仲良きことは――?
byよるの かいが
まだ歩きづらそうな関口を抱きかかえるようにして、中禅寺は寮の自室へ戻った。
「大丈夫かい、関口君……」
関口は頷き、なにか言いかけて止めた。中禅寺の顔をびくびくと窺い、泣きそうな顔をしている。
中禅寺はため息をついた。
「僕は、君のことを、嫌ったりしないよ、関口君。怒ってもいない。――そうだよ、好きなんだ」
関口の身体から力が抜けるのが、見て取れた。安堵の吐息を漏らす関口に中禅寺は苦笑する。あんなことがあった直後に、同室の友人から好きだといわれてただ安心するだけの関口に、苦笑するしかない。
嫌とも好いとも関口からかえってくることはなかった。何をしても、拒まれはしないことなど、中禅寺にはわかっている。ただ抱きたいだけならば、彼が自失している間に何度でもできたし、それを彼は知覚できなかったろう。正気の間だって、巽と呼んで抱きこめばいいなりになるかもしれない。中禅寺の言葉に関口は身をゆだねきっているのだから。
「――君を僕にくれないか、関口君」
関口は顔に朱を上らせて、中禅寺を見る。呼吸が急に忙しなくなり、目が潤んでくる。頷くように俯いたあいまいな仕草を、中禅寺はせつなげに見つめていた。
じっと黙りこむ中禅寺を、俯いた関口が上目遣いに窺っている。その赤い顔に、中禅寺は無言ではっきりとした返事を促した。
「嫌ならいいんだ」
言葉でそう言い、関口の首が横に力なく振られるのを確認する。
「い、いい、よ。嫌じゃない――」
やっと中禅寺は微笑んで、関口を抱き寄せた。そっと唇を重ねる。すぐ開いてくる関口の中に舌をさ迷わせて、―――すぐに関口の身体を放した。
「し、ないの――?」
意外さに関口はついそう言い、自分の発言に恥じ入るようにますます顔を赤らめた。
「後でね。――だいたいまだ夕刻なんだよ。そろそろ食事の時間じゃないか」
「そ、そうだね」
「ほら、行こう。ところで、…その赤い顔はなんとかならないのかい、関口君。恥かしいな、まったく」
「だ、だって――、中禅寺……」
「そんなだから、――そう見られるんだよ。先輩に迫られたときだって、君、少しは嫌がってみせたのかい」
「………い、いやって言ったよ」
「ならいい」
さっさと部屋を出る中禅寺を関口は慌てて追いかけた。
関口は、やっぱり怒っているのだろうか?……と書いたように不安そうな顔で中禅寺の背を追いかけ、その顔を窺ってくる。中禅寺は、そんな関口の視線にいつもの仏頂面を作りながらも、目付きは穏やかだ。
関口は中禅寺の背に手を当てて、かれの顔を覗きこみ、ほっとしたように微笑った。
連れだって二人は、食堂へとゆっくり歩いて行った。
*
部屋を出てからの中禅寺は、いつもどおりだった。あんなことを告げられたというのが錯覚だったのではないか、と関口が疑うほど、いつもどおりだ。
いつもどおりのはずなのに、少しそばに寄られたり、腕を引っ張られるだけで、関口は赤面してしまう。あまりに不安定な鼓動と体温をもてあまして、関口は、友人の輪へ加わっているのが居たたまれなくなり、中禅寺に部屋へ戻っているとだけ告げ一人で自室へ帰った。
なにをしていいかわからず関口は自分のベッドに腰掛け、ただぼんやりとしていた。ようやく落ちついた鼓動を意識しながら視線がさ迷う。――中禅寺のベッド際の机が目に入った。銀色のものが置いてある。
ああ、そういえば、榎木津先輩が彼になにか放っていたな、と思う。ご褒美だとかなんとかいいながら。気になって中禅寺の机に近寄った。それは直径が5センチ、深さが1センチほどのアルミの缶筒だった。中には、軟膏が入っている。
なんだろう、傷薬かなとしか考えつかなかった。蓋を元に戻して、仕方なく読書を始めたところ――ドアが開く音がした。
また関口の鼓動は跳ね上がってしまう。音のした方を見ることもできなかった。読めない字を追い、ページだけを繰る。
中禅寺は何も話しかけてこようとはしなかった。普段どおり明日の仕度をし、くつろぐ用意を整え、椅子に腰掛けて本を読み始める。音からその気配を察し、関口は本を読み耽るふりを続けながら、彼の様子を窺っていると――。
「本が逆さまじゃないか、関口君」
「え、ええっ……」
慌ててひっくり返してから、本を逆さにしてしまったことに気が付く。中禅寺にからかわれたのだ。
「そんな目で見ていたって、本が磨り減るだけだっていってるだろう。眺めているだけなら、ページをめくるのは止めたらどうだい。紙の傷みが少しは防げる」
また赤くなった顔が恨めしく、いささか腹をたてて、関口は本を放り出した。ベッドの上で身体の向きを変え、開き直って中禅寺のほうを見ることにする。
眉間にしわを寄せた仏頂面、さして面白くもないような顔で中禅寺はどんな本も読む。見慣れた姿勢と表情に、リズムの乱れない紙を繰る音。
「……なんだい」
「眺めてるんなら君でもいいやと思って」
中禅寺は一瞬だけ本から顔を上げ珍妙な表情をした。まず彼がめったに見せることのない顔に関口は満足してベッドに寝そべった。楽な姿勢で転がりながら、ぼんやりと中禅寺を眺め続ける。
中禅寺は本を読みつづけている。関口はそれを眺めている。
ずいぶん長い時間が経った。消灯を告げる合図がなり、中禅寺が本から顔を上げた。机に本を伏せ、代わりにその手があの銀の缶を取る。立ち上がった中禅寺は、ゆっくりと歩いて、ドア脇の電気のスイッチに手をかけている。
「おやすみ、関口君」
微笑んだ中禅寺の顔がふっつりと真っ暗な闇にのみこまれ消えた。どくん、と関口の身体が波打つ。自分が目を開けているのか閉じているのかわからないほどの暗さのなか、中禅寺が、空気に溶けてしまっているような気がしたのだ。
そう思うと息をするのも苦しい。
――君を僕にくれないか、関口君
あれは――、確かにそういう意味だった。
息が詰まるような闇だ。自分の呼吸音はひどく大きく聞こえているような気がするのに、中禅寺の出す物音はなにも、なにも聞こえない。
かえって、部屋の外の物音――消灯寸前であわただしく自室に帰る者の遠くでドアが閉められたりする音のほうが聞こえてきた。その音も時間の経過と共に闇に溶かし混まれたようになくなる。耐えがたく重い闇に関口が息をついた。そのとき、コツコツコツという足音がして、関口はびくんと身体を竦ませる。――いつもの、寮生の就寝を確認する見回りの足音だった。
通りすぎるまで、関口は酷く緊張していた。
詰めていた息を吐き出そうとしたとき、闇が本当に現実的な重みとなってのしかかってきた。布団の中に這いこんできたモノ。一瞬、彼とは、いや人とは思えなかった。
襲いかかられたような恐怖に、身体を強張らせる関口の口を、何かが押し塞ぎ、ヌルりとした物が入ってくる。関口の耳元で荒い吐息が鳴る。熱い情欲を伝えている、激しい息遣い。関口は獣に食われようとしているかのような錯覚に、恐怖した。
身体を押さえつけられる。手が関口のあちこちを忙しなく撫でまわす。性魔インキュバスにでも犯される悪夢を見せられているようだ。
……中禅寺、中禅寺のはずなのに。
「い、嫌――だ、れ……」
やっとそう泣いた関口に、抱きしめてまさぐってくる――無数にも感じられる手が、動きを止めた。
その手が喉に回される。殺される――そう思い、関口は、涙の滲む目を瞑って、その手指に頭を預けた。
苦しい――口が激しくむさぼられている。
「巽――」
そっと囁かれた声に、関口は泣き出して、縋りついた。
「――ちゅう、ぜんじ、中禅寺」
もう一度、たつみ、と呼んだ彼の口は、そのまま耳朶をはみ、舌をその穴にさし入れてくる。
「あ…っ」
関口の鳴き声が甘くなる。中禅寺の口付けは耳から頬へ顎をたどり、肩に落ちてまた首筋を噛み上げるようにしながら耳まで戻ってくる。
関口は声を殺して身体を震わせた。いつのまにかお互いの夜着のひもがとけて、熱い膚が触れ合っていた。腕に絡まってもつれているだけの布地が関口から引き剥がされる。無言でひっくり返され、枕に顔が押し付けられた。
「あ、ああ」
また、かすかな恐怖が関口の声にきざしはじめる。こんな闇の中では、すぐに見失ってしまう。
「っ、ちゅ、ちゅう――……っ」
名前を何度も呼ぶのに、相手はただ無言で関口の背中に口付けを降らしている。
「ああっ、やっ、ひっ!」
中に食い入ってくる痛み。ひやりとした濡れた感触が信じられない場所に落ち、ぞくりとした気味の悪さは、すぐさま灼熱の苦痛にとって変わられた。
やめて、やめてともつれた口が必死に繰り返した。彼の名も呼べない。身体を引きつらせ、泣き叫ぶ関口にも彼は入ってくることを止めなかった。
収められて、関口の身体から力が抜けた。
意識が朦朧としている。ぐらぐらと身体の中がゆすり続けられているようだった。ぐったりとして、意識のない抜け殻のような関口の身体へ、硬いものはぐいぐいと押しこまれ、彼を擂り潰すように蠢きつづける。
ひぃっ、ひいぃっ、という憐れっぽいちいさな悲鳴を漏らしながら、関口はゆすぶられた。もう誰に何をされているかも見失い、闇の中で感覚だけがすべてになる。
痛みの中に混じりこむ細い快楽がよけいに関口を鳴かせた。熱い痛さが中で、ぬるい快感に代わっている。
「ああっ、あ、ひっ、ひいっ……」
グっとつきこまれたまま前を探られれば甘い鳴き声があがり、半ば抜かれたところから激しく突き入れられれば、喉が鳴る。
闇の中で男のものに貫かれ翻弄されながら、自分すら見失い、ただ喘ぎをもらしつづけるだけになった。
「たつみ……」
「ふ、……」
そこにあるはずの泣き顔を、中禅寺は闇のなかに思い描いて見つめた。彼の中に注ぎこんで思いを果たした後もそこから出て行きがたく、辛そうな彼に自分を受け入れさせたまま、向きを変えて正面から抱き上げた。
「巽」
強く呼んでも関口の口からは、甘い吐息が漏れるだけだった。半ば意識が無い。
ぐったりと身じろぐこともせず、中禅寺を中に包みこんだまま、彼の腕に抱かれている。
「アッ…」
関口の耳に歯を立てたとき、上がったその高いうめきに、自分自身が力を取り戻しかけそうになって、やや慌てて彼のなかから抜き出した。引き留めるように、関口が締めつけるのに、もっと押さえがきかなくなりそうだった。
「はぁ…ん」
ずるりと抜かれるのへまた彼の口がほころぶ。
その顔を見たい、と中禅寺は強く思ったが、そうするわけには行かないのだ。
闇の中、苦労しながら、手探りで彼の後始末をしてやる。
「巽――」
「ちゅうぜんじ…?」
「ああ、もう、眠っていいよ――本当におやすみ」
「う、ん……」
*
「……卑怯だ!なんのために協力してやったと思っているんだっ、かわいいアキちゃんと関の……」
「それ以上こんな場所で口に出したらいくら僕でも怒りますよ、エノさん」
翌朝、一時限目が終わるなり、中禅寺の教室を訪れ、子供のように目を輝かせながら、榎木津は中禅寺を覗きこんだ。
ふん、という調子で榎木津の視線を平然と浴び、中禅寺は丁寧に榎木津のご褒美ことアレへの礼を述べた。
「まあ、結局寝こませてしまいましたが。それは仕方ない。というわけで――」
ぐっと中禅寺は声をひそめて続けた。
「関口君は僕のものだし、僕は彼の、なんです。れっきとした恋人というわけだ。これで、貴方のいう理由は成立したわけです。もう、彼にも僕にも、いらぬちょっかいは無用です」
「ハッハッハ!何をいうんだアキちゃん。みんなで仲良くすればなんの問題も無いじゃないか!僕もそのほうが楽しい。仲良きことは美しきかなだっ!」
今後の学生生活が酷く不安になった中禅寺秋彦だった――。
あ!完結しましたっ。ちゃんと予定通りこの台詞で終われた!(涙笑)
ううん、ここしか決まってなかったんです、このシリーズ。