ、こっくりと肯く。

「せめてベッドに腰掛けて。仕方がないな……」

肩をひき上げられると関口は促されるまま立ちあがり、中禅寺の肩に寄り添って座る。中禅寺はしかつめらしく顔を歪めたまま、彼のボタンを外し出した。……着替えさせてやることは始めてでもないのだが、これほど関口が彼の言葉に人形のように従うことは珍しかった。いつもはもう少し自分の意思らしきものもあって返事らしくない返事を呟いたりもするのだが。

上着とシャツのボタンをすべて外してやる。黒い詰襟の学生服のはだけたあいさから関口の青白い膚がのぞく。中禅寺は目をそらした。

「巽、服を脱いで」

また、耳元で囁く。名を呼ぶのは、より反応があったからそうするようにしたに過ぎないのだが、中禅寺の声はその名を口にするといっそう優しげに響く。――だから関口がよくいうことをきくのかもしれない。

 関口が緩慢に身じろぎして、身体から服をすべり落とした。

「そうだよ、巽、下も……」

手伝って脱がしてやり、中禅寺は制服を取り上げた。布団をはぐり、関口を押しこむと上掛けをかけて、見るに忍びないほど青白く痩せた身体をとにかく隠してやる。服を着せてやらねば、と思ったが、もういちど彼の身体を目の前にはしたくなかったのだ。

 関口の制服を脇に抱え、中禅寺は半ば慣れっこになりつつある関口行動不能時の周囲へのフォローを始める事にした。明日は休日だからいいにしろ、ああなると関口は食事などとても食堂では取れない。他にも寮生活につきもののことはいろいろある。掃除の当番だとか。

 関口はああなってしまうとただひたすらなにもできないだけなのだ。一人にしておいても心配はいらないはずだった。今回はあの様子の関口といるのが中禅寺には奇妙に辛く感じられて、急いで戻る気になれなかった。

                *

彼を意識してしまうのは、たぶん、あの先輩、榎木津礼二郎のせいだ。

榎木津礼二郎――彼は近隣にまで名前をとどろかせる自称帝王だった。

以前から友人というか知り合いではあったのだが――なんの気まぐれか、この男は中禅寺の陰気で不機嫌な顔をやたらとかわいいというようになってしまったのだ。あまつさえ、中禅寺を知るほかの人間なら吹き出しかねない呼び方を連呼する。

「どうしたんだ、アキちゃん。相変わらず可愛いふてくされようじゃあないか」

 ある日の校内で呼びとめられ、にっこりと笑いかけられる。美貌の笑顔だが、それを目にしてもいっこうに中禅寺の眉間の谷間は浅くならなかった。それを面白がられて、こんなモーションをかけられているのかも知れないと思わなくもなかったが……。

「なんだい、ひまなのか。ちょうどいい。いや、急がしくたって、僕はいっこうに困らないからとにかく来るといい。アキちゃんにはぜひきてもらわないとな!僕のファン集いの会だ」

「だれがファンですか、だれが。暇じゃないです僕は」

「暇でなくてもいいと言ってるだろう、可愛い奴だな。ファンじゃなければハーレムといったっていいのだ。心配しなくても、アキちゃんのように可愛い男の子はいないぞ!可愛い女の子だ!」

中禅寺はもう反論する気にもなれなかった。可愛い男の子とはいったいだれのことだか、げんなりともするが、ここは素直についていったほうが身のためだった。実は暇なのである。どうしてわかるのかしらないが、ひまな時にはまず榎木津は誘いを断らせてはくれない。

力ずくで引っ張って行かれかねないし、この先輩の誘いに乗ることはそう嫌でもないのだ。

「仕方がないなあ、じゃあ付き合いますけどね、エノさん」

顔だけは、ますます嫌そうに中禅寺は眉間の谷間を深くした。

「うん?なんだい、アキちゃん!そら、腕でもくんで歩かないかい」

「――そういうことを、外でもいう気なら、絶対に付き合いませんよ。まったく、僕の人権も少しは考慮されるべきだ」

「こういうことかい?」

中禅寺のただやせこけた身体とちがい、榎木津の細いがしなやかな身体が、素早く中禅寺に寄せられて、拒むまもなく唇が重なり、外されてしまう。

「いいかげんにしてください!前だって……」

なんどめのキスだか、うんざりさせられた、3度目か4度目。そのたび抗議するが、榎木津に文句など、ぬかにくぎ、馬の耳になんとやらだ。

「だれも見ていないじゃないか、ほら!かわいいアキちゃんがあんなふうに責められちゃ僕だって困る。なんて僕は優しい恋人なのだろう、君は惚れなおすべきだよ!」

1度目はまるきり人目をはばからない、というよりは、榎木津の友人たちと中禅寺も一緒になって立ち話をしている最中に、唐突にそんな真似をされたのだ。中禅寺はまるきり取り合わなかったのだが、榎木津の周りには彼に本気でいれあげている男子生徒が少なくない。酷い騒ぎで責められたが、帝王がお静めになった、ということがあったのだ。

 いっておくが、何度も、中禅寺だって、友達以上になる気はない、好きだのなんだの迷惑だと、とうとうとまくしたてて説明したのだが、いくらいってもやはり榎木津は榎木津だった。

「恋人でもなければ、惚れなおそうにも最初からそんな気がまったくないんです。いくら、そう構ったところで、男の僕のそういう対象に貴方は入っていないのだから無意味ですよ」

「おお大変だ、時間に遅れてしまうぞ、急ごうアキちゃん。可愛い女の子たちがかわいいアキちゃんに会いたくて待ってるんだ」

「……いったい、貴方は人のことをなんていって紹介してまわったんですか」

「僕が隠したくても、帝王の行いは自ずと光を集めてしまうのだから仕方ない!大丈夫だ、僕は、接吻はよくしている!新しいのを見たがっているだけだ」

どうやら、偶然会ったような態度は装いで、中禅寺を最初から連れて行くつもりの集まりだったらしい。榎木津の行為についてまた自分が説明をし、つまりは悪い冗談なのだとごまかして納得させねばならないようだ……。

そんな騒動が最近の中禅寺の心を乱すのである。しかも真剣に話すと、榎木津はあの目つきになる。その気がないわけはない、という。

 そんな視線に向き合うのが苦痛で、つい榎木津に対面しているときは、軽くかわすだけになってしまっていたが、……回数の重ねられて行くキスに、中禅寺は同室の友人について考えずにはいられなくなるのだ。

 

                  *

 

そんなわけで、ましてああなった状態の関口と向かい合いたくなくずるずると用事を引き延ばしてしまったのだが。

 中禅寺が再び部屋に戻ったのは食堂で自分の夕飯を済ませ、関口の食事を持ってきてやったときだった。

「関口君!――なにをやってるんだ」

関口は半裸のあの姿のまま、また床に座りこんでいた。中禅寺のベッドに寄りかかって。……妙に今度の関口の発作は自閉というよりは、縋りつくような態度で、幼児退行を起こしているようにもとれる。

 駈けよって抱きかかえてやると関口の手足は冷え切っていた。顔も青褪めきっていて、唇が紫になっている。とにかくそのまま自分の布団の中へ引きずりこんでやる。

 中禅寺は後悔に唇を噛み締めた。関口になにか着せねばと服を取りに行こうとすると、関口が布団から這い出てしまう。

「巽、巽……」

また、床にへたばろうとする関口をベッドに引き上げた。

「関口、きみは……」

うつろな目が中禅寺だけをおい、弱弱しく差し出された腕が縋りついた。

関口がまったく正気でないことも、多分そういった意味の抱擁ではないことも、中禅寺にはわかっていたが……。関口の隣に滑りこむと、冷え切った素肌を暖めるようにきつく抱き寄せてしまった。

 

そこまで近づくと否応なく直面しなくてはならない理性ではどうしようもない問題に、中禅寺はため息をついた。

関口の身体には欲望を覚えるということ。

あまり考えたくはない問題である。中禅寺は強いて眠ってしまおうとしたが、他人を胸に抱いて眠った経験など未だない中禅寺が、こんな状況で眠れるわけがない。

関口の温まってきた背中をそっと撫でてやる。安心したように身をまかせきり摺り寄せてくる関口が愛しかった。

 

 

夜半過ぎ、関口の呼吸が乱れだしたのに中禅寺は気づいた。関口の全身が熱を持っていた。ひ弱な彼が半裸で数時間もいたのだ。風邪をひくのも当然というものであった。

中禅寺は身体を起こして関口の額に手をあてがった。関口がうっすらと目を開け中禅寺を見上げてくる。その潤んだ目をのぞきこみながら、大丈夫かい?と囁いてみる。

「う……」

熱に浮かされて、かえっていくぶん正気を取り戻しているのだろう。だが、関口は口元に微笑をかすめさせただけで、また目を閉じてしまった。

医者に見せてやりたい高熱だったが、熱で正気を失っているとでも思われては厄介だった。ベッドからそっと抜け出して、関口がそのまま横たわっていることを確認してから、中禅寺は部屋を抜け出した。

濡れタオルを作ってやり、関口の額へ置く。また、彼は目を開けてかすかに笑ったようだった。

「……巽、飲めるかい?」

頭の後ろに手を入れて、身を起こさせる。抱えるようにして起こしてから、コップの水を口元に差しつけた。解熱剤をのませようと持ってきたのだが、関口は中禅寺を見上げているだけで、自分で水を飲もうとしない。

「熱が高いんだよ、飲まなきゃだめじゃないか……」

幼子に言い聞かせるような口調に中禅寺は自分でも苦笑した。どうやっても、飲ませるつもりだった。取ろうとしている手段を使うことにためらいはない。いったん盆の上にコップを戻し、関口の顔を上げさせる。中禅寺はふっと笑って、関口の唇に自分のそれを押し当てた。

 関口はかわらず、潤んだ目となんとなくほころんだ口元のまま中禅寺を見上げている。

中禅寺は、今度は水を口に含み、同じことをした。

関口が、口移しにされた水を嚥下するのを見守ってから、薬包紙を開く。関口の口へ指をさし入れた。

「巽、口を開けて」

囁きながら、指で開かせる。素直に開いた舌の上に粉薬を落としこむと、水を含んでまた口付けた。なんどか繰り返して、コップの水はすべて飲ませてしまう。

 関口は相変わらず潤んだ目で中禅寺を見上げるだけだ。

その目を手のひらで覆うようにして閉じさせ、額にタオルをまた載せてやる。

肩まで布団をかけてやり、関口が眠りこむまでそばにいてやった後、中禅寺は関口のベッドで休んだ。

 

 

関口の風邪はひき、それと同時に彼の病も納まった。関口はまるで変わりがなかったが、中禅寺は人類が死に絶えていたと気づくよりも不可解だという面持ちで自分の気持ちをみつめた。

中禅寺は、榎木津に、接吻を拒む態度の微妙な変化から、それを問い詰められ、そうして、関口巽を彼に会わせる事を約束させられてしまったのだ。

 


ぜんぶ回想シーン……長いよ、まだるっこしいよう。

キスさせるのにえらいかかっちゃいました。私のHPすべてのなかでもこの京極がいちばん純情ではないか……というのが、わたし的には笑えます。コ*ンより、じゅんじょ―な京極(笑)あ知らない方、ごめんなさい……。

裏バージョン、書こうかと思ってますので、期待はずれな方も少しお待ち下さい……(してないですか?3Pとか…ああ、失言)

まだまだ長いので、飽きずに読んでくださるとうれしいです……