追跡者 よるのかいが
職業がら、人の判別には自信がある。ちらりと視界の端をよぎった人影に、すぐ、彼だと気付いた。
と、すぐに、声をかけようと、服部はしたのだ。しかし、ちらと顔を見たときにはあった確信が、彼の全身をみて揺らいだ。いつも洋装の彼が着流しに素足草履という、仇っぽい風情で路を急いでいる。
変装というふうでもないがずいぶん印象が違った。いつもは上等の洋服を身につけ、一見だけなら近寄りがたいほど気品のある貴公子、だが喋りだすと皮肉屋なうえ、笑うとふしぎなほど愛嬌があって子供じみて見える彼、黒羽快斗の、はずなのだが。
見れば見るほど違ってみえる。最初なぜこれを彼だなどとおもったのか、と疑問にさえ思う。
なんだか明らかに堅気ではないようすだ。女性風の着物の着方、それでいて荒荒しい歩き方しぐさ。夜の街の人間特有のしぐさだ。客引き、美人局、悪くすれば男妾のたぐい。
声をかけ損ねたまま、服部は正体不明の彼を追うカタチになってしまっていた。習性でつい、完璧な尾行のいろはどおり、数メートル距離を置き、なにげなく同じ方向に歩くだけと見せかけてもいる。
化粧の濃い、安っぽい桃色の着物姿の街娼が彼に、なれなれしく身をしなだれかけていた。タバコに火をつけ、一服いれるふりでその様子を盗み見る。
カッと、頭にたぎるものがある。妖しく女と通じあう笑みで話す彼の様子に、まだ、それが快斗だとも確信はないのに、心にたぎるものがあった。
襟元から大幅にのぞく白い肌。むなもとのあわせに彼が手を差し入れて、ふっとなぜる。
かっと服部の浅黒い頬に血がのぼった。
彼は、鈍く白光を放つガス灯に身体を寄せ掛けて、そのままけだるげにタバコをふかし始めた。人待ちカオ……というよりは、まるで客待ちの街娼のように。
やがて、身なりのよい紳士風の男が現れ、彼は連れられて歩き出した。
もう後には引けず、服部は二人の後を気配を殺して尾行し始めた。
彼ではない、とは思う。服部の真実を見抜かずにはおかない目にも、その正体はつかめない。
微笑い方が違う。確かに快斗は男とは思えないほどの色気のようなものがあるときがある。だが、こんなふうなあからさまな笑い方はしない。
服部の目は眩んだまま、彼によく似た彼を追う。
やがて彼らは、予想どおり、薄暗い路地に消える。
(なにやってるんやろ……)
もし彼が快斗でないとしたらこんなまぬけなことはないし、そうだとしても、彼が何をしようと、服部がどうこう言えるものでもない、とは思う。名前しか知らない……いわば行きずりの、というには回数を重ねすぎた逢瀬の相手、なのだ。
それでも、馴れた尾行に失敗もなく、連れ込み宿に彼らが入るのを見届けた。その前に、客待ちの女を捕まえ、探偵の鑑札をちらと見せ、「ちょお、つきおうてくれ」とささやき、ふつうチョンのまの代金を示す。
「するなら一時間。やっかいごとはご免だよ」
女も心得たもので、ひょいと服部の腕に腕を絡めて、いくつも並ぶどれも似たり寄ったりのさびれた宿のなか、先ほどのふたり連れが入った宿へと足を踏み入れた。
女は勝手に店の主人と値段交渉し、そのうえさりげなく、『かれ』が入った部屋のとなりへと部屋を取ってくれた。
「やーありがとな。助かるわ」
「いいのよ、あんた、男前だし」
ちゅ、と女は唇をすぼめ、服部に流し目をくれた。服部は苦笑する。探偵業ならともかく、自分の男のあとをつけている、などといったら、女はこうは協力してくれないことだろう。
快斗とおぼしき青年は、男をひとりで部屋にいれ、そのドアの前でもたついていた。さきに行ってくれと服部は合図してそのまま彼を見守った。
女が部屋へ入った。
くるりと青年が振り向く。その笑顔を見て服部は彼を快斗と確信した。快斗は服部の隠れた階段脇まで無造作に近寄ってくると、驚く服部にかまいつけず、ひょいと彼の腕をひき、服部の応えをまたずに男が待っているはずの部屋へと引き込んだ。
「うわっちょお、待ててッ!おれ、邪魔するつもりやないんやっ」
「ハーン、そう、邪魔しないつもりだったわけ、俺がこんなとこに入っても?」
「これ、どういうことだ。やつ、どこからでよったんや!?き、消えとる」
くすくすと笑う快斗を横目に、服部は狭い部屋を見渡した。窓は小さい。部屋の中にも隠れられるような場所はない。のべた布団が二組あるだけで、押入れもないのだ。踏み倒しを防ぐように窓は、大の男が出入り出来るようなものではない。
確かに、さっきまで快斗が連れていた男が先に入ったはずなのに。
「謎解きはあとでゆっくりしてくれ、名探偵さん?」
快斗は、布団の上に立膝をついて、ふところに手を差し入れてくつろげながら、服部に流し目をくれる。
手招きされるがまま、快斗に近づいて、それでも服部は頭をひねり続けた。
「なあ・・ほんまに・・」
「なんだよ。やなのかよ。さっきの御姐さんのほうがいい?」
恨みがましそうに、それもわざと見つめてくる快斗に、服部はめまいがする、と思った。
なんで、そんなかっこうしているんだ?とか。
こういう場所に慣れてるのはどうして、とか。
何物なの、お前って?
それすら、もうどうでもよく、それが手かもしれなくても、さらされた素肌に、否応ない口封じにのせられるしか服部に選ぶ道はなかった。
「んっ……」
キスに、こぼれる吐息が、いつもよりあざとくて、服部を意固地にさせる。結局、嫉妬か、やや乱暴にその肩に噛みついて、組み伏せる。それでも余裕を崩さず、どこまでも服部を煽るように身をしならせる快斗を追い詰めていく。
「…乱暴なんじゃねぇの、探偵さん」
あきれたように閉口するその口も強引に貪って、舌まで絡みとる。この正体不明の青少年のほうが、わりと堅物な探偵よりも、接吻は巧い。自由にさせると、舌だけでも、不埒なテクニックで誤魔化されるだろう。
だが、思いと裏腹に一方的なキスに苦しそうな背けられた快斗の顔が、けっきょくのところ服部の理性を溶かしている。
快斗は腕がきれいだ。洋装が似合うのは手足が長いせいだろう。腕は特にしなやかで、指は細く華奢だ。そしてこうして平次のたくましい身体に押し伏せられていても、器用な両手は生き物のようにうごめき、服部を混乱させる。
いつもは互いに楽しむそんな愛撫も、頭に血が上っている服部平次には忌々しくて、手首を捕まえ、両手をまとめて磔にする。
もがくことで快斗が抗議してくるが、力をこめて自由にする気はないことを伝えた。
それでも理性をなくしはしない。ただいつもならゆっくりと彼が蕩けるのを待つのだが、そんな気にはなれず、彼の脚のあいさへべっとりと施し、自分の着物の前をくつろげて、すでに猛りきっている己にも潤いをまぶす。
「快斗……」
「・・っ、いいよ、来い、よ」
ぐい、と押し入った。ずるりと入り込む。快斗のからだがこわばって震える。
「つ、うっ、ふっ・・」
脚のあいだでぬめりが音を立て、それとは逆に綻んでいない快斗の肉壁の感触が服部を煽る。苦痛を噛む快斗の額に汗が浮かんでいる。強く押さえつけ、揺さぶった。
「ん、くうっ・・んう」
「快斗?」
「な、あッ、――ってば」
「なんや・・?」
どこか喘ぎが不満をひそめていて、服部が耳元を噛みながら問うのに、快斗はその服部の頭をぐいと抱えよせることで答えた。
「起こして」
なんで、と間抜けにも聞き返した服部に、ベッドじゃないから、という。
「スプリングが無いって、ヨクねぇの」
抱えてくれれば自分でゆする、とさらりといってにっこり笑った。
「はっとりぃ・・っ」
「・・んっ」
いわれるままに快斗の滑らかな背を抱えあげて、身を起こした。服部の胡座の上に乗り上げて、快斗は上気した頬で服部の肩へと頭をのせかける。
筋肉がはりつめて、しなやかな白い背中がうねっていた。そこに愛撫の手を躍らせ、それにつづく白い双丘までたどる。その狭間に己が突き立っている。
「あっああ、・・っ」
押さえることなく声をあげながら、快斗がからだをゆすって、白い肉の狭間に呑みこんでいく。強い快感に服部は身を震わせて背中を抱き寄せた。服部の動きに合わせて、快斗は身をゆする。言葉どおり、からだを惜しみなくうねらせて快感をむさぼる姿は、いっそきれいだ。
自らの快感だけを追うような、必死で苦しげで、せつないうごきをくりかえす。服部は限界で、持たせるためにも動きを緩めたのへまなざしで抗議されゆすぶられる。
二人のあいだにはさまれてふるえる、快斗の欲望に手を伸ばした。快斗がそれを自分の片手で慰めていたのに、よこから服部も指を伸ばして弄う。
「やっ、あっ!」
思いもかけない刺激に快斗が叫んだ。服部の両肩にするどい痛みが走る。片手が爪をたて、噛みつかれた。
「快斗、ええのんか・・?」
「っ、いいッ、・・にっ、決まってんだろッ」
気がそれたことを咎めるように、どつかれる。
「・・、良くなきゃしない、こんなこと」
あまりに彼らしい答えに気勢をそがれて、服部はため息をついた。好き、とか惚れとる、とか云って欲しいもんやな、たまには。・・嘘でも。
ぎりっと、快斗の歯が肩の肉を噛んだ。快斗の熱に服部も煽られる。あとはただ、その熱に溺れた。
起き出した快斗は、素裸に着物だけ羽織った姿で、片足を座卓にのせ、絞った手ぬぐいで後始末をしていた。服部は思わず見とれかけ、快斗に咎めるような目で見られて慌てて視線を逸らし、煙草に火をつけて一服やることにした。
快斗は、手早く身なりを整えている。黒かばんから着替えを取り出し、身につけている。洋装だ。白シャツ、黒っぽい高価そうな上下に、目深に帽子をかぶる。黒かばんを小脇に抱える姿は――。
「・・ちょ、ちょおっ、待て快斗!」
その姿は、ちらとしか目にしていないが、快斗といたはずの消えた男の格好ではないか。
服部が目を丸くするのを横目に快斗はくくっと笑って、帽子はしまった。どうやらわざわざ服部に気づかせるために帽子をかぶって見せただけらしい。
じゃあ、またな。
えらくキザな調子で腰を折り挨拶すると、服部が止めるまもなく出ていってしまった。
服部は快斗を見送って、ようやく解った真相に呆れかえった。
……男がこの部屋からどうやって消えたのかとばかり頭を悩ませていたのだが、最初からあの男はこの部屋になぞ入ってはいなかった。二人で歩いて来て、この店の小道に入ってすぐ、男は店の裏手へと抜けたのだろう。帽子をかぶり、服をかえ、男に化けおおせた快斗が一人で服部の前で部屋に入って見せる。
その後すぐさま早代わりで、着物姿の快斗に戻り、扉ぎわに出てきて、男ともたついているように見せかけた……というところだろう。
「…やつが酔狂もんやっちゅうことは、知ってるけどな・・」
服部は多分正しい自分の推測に、やれやれとひとりごちた。
――と、いうことは、衣装やら男との手はずやら、服部を騙す準備は、服部が尾行をはじめる前からされていた、ということだろう。それとも、尾行に気づいた時点であれをしかけた可能性もあるが、手の込みよう、それに快斗の服部の興味をそそったあの格好からして、しかけくさい。
追跡したつもりが、逆に追いかけさせられていたのだ。
「かなわんなぁ・・おまーは、怪人二十面相かっちゅうねんなぁ・・」
それとも、一昔前に世間を騒がせていた怪盗KIDか、アルセーヌ・ルパンといったところか、と服部は笑った。
以外にも自分の冗談のような想像が、的をかすめている、とも知らず。これはまだ、怪盗KIDが、探偵服部平次と直接対決することになる前の出来事だ。
のんきな探偵は、恋人の悪戯にしてやられた自分を、ただ、笑っただけだった。
魔都シリーズ閑話休題でした。つづくのよっほんとに・・魔都につづきます。えい続けるんだ、自分(笑)感想もぜひに。
構想約2年、作成2週間です(笑)ああもうよかったよ、書きあがって。こんな話しを2年間も考えていたとは・・。