仲良きことは――?
byよるの かいが
――ただ、彼と契りを結ぶ気はないといっても納得してくれなかったものだから、君を見せた。君といちど、――こうしたことが、あったろう」
キスをした。そのことなどまるきり無かったように、困ったことになった、とだけ平静に中禅寺は繰り返す。
――関口はひどく悲しそうな顔をした。
頬を赤く染めたまま、顔を歪ませる関口に、中禅寺はうろたえた。するつもりのなかった己の行動にただでさえ動揺していた中禅寺には、それは嫌悪の意味合いに映ったのだ。
「すまない――関口、妙なことにまきこんでしまった……大丈夫だ、なにも……させやしない」
なにもしない、という言葉は呑みこんで、関口からさりげなく離れることでそれを伝える。
関口は疲れたような顔で小さく笑い、頷いた。
「……うん……もう、いいよ」
*
「何だ、猿くん、まだしてもらってないのか」
――つまらないなあ、『見に』来たのに!とかなんとか意味不明なことを現れるなりまくしたて始めた榎木津礼二郎に関口はぽかんと見惚れた。
「え、榎木津…先輩……ど、うして、ちゅう……」
「ああ、はは、やっぱり君を連れて行かなかったな!中禅寺は今ごろ僕と君を探している!さあ、待ち合わせの場所に行こう」
関口は腕を掴まれて引きずられ、どこかへと連れ去られながら、榎木津の言葉にさらに混乱をきたして抵抗もできなかった。
先ほど、中禅寺に榎木津からの使いがきて、中禅寺を呼んでいると告げたのだ。関くんも一緒にどうか、とも付け加えられていた伝言に、彼は心底嫌そうな顔をして、関口に早く寮に帰るよういった。
だから榎木津はいま中禅寺と会っているはずで――ぐずぐずと帰り支度をしていた関口の前に現れるはずが無いのだが。
榎木津は周囲の人間を蹴散らすごとき勢いで歩く。腕を持ち、関口の身体も引き摺っているのに凄い早さだ。
関口に言葉をさしはさむ余地はない。というより、否応無く走らされているも同然なので、呼吸をするのに関口は精一杯だ。
「そうだ、猿くん、エノキヅセンパイなんて長々呼ばれるのは僕は好かない。ご主人様と読んでくれてもいいが、エノでいいぞ、なあ!」
榎木津は息も乱れていない。関口が返事もできないことなどは、気がつかず、かってに喋りご機嫌だった。
榎木津が足を止めてくれたときには、もうそれだけで関口はほっとした。自分がどこへつれこまれたのかと気にする余裕すらなく、ゼイゼイと息をつく。
「どういうことですか、榎木津せん……」
「物覚えの悪い猿だ。エノさんでいいといっているのに」
「え、エ、ノさん……中禅寺は……」
「おお、そうだ、ゆっくりしてるとアキちゃんが来る」
「えっ……ちょっ、と……」
*
「だから、第一理科室へ来てくれっていってましたよ」
「……僕はここに来いといわれたのですが」
「中禅寺くんが来たら、そういってくれっていいつけられてるんです」
「わかりました……」
中禅寺はくるりときびすを返した。榎木津の教室で彼を尋ねたら、榎木津の下僕その1に、笑顔で榎木津の伝言を伝えられたのだ。
嫌な予感がして、中禅寺は早足で来た道を戻る。理科室へ向かっているのでは無くて、自分の教室へ戻っているのだ。たどりついた部屋には、彼の探す人物の姿は見当たらなかった。もっと嫌な予感がして、友人の一人に関口がどうしたか尋ねると、思ったとおりの答えが返ってきた。
「さっき、榎木津先輩が……」
どこへ連れて行ったかはだれに聞いてもわからなった。とにかく第一理科室に急ぐしかない。
「エノさん!」
「あ、中禅寺くん?榎木津くんが、地学準備室で待ってるそうだよ」
理科教師がいた。血相変えて、ドアを開いた中禅寺にそう告げる。まさか教師を問い詰めるわけにも行かない。
「そうですか……」
力無く中禅寺は言った。地学室はここからもっとも遠いのだが……。中禅寺はさっきの榎木津に匹敵する勢いで歩きだした。
「体育倉庫で待ってるそうです」
「二年の空き部屋で」
「図書室だって」
一人一人を問い詰めても、彼等は榎木津にその場所で中禅寺にそう言えとの命令を実行しているに過ぎない。
あせりもあるが、いいかげん、あまりに子供染みたお遊びに必死になっている自分が馬鹿馬鹿しくなってきたところで、ようやく一人が言った。
「これで最後。二つ奥の部屋にいるって言ってくれって。……時間ぴったりだ。この時間にそう言えっていわれたんだけど」
「……どうも有難う」
中禅寺はとうとう走り出した。
*
「おお、そうだ、ゆっくりしてるとアキちゃんが来る」
「えっ……ちょっ、と……」
腕は掴まれたままだったから、ホンの一瞬で抱きこまれる。
「ああ、接吻はしたのか。あれだけ教えてるのに、まだこんなキスなのかい、中禅寺は」
「え、……!」
榎木津がにっこりと笑いながら、関口の唇に自分のそれを押し当てるだけのキスをした。
中禅寺のそれは乾いていたが、榎木津の唇は柔らかい。……しっかりと感触を自分の唇が覚えていて違いに気づくことが関口を赤面させた。
「ね?」
赤い顔をのぞきこまれて関口は顔を伏せた。