Naming

 


 共にベッドから起き出して、私がバターを塗ったパンと、火村の焼いたオムレツを食べ終え、コーヒーを飲みつつ、二人で予定のあいた1日の、のんびりとした始まりを楽しんでいる……そんな朝だった。

 新聞を読む火村の横顔を眺めていた私は、彼が顔を歪めるのを見て取った。

どうしたんや、と彼の見ていたページを覗きこみ、その記事を読んでいたら、火村が耳元で吐き捨てるのが聞こえた。

「ケッ、なまぐさぼうずがー―」

「うひゃあ、すごいんやなあ、100万! 戒名ってそんなにするんか。知らんかったわ。最低でも、うん十万か、葬式出すんも大変やなあ」

 葬式を出すとき、位牌やら墓石に刻むやたら長ったらしいあの名前、戒名というのは、お寺の主な収入源であるということだ。値段によって、名前のランクまであるらしい。死者のランクが、生前の行いなんかではなく、いくら死ぬ時にお金を出せるか、というので、寺院が決めるというのはいささか皮肉だ。

「馬鹿馬鹿しい。ハカなんざいらねえだろ」 

「いらんちゅうことはない思うけど、金で仏の名前の格決まるいうんはなんやなあ」

「……死人に名前なんかいらねえよ。ばっかばかしい」

「君なあ。俺が死んでも線香の一本も上げに来ん気か。香典くらい持って来たってや」

「――……ふん」

 ……そこで痛そうな目をされると、ふざけてとても悪かったという気になるではないか。

 

 死やら葬式なんて、私にとっては軽いジョークの話題に過ぎない。新聞の記事の取り上げ方だって、こんなにするんやで!という扱いなのだ。

「君が死んだら、――……」

 私まで言葉に詰まった。訂正だ。自分が死んだらということは何気なく口にできるが、仮にでも火村がなどといいたくもない、かもしれない。

 菩提を一生弔ってやる。 出家して君の冥福を祈りつづける。

笑って、君が死んだら、私は大変だということが伝わる冗談口を叩こうとしただけなのに。

 

「俺が死んだら、忘れろよ、アリス」

「――そんなことできるかい。君は――忘れるいうんか」

「二度と――名前は口にしないだろうな。俺がいないときに、俺の名前なんか呼ばねぇだろ?」

 首をかしげて火村を見上げた私に、火村は真剣な表情で言った。

「返事ができねぇなら、名前は必要ない」

 ……独り言が多い傾向にある私は一人きりで火村の名前を呼んでることもないことも……まあ、そう言うことを言っているんではないだろうが。

「――アリス」

火村が私を呼んだ。どうしてこの男はそんな名前をそんな声で、……朝っぱらから!

返事をしたら、今日の予定が決まってしまいそうな気がする……。

「ひむら……、なん……」

できる限り普通に呼び返そうとして、意識しすぎたおかげでまったく失敗してしまった。

私の手からは新聞を取り上げ、自分の手にしていた冷めたコーヒーは飲み干してしまい、あいた手であかせた私の手を掴んで引きずり起こす。

 30分前にいた場所に2人で逆戻りした。

 ……やっぱり、してない次の日に予定がないという時は気をつけねばならないなと思う。

 ベッドは、使える状態であるし、私も、……応えるのがとても無理なわけではなく。

 私の中の常識が、カーテンを閉めても薄明るい室内に、抵抗を示すくらいのものだ。

「……い、ややなあ――明るい」

「目、瞑ってろ、暗くなるぜ」

「む、無理いうなや、そういう、」

――そういう問題ではない、と続けようとしたのだが、火村が立ちあがったので、どうする気かと見守ってしまう。どちらかというと、火村の目が利くというのが私は嫌なのだ。が、火村がそれを考慮してくれるとは――とても、思えない、どころか――、

火村が持ってきたのは、昨夜火村が脱ぎ捨ててそのままになっていた服の山の中にあったネクタイだった。――そう、昨日いたさなかった理由は、火村が服を片付ける気力もないほど疲れ切っていたからなのだ。ハンガーにでもかけてやれば良かったかなと、昨日の疲労していた火村の顔を思い出していたら、パッと目の前が暗くなった。

「ほら、暗くしてやったぜ」

「こ、こんなんちゃう、火村!いややって」

とっさに目を覆うネクタイを取ろうとしたが、うまく外れない。

「明るくていいなら、カーテン開けさせてもらうぞ、アリス」

「……うう〜〜!」

「お前のお願いを聞いてやったんだぜ、俺は」

唇にだけ濡れた感触が降りてきて、火村が舌だけ出して私の口を舐めているのかと赤面しかかったが、中に入ってきたそれに指だと気がついた。火村は舐めて濡らした指で、人の唇をたどっていたのだ。

「作家センセイほど、想像力がないんでね。見てたいんだ」

言われる端から、絶対にいま火村が浮かべているはずのあのちくしょうな笑い方が脳裏にちらつく。

……商売道具の想像力がたしかに恨めしい。

火村の手のひらが、肩やら胸やらをなぞってくる。

「ここ、前の時の、俺がつけた痕だな…」

わき腹の一点を火村の指が付く。

「あっ、火村、……うあ」

「だから、みせろって。隠すなよ」

笑いと、甘さを含んだ声は、どこで囁かれているかはわからないが、すぐ耳もとに吹き込まれているようにしか聞こえない。私は仰け反って、自分の反応を隠そうと腰をひねる。見せろ、ともう一度言われ、足首を掴まれた。ぐい、と引かれ、開かれる。

私の熱が晒される。……こんなことで反応してしまっているのが、恥かしく、羞恥が余計に私を煽る。

「きみは、っ、ど、うなんや」

「……なにがどうだって」

私は手探りで火村の肩を探し、なんとか抱きつこうとした。このまま、ずっとあそばれるようになぶられていてはたまらない。身体を重ねてしたかった。

「……コレのことか?」

 探る手を掴まれて、あっと思うまもなく火村に触れさせられる。……熱かった。

「嬉しいだろ」

「アホ、いわんで、も……っ」

だいたいこんなに大きくしといて、どうして声だけそんなに冷静なのだ。すぐさま息が上がる私とは大違いだが、なにがそんなに違うというのだろう。

「喋るたびにお前のここ、……って、なってんだぜ。面白い」

「おもろいやないっ!」

目隠しでは睨むこともできない。宥めるようにそろりと撫で上げられて、声まで上ずってしまっている。

「……ほんま、するんなら、はようして。君の声良すぎなんや」

「声は俺の商売道具だからな」

ようやく火村がのしかかってくる。膚が触れ合って、火村の重みが私を包む。思わずため息が漏れるほどほっとする充実感がある。

火村の指が後ろを探ってきた。ちゃんとなにか施してあるのだろう。抵抗なく入り、すぐに私を開き出すはずが……。

「おい、アリス」

苦笑を滲ませた火村の声は吐息ごと私に吹き込まれ、ますます私の中は火村を作業しにくくさせてしまう。感覚がやたらと鋭くてそこにばかり意識が集まってしまうせいなのか、ひたすら締め上げてしまっていて、私だって苦しい。

「ど、しよ……火村」

奥をまさぐるのを諦めた火村が浅い抜き差しを繰り返しはじめた。つぷつぷという音が耳に届いて、私は火村を抱きしめて意識をそらすことにする。キスしようにも、口の位置がわからない。頬が触れている彼の耳に口を寄せて、顎の線を辿った。火村もようやく気づいたように口を合わせてきた。乱暴に私の口内を掻きまわす舌に感覚が集中している間に火村の大きなものが押し入ってくる。

「んんっ、あ、火村、ゆっくりせえって!きつうて、くるしいっ」

「そうしてるだろ……」

奥まで入りきったのが、わかった。火村が動きを止め、私も息をつく。大きく息をすると、きつくなって苦しい。細くこまかい息であえぐ。

火村はただ収めたままで、私の背やら首を触る。ついそれに私が身をよじると、火村のに内壁がこすられてまた息が詰まるのだが。

「……ピンクなんだよな」

「あっ、ひっ、ひむらっ」

片方を摘まれ、片方が唇に挟まれる。火村がつながったまま身体をずらして私の胸元に頭を落としたのだ。指で転がされ、それが立ちあがっているのがわかる。

「触るとすぐ赤くなる。イタイか?」

もみこまれて私は身体を引きつらせ、火村の肩を押しやった。まだキツイが、このままではいられなかった。長い愛撫に晒されていてずくずくと疼いていた下半身に衝撃が走る。

「ひむら、ひむらぁ、んんっ、んう……」

「アリス……」

私を掠れた声で呼ぶ……声の調子で、ああ来るな、と思った。ひき抜かれて押しこまれる、掻きまわされて、もうこうなると、開いてようが布で隠されていようが私になにも見えないことにはかわりない。

すがり付いて、熱の開放を何度も訴え、なかなか来ないそれに焦れて、火村の腹にあたっている自分の熱を彼に摺り寄せてしまう。火村が奥へ放ったのを感じて、私のそれも弾けた。