yokokus

遊郭--yorunokuruwa

                        


   今夜の香はことのほかつよい。

 くるわにたきしめられた甘いにおいと、いきすぎる遊女の着物からたちのぼりおきすてられる個々のかおり。

 甘く甘く…重苦しい香だ。とくに今宵のような雨の夜には。

 柱にもたれた彼…黒にも近い濃紫の着流しの姿で物思いにふける、陰にあでやかな男はため息をひとつついた。

  京の色里――は、店開き間もないあわただしい雰囲気で、どこか華やいでも…いる。さほど、このご時世、禁忌とはされぬまでも、やはりどこか後ろ暗いそれを商う店ではあるが、それでも客を迎える前のあわただしくもにぎやかな人の動きは変わらない。

 すぐにも求めに応じられるよう、準備された酒、彩りのいい肴、帯の色が気に入らぬと騒ぎ立てる声々・・。

 いつもはかれとて、したくをせねばならない。かれのここでの名は京極という。無粋でうつくしくない名だ、つやがない、とそうそのいわれを知らぬものはいぶかしむが、かれはただの女郎ではない。うら家業とともにここにすまう…いってよければこの店の……『護り』だった。もちろん、まず身を許さぬ、許さなくてもすむその身の上と、求められるその姿と、そしてなにより、そばにいて飽きさせぬその言葉でかれはこのみせでも売れっ妓でもあったけれども。

細い腕をにょっきりと黒衣からのばし、キセルを手にとる。立ち上る紫煙がなお甘く、もともといつも潜められている眉がなおいっそう険しくよる。

 ただ、やくめ…そのはずだった。もたれている柱の奥…薄い壁一枚の向こうには、今夜初めて客を取る妓がひっそりと座っているだろう。

 緊張に早くなっている彼のせわしない息遣いすら漏れ聞こえそうなほどだった。

 仕入れたものをそのまま客に出すことはできない。…受け入れるすべを知らぬものを抱くのは、たいへんなのだ。京極はいわば仕込だった。関口も、いやもうたつみという名を与えられた彼を、開いたのは京極だ。

 隣りでひそやかな声がした。あれは、この店のなじみだ……。声からわかった。関口の…たつみの声はほとんど聞こえぬ。かれは、あまりいい声ではなかった。不明瞭で、かすれていて。そしてそれが奇妙に…扇情的なのだ。

しばらく、客の男の、気を使ってあれこれとはなしをする声が聞こえたが、たぶんたつみははかばかしく答えられぬのであろう。静まり返り、やがて、身を動かす、物音がした。

 

「…っ、京極、おい、僕をムシするとはいい度胸だな」

「ああ……あんたか。また、困らせてるのかい?お客が泣くぞ・・いくらあんたが郭一だって、席を抜け出したら、惨めだというものだ」

緋色地に鮮やかな金蒔絵のような絵柄のそれはあでやかな衣装をだらりと身にまとった美丈夫が京極の傍らに立っていた。これほど存在感のある男に気づかぬわけがない。さりげなく気づかぬふりで視線をそらしていたのだが、つかまってしまった。

「客をほうっているのはおまえも同じだ。暇なら僕の相手をしろ」
「ひまじゃあ…ないよ」

にじり寄り、ぶしつけに胸元に差し込まれてくる白い手をキセルでひょいと押しのける。

『あっ…い…、いっ、や……』

かすれた声が聞こえた。乱暴にあつかわれているのだろう。声とともに、ぶざまなほどどたばたと身じろぐ音がする。

ぎくりと京極が身を竦めたのに、それをだきこんだ榎木津が気づいた。

「あいつが…抱かれてるんだな」

「ええ。僕は見届けなければならない。邪魔をしないでください、エノさん」

「つらいのか、おまえ」

「……まさか。なにを…言ってるんです。心配なだけだ。あれは……いつまでも、慣れないから」

「――おまえが、慣れさせなかったんだろう?あれだけ、抱いておいて。――妬けたぞ、京極」

「つまらないことを――」

赤く塗られた榎木津の唇が落ちてきた。

『はあっ…、あっ……あ、う』

なきごえが、甘い。関口を自由にする男が卑猥なことをしきりにささやいている。関口の声は潤んでいて、拒みながらも、快楽に男を誘う。

 這いこんできた榎木津の舌をされるがまま受け入れる。聞こえなくなるから、それ以上喋られるのが嫌だった。なにか言おうとする榎木津に喋るなと合図して、引き換えにその愛撫を受け入れる。

じっさい、かれは本当に妬いていたんだろうか。

京極をむさぼる手つきは、乱暴なようでいて…ひどく甘かった。

 


 

公開にためらいのあるオハナシの予告です。女郎っていうか陰間(あ、一発変換だったこわい)なみんな。